次々と炸裂する手榴弾。辺りに撒き散らされる無数の破片、もうもうと立ち込める煙と硝煙の匂い。  
 酩酊状態のかなめは、普段の宗介を凌駕するデストロイヤーと化していた。  
 何しろ誇張抜きで、無差別爆撃機なのである。  
「あははははっ。みんな伏せろ伏せろ〜。爆発するぞぉ」  
 爆音。爆音。爆音。  
 普通なら間違いなく警察沙汰だ。  
 しかし幸か不幸か、近隣住民はこの外人アパートで毎晩のように繰り広げられるどんちゃん騒ぎにもはや慣れてしまっており、ちょっとやそっとのことでは110番通報したりはしないのであった。  
 ついでに言えば辺りは高級な邸宅が立ち並ぶ住宅街。各家とも、騒音公害対策はそれなりに打っているのだろう。  
 ともかく林水の住む洋館は、本人が不在の一晩のうちに見るも無残なまでに破壊されつつあった。  
「ち…ちろり……やめ…」  
 すっかり酔いが回り腰が立たない宗介は、かなめを取り押さえることもできない。彼女が近寄ってきた時に力なく裾を引っ張るのがせいぜいだった。  
 それを全く意に介さず、かなめは宗介の制服の中を無遠慮にまさぐる。  
「あらぁソースケ、あんたもう爆弾持ってないのぉ? 今日に限って少ないわねェ」  
 心底残念そうに言ってから彼を捨て置いて立ち上がり、屍累々たるホールを満足そうに見回して仁王立ち。  
 その姿はさながら、荒野に佇む戦乙女――などという神々しさは全くない。恥じらいもなく大口を開けて高笑いをしてみせたものだった。  
「がっはっはっは。どぉ? 少しはあらしの苦労がわぁった?」  
「わかった……俺が…悪かった…」  
「素直でよろしい。じゃあ、特別にカナちゃんからごほうびあげちゃおっかな〜。さっき嬉しいことも言ってくれたしぃ……きゃっ、恥ずかしっ。な〜んてね、あははっ♪」  
 と、かなめは足元に突っ伏す宗介を無造作に抱き起こし、肩を貸して立たせた。  
「ほらぁちゃんと掴まりなさぁい。移動〜、移動〜」  
「うぅ…?」  
 視界がぐるぐると回転しっぱなしの上、身体にまるで力が入らない。  
 宗介は言われるがままに彼女の肩に腕を回し、半ば引きずられるようにして、破壊の限りを尽くされたホールを後にした。  
 
 年季の入った建物とはいえ、洋館は階段も含めて頑丈な造りのようだった。  
 辛うじて生き残った電球の明かりを頼りに2階の廊下の奥へと進むと、ホール付近の惨状の影響はほとんど感じられなかった。  
「ちどり……どこに向かって…」  
 頭の働きが極端に鈍ってはいたが、それでも自分が階段を上ったりしていることはどうにか理解できた。  
 かなめはきょろきょろと辺りを見回しながら歩を進め、  
「さっき上がった時、い〜い場所みっけたのよ……おっ、はっけ〜ん♪」  
 やがてひとつのドアを指差して歓声を上げる。そこは閉め忘れか、あるいは鍵が壊れているのか、僅かに開いたままになっていた。  
「お邪魔しま〜すっ」  
 と、暗がりの向こうへと遠慮なく足を踏み入れる。空き部屋らしいそこは八畳ほどの絨毯敷きで、開いたままのカーテン以外の調度類は一切見られない。  
「ドアがしまんないや〜。まいっかぁ」  
 立て付けが悪いらしいドアを閉めきることを諦め、かなめは脱力状態の宗介を絨毯の上にすとんと下ろした。  
 そのまま仰向けに寝かせ、左右から挟むように両手を付いて覆い被さってくる。  
 廊下から漏れる光と窓から差し込む月明かりで最低限の視界が確保され、夜闇の中に彼女の均整の取れた肢体が浮かび上がっていた。  
 
 上気した頬と、熱を帯びて潤んだ瞳が至近距離に迫る。その表情は恍惚とした色に満ちていて……  
「ち…千鳥……その…」  
 不意にホールでの一件が思い出され、鼻の頭に残った感触にどきりとする。  
「なーに?」  
「なにをするつも…」  
 言いかけた口が、何の前触れもなく塞がれていた。  
 もちろん、彼女の唇で。  
「っ!?」  
 本日二度目のフリーズ。しかも、破壊力は先程の比ではない。  
 ガチガチに身を固くする宗介を宥めるように、かなめはまず彼の頬を優しく両手で包み込んだ。そして顔の角度を少しずつ変えて何度も唇に吸い付く。  
「んっ……う…」  
 全身の硬直が解けてくるのを見計らって、彼女が口内へと柔らかく侵入してくる。  
 口内を掻き回される奇妙な感覚にまた一瞬身が竦むが、ほどなくそれは甘美な味わいへと変わっていた。  
 かなめが絡みついてくるのに応じ、やがて宗介もぎこちなく舌を動かしてみた。  
 そんな内壁同士の触れ合いがしばらく続いた後。いつの間にか閉じていた宗介の瞼に、ぽたりと水滴が落ちてきた。  
 ほぼ同時に、唇がふっと離れる。目を開けると、顔を歪ませて嗚咽を堪える彼女の姿が映った。  
「どうして…泣いているんだ?」  
「し、知らないっ……ゴミよっ、目にゴミが入ったの!」  
 余りにも苦しい弁解をしながら、ごしごしと乱暴に目をこすっている。が、なかなか涙は止まらない様子だった。  
「千鳥……」  
 いたたまれない気持ちになり、思わず手を伸ばす。だがそれを払いのけるようにして、かなめは宗介の胸に顔を埋めてきた。  
「…洗い流して……アイツの、忌々しい感触を…」  
「え?」  
 それはごく小さな呟きだったので、宗介にははっきりと聞き取ることができなかった。  
「………………」  
 二度は言わずに、少し時間を置いてから顔を上げると、かなめは半ばまで露わになっていたブラウスのボタンを全部外し、胸部を躊躇なく開放した。  
 ぎょっとして視線を彷徨わせる宗介に、ふふっと悪戯っぽい笑みを返す。  
 涙は、すでに流れていなかった。  
「あんたが、あたしの水着姿とか意識してたってわかって、すごーく嬉しかったんだからね。あんたってばいっつも仏頂面で、張り合いがないったら…」  
「…いや、それは……すまない」  
 ブラジャー一枚きりのあられもない姿を直視できず、しどろもどろに宗介は答える。  
 申し訳程度に袖の先だけ脱がずに残されたブラウスが、逆に欲情を引き立てるようだった。  
「だからこれは、ごほーびっ。特別大サービスよ、感謝しなさいよっ」  
 どこかぞんざいに言ってから再び覆い被さり、ぎゅーっと首筋に抱きついてきた。  
 胸の谷間に顔がすっぽりと包まれる。  
 頭の中が沸騰寸前になり、宗介はじたばたと藻掻いた。  
「ち、千鳥、離れろ…」  
「やーだ。ほんとは離れたくないくせにィ。そうでしょ?」  
「そっ…………」  
 ずばり言われて、抵抗する手が止まる。  
 しばらく流れた沈黙を肯定と受け取ったらしいかなめは、一転して優しく囁きかけてきた。  
「ソースケ……そろそろ、動けそう?」  
 彼女の胸の中で小さく頷く。慈愛の笑みで頷き返し、彼女は宗介の手を自分の背へと誘導した。  
「じゃあ、まず…背中のホック、外して。ここの」  
 
 熱い吐息と共に紡ぎ出される甘美な調べに抗う理由など、もはやどこにも見当たらない。  
 宗介はブラジャーのホックに両手を掛けて、そっと外した。  
 カップを避けるのもそこそこに、剥き出しになった乳房に手を這わせ、少しずつ力を加えていく。  
「んん…っ」  
 アルコールの作用で敏感になったかなめは、すぐに甘い声を漏らし始めた。  
 片方を丹念に揉みしだきながら、口元に程近いもう一方に吸い付く。  
 突起を舌先で弄くると、彼女が一際高い声で鳴いた。  
「あンッ……ふ…んっ……あっ、あァッ!」  
 仰け反る彼女のほっそりとした背に手を掛け、抱き寄せる。  
 ――そうとも、君の言うとおりだ。俺は君と離れたくない…  
 豊かな双丘を執拗なまでに愛撫してから、宗介は片手をスカートの中へと差し入れた。  
 肌触りの良いショーツが手に当たる。指先で下腹部を撫で、やがて辿り着いた箇所へとまず布越しに触れてみる。  
「あッ、ん……んんっ、ふあっ…」  
 割れ目をなぞるように指先を動かすと、かなめは小さく腰を揺り動かし、切なげに声を上げる。  
 秘部が次第に湿り気を帯びていくのが、ショーツの上からでもはっきりと感じられた。  
 十分な潤いというものがどの程度なのか、経験のない宗介には分からなかったので、しばらく彼女の大切な部分を撫で続けてみる。  
 彼女の反応を見ながら、何度も何度も丁寧に、念入りに。それから、ショーツの中へと恐る恐る指先を侵入させた。  
「んっ…!」  
 びくん、とかなめの身体が強張る。まばらな恥毛の感触を確かめながら蜜壷の位置を探っていた宗介は、少し驚いて手を止めた。  
「…痛かったか?」  
「ううん。まだ大丈夫…」  
 女性の初めての『行為』が相当に苦痛を伴うものだということは、宗介も聞き及んでいる。  
 それがもし彼女が耐えられないほどのものであれば、先まで進むのは躊躇われた。  
「痛い時は言ってくれ。すぐにやめる」  
 だが、その申し出にも彼女は首を振った。  
「やめないで、続けて。我慢するから」  
「しかし…」  
「お願い。やめないで」  
 強い口調で言われ、反論する言葉を失ってしまう。  
「……了解した」  
 宗介は随分迷ってからそれだけ答え、やがて探り当てた秘裂へと指を挿入していった。  
 一本、二本と指を増やしつつ、静かに中を掻き回す。  
「んっ……あっ、ふあっ! あっ…ん……ぅんっ」  
 徐々に動きを大きくし、スピードを上げる。次第に彼女の蜜壷は、クチュクチュと淫らな音を響かせ始めた。  
 やはり痛みも生じているらしく、時折かなめは顔をしかめることがあった。  
 だがそれを見てペースを極端に落とすと、すぐに「こら」とお叱りが来る。  
 せめて少しでも苦痛を与えないように――と、終始壊れ物に触れるような心地で宗介は彼女を愛撫した。  
「あ、ああっ……ん、はぁん……あっ…ん、あァッ!」  
 彼の指の動きに合わせるようにして、かなめが身を捩じらせる。  
 そのたびに柔らかい乳房が宗介の首元や顔にこすり付けられ、否応なしに彼の鼓動も速さを増していった。  
 
 自身の雄の部分が疼き、ほの暗い衝動がむくむくと膨れ上がっていくのが感じられる。  
「っ……そろそろ…いいか…?」  
「…うん……いいよ…」  
 肩で息をつきながら、かなめは一旦体を起こした。ショーツに手を掛け、脱いで傍らに置く。  
 宗介も制服のズボンを下ろし、一物を露出させた。  
「…君が上で、いいのか?」  
 大きく頷き、彼女は再び彼の腹部に跨った。  
「言ったでしょ。大サービス、って」  
「なるほど…」  
 あの発言はまだ有効だったのか、と思いつつ、宗介は彼女の中へと自身の狙いを定めた。  
 入り口に宛がわれた感触を確かめてから、彼女の腰が少しずつ下ろされる。  
「うっ…くっ…」  
 いくらか下ろしたところで、かなめの顔が苦痛に歪む。  
 指を挿入していた時を遥かに上回る痛さであろうことは、表情から容易に推測できた。  
 すぐ近くに顔が見えていたこともあって、宗介は思わず制止の声を上げかけたが、頭を持ち上げて口を開いたところでまた彼女の唇が蓋をした。  
「んむっ…」  
「大丈夫。そのままでいて」  
 短いキスの後に、吐息のかかる距離で告げてくる。声は微かに震えていたが、その一言一句には揺るぎない意思が込められていた。  
「千鳥…」  
 もはや宗介にできるのは、黙って彼女の行為を見守ることだけだった。  
「くっ…」  
 彼女の小さな呻きが、食い縛った歯の隙間から漏れ出た後、ぷつっ、と何かを破る感触が伝わってくる。  
「はあっ……動くよ」  
 大きく息を吐き出しただけで、さしたる休憩も置かずに告げると、かなめはすぐに腰を動かし始めた。  
「むっ…う」  
「うっ…あっ……ふ、あっ、あぅっ…はあ、ああっ」  
 ひとたび膜を破って奥まで挿入しても、破瓜の痛みというものは治まらないらしい。声にも苦痛の色がかなり濃い。  
 やはり、彼女を上に座らせるべきではなかった――目尻に涙を浮かべながら懸命にピストンを続ける彼女を見上げ、宗介は激しい後悔に苛まれていた。  
 そんな心境をよそに、自身の絶頂は目前まで迫ってきていた。  
 全身を揺さぶり、長い黒髪を振り乱しながら一心不乱に動くかなめのリズムに合わせて、彼も腰を浮かせる。  
「あっ、ああっ、あああっ! はあ、あん、あああぁぁっ!!」  
「う……くうぅっ」  
 高みに上り詰める嬌声で最後の一押しをされて、欲情が一気に彼女の内へと放たれていった。  
「あ……ああっ…ソースケ……」  
 愛しさと、どこか名残惜しさを帯びた声を吐息に含ませ、かなめが宗介の上に倒れてくる。  
「千鳥……」  
 ぐったりした彼女を咄嗟に受け止めた宗介は、華奢な背中を優しく抱き締めた。  
 
「……千鳥…すまない」  
「なんで……謝るの……」  
 荒い呼吸の合間に、彼女は逆に機嫌を損ねた様子で返してくる。  
「…君に無理をさせてしまった。やはり最初は女性が下に…ぐはっ!?」  
「ばか」  
 一言のもとに突っぱねたかと思うと、かなめは宗介に見事なヘッドロックを極めた。が、すぐに手を放して緩慢に言葉を続ける。  
「あたしがしたかったから、したのよ。それだけのことでしょ……」  
「だが……千鳥?」  
 尚も言い募ろうとした時には、かなめはすやすやと彼の間近で寝息を立てていた。  
 小さく溜息をひとつ。しばらく寝顔を眺めていたが、  
(このままでは風邪を引くな…)  
 彼女が目を覚ましてしまわないよう、静かに身を起こす。途端にまた視界がぐらりと傾き、堪らず手を付いた。  
 さらに全身を倦怠感と強烈な睡魔が包み込んでいく。おそらく大部分はアルコールのせいだろうが…  
 自分のズボンを引き上げ、穿き直してから、彼女の服装も簡単に整えてやる。  
 ブラジャーを付け直すのは困難に思われたので、どうにかブラウスとショーツだけ元通りに着せた。  
 そして上から学ランの上着を掛けてやる。幸い隙間風も入ってくる気配はないし、これで防寒はほぼ問題ない。  
「……眠い」  
 事後処理を終えたと判断した宗介は、力尽きるようにぱたりとその場に倒れた。  
 窓の外はすでに薄明るい。夜明けが近いようだ。  
 瞼を閉じる前に、もう一度彼女の顔を見る――『最初の涙』の痕を。  
 今の自分には、あの涙の理由は見当も付かなかったが……そのうち、分かる日も来るだろう。そんな気がした。  
 
 ――そういえば……今日は、何か重要な予定があったような…  
 いい。今は考えるのはやめよう。眠い……  
 
 
 
 
「はて……一体、なにがあったのか」  
「第三次世界大戦か……?」  
 早朝、旧友の日下部侠也に送ってもらって帰宅した林水は、中に入ってまず最初に、変わり果てた洋館の惨状を冷静にチェックした。  
「おいおい、ひでえなこりゃ。お前の部屋は大丈夫なのか?」  
「見たところ爆発はホール付近に集中している。最奥にある私の部屋の損害は、あっても僅かだろう」  
 あちこちに知り合いが倒れ伏しているが、誰にも大きな外傷はない――ほとんど天文学的とも言える奇跡だが――ので、二人はとりあえず林水の自室へと向かった。  
 半開きのドアの前を通りかかったところで、ふと室内に目が留まる。  
 朝日の差し込む部屋の真ん中で、よく見知った男女が一組、寄り添い合って安らかな寝息を立てていた。  
「おや」  
「ほお〜。仲のいいこった」  
 彼らを起こすでもなく、林水は静かにドアを閉めた。  
 立て付けの悪いそのドアは放っておくと勝手に開いてしまうので、室内が見えることのないよう、レンガの破片を置いて即席の留め具にする。  
「ふむ。侠也、このことは我々の胸の内にしまっておくことにしよう」  
「だな」  
 二人は頷き合うと、そのまま何事もなかったかのように部屋の前から立ち去った。  
 
 
おわり  
 

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