「さて…」  
 ソファーに半裸の肢体を投げ出したまま再び荒い息をつくかなめの姿を満足そうに眺めつつ、自称相良はひとつの玩具を取り出した。  
 さっきは指先で動きを真似ていたが、今度は本物である。  
 ぬらぬらと愛液が滴る秘裂に男性器を模った『それ』を宛がうと、一息に押し込む。  
 
 ずりゅっ……  
 
「うあぁッ!?」  
 かなめの全身が跳ね上がる。咄嗟に閉じようとする大腿部を力ずくに広げ、男はさらに奥まで差し込んでからスイッチを入れた。  
「あぅ、あああッ!! ひぅッ、うあッ……んあぁッ!! ああッ!! ふあぁ、あふァァ!!」  
 機械的な振動がヴァギナの奥を攻め立てる。休み無く来る強烈な刺激に耐えかね、かなめは全身を頻りに揺さぶり続けた。  
 豊満な乳房の弾力がここでも遺憾なく発揮され、ふるんふるんと上下左右に暴れ回っている。ギンギンに勃起した乳首もはっきりと判り、今にも吸い付いてくれと言わんばかりだ。  
 尚も激しさを増し続けるエロティックなダンスは、留まるところを知らない。あまりに動きが激しいので、手を離すとすぐに玩具が抜けそうになるほどである。  
 男は少し考えた後、片手で器用に『道具入れ』から粘着テープを取り出した。続いてバイブを押さえたままの反対の手を、これでもかと言うほど穴に押し込む。  
 
 ずぐっ……ぷつり  
 
「あひぁァッ!!?」  
 膜の破れる感触と一際甲高い鳴き声、秘裂から流れる紅い雫。  
 男は、確信的に口の端を吊り上げた。ほとんど電源コードだけを残して膣の奥に収まったバイブの強度を最大にしてから、テープで蓋をする。これで押さえている必要はなくなった。  
「やァッ…あッ、うあッ!! ……ひぁッ! ふあッ、あぁ!! …あ、あぁぁ!! んあぁッ!! はあぁッ、あふぁ!!」  
 テープの隙間から流れ出て殿裂に伝い落ちる血液混じりの愛液を、指先でわざと抉るように掬い取り、暴れ狂う乳房の先に擦り込む。  
 同時に舌先はフードに包まれた真珠への愛撫を再開。先程より激しく吸い付き、舐め転がし、甘噛みを繰り返した。  
 
 短い間隔で絶頂を迎え続けるかなめは、まともに息をつく暇もない。なにしろ今度はバイブが挿入されっぱなしなので、全くインターバルが置かれないのだ。  
「…あひぁッ!! ああん、ぁふあッ…! ……ひッ、はぁッ…! んあッ……はッ…あぁッ! ……んぅ、あぅぁ……ひぁッ…」  
 しばらく各所への波状攻撃を受け、さすがに体力が消耗してきたのだろう。  
 ダンスは次第に沈静化していき、乳房も全身の痙攣に併せて細かく揺れるだけとなっていった。すらりとした両腕・両脚とも、力なくソファーの縁から投げ出されている。  
「ふう…」  
 一方かなめを心行くまで玩んでいた自称相良は、自身の下半身の疼きを抑えるのが限界になってきた。目の前で美少女のこれだけの痴態を拝み続けていれば、無理からぬことである。  
「じゃ、最後の締めに一発出させてもらうかね」  
 そこで、ふと考える――下の穴はガムテープで固定しており、準備に少々手間が掛かる。  
 ちらっとかなめの顔を見れば、虚ろな瞳を宙に彷徨わせ、バイブの刺激に喘ぎ続けている。だらしなく舌をはみ出させた口は涎を垂れ流し、時折死にかけた魚のように弱々しく開閉していた。  
「……かなめちゃん、お口が寂しそうだなぁ」  
 わざとらしく言うと、男はズボンを下ろして自身を露出してから、かなめの胸部に跨った。  
「ぅあンッ……」  
 座られた拍子に乳首が擦れ、小さく反応するかなめ。だが、本番はこれからだ。  
「俺にももっとイイ思いさせてくれよ、かなめちゃん」  
 男はかなめの頭部を持ち上げ、硬く立ち上がったモノを半開きの口内に突っ込んだ。  
「んがっ!?」  
 苦しげな声が上がるのにも構わず、男はかなめの顔の両脇に膝を付く。そして浮かせた彼女の頭部を大腿で挟むように押し付けながら、前後に腰を動かした。  
「んぐっ…がっ……げほっ……あふっ、あぐぅ…」  
 男の一物はなかなか立派なサイズで、押し込まれるたびに喉を突かれてかなめは噎せ返りそうになる。  
「ほらほら、ちゃんと舐めてくれよ。かなめちゃんばかり気持ち良くなって、ずるいじゃないか」  
 多分に芝居がかった口調で非難する、自称相良。  
 だが、かなめには男の言葉を聞く余裕はなかった。固定されたバイブからは絶えず抗いがたい刺激が来ており、ほとんど下半身の感覚が無くなりながらもカラダは律儀に絶頂を告げるのだ。  
 体力も限界に近く、すでに舌に力が入らない状態だった。  
「ぐっ、むぐ……んぐぅっ…!」  
 一際奥に肉棒を突っ込まれ、反射的に収縮した喉が亀頭を刺激する。  
「くうっ」  
 
 ビュッ・ビュビュッ  
 
「んがっ!? ごふっ、ぇほっ…」  
 射出された精液が気管に入り、弱々しく噎せるかなめ。咄嗟に頭を引いたため、途中から精液は顔に掛かっていた。  
 
「ふう……おい、そろそろ撤収するぞ」  
 大きく息をついた自称相良は、ザーメンまみれのかなめを捨て置いて立ち上がると、こちらもちょうど恭子のアナルに射精を終えた相棒を呼んだ。  
「…おっ、おう。でもどうするんだ、こいつらの後始末は?」  
 相棒の男が今さらながら困惑した声を上げ、ほぼ失神状態の少女ふたりを指す。  
 もうすぐ夜明けだ。彼女たちの飲み物に細工をして客のいなくなる閉店時間まで正体を無くさせ、業務後のお楽しみと、さらには小遣い稼ぎをさせてもらったわけだが……  
 記憶は薬の効果でまず残らないだろうが、カラダに影響は残る。それに万が一にでも、自分たちにレイプされた記憶が蘇ろうものなら――破滅である。  
 相棒の男は、ただ同僚の暗い誘いに勢いで乗っただけだったので、始めた時点でそこまでは考えていなかった。  
 終わった後でようやく気付いてうろたえだした彼に、自称相良は落ち着いた様子で説明した。  
「心配すんなって。こいつらが『公の場に戻らなければ』いいんだ。その手のコネはある」  
 とんでもないことを言いながら、彼は下衆な笑みを浮かべて、半裸で横たわる少女たちを見下ろした。  
 かなめに至っては未だに稼働中のバイブを挿入されたままで、全開の下半身が不規則な痙攣を続けていた。  
「しっかし最高の絵が撮れたぜ。…っと、コレもついでに」  
 設置していたビデオカメラを取ってきて手に構え、かなめの股間にピントを合わせてから、粘着テープを乱暴に引っぺがす。  
 続いてコードを掴み、めり込むほど挿入されたバイブを一気に引き抜いた。  
 
 べりりっ……ずぢゅるぅっ・きゅぽんっ  
 
「…ぅあァンッ!! …ぁふ……あッ、んあぅぅ! ……はぁ…」  
 嬌声にも最初の勢いは無く、疲労が色濃く現れていた。  
 間断ない快楽刺激からようやく解放されたかなめは、それでも名残惜しそうな吐息を漏らしながらゆるゆると瞳を閉じた。  
 毟り取られた大量の陰毛がテープに張り付いている。血と愛液でドロドロのバイブを膣腔から引きずり出した瞬間、糸を引いて垂れるそれらの濁った雫たち。  
 ぱっかりと口を開けたまま尚も貪欲に蠢き、なかなか閉じようとしない秘裂。何度となく擦られた上に粘着テープを貼り付けられていた結果、爛れたように痛々しく腫れ上がった肉襞。  
 それらを余すところ無く最後のカットに収めてから、男は散々もったいつけてカメラを停止させた。  
「じゃあ俺は『そっち』に連絡してくるから。ここ片付けて、こいつらこれでしっかり纏めておけよ」  
 言って、男は相棒に荒縄と猿轡用の布を放り投げて渡し、ズボンを穿いてから一旦室外に出た。  
 携帯電話を操作しながら、舌なめずり。笑いが治まらないといった風情である。  
「なんせ上玉が2種類だからな。間違いなく飛びついてくるぜ……」  
 
 
 
 かなめが全身の重だるさとともに目を覚ますと、冷たい石畳の上だった。  
 周囲はとても暗く、状況が全く分からない。  
「あれ…? ……痛ッ」  
 なんだか頭痛がする。半身を起こし、額に手を当てようとして、体に重い何かが引っ掛かっていることに気付く。  
 手探りで確認すると、両手首と首に……それぞれ頑丈な鎖に繋がった、鍵付きのベルトが締められていた。  
「な!? 何よ、これ…」  
 引っ張ってみるも、もちろんびくともしない。ベルト状ではあるが中には鉄板が仕込まれており、実質は手錠に近い作りのようだ。  
 そこで、はっとして全身をくまなく探ってみる。  
 一応いつもの制服姿らしいが、ひどい着崩れようだ。脱げかけていると言っても良い。  
 ボタンが全部外れている上に、ブラは首元までずり上がってしまっている。さらに下には、スカートの中に冷え切って痺れてしまったお尻の感覚が直に――  
(の、ノーパン!?)  
 咄嗟に内股になり、スカートを押さえる。  
 わけが分からない。一体どうして、自分はこのような状況に置かれているのだろう?  
 当惑と恐怖、焦燥感などがごちゃまぜになって押し寄せてくる。  
 だが、そこは宗介と出会ってから何度も修羅場を潜り抜けてきた彼女のこと。首を左右にぶんぶんと振ってから、両頬をぴしゃりと一度叩いて気合を入れた。  
(落ち着くのよ……まずは状況の把握をしないと)  
 暗闇に若干目が慣れてきた。目を凝らして周囲を見回し、そこが案外広い空間だと知る。  
 奥の一角に見えるのは、鉄格子だろうか。  
 誰かに拉致された――その時点でかなめは確信した。同時に、これから起こるだろう……あるいは、もう『起こっただろう』出来事に思い当たる。  
 さっきは痺れていてすぐに気付かなかったが、下の大事なところが疼くように痛い。そして乱れた衣服に、脱がされて行方知れずのショーツ。これらを総合すると――  
「…あ……」  
 持ち上げかけていた腰をぺたんと下ろし、かなめはしばらく呆然としていた。  
 記憶には全くない。だが状況を考えると……間違いなかった。  
 何分経っただろうか。座り込んだままの彼女の瞳からは、止め処なく涙が溢れ出していた。  
「そんな…そんな………ソースケ…」  
 なぜここで彼の名が出てくるのか分からない。…いや、本当は分かっていた。  
 彼が好きだから。初めては、彼としたかったから。それなのに、こんなところで――顔も名前も知らない相手に奪われてしまうなんて。  
「ソースケ……」  
 拭えない事実を突きつけられたことで、懸命に奮い立たせていた心が一気に崩れていく。かなめは石畳に顔を押し付け、抑えきれない嗚咽を漏らした。  
 
 がしゃん・ぎぃぃ……  
 
 奥から、錆び付いた鉄格子の開く音が聞こえた。体を強張らせてそちらを見る。  
 数人の人影が近付いてくる。不意に眩しいライトの光を向けられ、かなめは目を細めた。  
「ふ〜む。確かに上々の『品』だな」  
 先頭にいた商売人風の小太り男が顎に手を当て、偉そうな口調で言う。おそらく値踏みしているのだろう。  
「……ねえ。どこなの、ここ……あんたたちは、誰?」  
 まともな答えが来るとは思えなかったが、しゃくり上げつつも精一杯気を張って質問する。  
 予想通り、返ってきたのは嘲笑と取り繕ったような憐憫の視線だった。  
「不運だったねぇ、お嬢さん。でもここはお嬢さんのような子を必要としている人たちが沢山来るところだから、どうか相手してやっておくれ」  
「ッ…ふざけんじゃないわよ、この犯罪者!!」  
 カッとなり、かなめは立ち上がって男に掴みかかった。  
 すぐに横に控えていたボディガード風の大男が動き、彼女を取り押さえる。  
「いやっ、放してよ! 痛いっ……ぐ、かはっ…」  
 なおも暴れるかなめの首に繋がれた鎖を大男が掴んで引っ張り上げる。足が床から離れかけ、かなめはベルトを掻き毟ってもがいた。  
「やれやれ、活発なお嬢さんだ。体力があるのは良いことだが、暴れられるのは困り者だな」  
 売人男は焦った様子もなく襟を整え、部下に手で合図する。  
 大男が無造作に手を放す。石畳に投げ出されたかなめは、うずくまって苦しげに咳を繰り返した。  
「ん〜…商品番号2441か。少々お灸を据えてから出すことにしよう。ま、ほどほどにな」  
 と、手にした『商品』リストを眺めて何やらメモした後、売人男は踵を返して歩き去った。  
 数人いた部下のうち二人だけが、後に続かずその場に残っている。かなめの呼吸がある程度落ち着くのを見計らって、一人が壁際に寄って何かのスイッチとレバーを動かした。  
 スイッチの作用で室内――牢内に薄明かりが灯り、最低限の視界が確保される。そしてレバーの作用で、  
 
 ジャララララ……  
 
「うっ!? や、あぁっ……」  
 身体の三箇所に繋がれた鎖が巻き取られ、かなめは為す術もなく壁際に引きずられていった。  
 鎖の出所は壁の下端に開けられた穴だった。巻き取られきった時には、かなめはバンザイ姿勢で仰向けのまま固定される形になっていた。  
 
 二人の大男が無言で近付いてくる。  
 表情にも変化がなく、まるで能面のようである。それがより一層かなめの恐怖を煽った。  
「いやっ……こ、来ないで!」  
 足元に屈んできた男を蹴り飛ばそうと足を高く上げかけるが、ノーパン状態であることが頭を過ぎり、恥ずかしさで動きが止まる。  
 その一瞬の隙に、男はかなめの両脚の上に跨っていた。  
「あっ…やぁっ、やめてっ!」  
 閉じ合わせたばかりの制服のボタンが再び乱暴に外され、ライトブルーのブラジャーが露わになる。  
 カラオケボックスの男とは違い、今度の男はごついナイフで解体にかかった。  
「ひ…」  
 刃物の出現にかなめが身を硬くする間もなく、ブラの中心と肩紐が切断され、あっさりと剥ぎ取られていた。  
 続いてスカートも中央から容赦なく切り裂かれ、ショーツのない下半身が丸見えになる。  
 終始素早い動きだったが、かなめの肌には薄皮一枚の傷も付いていない。どうやら、かなりの手練れのようだ。  
 もちろん、かなめ自身にはそこまで冷静に分析する心理的余裕は皆無である。  
「やあっ…やだ、触らないでっ……あっ、あぁンッ!」  
 無理矢理押し広げられた陰部に隙間風がスースー当たり、それが余計に羞恥心を誘う。  
 首を振って懸命に抵抗するが、秘裂を舐め上げられた瞬間に悲鳴が嬌声に変わっていた。  
 同時にもう一人の男が乳房を捏ね回し、口に含んでは先端を舐め、浅く噛む。やはり全くの無言、無表情で、かなめの反応にさえまるで無関心の様子である。  
 言うなれば、ただ事務的、機械的に命令を遂行するだけの傀儡。とても生身の人間とは思えない挙動だった。  
「やっ…うっ…はぁッ、あうッ! うぅ、んっ……ふあッ、あぁ!!」  
 淡々と犯される恥辱に、かなめは歯を食い縛って必死に耐えていたが、男たちは彼女の弱いポイントを少しずつ定めて的確に突いてくる。  
 やがて堪えきれなくなった彼女の、艶を帯びた声が薄暗い牢内に響き始めた。  
 男の舌は異様に長く太く、ヴァギナに差し込んで掻き回すと陰茎やバイブと遜色ないほどである。  
 さらには、やはり長く無骨な指がアナルの奥深くまで2本、3本と数を増やしつつ挿入され、彼女の内壁を両側から挟み込むように打ち付けていた。  
 まだ性交に慣れていないことによる苦痛と、カラダの奥底から湧き上がる雌としての快感。  
 意識では決して認めたくなかったが、このような場においても暗い欲情はかなめの全身を着実に支配しつつあった。  
「ひぃっ、ぃああッ! あふっ、んはぁッ!! あ、んあ……あぅ、ああぁッ!! …やぁッ、いやあぁぁ!!!」  
 涙で視界が滲む。滲んだ視界が、達するたびに白く消失する。  
 かなめは自分が放り込まれた惨劇の舞台と、そこでの自身の痴態を受け入れられず、発狂寸前の様相で叫び続けていた。  
 
(いや……ソースケ、助けて………宗介!!)  
 彼は今、この地にはいない。帰ってくるまでにはきっとまだ時間がかかる。  
 だがそれでも、かなめは心の中でその名を呼び続けた。声に出さなかったのは最後の意地だった。  
 こんな、得体の知れないケダモノに犯されている姿を彼に見られたくない。だから来ないで。でも助けに来てほしい。でも、来ないで……  
 
 
 身を捩って逃れようとするかなめを簡単に押さえ付け、男たちは黙々と彼女の身体を犯し続けた。  
「やあぁぁッ!! ひぃああぁぁッ!! ああっ、はあぁ、いああぁぁぁ!!!」  
 かなめはもはや何も考えられず、ついには唯一残された頭部を辺り構わず振り回していた。  
 その余りの暴れぶりを見て、上半身を攻めていた男が彼女の額を押さえようと手を伸ばしてきた。  
 ちょうどその時、かなめは一際高く頭を振り上げており、反射的に避けようとして勢い良く床に叩き付ける形となる。  
「いやあぁぁ!! ぅああぁぁぁっ……」  
 
 ゴグッ……  
 
 鈍器で殴るような音が響く。弓なりに反っていたかなめの全身がびくりと強張り、両の瞳が大きく見開かれる。  
 細かい引き攣りが数瞬続いた後、頭部がごろりと横に転がり、全身も力無く投げ出され動かなくなった。  
 ほぼ時を同じくして後頭部――石畳に強打した箇所――から温かい深紅の液体が流れ出し、彼女の長く美しい髪と両腕を瞬く間に濡らし、みるみる辺りに広がっていく。  
 斜めに傾いだ顔も半ばから紅の海に浸り、やがて鼻孔や口端からも赤い液体が伝い落ちていくが、床の一点に向けられた双眸は微動だにしない。  
「……………」  
 それでも男たちは少しもうろたえず、おもむろに行為を再開していた。  
 彼女の身体の小刻みな痙攣が性交に対するものなのか大出血へのショック症状なのか、その追求にすら興味が無いようだ。  
 ただ反応が続く限り乳房を揉み、乳頭を噛み、ヴァギナやアナルを舐め突き、掻き回した。  
 しかもかなめの全身の力が抜けてむしろ絶好の機会とばかりに、下半身担当の男は彼女の両脚をさらに押し広げて長大な一物を挿入にかかった。  
 かなめ自身は知る術もないが、本当の意味でのインサートは今行なわれようとしているのが初となる。  
 男は彼女の血と愛液、そして自身の唾液で十分に潤った膣口に極太の肉棒を宛がい……  
 そこで、牢の外に異変が起こる。  
 
 ガッ…ド……ドガッ! ガッッ…ドサッ  
 
「?」  
 さすがに男たちも手を止め、腰を上げて入り口を振り返った。  
 幾つかの鈍い音の後、薄暗い通路の突き当たりに、呻き声とともに倒れ伏す見張りの一人が見えた。  
 次に曲がり角から現れたのは――中肉中背の学生服姿。こちらの存在に気付くなり、驚愕の表情で絶句し……  
「きっ……貴様らあぁぁっ!!!」  
 直後、目を剥いて咆哮すると、錆び付いて脆くなった牢の扉を凄まじい勢いで蹴破って突進してきた。  
 
 
 
 ――叫び声が聞こえた気がする。  
「………あ……」  
 いつの間にか失神していたようだ。  
 かなめが頭を動かすと、何人かが立ち回っている様子がぼんやりと見えた。  
 目の焦点がなかなか定まらない。それに、後頭部が痺れたように鈍く痛む。  
 未だ鎖に繋がれ不自由な手をなんとか動かして頭を触ると、ぬるりとした感触があった。  
 緩慢に首を回し、付近の石畳を視界に入れる。辺り一面が赤黒く染まっていた。  
(これ、あたしの血……?)  
 気を失う寸前の行動が、うっすら思い起こされる。  
 大男どもに散々犯され続けて肉体より先に精神が耐えられなくなり、頭を激しく動かして暴れ、勢いで後ろに打ち付けた……確かそんな感じだ。  
「…ぅ……けほっ」  
 声を出そうとすると、変な咳が出て上手くいかなかった。鼻と口から生温かい液体が流れ出ている。  
 世界が暗い。しかもぐらぐら揺れている。耳鳴りのような雑音に絶えず包まれ、物音が断続的にしか聞こえない。  
 戦っているのは誰なのか……たいした距離ではないのに、それすら確認できない。  
 だんだんと眠くなってきた。このまま身を委ねてしまったら危ない睡魔だ――直感的にそう思った。  
 思いはしたが、抗う気はなかった。そんな気力は残っていなかった。  
 物音が聞こえなくなる。戦いが終わったのか、あるいは自分の耳が完全に機能しなくなったのか。  
 ……もはやどちらでも良い。ただ、最後に彼の声を聞きたかっ――  
 
 
「千鳥……千鳥っ!!」  
 浅い傷を負いながらも大男ふたりを打ち倒した宗介は、血の海に倒れるほとんど全裸状態のかなめに駆け寄り、焦燥も顕わに名を呼んだ。  
 脈も呼吸もあるが、とても弱々しい。今にも止まってしまいそうだ。  
 彼女の上下の大事な部分を覆い隠すように上着を掛けてやる。  
 なんとか傷口を止血し、コンバットナイフを用いて戒めを解いてやってから、頭部に気を付けつつ抱え上げて再度呼びかけた。  
「千鳥、返事をしてくれっ! 千鳥!!」  
 頭の傷、しかもこれだけ大量に出血しているため、迂闊に動かしては危険である。  
 だがここでは手当てらしい手当てができないのも事実。医療施設に運ばないことには対処のしようがない。  
 今現在可能な応急処置は、止血と意識の確認……あとは気道や安静体位の確保。容態によっては人工呼吸、心臓マッサージ――その程度である。  
 そういったノウハウは勿論持っている宗介だが、その分を差し引いても彼女の名を呼ぶ様子は必死そのものだった。  
 
 
 彼が東京に戻ってきたのはつい先刻で、数十分も経過していない。  
 いつものように輸送ヘリから学校の屋上に降り立ち、教室に入ってかなめと恭子が揃って無断欠席していると知った瞬間、嫌な予感が脳裏をかすめたのだった。  
 かなめの持ち物や制服に取り付けてあった発信器のお陰で、居場所――監禁場所は短時間で特定することができた。  
 地下からの電波が届いたのは運が良かったとしか言えないだろう。  
 そして潜入し、要所の見張りを片端から倒しつつ最奥部である牢まで辿り着いたのである。  
 無力化した敵の数は優に三十を超えるが、これは宗介の実力を持ってすれば造作もないことだった。  
 
 
 だが、それが何になる。間に合わないのでは――彼女を助けられないのでは、何の意味もないではないか。  
「…千鳥、頼む……返事をしてくれ…」  
 全身をわななかせ、宗介はかなめを強く抱き締めた。それからはっと我に返ったように身を引き、呼吸をもう一度確認する。  
 さっきよりさらに弱い――ほとんど止まりかけている。しかも、吐血で気道が確保できていないようだ。  
 宗介は焦る気持ちを懸命に宥め、彼女の口内に溜まった血液を手拭いで可能な限り吸い出した後、人工呼吸を試みた。  
 唇を合わせた途端、胸を締め付けられるような不思議な感覚に包まれた。  
 それは、彼が今までに他の者にマウストゥマウスを施した時には一度として無かったものだった。  
 
(千鳥……)  
 彼女の血で口の周りが真っ赤に染まるが、そんなことはどうでもいい。  
 宗介は無心で、いや、ただ一種類の感情を抱いて、彼女に酸素を送り続けた。  
 何としても、彼女には生きて欲しい。生きて、また笑いかけて欲しい。こんな終わりなど、到底容認できない――絶対に、嫌だ…!  
(…かなめ……かなめっ……!)  
 10分少々が過ぎたころ、彼女の手がぴくりと動いた。  
「! っ……はっ、はあっ、はあっ…はあ……ち…どり?」  
 長時間呼気を送り続けてさすがに息の切れた宗介は、酸欠でふらつきながらかなめの瞳を覗き込んだ。  
 先刻まで虚ろに開かれたまま微動だにしなかった美しい双眸が、ゆっくりとではあるが確実に彼の方を向く。  
「……そ…す……」  
 彼の顔に触れようと持ち上げる手を、宗介は優しく握って制した。  
「千鳥、わかった。もう喋るな」  
 また、彼女の華奢な身体が折れそうなほど力一杯抱き締めたい衝動に駆られたが、そこはぐっと堪える。  
 ひとまず意識は戻ったようだが、まだ全く安心は出来ない状態である。もし頭蓋内に血腫でも形成されていれば、一刻を争う手術が必要となるのだ。  
 握った手がとても冷たい。顔色も真っ青だ。とにかく病院へ行かなければ……  
 かなめの顔じゅうにこびり付いた血を服の端で拭き取ってやり、ついでに自分の口周りも適当に拭う。  
 そして彼女を横抱きに抱えたまま静かに立ち上がり、出口へと歩を進めた。  
 周囲への警戒は怠らずに、脳内ディスプレイに地図を展開する。この近辺の地理に関しては、ほぼ完璧に頭に叩き込んであった。  
 最寄の病院、それも緊急手術ができるほど大きいところは――  
 そこで、ごく弱い握力が手に伝わり、思考から引き戻される。  
「千鳥…?」  
「そ…すけ……まだ、キョーコ、が…いるはず……だから…」  
「しかし……」  
 宗介は困惑した。かなめの容態はいつ急変するか分からず、悠長にしてはいられない。  
 だが、おそらく彼女と一緒にいて拉致されたであろう恭子も、似たような状況に身を置かれている――牢に繋がれ、飢えた鬼畜どもに玩ばれている――可能性が極めて高い。  
 もちろん、そちらも見捨ててはおけない。  
「お願い……ぁたしは…だいじょぶ、だから……」  
 もう一度きゅっと手を握られた瞬間、宗介は腹を決めた。  
「…了解した。少しの間辛抱してくれ」  
 かなめは小さく頷くと、安心したように瞼を閉じた。呼吸は先程より落ち着いているようだ。  
(……だが、急がなければ)  
 かなめの場合は発信器の電波があったので発見は容易だったが、今度は手掛かりとなるものが全くと言って良いほど無い。  
 手の自由を確保するため、宗介は眠ったかなめを横抱きから背負う体勢に変えることにした。  
 そこらに累々と倒れ伏す敵から剥ぎ取ったズボンを彼女に穿かせ、羽織らせていた学ランの袖をしっかり通して着せてやる。  
 さらに掻き集めた何着かを紐代わりにして、てきぱきと自分と彼女の体を固定した。  
「ぅんッ……」  
 体を動かされたかなめが色っぽい声を漏らし、ほぼ同時に、  
 
 むにゅ……  
 
「っ!!」  
 ブラジャーを着けていないふくよかな胸部が背中に当たって心拍数が増加するが、宗介は鋼鉄の自制心で邪念を振り払って移動と探索を開始した。  
 夜目が利く彼は、わざわざ居場所を敵に知らせてやるようなライトを使う必要がない。  
 ついさっき殴り倒した見張りたちを素早く避けながら、通っていない通路の奥を虱潰しに探り始めた。  
 
 
 
 時間は少し戻る。  
 やはり頭痛と全身の倦怠感で目を覚ました恭子には、かなめと違ってカラオケボックスでの醜態の記憶が断片的にだが残っていた。  
 幸か不幸か、薬の効き目が薄かったらしい。  
 足元がスースーする。ショーツはカラオケボックスで剥ぎ取られたままのようだ。  
「や…やだ、あたし……」  
 全身が震え、眼鏡を失くした瞳から涙が零れ落ちる。  
 縄で縛られ、どこかに運ばれたのはおぼろげに憶えているが……  
 恭子は忙しなく周囲を見回し、親友の名を呼んだ。  
「カナちゃん、カナちゃん? どこにいるの…?」  
 さっと血の気が引いていく。冷たい石畳、闇に包まれた空間。響くのは自分の声だけ。  
 恐怖と絶望で大声を上げそうになるが、懸命に堪えて周囲の様子を探ることにする。  
 乱れた制服と髪を可能な限り整えてから立ち上がろうとする。  
 腰を浮かせかけて、恭子は両手両足が何かに繋がれていることに気付いた。  
「やっ…!」  
 じゃらっ、と重々しく鎖の音が鳴る。再び膝ががくがくと震えだす。  
 恭子は抜けそうな腰を叱咤し、手探りで壁際までどうにか歩み寄った。  
 壁に耳を当て、付近の物音を確認する。  
 無音。……いや、遠くで何かの悲鳴が聞こえたような――  
 
 ガシャン……  
 
「!」  
 ずっと近くで大きな音が生まれ、恭子は戦慄した。  
 数人の男たちがライトを手に近付いてくる。  
 先頭にいた小太りの男が、顎に手を当てて品定めするような視線を向けてきた。  
 ライトに目が眩み、恭子は震えながら眼前に両腕を翳す。壁に背を張り付け怯えきったその幼い仕草を見て、男は感嘆の声を上げた。  
「商品番号2442…これはまた、可愛らしいお嬢さんだ。この手の趣味のお客さんには堪らんだろうな」  
「商品…!? お、おじさんたち……あのカラオケの店員さんの知り合いなの?」  
 恭子の質問に、売人男は片眉をぴくりと吊り上げた。  
「はて…聞いていた話と違うな。足が付かないように薬を飲ませたと言っていたはずだが……まあいい。外に漏れないうちに『処置』を追加しておこう」  
 と、ぶつぶつ独りごちながらメモを取ると、脇に控えていた部下に何事か命じてから去っていった。  
「あっ、待って…」  
 身を乗り出す恭子の小さな体を、残っていた部下の大男ががしりと掴む。  
 そのままひょいと抱え上げ、牢の隅に置いてある粗末なベッドへと運んでいった。  
「やっ、や……放して…」  
 小柄な少女の抵抗など、彼らの前では全くの無意味でしかない。  
 
 ジャラ・カチャ・カチャ……  
 
 恭子を大男が押さえつけている間に、待機していたもう一人の男がベッドの足に鎖を繋いでいく。  
 作業が終わった時には、恭子は両手両足を半ば固定された姿勢で大の字に寝かされていた。  
 男たちは準備が整ったとばかりに、黙々と左右から恭子の衣服を脱がせに――もとい、ナイフで解体にかかる。  
「や…何するの……やめて、ああっ!」  
 手足の動く余裕は極めて僅かで、迫り来る男たちを叩くことも蹴りつけることも叶わない。  
 ただジャラジャラと、そういった趣味の人間がそそられるような金属音が鳴り響くだけである。  
「やっ…あ…ああっ…!」  
 やがて上着は背中側と袖だけを残してブラもろともズタズタに切り裂かれ、下半身に至っては足先以外一糸も残されていない状態となる。  
 発展途上の小振りな乳房や、下腹部の未熟な茂みが薄明かりの元に晒されている。  
 恭子は羞恥で顔を真っ赤にし、精一杯の抵抗心で目を伏せていた。  
「うっ…ううっ……」  
 目の端からこめかみに幾筋も涙が伝い落ち、安物のシーツを濡らす。  
 一方、男たちは恭子のそんな姿に欲情するでもなく、憐れみの目線を向けるでもない。終始押し黙ったまま、次の作業へと移っていた。  
 無造作に彼女の細い腕を掴むと、大きな注射針を刺して一気に薬を注入する。  
「…うっ!? あ、あぁ…」  
 恭子は一瞬びくりと身を強張らせたが、すぐに脳が痺れるような感覚に包まれて、体から力が抜けていき……ほどなく、とろんとした目を天井に向けるだけとなっていた。  
 男は恭子の眼前で手を何度か振り、反応がないのを確認してから幾つかの道具を取り出した。  
 ひょいひょいと恭子の華奢な肢体を動かし、彼女の体の各所に道具を装着させていく。  
「んっ……ぁン…ふぁッ……」  
 体を触られるたびに、恭子の口から小さく嬌声が漏れ出る。だがそれも長くは続かなかった。  
 セッティングを完了した男たちは、最後に『スイッチ』を入れてから、明かりを消して立ち去った。  
 後には、一人残された恭子のくぐもった喘ぎ声と鎖の打ち鳴らされる音が、暗闇の中に延々と続いていた――  
 
 
 
「くっ……」  
 地下通路を慎重に、かつ迅速に移動しながら、宗介は小さく歯噛みしていた。  
 恭子が見つからない。想像以上に売人どものアジトは広く、この地下牢に至ってはまるで迷宮だった。  
 あれからさらに数人の敵を無力化させたが、重傷のかなめを背負っており銃も使えないので少々手間取った。  
 とはいえ戦闘能力に関しては全く相手にもならない小者だらけである。問題は時間だ。  
(どこだ、常盤……)  
 無論、背後のかなめの様子を確認することも忘れない。今のところ落ち着いた状態が続いており、規則正しい息遣いが伝わってくる。  
「!」  
 曲がり角の先に気配を感じた。壁に身を潜め、様子を窺い……  
 
 ……ガッ・ドサッ  
 
 音も無く接近し、闇の中であっても寸分の狂いも無く一撃で打ち倒す。  
「…う」  
 伝わってきた衝撃に反応してか、かなめが小さく呻く。宗介は小声で問い掛けた。  
「千鳥、大丈夫か」  
「ん……平気…」  
 どう見ても平気ではないだろうと思ったが、ひとまず呼吸と脈に大きな変動はないので、それ以上は問い詰めずに先を急ぐ。  
 ここでの問答などより、彼女らの救出と脱出が最優先事項だ。  
 これまでに通ってきた道順と脱出までの最短経路はしっかり暗記している。  
 他に探していない分岐路は今向かっている道を含めても、残り僅かだった。  
 ――次こそ当たりであってくれ。そう心中で祈りながら、宗介は通路の奥へとずんずん進んだ。  
 
 ガシャッ…ガシャン……ジャラッ  
 
「…何だ…?」  
 進行方向から聞こえてくる不規則な金属音に、宗介は眉をひそめた。同時に、直感が彼に告げる――当たりだ、と。  
 それでも慎重に、宗介は音源へと近付いていった。やがて長い長い通路の突き当たりに、大きな牢が見えてくる。  
 牢の中に置かれたベッドに横たわり、妖しげに蠢く小さな人影が見えた。  
「なっ………」  
 暗闇の中、眼前に映し出される凄惨な地獄絵に、宗介は息を呑んだ。細かく捩るような動きを繰り返すその影の主は……  
「と……常盤…!?」  
 あまりの変貌ぶりに、しばらく彼女だと認識できなかった。  
 
 
 
「んッ…じゅる……んぅ! ……ちゅぷッ…ちゅぐぅ、うぅンッ! ぅふう、んんッ、じゅるッ……」  
 ベッドに両手両足を固定された恭子は、連続的なモーター音を上げて稼働を続ける三本のバイブレーターを咥えさせられていた。  
 口腔と、膣腔と、肛門。各所は丈夫な鍵付きのバンドが巻きつけられており、暴れ回った程度では抜けないように細工されている。  
 その上、御丁寧にも乳房の突起を挟むように細いベルトが締められ、恭子が身を捩るとちょうど擦れて刺激を追加する仕組みのようだった。  
 秘裂からは大量の愛液が溢れ、光のほとんど差し込まない中でもそのてらてらとした輝きが判別できる。  
 彼女が小さな臀部を頻りに振って悶える都度、飛び散った液がシーツをぐしょぐしょに濡らし、ベッドの端から下の石畳にまで滴り落ちていた。  
 口端から流れ出した涎もおびただしい量で、首周りから胸部にまで飛び散っている。  
 恍惚とした顔の周りは言うまでも無く、唾液に加えて涙や鼻汁にまみれてべたべたで、そこに乱れきった長い栗色の髪が纏わり付く様はまるでメドゥーサのようである。  
 さらに極めつけは……周囲に漂うアンモニア臭。どうやら尿も漏らしてしまっているようだった。  
「…………………」  
 宗介は今までにないほどの当惑と逡巡を置いてから、かなめと自分を固定していた結び目を静かに解き、彼女をそっと下ろした。  
 結び紐にしていた服を畳んで今度は枕代わりにし、平らな場所にかなめを寝かせる。  
 かなめが気付き、不安そうな目を向けてきた。  
「…ソースケ…?」  
「千鳥、少し…ここで待っていろ。すぐに戻る」  
 見せてはいけない――そう思い、宗介は牢の鍵を壊し、一人で中に入った。  
 明かりのスイッチは容易に発見できたが、今の恭子を全体照明で煌々と照らすのは躊躇われた。それに、明るくするとかなめの視界にも入ってしまう。  
 結局、懐からペンライトを取り出し、咥えて手元だけを照らしつつ救出作業を行なうことにした。  
「んふゥ、じゅぷッ…んんッ! じゅるッ、ちゅくン……ん、ん……ふぅン…」  
 まずコンセントを壁から全て引っこ抜き、玩具の稼働を止める。恭子の仰け反っていた背がするすると下がっていき、脱力した肢体が投げ出された。  
 続けてコンバットナイフで体に巻かれたバンドやベルト、手足の鎖を切断していく。バンドはともかく鎖は太くて頑丈なため、かなり骨が折れる作業である。  
 彼女の白い肌を傷付けないよう細心の注意を払いながら、宗介がひとつずつ戒めを解いていると、  
 
 ち・ちちち……しゃああぁぁ……  
 
 大きく開かれた恭子の股間から黄金色の液体が高々と噴出し、既に濡れそぼったシーツの下半分一帯にはしたない雨を降らせた。  
「っ!」  
 咄嗟に飛び退く。再び充満する異臭と、繰り広げられる異様な光景。  
 せめてもの配慮で、宗介は彼女の放尿が終わるまで目を逸らして待った。  
 
「んふぁッ、ちゅくん……ちゅぷ、ちゅるぅ…」  
 恭子の表情には醜態を晒した恥辱感は全く窺えず、むしろ満ち足りた様子で動かなくなったバイブを尚もしゃぶっている。  
「…ぐ……」  
 ナイフを握る手に、知らず凄まじい力が籠もっていた。  
 しばらく時間を置き、息をついて気持ちを落ち着けてから、宗介は作業を再開した。バンドと鎖を全部外し、残すは上下の穴に挿入された三箇所のバイブ本体。  
 
 ぎゅぱっ……  
 
 まず口に差し込まれたひとつを抜き取る。  
 銀色に光る糸が口から顎へと垂れ下がり、引っ張られた拍子に一瞬浮き上がった恭子の頭が力なく転がって横を向く。  
 口内に溜まっていた大量の唾液がどろりと溢れ出し、シーツに粘性の強い水溜まりを形成した。  
「ン……ぅふぁ……」  
 可愛らしい形の口から発される言葉には、もはや人語の響きは見出せない。  
 宗介は唇を噛み締めた。  
 先ほどから彼女に現れているこれらの異常な症状は、明らかに強力な薬物の影響だ。一過性のものであればまだ良いが、多くの場合は重篤な後遺症を残してしまう。  
 また立ち尽くしていたことに気付き、軽く首を振って作業に戻る。……今は、自分にできることをするしかない。  
 あとは前後の局部に埋め込まれたふたつだが、これが問題だ。  
 宗介は多分に躊躇いながら、まず見えている前方のバイブのコードを持った。  
 体のほう――股間を押さえるのははばかられたので、コードだけを両手で掴んで慎重に引き寄せる。  
 
 ずりゅりゅ……きゅぼっ  
 
「ンァ……くぅん…」  
 恭子が切なげに鳴き、小さな臀部がふるふると揺れた。  
 遮るものが無くなった秘裂からは、水門の開放を待っていたうっすら紅い液体が一気に流れ出てくる。  
 それは先程できたばかりの黄色い染みに重なって混じり、今や吸湿性を失ったシーツから駄々漏れに下まで滴り落ちていった。  
「…ふぅっ……」  
 宗介は自己の感情を強制的にシャットアウトさせ、次々と展開される友人の痴態をどうにかやり過ごしていた。  
 最後は肛門だが、これは仰向けのままでは引き抜くのが難しい。  
 宗介は掴む位置に気をつけて恭子の体をうつ伏せにしてから、両膝を開き気味に折ってお尻を突き出す姿勢を取らせた。  
 殿裂から伸びた一本のコード。よほど深く埋め込まれているのだろう、バイブレーターの本体は割れ目の奥に隠れてしまって見えない。  
「常盤、少し失礼する…」  
 考え込んだ末に、宗介は恭子の白桃のように瑞々しい臀部を押し開いた。間を置かず、コードを強く引っ張る。  
 
 ずっ……  
 
「んふァ、あンッ!!」  
 肛門が収縮し、締め付けが強くなる。  
 恭子も尻を小刻みに振って悶え、なかなか思うように引き抜くことが出来ない。  
「っ……じっとしていてくれっ」  
 
 ずっ・ずり……ブチッ  
 
「んあッ、ひぁぁッ!! ふぁぁ!!」  
 半分ほどバイブの本体が姿を見せたところで、あまりに強い締め付けにコードが耐え切れずに千切れてしまう。  
 宗介は掴む場所を本体に変え、直接引っ張った。  
 
 ……ずぽんっ  
 
「やぅンッ!! ん……はぁン……」  
 力の抜けた恭子の尻がぺたんとベッドに落ちる。  
 愛液は今なおポタポタと音を立てて滴っており、ぐしょぐしょのシーツに押し付けた恭子の尻からは新たな異臭が立ち上っていた。  
「っ…」  
 宗介はまた身を引いて目を逸らし、ついでに耳も塞いだ。  
 
 ちち・ちぃぃ……ぷっ…ぷうっ……びび・びぢゅぅっ  
 
 栓を抜かれた肛門から、ガスとともに半固形状の物体が垂れ流される。  
 同時に尿もまた放出されており、恭子の足元は糞尿まみれでグチャグチャになっていた。  
 当の本人は蛙のように這いつくばった姿勢で、締まりのない顔を体液の海に押し付けたまま、小さな喘ぎ声を漏らすだけである。  
 感情の変化は微塵も見られない――精神が完全に破壊されてしまっている。  
 ぎりり、と鈍い音が牢内に響く。噛み締めた歯が、砕けそうなほど軋んでいた。  
「……くそっ! 下衆野郎どもが…」  
 宗介は手にしたバイブレーターを壁に投げ付け、忌々しげに吐き捨てた。  
 彼の胸中に、これまで感じたことがないほどに激しい怒りの嵐が吹き荒れていた。  
 
 
 
 
          *    *    *  
 
 
 宗介が半ば壊滅させた人身売買組織の主犯格は、どさくさに紛れて逃亡していた。  
 潜入したアジトに関しては一応通報しておいたが、警察の鈍重な対応ではおそらくこれ以上の収穫は望めないだろう。  
 余談であるが、事件から数日後にとあるカラオケ屋の店員が二人、不審な事故死を遂げたらしい。  
 後の調査で、彼らも人身売買に一枚噛んでいたことが判明したが、取り立てて大きく扱われることもなかったようだ。  
 
 
 一方、敵地から脱出した宗介たちは、その足で総合病院へと急行した。そして――  
 
 
 病室のドアがノックされる。  
「どうぞ」  
 身を起こしつつ開かれるドアを見やると、むっつり顔の学生服姿が現れた。  
「千鳥、具合はどうだ」  
「あ…ソースケ」  
 安心したように息をつき、かなめはスリッパに足を通した。  
「ま、待て。まだ寝ていろ」  
 立ち上がろうとする彼女に慌てて近寄り、制する宗介。  
「大丈夫よ、もう……そりゃ輸血はしたけど、怪我自体はたいしたことなかったんだし」  
 かなめは頭に巻かれた包帯を指して苦笑しつつも、大人しくベッドの中に戻った。  
「しかし、頭部の傷は油断できん。それにまだ3日しか…」  
「大丈夫だってば」  
 もう一度強い口調で言ってから、椅子を勧める。宗介は渋い顔をしながら従った。  
 数瞬流れる沈黙。やがて、俯いたかなめがぽつりと呟いた。  
「あたしより……キョーコの方が、ずっと大変なんだから」  
 きゅっと唇を噛み締める。瞼が震え、懸命に泣くのを堪えているように見えた。  
 恭子は同じ病院の別室に入院しており、今も意識が戻らない。今後元の生活に戻れる可能性は残されているが、回復には相当な時間がかかるだろうということだった。  
「……千鳥……すまん。俺が、もっと早く戻っていれば…」  
 真っ直ぐに頭を下げる。それしか返す言葉が見つからなかった。  
「やだ、ソースケのせいじゃないわよぉ。あんたのお陰で助かったんだから」  
 ぱたぱたと手を振り、不自然なまでに軽い口調で言うかなめを、宗介は上目遣いに見上げた。  
 彼女が無理に笑いかけようとしているのが明白で、胸が締め付けられる思いだった。  
「本当に感謝してるのよ。だから、謝ったりしないで……あんたは…全然悪く、ないわ…ょ…っ」  
 後半は詰まって声にならない。  
 宗介は彼女の顔を直視できず、ただ壁の隅を凝視していた。膝の上に置かれた両の拳が、血の気を失うほど固く握り締められる。  
「ぅ…っ……ソースケ…こっち来て…」  
 しばらく経って。目元を何度も拭っていたかなめが、唐突に告げた。  
「?」  
「こっち……」  
 両腕を伸ばしてくる。宗介は戸惑いながらも立ち上がり、彼女の手が届くベッドの端に座り直した。  
「…ここで、いいのか?」  
「ん」  
 かなめは頷き、伸ばした腕で宗介の両肩を引き寄せて柔らかく包み込んだ。  
 ぐずりながら身を乗り出し、彼の肩に顎を乗せてから、両腕に力を入れてきつく抱き締める。  
「ち、ちど…」  
「しばらく……ぐすっ…こうさせて」  
 言って、彼の首に顔を埋めてきた。  
 
 …ちゅっ……  
 
「な……っ」  
 宗介の全身が硬直する。  
 彼女の髪の心地良い香りが鼻腔に広がり、さらには首筋に密着した唇と吐息の感触に、背筋がゾクゾクとして落ち着かなくなる。  
 豊満な乳房が自分の胸に押し当てられている――言葉でその現象を認識する前に心臓が過敏なまでに反応し、頬が一気に紅潮していくのが分かった。  
 
 ちゅ…ちゅぅっ……  
 
 かなめは少しずつ位置を変えて、身を硬くする彼のうなじに幾度となく吸い付いてくる。  
 そのたびに電流のように鋭い快感が宗介の中に流れ、カラダの芯をじんじんと痺れさせた。  
「んぅ、ぁ……く、うぅ……はぁっ…ふぅっ……はぁっ…はぁ……」  
 心拍数もそうだが、呼吸数も随分と増加している。自分の身体が微かに震えていると気付くまでに、膨大なタイムラグがあった。  
 
 ……ちろっ  
 
「うっ!」  
 不意に首筋の浅い切り傷をなぞるように舐められ、びくりと体が後ろに反る。  
 僅かな痛みは勿論あったが、それを遥かに上回る甘美な感覚が体中を突き抜けていた。  
「…くぁ…うぅ……ち、ちどり……っ」  
「……ふふ」  
 熱に浮かされたような声で名を呼ばれたかなめは愛しげに微笑んで、仰け反る宗介の後頭部を宥めるようにさすりながら引き戻し、舌先での愛撫を続けた。  
 そして正座を取って自分の位置を高くしてから、彼の頭を大事そうに胸に押し抱く。  
 
 くにゅ……  
 
「!! うぁ……っ、ふ…ぁ……」  
 自然、谷間に顔を埋める形となる。かなめ側に半ば身体を倒された格好の宗介は、いきなり激戦の地に放り込まれた新兵のごとくうろたえ、身を引こうと藻掻いた。  
 だが、四肢にも胴体にも自由が利かない。まるでかなめに密着した場所から全身の力が吸い取られているかのようだった。  
 宗介は結局、彼女に引き寄せられるがままに凭れ掛かっていた。  
「ソースケも……怪我、してるじゃない。大丈夫なの?」  
 聖母のような慈愛に満ちた天の調べが頭上から降ってくる。  
 自分の熱い吐息を彼女に吹きかけるのが躊躇われ、宗介は途切れ途切れに囁くようにして答えた。  
「…ぉ……俺は…っ、掠り傷、程度だ……問題…ない…」  
「そ……良かった」  
 
 ぎゅっ……  
 
 彼を押し抱くかなめの腕に、また力が籠もる。  
 
「ソースケも腕回して、もっとくっついてきていいんだよ…?」  
 その台詞が彼の脳内に浸透するまで、数秒を要した。極度の興奮状態に加え、まともに呼吸が出来ないせいもあり、意識が朦朧としてきたのだった。  
「…んぅ……ぁ……」  
「……ソースケ? 大丈夫?」  
 次第に反応が鈍くなってきた宗介を見下ろし、かなめが腕の力を緩める。  
「……ぅ………ぐ、はぁっ」  
 やっとのことで意識を繋ぎ留めた宗介は、彼女の細い腕に手を掛けて支えにし、一旦ふらふらと身を起こしてから俯いて頻りに喘いだ。  
「はっ、ぁ…はぁっ、はぁ……はあ……っ」  
 先日の人工呼吸後の比ではなかった。気道が確保されても、うまく息が吸い込めない。  
「大丈夫?」  
 もう一度訊いて、かなめはくすりと可笑しそうに笑った。  
「そんなに緊張しなくてもいいのに。もっと楽にしててよ」  
「はぁ……はぁ……あ、ああ……」  
 いつの間にか自ら額を彼女の胸に押し付けてしまっていたが、かなめは少しも嫌がらずに、それどころか優しく頭を撫でてくる。  
 ひとしきり双肩を上下させてから、宗介はゆるゆると顔を上げた。  
「ちど…り……申し訳ない……」  
 視界が若干暗く狭まっており、軽く頭痛と眩暈がする。声も心なしか涙声になってしまっているようだ。  
 少し驚いたようなかなめの顔をしっかり見つめ、気力を総動員して言葉を続ける。  
「……無様な姿を、見せてしま…っ!?」  
 言い終わらないうちに、宗介は一層強い力で抱き締められていた。  
「そんなことはどうでもいいの…。それより」  
 艶っぽい声で囁いてくる。耳孔をくすぐる彼女の吐息がさっきより熱く感じるのは、気のせいだろうか。  
「なっ…ぁ……」  
「もう一回言うけど。ソースケも腕回していいんだよ? ていうか、回しなさい…っ」  
 幾分強い口調の後、攻撃が再開される。  
 
 ちゅ・ちゅっ…ちゅぅ……ちろ…ちろっ……ちゅっ……くにっ  
 
「…ぐぅ……んぅ…っ、うぅ…ぁ…っは……あぅぅっ」  
 今度は耳の裏から喉元の広い範囲に丹念に唇を落とされ、舌先で弄くられる。  
 さらに肩の後ろから背中にかけてを甲斐甲斐しく撫で回され、仕舞いには耳朶を軽く噛まれて、宗介は何度目か分からない甘い心地に支配された。  
 
「もっと触ってきてよ。あたしだけに、やらせないでさぁ……」  
「ふ、ぅ……っ」  
 脳髄が痺れるような危険な快楽の波に容赦なく意識を攫われそうになるが、  
「っ……りょ……了解、した」  
 何とかそれだけ言ってから、恐る恐る滑らかな括れに腕を絡ませ、彼女の引き締まった腰を静かに抱いた。  
 壊れ物でも扱うように丁寧に、だが決して離さない強さを込めて。  
「はぁ、は…ぁ……はぁ…」  
「…っふ……よく出来ました」  
 かなめはまるで整う気配のない宗介の息遣いを聞きながら、また小さく声を漏らした。やがて彼の顔を両手で挟んで自分に向けると、  
 
 ちゅ……  
 
 狙い違わず唇を合わせてきた。  
「んぅ!?」  
 痛いほどに鼓動が強く打ち鳴らされる。宗介は思わず身を引きかけたが、すぐに後頭部をがっしり押さえられて逃げられなくなる。  
 実際には人工呼吸をした時に接吻しているのだが、死活問題だった前回と今とでは衝撃のレベルが桁違いだった。  
 彼の反応を見たかなめは合わせたままの口の端で、ふふっと満足そうに笑った。  
 腰に回した状態で硬直している宗介の腕を片方の手で撫でつつ、さらに先へと進んでいく。  
 
 ちゅく…ちゅっ…ちゅくん……ちゅるっ  
 
「っ! ふっ、ん……ぅぅ、むぅ…ん、んぅ」  
 半開きになっていた口内へとかなめの舌が侵入してくる。  
 高い位置から突き入れる彼女の舌は妖しく蠢いて宗介の内壁を掻き回したが、不快感は全くない。  
 むしろ、先刻の危険な快感がどんどん増幅されていくようだった。  
 
 ちゅくっ…ちゅる……ちゅぅ…  
 
「ぅ…んむ……ん、ぅ……んくっ」  
 流れ込んでくる彼女の温かい唾液を、宗介は反射的に嚥下していた。  
 ごくりと音を立てる喉に気付いたかなめが、歓喜の様相で彼を強く抱き締めた。  
 尚も口の中で動き回る彼女を、いつしか宗介は自身の舌で執拗に追いかけていた。  
 舌同士が触れ合うと、かなめは宗介の全てを舐め取らんばかりに絡めてくる。  
 それに宗介はさらに応じ、またかなめが応えて……小さな空間での濃厚な絡み合いがしばらく続いた。  
 
「…スケ……ソースケッ」  
「……む」  
 気が付くと、心配そうに見下ろしてくるかなめの顔が間近にあった。  
「っ…俺は……いった…い」  
 頭がぼうっとする。体勢を見ると、後ろに倒れかけたところを支えられたらしい。  
 すぐに身を起こすが、途端にさっきより数段強烈な眩暈に襲われ、瞬間的に前後不覚に陥る。  
「うっ……」  
 また倒れ掛かる宗介をかなめは慌てて抱き止めた。微かに震える背をさすりながら説明する。  
「ソースケ、ずっと息止めてるんだもの……目ぇ回しちゃった時はびっくりしたわよ」  
「そう…だったのか…」  
「っとに……信じられないくらい危なっかしいわね。戦場とは大違いだわ」  
「…面目無い」  
 宗介は端的に返してから、痺れて感覚が鈍った腕を緩慢に動かし、再びかなめの腰に回した。  
 ――情けない。また醜態を演じてしまった。  
 しかもあろうことか自ら酸素の供給を放棄した上、完全に落ちてしまうまでそのことに気付かないとは。プロの傭兵が聞いて呆れる……  
「千鳥、本当に…すま……ぅっ」  
 もう一度謝ろうと声を出した瞬間に不意打ちが来た。きつく抱きすくめられて再びうなじに吸い付かれ、背筋が小さく反る。  
 
 ちゅぅ…ちゅっ・ちゅる……  
 
「ぅ…っく、ふ……んぅ……っ、ふ、うぅ」  
 魅惑的な心地は増す一方だったが、それとは別に宗介は若干の寒気を感じていた。  
 彼の僅かな異変に敏感に気付いたかなめが、肌の露出した部分を撫でつつ訊いてくる。  
「ソースケ……体が冷えてるわ。それにさっきから震えてる。具合悪いんじゃない?」  
「ぃや…たいしたこ…とは……」  
 舌の動きが明らかに鈍っていた。言葉を発するのが億劫になる。視界がどんよりと重く暗いのは、陽が傾いてきたせいだけではないだろう。  
 全身に貧血症状が現れている――失神するほどの酸欠状態だったのだから、無理もない。  
 消化器官も不調を訴えていた。今にも吐く、というほどではないが……  
「顔も蒼いわよ…」  
 額に手を当ててくるかなめの声が、耳に遠く響く。さーっと全身の血の気が引くのが分かった。いけない……かなり重症だ。  
「ぅ……すま…んっ、少し……休ませ、くれ…」  
 細い肩に力なく顎を預けて、宗介は掠れた声で告げた。  
 その身体を支え、焦った様子でかなめが問いかける。  
「! やっぱり具合悪いのね? 横になった方がいいんじゃ…」  
「不要だ……こうして…れば……」  
 力の入らない腕を無理矢理動かし、より深く彼女に絡める。  
 彼女に触れていれば、千鳥かなめを感じていれば、活力が瞬く間に漲っていく――先程とは逆に、今はそんな気がしていた。  
 
 縋り付くように密着したまま宗介は押し黙っている。  
 その頑なな態度を無下にすることもできず、かなめは彼の背をそっと撫で続けた。  
 抱き合う二人の息遣いだけが、しばらく室内に流れる。  
 窓から彼らに光を投げかけていた陽はすっかり西の空に沈み、小さな病室は次第に夜の闇に覆われつつあった。  
 かなりの時間をかけて少しずつ体調を回復させた宗介は、入れ替わりにやってきた別の心地良い感覚に知らず知らず身を委ねていた。すなわち――  
「………ん…………」  
「……ソースケ?」  
 ぐらり、と宗介の全身が再び傾く。  
 驚いて支えたかなめは、項垂れた彼の顔を覗き込み、規則正しく漏れ聞こえる呼吸音を耳にして……安堵の溜息をひとつ。  
「疲れさせちゃったみたいね……」  
 ベッドからはみ出ている脱力しきった両足から靴を脱がせると、よいしょと持ち上げて楽な姿勢を取らせ、膝枕を提供してやる。  
「…ごめんね。それと、ありがとう」  
 運ぶ途中で、顔が近付く。無意識に唇を重ねていた。  
 
 ちゅ……  
 
 少々強引に動かしたせいもあってか、宗介がちょっと顔をしかめた。が、目を覚ます気配はない。  
「…うぅ…ん……くぅ…すぅ……」  
「ほんと……呆れちゃうわね、このギャップ」  
 太腿の上で微かに移動する重みが何ともくすぐったい。  
 いとおしさが募り、かなめは何度も何度も彼の髪を撫でた。  
「すぅ……すぅ……」  
 あまりに安らかな寝息とあどけない寝顔に、自然と頬が緩む。  
 普段ははた迷惑なほどに用心深い彼だが、目の前の可愛らしい姿を見ていると、逆に守ってやりたくなるくらい無防備に思える。  
 小さく上下する腹部に置かれた彼の手を、両手で挟むようにしてそっと触れてみる。  
 さっきより大分体温が戻っていた。震えも止まったようで、ほっと一安心。  
「…ん……すぅ……すぅ……」  
 何かの夢を見ているのか、宗介の頭がまた少し動き、掌に触れていた彼女の手をきゅっと握ってきた。  
 切なげな笑みを浮かべ、かなめも優しく握り返す。  
「宗介……好きよ。誰よりも、あなたが大好き」  
 彼が手を決して放そうとしないのが、かなめにはこの上なく嬉しくて……次々と頬を伝い落ちていく涙を拭おうともせず、宵闇の中でいつまでも彼の生命を感じていた。  
 
 
 終わり  
 

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