生徒会役員選挙が終了した放課後。
今週限りで生徒会長の任期を終える林水敦信は、来週から会計監査に就任する現書記・美樹原蓮とともに家路に就いていた。
「先輩。会長のお仕事、本当にお疲れ様でした」
「美樹原くんも一年間ご苦労だった。今後は後輩達を導いてやってくれ」
「はい」
柔らかな笑みを浮かべて蓮が頷く。
辺りを包む夜闇を背景にして、二人の吐く息が白く漂っている。
駅から離れ、閑静な住宅街に差し掛かった今では、規則正しく点在する街灯がやけに存在感を示していた。
しばし無言で歩を進める。
林水は、いつしか帰り際の相良宗介との会話を反芻していた。
彼と二人で屋上にいたことは、隣の少女も知っている。だがこういう場合、「何を話していたのか」といった類のことを、彼女の側からは決して追求して来ないのが常であった。
話せることであれば、訊かずとも林水は自ずから彼女に事情説明、ないしは情報提供を行なうからだ。そういった暗黙の信頼関係が、すでに二人の間には成立していた。
今回の話は、どこまで教えるべきか。どこまで彼女に告げて良いものか。もっとも、結論は出ていたのだが――実行はひとまず保留した。
代わりに、別の話題を口にする。
「ところで美樹原くん。自宅への連絡は済んでいるのかね」
「はい。『友人のお宅で勉強会をする』と、はっきり言ってあります」
数瞬前と変わらぬしっとりとした微笑で、こともなげに言う。
「…そうか」
かなり珍しく、ほんのわずかながら、返す彼の声には驚嘆の響きが含まれていた。
勉強会。何重ものオブラートに包んだ表現ではあるが――確かに、嘘ではない。
この令嬢の穏やかな笑顔から時おり生み出される、独特のセンスを持った発言は、林水も一目置くところであった。
…昨今では、『天然』などという至極便利な表現方法も存在するが。
年が明けて間もなく、林水は例の洋館の部屋を引き払っていた。
受験予定の大学からごく近い場所に、狭いながらも手ごろな物件が見つかったのがその理由だ。
その彼の新居を蓮が訪れるのは――引越しを手伝った時を含め――すでに数度目となる。
そんなわけで彼女は、今や林水宅の食器や調理器具、各種調味料の位置まで熟知しているのだった。
「座って休んでいてくださいね、先輩。只今、夕餉をご用意しますので」
小ぢんまりとした台所スペースをたおやかな仕草で立ち回り、瞬く間に立派な一汁三菜を作り上げる。
千鳥かなめに隠れて目立たないが、実は蓮の料理の腕前もかなりのものなのである。
味については言わずもがなの上、レシピと睨めっこなどしなくとも、冷蔵庫にある材料を見て即興でバリエーション豊かな献立を考案できるほどに熟練していた。
食事を終えた後も、片付けを手伝おうとする林水を半ば強引に座らせて、皿洗いまで完璧に済ます。
その甲斐甲斐しく働く姿が、蓮には妙に板に付いているのだった。
(………………)
ワンルームのアパートなので、台所にいる彼女は常に視界に入る。調理台を拭いている後姿をベッドに腰掛けて眺めていた林水は、
「…美樹原くん」
ある時、意を決したように切り出した。
「はい」
「明日か明後日か、もう少し先か……断定はできないが。『彼ら』との別れが近い」
「!」
林水には及ばずとも、蓮も本質的に聡明な少女だ。それだけで、おおよそは把握できただろう。
わずかに俯き、声を落とす。
「……そうですか…」
エプロンを外しつつ振り返る表情は、予想通りに暗く沈んでいた。
早くも後悔と自責の念に包まれ、林水は蓮の顔から視線を逸らした。
やはり彼女の落ち込む姿は見たくない。だが、後でショックを受けるよりは……
「私達では…『お二人』の力になって差し上げることはできないのですね」
「ああ、おそらくは。残念だが」
うなだれた様子で隣に腰を下ろす蓮の肩に、林水は静かに手を掛け、抱き寄せた。
促されるまま寄りかかってくる彼女の黒髪がさらりと揺れ、清潔感のある香りが漂ってきた。
互いに黙したまましばらく寄り添い……やがて、どちらともなく口付けを交わす。
それが、いつもの合図だった。
二人の裸身を隠すように掛けられたシーツの中で、彼の体が動く。肩に添えられた腕の重みと、スプリングの軋む音。
すでにどちらも、一糸纏わぬ姿である。
彼の顔をちらっと見た瞬間、ちょうど目が合った。
気恥ずかしさで、思わず俯いてしまう。頬が一気に紅潮していくのが分かった。
やはり、まだ直視には抵抗がある。
その様子を見てか、彼の口からふっと小さな笑いが漏れ、彼女の額に軽く唇を当ててきた。
真夏の海水浴場でも詰襟を脱いだことのない彼の諸肌を、蓮が初めて見たのはつい最近である。それまで学生服以外の彼の姿に全く免疫の無かった蓮は、最初の夜はまともに目を開けていられなかった。
相良宗介の『武の変人』に対し『文の奇人』の異名を取る林水敦信は、一見するとスポーツ活動などとは無縁に思えるが、その体躯は決して貧相ではない。
無駄なく引き締まった胸筋や腹筋はまごうことなき男のそれで、そのひとつひとつに視線を動かすだけで蓮の胸は高鳴った。
唇が重ね合わされる。
長く深く舌を絡め、より激しく互いを求めるキス。息をついてはまた唇を重ね…を何度も繰り返す間に、彼の手も動きを見せる。
制服の上からでは見落としがちな、成人女性顔負けの発育の良い肢体。まず体全体を存分に撫でてから、彼は大きな二つの房を両の掌中に収め、リズミカルに揉み始めた。
「んっ…ふぅ……ぅんっ…」
次第に漏らされる艶を帯びた声。はじめは羞恥心や照れが先行している様子だが、段々と心地良さの色が強くなっていく。
耳朶を舐め、首筋に唇を落とし、彼の口腔を介した刺激は下へ下へと移行する。
肌を重ねるごとに彼の方も要領を得てきたらしく、今や蓮の敏感な箇所を的確に突けるまでに熟達していた。
やがて乳房を口に含んだ彼は、硬くしこった先端を舌先でつついては、甘噛みを繰り返した。
「あぁッ、ぁん……先輩……」
「美樹原くん。…いや、蓮」
「!!」
唐突にファーストネームで呼ばれて、心臓がひっくり返りそうになる。
「そろそろ…『この時』は、名前で呼んで欲しいのだが」
「え……そ、それは…」
「会長命令、と言いたいところだが…それでは来週以降は無効だからな。林水敦信、一個人としての頼みだ。聞いてはくれないか?」
普段纏っている飄々とした空気など微塵も窺えない、誠意のこもった眼差しが向けられていた。
長い間。本当に長い間もごもごと口を動かし、視線を泳がせていた蓮だったが、
「……はい…………敦信さ、ん」
消え入りそうな声でどうにか呟いた瞬間、それだけで達してしまいそうな心地だった。
満足そうに微笑んで、林水は彼女の下腹部へと指を這わせた。
柔らかな茂みを掻き分け、狙い違わず探り当てた秘裂は、すでにとろりと温かい液体を生み出している。
「蓮。最初より大分敏感になってきたのではないかね?」
「そ…そんなこと……仰らないでくださ…あっ、あぁんッ!」
不意にクリトリスを弄くられ、蓮の全身が仰け反る。
次々と魅惑の雫を湧き出す蜜壷は、指の2、3本が容易に入るほどに緩んでいた。
彼は尚も壷の中を念入りに掻き回し、溢れる雫を周囲に塗り込むように指で撫で回していく。
蓮は頻りに腰をくねらせ、身をよじり、やがて喘ぎ声に懇願の響きを混じらせた。
「んッ、あっ……ぅん、あ、あァッ……せ、先輩…もう…」
声の変化で彼女の要求はすぐに理解した。が、少し意地悪をしてみる。
「違うぞ、蓮」
「あっ…敦信さ…ん……お願い、します……入れて…」
最後の台詞を言う頃には、蓮は耳まで真っ赤になっていた。
林水は「よくできました」とばかりに彼女の髪を撫でると、一旦身を起こした。
「わかった。少し待ちたまえ」
ゴムを着け終えた林水は、静かに蓮の太腿に手を掛け、押し開いた。
両腕を投げ出し、荒く息をつく蓮の顔はすでに熱に浮かされたように虚ろで、その艶姿がいっそう彼の欲情を刺激した。
充分に潤った秘裂に硬く立ち上がった自身を宛がい、ゆっくりと押し込んでいく。
「んっ……あ、あぁっ…ん」
秘唇と内壁をこすられる生々しい感触に反応し、蓮が開かれた脚部をひくつかせる。声や表情から察するに、初めの頃ほど苦痛を感じなくなってきたようだ。
奥まで挿入したところで、はたと動きを止める。
沈黙。しばしの間。
「…?」
蓮は固く瞑っていた瞼を開け、林水の顔に疑問の目を向けた。
その反応を予測していたようで、彼も彼女の瞳を凝視していた。
視線が交わり――また、しばしの間。
やはり、彼はなにもしない。なにも言わない。
静寂に耐え切れなくなった蓮は、ゆるゆると口を開いた。
「う……動いて、ください…」
「その台詞を待っていたのだよ」
再びふっと笑ってから、ようやく林水はピストンを開始した。
彼女が人になにかを頼むことは滅多に無い。目上の者に対してなら、尚のこと。
先ほどの夕食しかり、己が人のために働くことをよしとする女性だからだ。
その彼女が躊躇いつつも自分に『頼みごと』をしてくる数少ない機会。それが、この時だった。
だからこそ存分に聞き、存分に応えてやりたい、と思うのだ。
肌と肌のぶつかり合う音が、スプリングの軋みと重なって絶妙なハーモニーを奏でる。
「あ、あんっ、あぁっ……ふああっ、ん、あぁッ!」
蓮は右に左に首を振り、全身を揺さぶって悶える。覆うものの無い剥き出しの双丘は、その豊満さと弾性を遺憾なく発揮して、縦横無尽に暴れ回っていた。
すらりとした両脚ははしたないまでに全開で、足先は縋るように彼の身体に絡み付いて放すまいとする。
林水は胴をがっちりロックしているすべすべの太腿に手を掛け、器用に角度を変えて内壁の各所を攻め立てた。
「あぁっ! あ、あぁぁっ、もう、もう……ああっ、あああぁぁッッ!!」
嫌々をするように首を振った直後、白く細い喉が折れんばかりに反らされる。
「くっ……蓮…」
一気に収縮する内壁に自身が締め付けられ、彼も一瞬遅れて絶頂に至った。
「『敦信さん』…か。予想はしていたが、美樹原くんらしいな」
心地良い疲労感と満足感を噛み締めながら呟いた林水は、額の汗を手の甲で軽く拭った。
壁の時計をちらっと見やり、次いで眼前の彼女の顔を眺め……額に張り付いた髪をそっと避けてやる。
蓮は腕の中で寝息を立てていた。さすがに平日に朝帰りはさせられないので、終電に間に合うくらいの時間まで休ませておくことにする。
いつの間にやらベッドの下に落ちていたシーツを空いたほうの手で引っ張り上げ、彼女を中心に掛けなおす。
穏やかな寝顔を間近で見つめていて、ふと、さっきの愁いに沈んだ顔が思い起こされた。
――彼女にとって…無論自分にとっても、あの二人は大事な友人だ。
その友人の直接的な力になれないことが無念だったが、こればかりはどうしようもない。どう考えても、一学生の協力が役に立つレベルの問題ではないのだから。
相良宗介が、なにか特殊な存在である千鳥かなめを護衛するために、陣代高校に来たことは間違いない。
だが彼の千鳥かなめに対する想いは、護衛者の次元などとうに超えている。
それはもはや『愛』などという一言では片付けられないほど、あまりにも真摯で、痛々しいまでに一途で……それだけに、願ってやまない。
どうか彼らの行く道に、幸運の女神が微笑むよう――
陳腐すぎる言葉だな…と自嘲しつつ、林水は無意識のうちに、懐中で眠る少女を一層強く抱き締めていた。
かけがえの無い、大切な彼女を。
おわり