「……その、そんなに怒るとは思わなかった」  
 「怒るに決まってんでしょ!!あんたまだあたしの性格把握してないの!?」  
 二人の格好はといえば全く一糸纏わぬ状態で、うな垂れる宗介は正座、かなめは立てひざついて宗介を見下ろしている。  
 「ったくクルツくんもクルツくんだわ!こいつに酒の席とはいえそんな言ったら真に受けるのに決まってんのに」  
 「…面目ない…」  
 一通り宗介の状態を問い質し終え、かなめは殊更わざとらしくハァーと大きなため息を吐き出す。  
 「謝ってもらったって、あたしのバージンは帰ってこないわよ。」  
 「………………すまん」  
 「誠心誠意で言ってんの?」  
 「もちろんだ。どんな謝罪でもする」  
 「…何でも?」  
 「割腹せよと言うなら準備がある」  
 「いらんいらん。  
 ――――――じゃあ最後に聞くけど――――――なんで、起こさずにやったの?」  
 ひくり、と宗介の顔が引きつって止まる。かなめはその様子を見逃さない。じっと黙って彼の口が開くのを待っていた。  
 「……自信が無かった。  
 嫌がられたらと思うと…足が竦んで……結果的に卑怯な行為をしてしまった…」  
 ぽつりと吐き出された言葉がベットやシーツに跳ね返って、部屋の壁に吸い込まれた。静まり返った部屋の中に、二人は呆然と居尽くしている。  
 ――――――めんどくさい男だなぁもう…。  
 かなめは頭をがしがしと掻きながらちょっとだけ照れた様子で、完全にへこんでいる宗介の顔を持ち上げる。  
 「目、つぶって」  
 囁くかなめの声に、意を決したような固い表情で宗介が従う。  
 その表情に多少呆れながらも、彼女は目を閉じて彼の唇に自分の唇を重ねた。  
 
 「あんた、キスしたことある?」  
 「?……キスとはなんだ?」  
 「今してるこれ」  
 「……むぅ。いや、このような行為は経験が無い」  
 「へぇ。じゃああたしのバージンとあんたのファーストキス、交換でいいわ」  
 唇の隙間でそんな風にやり取りされた言葉は長く続く事も無く、かなめは思う存分宗介のたどたどしい唇の動きを楽しんでいた。  
 好きな奴と最初にするキスがこんなえっちなキスだなんて……あたしってはしたないのかしら?  
 そんなことを思いながら、しかし奪うキスは魅力的で快感だった。爽快感さえあった。  
 ぬるぬると蠢くお互いの舌、温く熱い二人分の唾液、少し無粋な音を立てる双方の歯。その全てが二人を一つの生き物に統合する。まるでドロドロ溶け合うアメーバーのように。  
 二人が微熱に浮かされてクラクラし始めた頃、ついに宗介がベットに倒れこんだ。ぎりっとスプリングが大きく軋む音にかなめは心臓が跳ね上がるのを押さえられない。  
 どきどきどきどき。心臓が激しく暴れ狂っていて痛みさえ感じる。恥ずかしさより先にあるそれの名前を、かなめはどうしても思いつかなかった。  
 なんだろ、なんか、うれしい。  
 ぽやーっと前後不覚になっている恍惚とした表情のかなめに、宗介はすっかり魅了されていた。  
 なんと愛らしくも美しい表情をするのか。それが偽らざる宗介の感想であった。……が、それが言葉に出来るほど彼は器用ではなかった。またそれを伝えようという発想も無かった。  
 何故千鳥は無理に性行為に走ったおれを、こんな行為で許そうというのか。これでは俺が両得なだけではないのか?それとも他に何か他意が?そもそもこの行為は…確か思いの通った恋人同士のするものではなかったか…  
 彼はぼーっとそこまで考えて、はっとした。結論にたどり着いたようだ。  
 千鳥は……俺を試しているのでは!  
 鈍感一代男、ここに極まれり。  
 
 それならこの性衝動を駆り立てる行為に没頭させる事も説明がつく。千鳥は俺のあの衝動的行動が一過性のものかどうか試しているのだ!  
 急に答えを手に入れた宗介は、まるで水を得た魚のように嬉々としてかなめを身体をがっしりと掴んで押し倒し返す。  
 「うわっ……きゃぁっ!」  
 どさっという大きな音をさせて、かなめの身体がベットの上で弾む。  
 「なっなにす…んぅ!」  
 急に荒々しく扱われたかなめが抗議をする間もなく、再び宗介によって唇を塞がれて深いキスをされた。  
 なっなっなっ…なんでだー!!  
 許してやるって言ってんのになんでこんな事すんのよこのバカ!なによキスでまたムラムラ来たっての!?信じらんない!ムードもへったくれもあったもんじゃないわ!このケダモノ!  
 じたばた何とか組み伏せる身体から抜け出そうともがくかなめの様子に、何かを確信したように唇を離し、ベットに突っ伏した宗介がシーツに顔をうずめながらにやりと笑った。  
 ……やはり!先ほどと同じ条件で強引に行けということか!  
 そんな宗介の暴走ぶりなど知る由も無いかなめは、言葉に出来ない程の怒りを感じていた。あまりに腹が立ちすぎると、人間声が出ないものなのだなと変な悟りを開きつつ。  
 「問題ない。枕もとのダッシュボードの中には4つ“水筒”があった。残りは後三つある」  
 「あ、あ、あ、あ…アホかー!」  
 ロマンの欠片も無い宗介の嬉しそうなセリフに、かなめは呆れるやら腹が立つやらで全身から力が抜けた。罵倒に使う単語も脳味噌からみんな流れ出してしまう。  
 そうこうしている間にも宗介が覚えたての愛撫で身体中を弄っている。それがまた覚えのいい彼らしく、上手いのだ。とてもじゃないが初心者とは思えない程。  
 「あっあっんっ…!…やぁ…ん」  
 いやっ変な声が出ちゃう…と、止まんない!  
 「やっはぁ……ああぁーっ」  
 
 くっくそぉ、負けるもんかー!すっかりエンドルフィンだかアドレナリンだかでパニックを起こしているかなめは、宗介の両手を掴んで強引に押し止めようと力を込めたが、体制的にどうにもならず、思わず声を上げた。  
 「やめっやめー!ストップ!待て!ソースケ!タイムよ!一時停止!」  
 まるで犬にする命令のような声に、宗介はぴたりと全ての行動を停止させた。  
 「はぁ、はぁ、はぁ……ね、ずるいと思わない?あんたばっかり攻めててさ…。  
 あたしに反撃のチャンスが無いわ。これは不公平だと思うの」  
 神妙な顔つきの宗介が思わず頭の中をハテナマークで埋めた時、かなめがまた口を開いた。  
 「やっぱこうゆうのって共同作業じゃない?相互行為じゃない?  
 あたしにも攻めさせてよ。……とゆーわけでアンタ今から反撃禁止ね。動いちゃダメよ。ちょっとでも反撃の意思が認められた場合――――――わかってるわね?」  
 あのときの禍々しい笑い顔を携え、かなめが両手をわきわきと動かしながら宗介の身体の下から抜け出し、逆に彼を押し倒した。  
 「……つーかあんたつけるの早過ぎ」  
 ちらりと彼の下半身に視線を走らせてすぐに元に戻した彼女は、呆れ声でそんなことを言った。  
 「マオから途中で着ける技術に不安を覚えるなら最初から装着せよとのアドバイスを貰った」  
 「……ふうん、アンタの初めてもマオさん?」  
 女性、しかも自分よりも彼の危険により近い場所で長く過ごしている人物の名前に、宗介の技術の高さや段取りの良さ、果ては言葉の選び方の違和感までの疑問が集約しながら氷解してゆく。  
 「マオさんにもこんなことして貰ったのかしら?」  
 かなめは彼の顔から視線を決して逸らしたりせず、じっと見つめながら彼の性器に装着されているゴム製品の先端をつまみ上げ、じりじり焦らすように引っ張りあげた。  
 「うぅ……くっ」  
 「やだ、こんなので感じてるわけ?……ソースケはヘンタイねー」  
 ……しまった、楽しいコレ。かなめはもしかすると自分はサド寄りなのでは、とくだらない事が頭を過ぎった。  
 
 ちゅる……っ  
 小さな水音が聞こえ、ブルーの薄いゴム膜が宗介自身から強く一気に引き抜き去られた。  
 「うぁ…ぁっ」  
 ぞくぞく這い回る背中の快感と寒気に思わず声を上げた宗介は、自分のその声に赤面した。なんということだ、これではまるで女の喘ぎ声ではないか。  
 「…かぁいい。  
 ほら、取れちゃったわよ。これで残り二つ、ざぁんねん。」  
 指でそっと彼の抜き身を辿ってその熱さとぬめりに驚愕したが、彼女はそれさえも平気な顔で押し通した。初めて触る異性の性器に緊張するのに、今は彼の悩ましげな表情の方が重要らしい。  
 「どうしたの?さっきより大きいわよ。  
 ソースケは自分からするよりされる方が感じるのね?ほら、どうなの?」  
 少しだけ彼の膨張を握る手に力を込め、軽く上下に擦る。  
 「うぁっ……ひっ…否定する…」  
 「嘘。こんなになってるのにされるのが嫌だっての?」  
 どくんどくんと脈打つ怒張はみなぎりこそすれ、縮小の気配はまるで感じられない。にも拘らず、宗介は艶の消しきれない声で必死に抵抗している。彼に許されているのはそれだけだから。  
 「千鳥、君は」  
 「やぁね、こんな時に苗字なんか呼ばないでよ。気分が殺がれるわ」  
 「…ではかなめ、君は何故そんなに…その、いやらしい言葉が言えるのだ?まさかそんな趣味が」  
 「………さあ、どうかしら?」  
 いつもなら確実に怒りそうな言葉を頑張って捜した宗介は、妖艶に微笑むかなめに絶句した。だめだ、こんな程度の煽りでは興奮した彼女は正気に戻らない。  
 「でもこんなにいやらしくおっきくしてるアンタには言われたくないセリフね」  
 くりっと親指を先端に滑らせ、声も無く喘ぐ宗介の顔を見ているかなめは手の中でまだ大きくなるそれを弄んでいる。まるでお気に入りの玩具のように。  
 
 「い、いけない!そんな……ぁあぁっ」  
 叫んだときには既に遅かった。絡みつくかなめの粘液質の唾液の雫が彼の性器を握り締めている両手にゆっくり滴ったのだ。  
 「こんなにしなくても痛くないわね、きっと。だってこんなにぬるぬるだもの」  
 両手の力を焦らすように軽く保ちながら優しく上下に揺する。潤滑液は非常によく分泌されており、まるで女の子の愛液みたいだと彼女は思った。  
 「か、かなめ。そん、な、に……したら…ぁぁくぅ…」  
 「気持ちよくていっちゃう?  
 さっきいったばっかりじゃない。もっと我慢しなさいよねー」  
 呆れたようなセリフを言う声は全く呆れてなんかいなくて、むしろ楽しんでいるかのように弾んでいる。かなめのその様子に、自分だけがはしたなく喘いでいるようで宗介は恥ずかしさでいっぱいだった。  
 「……ん、じゃあサービスしちゃうわ」  
 彼女の声が聞こえ、はっとしたように宗介がかなめの顔を見た。かなめは目を細めて悪戯をする子供のような満面の笑みを零しながら舌を出していた。  
 「ま、ま、ま、まさか…」  
 「あらお客さんったらこれから自分がどうなるかご存知なの?いやらしいわねぇ」  
 ゆっくり唇が開かれて、桃色の舌が更に伸びてゆく。口の端には粘液質の唾液の糸の橋が架かっていて、それが薄明かりに反射してぼんやりと光っている。  
 かなめの髪がさらさら音を立てて流れ落ちながら、彼と彼女の間にカーテンを作る。そのカーテンが太ももに冷たい感触をもたらす度、宗介の背筋はぞくぞくとそそけ立った。  
 こんなことはいけない。だってそこは排泄器官で、お世辞にも清潔な部位とは言えない。なのにさっきまで自分ととろけるようなキスをしていたその口が、そんなところを含むなんて!  
 宗介の目玉がぐるぐると渦を巻いている。混乱だとかパニックだとか、焦り、心配、恐怖、懸念、不信、反感、そのどれにも似ているがどれにも当てはまらない感情に振り回されているのだろう。  
 「だめだかなめいけないやめるんだ」  
 目に余る緊急事態に先程の禁を破って両手でかなめの頭を固定しようとした数瞬前。  
 怒涛の感覚が宗介を襲った。  
 
 目の前がホワイトアウトする。  
 何もかもが消えうせる。  
 音も、自我も、感触も、意識も、視界も、思考も、全てなぎ倒される間もなく吹き飛ぶ。  
 「ああーーっ」  
 声が出ていることにも気付いていないのか、仰け反るように腰を浮かす宗介がひくひく痙攣している。  
 ……あー、おもしろーい。  
 にやっと口の端を持ち上げて笑った後、かなめは舌をゆっくり形に添って這わせる。意外にも口の中に収まり切らないそれは、心地よい熱さと弾力でかなめの口内で猛っていた。  
 んー、おっきー。こんなの入ってたのかー。……ん、ちょっとしょっぱいかも。でも…なんか、おもしろい。  
 舌を這わせ動かす度に宗介があられもない声を上げて痙攣するのが楽しくてたまらないのか、どんどん膨張してゆく怒張を舌で何度も何度も擦り上げる。……到底乙女の行為ではない。  
 「あっぅっ……く、ぁっ…」  
 ずるずる啜り上げるように、口の中にどんどん吐き出される潤滑液を飲み下しながら、彼女は彼の表情を見逃すまいとして必死に視線で追っている。  
 「みっ…みるな、かなっ…めぁああ、あっ」  
 「ひぁよ、あんひゃほみへはひゃなひ」  
 「あああやややめろろろこえを、あげ・る・なぁあぁ」  
 のどの奥の小さな振動がダイレクトに伝わって、宗介は自分がここで死ぬんじゃないかなどと思っていた。快感の波にさらわれ、気が狂ってしまうのではないかと。  
 そしてある爆発的な衝動の後、ふっつりと気が遠くなった。  
 かなめが彼のそれを大きく強く吸ったのだ。  
 びくびくびくっ体が自分の制御から勝手に抜け出して大きくグラインドする。  
 「あっやっ……あっあっやだ…すごい出てる……」  
 耳元に残っているのはたった一つ、かなめのそんな言葉だけだった。  
 そのあとにかなめが両手で熱くかすかにあわ立った白濁液を掬いながら言った「こんなにいっぱい出てるよ…」なんてセリフさえ聞こえない。  
 
 「んもう、いく時は言いなさいよ!  
 見てコレ!髪の毛にべったり付いちゃって取れないじゃない!」  
 「……すまん」  
 「あんたさっきからそればっかよね!ほんとに悪いと思ってんの!?」  
 「し、しかしだな、俺はちゃんと止め…」  
 「あらカッチーン。言い訳する気!?男らしくない!お仕置きがひつよーらしいわねー」  
 「い、いやちょっと待てかなめ、落ち着くんだ」  
 「なに、あたしが興奮してるっての?冗談。あたしは到って冷静よ」  
 鞭でも取り出して振り回しそうだ、と正体不明の勢いに気おされて宗介は思った。それが一体何を意味するのか正しくは理解していなかったが、どうもそういう知識は若干あるらしい。  
 「では俺の話も聞くんだ。  
 いいか千…いや、かなめ。君はどうも俺を責める傾向がある。何故だ?」  
 「そう?…気のせいでしょ?」  
 「違う」  
 「……言い切ったわね。  
 ん…そうね、あんたが可愛いからじゃない?いくときとか、感じてる表情とか。爆弾とかロボットとか、物騒なもの振り回すくせにこんな可愛い顔するんだーてゆうか。」  
 まるで憑き物が落ちたかのようにさらりと出る自分の本音に少し驚いたが、かなめは別段それを止めようとかしまったとか、その手の後悔はしなかった。どこかで安堵さえしていた。  
 あれだけ悔しかったりしたのに、今こいつの顔見てたら許せてきちゃうんだからおかしなもんだわ。  
 「…………俺はみっともなくて嫌だ」  
 「何が?」  
 「君にそんな無防備な顔を見られるのが情けない」  
 「…なんで」  
 「―――俺は、出来れば君に不安など感じさせたくない。だから常に強くありたいと思っている。」  
 「……つまんない意地。」  
 「男とはそういうものだ」  
 
 「はっ、こんだけやっといて男が聞いて呆れるわ」  
 何を気取ったこと言ってんだ、と馬鹿馬鹿しくなった反面、聞いたこともない宗介の内面を本人から打ち明けられたことに照れくさいものを感じていた。ついでに感動も。  
 「あ、じゃあさ、もし本気であんたの言う男ってのを示したいんだったら、今あたしがして欲しいこと分かるわよね?」  
 また意地の悪そうな笑い顔でかなめが宗介に問いかける。  
 宗介はその言葉に少しだけ眉を顰めたが。  
 ゆっくり立ち上がってかなめの肩を軽く押してベットに寝かせた。  
 「今度こそ適確にリードせよ、か?」  
 「ご明察」  
 「了解した」  
 少し伏せがちの彼の瞳が近づいてくる。かなめはそっと目を閉じて軽く触れる彼の唇に深く口づけた。心臓がどくん、と一度だけ跳ねる。その痛みが心地いい。  
 絡む男の手と女の手がうっすらとした彼女の視界の隅にあって、くしゃくしゃになったシーツの上で弾んでいた。それがまるで映画のワンシーンのようだと思う。  
 唇、頬、首筋、鎖骨、胸、わき腹……少しづつ滑るように繰り返される彼のキスと舌のダンスが鎮まりかけた身体のさざ波を大きく揺さぶる。  
 閉じた目の奥に何かを見るように、かなめが唇の中で呟いた。  
 「ソースケ。あたしのこと好き?」  
 きらきら輝くような光の銀の輪が自分の目の中に舞い降りてくる。大きく風が自分の髪を揺らし、何も着ていない肌を撫ぜ、今まで見たことも無いような平原の中に放り出されたような気分だった。  
 「――――――何度も聞くのだな。そんなに信用が無いか」  
 「違うわよ。厭きれるまで聞きたいの…飽きるほど確かめたいの」  
 例え満ち足りて嫌になったとしたって、あたしのこと好きって言って。あたし素直じゃなくて短気で鈍くてわがままで…それでもそばにいて欲しいの、あんたに。  
 「では何度でも言おう。  
 俺は君が好きだ。誰より何より優先する。……君の幸福を。」  
 例え……結果、俺が君の前から去らねばならないとしても……という言葉を、彼は必死でぶっきらぼうな顔のまま飲み込んだ。  
 
 「あ、あの……ゆ、ゆっくりして?」  
 「分かった」  
 つぷっ…という音とともに少し大きめの圧迫感を受け入れて、かなめはようやく一息ついた。  
 「はぁぁ…ん……やっぱまだ痛い、かなぁ……」  
 「こればかりは慣れる以外に仕方無い」  
 そもそもあんたのがおっきいから悪いのよ、と言おうとしてやめた。  
 「じゃ、たくさんして慣れなきゃね」  
 にっと笑いながら代わりにそう言ったら、宗介の顔がぽっと桜色に染まった。その様子がとても愛らしい。  
 「君が望まなくともいくらでもしてやる」  
 赤くなった事を知られたのが恥ずかしかったのか、ぷいっとそっぽを向きながら宗介がそんな風に吐き捨てたので、かなめは彼の身体に巻きつけている自分の腕に少し力を込めた。  
 「……うん、いっぱいしよーね。  
 でも無理にやるのはもうやだからね、わかってる?」  
 「…分かっている。」  
 ふっと笑ってはみたものの、宗介の胸はしくりと痛んだ。しかし今その痛みに構っていられるほどヒマではなかったのは幸いだった。  
 “水筒”越しに感じる相手の体温が自分を溶かしてゆくようだ。衝動的な快感の奥に眠っている何かが二人をより深く結びつける。その何かの名前は、まだ二人とも分からない。  
 分からなくてもカラダの隅々に行き渡る実感が重要なのだ、ということを二人は知っている。  
 目を閉じキスをする。二人は例えそれが初めてであったとしても正しいやり方だと主張しただろう。好きな人とするキスに作法なんか無いのだと。  
 「動いていいよ、ソースケ」  
 かなめの囁き声に頷きで返事をし、宗介は彼女の両肩の上方に両手を突きながら上体を浮かす。  
 「…かなめ…顔を、見ながらしてもいいか?」  
 「…………ヘンタイ。なんだってこんなむっつりすけべの唐変木好きになっちゃったのかしら」  
 「問題ない。すぐに君も気に入る」  
 「人の話を聞けっつーのよ」  
 
 あっや、っ……見てる……かお、ソースケが見てる……  
 への字ぐちに散切り頭。目が釣りあがってて無口そうな表情。日頃見慣れている男の顔が、乱れている自分の顔をじっくりなめ回すように視線を絡めていることが、余計に彼女の顔を乱れさせる。  
 頬は真っ赤に高潮し、声は出来るだけ潜めながらもう存在しない破瓜の痛みに耐えるように唇を食いしばるかなめを、宗介はじっと見ていた。何故自分は無断でこんな事が出来たのだろうか。  
 聞くところによれば女性の初めての性行為には重大な痛みが伴うという。しかしその痛みを知らずに肌を合わせることは果たして幸福なのだろうか。―――否。  
 なんてことを、俺は……なんてことを。  
 抑え切れない衝動と言い訳がましい自信の無さを盾にして、彼女に取り戻せない後悔を与えた自分が不甲斐なくてたまらなかった。俺は知ってたのに、自分が愛されてる事を。  
 胸がきつく締め付けられる。雲を掴むような頼りない苛立ち。悔しい、自分の行動をここまで後悔したのは初めてだ。宗介は激しい自責の念に駆られ、動きを止めた。  
 「…ん…どうしたの?」  
 「…………いや、痛くないか?」  
 「もう痛くないってば。さっき見たけど血も出てないし、なんかラッキーって感じ?」  
 恥ずかしさを隠しながら必死にいつもの表情に戻そうとする仕草が、宗介には自分にひどく気を使っているかのように思えた。  
 「…ラッキーとは?」  
 「だって血が出たらなんかえぐいじゃない。ま、ちょーっとは拍子抜けしたけど……運動してるとき自然に破れてたのかなー」  
 「??……その、残念ではないのか?俺が勝手にしてしまって後悔してないか?」  
 「は?残念て何が?勝手にしたのはキスでチャラにしたじゃない」  
 「そ、そんなことで…」  
 「いーじゃんそんなことくだらない。…これ以上つまんないこと言ってたら怒るよ」  
 腕を首に絡めてかなめは宗介に口付けをする。頬を摺り寄せて何度も耳たぶにキスをする。  
 「ね、して」  
 不思議、自然にこんなこと簡単に口に出せるなんて……これも愛の力、かな?そんな自分の思考にかなめは苦笑いをした。  
 
 甘い息切れと、小さな水音。ため息のような喘ぎ声と、きしきし悲鳴を上げるスプリング。  
 あっやだ…  
 嫌じゃないだろう  
 うん、やじゃないけど  
 どうした  
 きもち、よすぎる、よ  
 ……そうか、では強行する  
 やっあっあっも、もう!あっああっ  
 今度こそ君が満足のいくまで続ける  
 ああーっあっやっあっひぃ…ん、あっ  
 宗介はまだじっと彼女の顔を見ている。もうかなめもその視線を咎めたりしない。彼の視線の中で踊るのが楽しくなってきたのだろうか。時々目を合わせては精一杯色っぽい流し目を作って彼の動揺を誘う。  
 「少し体勢を変える」  
 言うが早いかかなめの足をすくい上げるように持ち上げて、宗介は今だ結合したままの性器を大きく露出させた。  
 「あっ!やっやだ!」  
 「何故?とても大きく反応した。君は喜んでいる」  
 「イヤよ!見えちゃうじゃない!」  
 にやり、と企みが成功したように薄く笑った宗介はそれが狙いだと言わんばかりに腰を振る。  
 「あっやっはっ反則よ、こんなぁぁあー」  
 見えてる。深く自分の身体に突き刺さる宗介自身。ゴムが水分をたっぷり纏って、ぬらぬら鈍く輝いている。今までさほど気にならなかった音がちゅくちゅく大きく聞こえてくる。  
 「ぅあーっあーっああーっ」  
 恥ずかしい、気がおかしくなっちゃう、いやらしい、心臓が爆発する、でもきもちいい!  
 声にあわせるようにズンズン疾る甘い衝撃がかなめの全てを支配する。ゆさゆさ揺れる大きな胸が振動にシンクロしながら上下に動いていて、宗介はそれが面白くて仕方が無かった。  
 触れようと指を伸ばした瞬間、かなめが殊更大きく彼を締め付け、叫ぶように悲鳴を上げた。  
 「あぁああぁああーああーっ〜〜」  
 
 
 虚ろな目がどこかをさ迷っている。唇から投げ出された舌がひくひく痙攣していて、時折何かを呟くように動いていた。  
 ??なんだ?何が起こったんだ?  
 突然の事態を全く把握できない宗介はこのまま続けても良いものかどうか一瞬迷ったが、かなめのカラダの痙攣と収縮の感触のよさも手伝ってそのまま続行した。  
 「ぃひぁーあーあーああーっ」  
 かなめの方はたまったものではない。いった直後で敏感さに磨きが掛かっている身体を、宗介がまた先ほどと代わらぬ強さでピストンを繰り返す。声は全て叫び声に変換されてしまうし、何より気が狂いそうな快感が途切れることなくもたらされるのだから。  
 「あーっあーっぃあーぁー!!」  
 だめ、だめ、こんなの、おかしくなる、おかしくなるよ、ソースケ、あたしおかしくなっちゃう!  
 頭では必死に警告を発しているのに、声になるのは誘うような悲鳴だけ。  
 そして他の感覚が生まれる。胸に宗介の手が伸びて、先端をそっと包むように摘まれたのだ。  
 「ゃひぃ…ん!やあーあっあっあっあっ」  
 くり、くり、くり……尖りを確かめるように優しくひねる宗介の指がざらざらしてて、背筋がそそけたつ。二ヶ所の快感がさらに彼女を責め立てていた。  
 「くる、くるぅ、くる、だめ、あっあっだめ、いや、あぅ、あっああー!」  
 何度となく頂点とその周辺を行き来している間に、かなめはいよいよ自分の身体に新たな変化が訪れることを直感で感じ取っている。  
 あ…これが、いくってことか。  
 漠然と、しかし確かに彼女は理解した。これがセックスでいく、ということなのだと。  
 快感の向こう側。神様とかそういう感じのものがいる所にいってしまう。意識が消える。もっと強力で確固たる何かに消し飛ばされてしまいそう。  
 嬉しさや感動なんて感じている暇は無かった。  
 宗介に慌てるように抱かれたの腕の中で、彼女は大きく目を見開いて声なき悲鳴をあげ、気を失う。  
 「どうした、千鳥どうしたんだ!」  
 神様のそばで聞いた彼の慌てふためいた声がなぜか懐かしかった。  
 
 くっくっくっく…  
 「何がおかしい」  
 くっく…くはぁ!あははははは!  
 もう耐え切れなくなったかなめはお腹を抱えて笑い声を上げた。その声に宗介は憮然とする。  
 「いひひひ、だ、だって、あははは!そ、そーすぅふふふ…け、あんなかお…あはははひー」  
 もーだめ、とばかりに全身で転がりながら彼女は大笑いを続ける。宗介はどんどん険しい顔になってゆく。  
 「普通は初実地で失神する事など考慮に入れない」  
 「にしたってそんな必死になんなくたってーあははははーかわいいー可愛かったよさっきの顔!」  
 宗介は彼女が本当の絶頂に達して気を失ったという事が分からず、急に意識を失ったかなめに顔色を失ってオロオロと半泣きになっていた。そこに短い失神から立ち直ったかなめが彼の余りの取り乱しぶりに慌てて宥めた。  
 とにかく落ち着いて、これ抜いてちょうだい。  
 そう聞いた時のあんたのカオったら無かった、とかなめはまた笑う。  
 「……嬉しくない」  
 「あはは、で、でもあんた初めてだったの?あたしはてっきりマオさん辺りとあったとばっかり」  
 「良い上司だとは思うがそのような感情など抱いたことは無い。」  
 「…へぇー……じゃあ、テッサは?」  
 ぎくり、と心臓が跳ねた。当然彼はテッサとそのような行為に及んだことは無い。が、憎からず思っている女性の名前は宗介を動揺させるに十分の威力を持っていた。  
 「ない。」  
 力強く、妙にきっぱりと簡潔にそれだけを言い切られて、かなめは眉を顰めたが特にそれ以上追求はしなかった。彼がないと言うのだからそういう事にしておこう。ないのだ、何も。  
 ……なーんて思えるほどこちとら物分りのいい女じゃないのよねー悪いけど。  
 「こっち向いてあたしの目を見て言ってごらんなさいソースケ」  
 「必要ない。やましい事など何もない。」  
 「じゃあなんで目を逸らすのよちょっと!!こら!」  
 
 「くだらん。アラーに誓ってもいい。俺が抱いたのは君だけだ。俺を抱いたのも君だけだ。  
 俺が好きなのは千鳥かなめだけだ。  
 それ以外この件に関して俺が述べるべき言葉は無い」  
 まるで彼女の幼い嫉妬を鼻で笑うかのように活舌よく言い捨てて、ベットから立ち上がった宗介はいつも通りに足を進めようとしたが上手くいかずにその場に倒れこんだ。  
 「ぷはははは!腰抜けてんじゃない、ドーヨーしてますねぇ無敵の相良軍曹らしくもない」  
 「動揺などしていない」  
 「じゃあどこに行くのよ?」  
 「水分補給だ」  
 「……へぇ、あそーぉ……因みにお風呂そっちじゃないんだけどー」  
 「……………千鳥、君はどういう答えを俺に求めているんだ?大佐とこのような関係があったと言えば納得するのか?」  
 「―――苗字呼ぶなって言わなかった?それとも終わったらいつも通り?」  
 険悪なムード。二人ともが譲らない。どうして折角の初体験の余韻に浸ってまどろんでいられないのか自分たちにも分からない。納豆が糸引くみたいにいちゃいちゃねちゃねちゃしてたいのに。  
 していたいのに、わだかまりがまだ解けない。  
 「――――――俺を困らせないでくれ。」  
 伏せたままのまつげの奥で苦悩の声を絞り出しながら、宗介は風呂場に向かった。  
 ……あたしだって困ってるわよ!自分がこんなに嫉妬深いなんて知らなかったんだから!  
 枕に深く顔をうずめ、かなめは意図せずくぅっと漏れた唸り声と共に涙を押さえた。  
 人を好きになるって重い罪を背負うみたいだ。何かにつけて自分の感情を罰し続けてなきゃ潰れてしまいそう。セックスなんかするんじゃなかった。罪も罰ももっと大きくなってきて……死んじゃう!  
 苦しい、とかなめは思った。喉の奥に小石が詰まってるみたいに呼吸が出来ない。涙が出そうなのに作れない。出口の無い感情は爆発もせずに温い沼の水のようにあわ立ち淀んだまま旋回を続けている。  
 どうしたいんだろう、あたし。どうされたいんだろう。  
 あんなに身体をくっつけたのにまだ足りないのか。まだ欠けた何かがあるのか。かなめの思考はぐるぐる回り、どんどんあられもない方向へトリップしてゆく。  
 この感情の奴隷と化した哀れな少女を連れ戻す役目を果たすべき少年は――――――風呂場にいた。  
 
 よくない雲行きだとは思っていたが、彼女の言い方に問題が無かったわけではない。そんな言い訳が思い巡るほど彼も沈んだ気持ちになっていた。彼女がナーバスになるのと同程度に。  
 何故俺の気持ちを試すようなことばかり言うのだ。誠心誠意、千鳥だけを好きだと何度も……  
 …ぱちゃ、ぱしゃ…  
 濡れたタイルを踏みしめる足音までも元気がないような気がした。  
 やはり無理にしたことを怒っているのか…。  
 彼の心の中に拭い去れない濃い影を落としていることといえばたったそれだけだった。彼女の嫉妬心などとは思いもよらない。……むしろ、彼女にそのような感情があることを知らないかのよう。  
 分からない、のではなく、知らないのだ。恐らく自分の中にあることさえ。  
 シャワー蛇口を強くひねる。冷たい霧雨のような水がどんどん降り注ぐ。彼の涙のように。  
 どうすればいいのだ。クルツ、お前ならこんな時にどうする?マオ、あんたならこんな時にどうして欲しい?……俺にはわからなくて…惨めな気持ちだ……  
 下腹にぐっと力を込めても一度緩んだ涙腺が言う事を聞くことは無かった。  
 君を好きになって辛いことばかりだ。  
 独り占めにしたくて嫌な自分ばかりを見る。身体だけじゃ飽き足らず、心まで独占しようとするのはいけない事なのか?俺の言葉だけ信用して欲しいと願うのは悪いことなのか?  
 くそ真面目な彼は真正面からぶつかることしか術が無いと思っている。好意をぶつけることだけがそれを伝える唯一の手段だと思っている。変則的な攻撃を得意とする彼らしくもない。  
 彼は諦めたようにシャワーを止め、バスタオルで冷えた身体を拭ってかなめの元に戻った。彼女はまだ突っ伏したままうずくまる様に身体を丸めていた。  
 そんな彼女を見てもどう声を掛けていいのか分からない。  
 「かなめ…その、バスルームが……」  
 ええい、なんて胸糞の悪い声だ!全く自信が無くてクソッタレだ、ハートマン軍曹が聞いたら即射殺される。  
 「黙って、あんたの声なんか聞きたくない」  
 ぼそぼそと呟くようにかなめがそう言ったのを切っ掛けに、宗介はついに切れてしまった。  
 珍しく暴走する感情のままに声を荒げる事を抑制しようとさえしなかった。  
 「いい加減にしろ!」  
 
 痛い!何すんのよ!女の子に暴力振るうなんてサイテー!離しなさいよこのクサレ外道!  
 黙れ!  
 やめてよ!痛いって言ってるのが分かんないの!?それともこういうのがお好きなわけ!?  
 俺が好きなのは君だけだと何度言ったらわかる!十回か!百回か!千回か!?  
 フラフラどこにでもいい顔してるあんたなんかに好きだなんて言われたら背筋が凍るわ!  
 何が気に食わないんだ、きちんと説明してくれ!俺は不明な事だらけでどうしていいのか分からない!  
 二人ともが思っていた。悔しい、どうして涙を押し止められないのか。  
 ぼろぼろ泣いているかなめと宗介は、必死で歯を食いしばりながら相手を睨みつけていた。絶対に譲歩なんかしない。だってどうやって譲歩していいのか分からない。  
 「俺は君が好きだ!愛してる!そんだけだ!」  
 「あたしだってあんたの事愛してるわよ!あんたよりずっと!」  
 「なら何が気に食わない!」  
 「わかんないっつってんでしょこのバカ!テッサのこととかマオさんのこととか、頭ん中ぐるぐるしてて訳わかんないのよ!」  
 「こんなことしたのは天地神明に誓って君だけだ!あんな格好の悪い自分が居た事さえ知らなかったんだからな!」  
 「あたしだって知らなかったわよ自分がこんなやきもち焼きだなんて!」  
 ぶわっと溢れる涙が頬を伝ってあご先からシーツにしみこんでいく。ぽたぽた音まで聞こえる。  
 「初めてばっかでわかんない…自分の気持ちが制御できなくて、やだぁ……」  
 「同感だ。思い通りにならない事ばかりで身動きが取れない」  
 最初どちらから差し出したのかは分からないが、ベットの上に佇む二人の指が絡んだ。宗介の片腕が彼女の腰へ、かなめの片腕が彼の背中へ回されて、二人はごく自然にキスをした。  
 涙はまだ乾かなくて、頬は濡れていたがそれが自分達らしいとも思った。  
 こんな事繰り返していくんだ。  
 辛くてイヤで苦しくて切ないことを繰り返していくんだ、二人で。  
 これが人を好きになるって事の向こう側なんだ。  
 唾液のやり取りもしない、舌も絡まないキスをしながら、かなめは落涙を止めようとさえしなかった。  
 宗介はその涙を見て、少し嬉しいと思った自分に落胆したが失望はしなかった。  
 
 「くすぐったい」  
 「……嫌か?」  
 「いゃ…じゃない」  
 「ではこのままの体勢でいてもいいか?」  
 「……いい」  
 背中から抱きしめられている格好でいると、首筋にちくちく宗介の固い髪とかすかな吐息が当たってくすぐったかった。苦しくて嬉しかったのと同じくらい、切なくて楽しかった。  
 「こうしていると安心するのだ。君が腕の中にいると……深く安心する」  
 抱きしめられた記憶の薄い彼は、人を抱きしめることを覚えた。与える者が居る事に大きな喜びを感じている。  
 「……これから、どしよっか…学校だって二日も休んでるし……ソースケの方だってあっち、困ってるでしょ?」  
 「―――ミスリルの方こそいい厄介払いが出来て喜んでいる」  
 「違うわよっ……テッサの方。」  
 ぷうっと頬を膨らまし、相変わらずの鈍感ぶりにムカッときたが、不思議なことにそのイラつきは持続しなかった。  
 「あの子、あんたのことが好きなのよ。きっと心配してるわ」  
 もし自分があの子の立場だったら――――――心配で夜も眠れない。イライラしてそこら中に当り散らしているに決まってる。そんで……嫉妬で焼け焦げてる。  
 かなめはそんな事を考える自分の性格の悪さに辟易した。自分が宗介と結ばれたからって、こんな上から見下ろしたみたいな心配もないもんだ。浅く吐いた溜息が霧散する。  
 「ちゃんと、辞めるなら辞めるで辞表でも出しに行きなさいよ。マオさんにもクルツくんにもどーせ何にも言ってないでしょ?せめて電話だけでもするってのが筋だわ」  
 まぁ軍隊を辞めるのに辞表なんて出すのが作法なのかどうだか知らないけどさ、と彼女はひとりごちた。  
 「ああ、落ち着いたらな。だがもう戻れるとも思えない。戻る気もない。  
 俺は君とどこか連中に見つからないような静かな場所を探してそこに住むつもりにしている。経済的には十分可能だ」  
 「……それって、ぷろぽーず?」  
 
 「……………………そう取ってもらってもかまわない」  
 かなめは彼の手を振り解いてシーツから抜け出した。長い黒髪をかき上げて手櫛で整える。ぽかんとしている宗介もベットに座らせ、髪を整えた。  
 「もっかい、ゆって。さっきの、もっかいちゃんとゆって」  
 「な、なにを?」  
 「だーかーらー、ちゃんと誘って。さっきのことちゃんと、ちゃんと……ゆってよーもー」  
 ぽこぽこ照れた様子で頭を殴るかなめの両手を押し留めて宗介は一つ咳払いをし、言った。  
 「あー…だから……一緒に暮らさないか…出来れば、ずっと。」  
 「病める時も健やかなる時も、ってヤツ?」  
 「生憎どちらもキリスト教徒ではないがな」  
 くふふ、と含み笑いをしてかなめは小さくはい、と言う。思わず宗介は心の中で小さく手を握り締めてやった、と言った。  
 「……ふんじゃ、ま、行きますか。辞表提出しに」  
 「…まさか本気なのか?メリダ島の警備は厳重だぞ。最悪拘束されて二度と」  
 「そーゆーネガティブさは嫌。どんなことだって乗り越えてみせるわよ、あんたと二人ならね。」  
 かなめは気分が高揚している為にこんなことを言い出したのではない。彼女なりにテッサに筋を通したかったのも一つの要因だが、もう一つ目論見があった。宗介を危険な場所から完全に引き離したかったのだ。  
 もう二度と戦場へなんて行かせたくない。だから逃げるんじゃなくて、きっぱり決着を付けなきゃ。それ以降にある全ては自分達の責任で何とかする。…マオさんやクルツくん、テッサにこれ以上迷惑掛けたくない。  
 「危なくなったらあんたのこと守ってあげる。だからあたしが危なくなったら助けに来て」  
 かなめはにっこり笑いながら、自分の言っている言葉の示すこれからの波乱に心臓が縮まる思いだったが。  
 「……俺も面倒な女に惚れたもんだ」  
 そう溜息交じりにもたらされる宗介の口付けに、眠っていた力が漲るような気がした。  
 大丈夫。あたし達は二人なら、無敵だ。  
 
 
 
 「どうぞ掛けてください」  
 テッサは二人の男女に椅子を勧めたが、二人は無言でテッサを睨んでいた。  
 「どうかしましたか?拘束服でも椅子は座れるでしょう?  
 お久しぶりです、かなめさん。どうぞお掛けになってください」  
 「いやーあんたって変わった友達のもてなし方すんのねー」  
 「困った友達にはこれが一番なの。空輸だってタダじゃないんですよ、極秘でここまで来ていただくには骨が折れました」  
 微笑むテッサは全く動じずに柔らかい声のまま、かなめとやり取りをしている。それを傍で見ている宗介は脂汗をだらだら流しながら硬直していた。  
 ――――――今下手に動いたら―――死……  
 「へー、因みにあたし達が居たホテルに乱入してきたあのおじさんたちは何?」  
 「有志の海兵隊員です。口が堅くてとっても頼りになる方ばかりですのよ」  
 「なんであそこに居ることが分かったの?滞在時間はせいぜい8時間か9時間だったのにねー」  
 「ミスリルの情報収集能力を甘くみないで下さい。高校生の浅知恵に謀られるほど無能じゃありません」  
 「そうよね、浅知恵の高校生を日本に取り逃がすくらい有能よね」  
 「逃がしてあげたんですよ」  
 「あら素敵な負け惜しみ」  
 堪忍袋は最早どっちが先に破れたのかは分からない。ただ、どちらもパンクしたのには間違いは無かった。  
 「負け惜しみとはなんですか負け惜しみとは!」  
 「そっちこそバカたぁ何よ!」  
 「そんなこと言ってないわ!」  
 「言ったも同然じゃない!」  
 しばらく二人が噛み付き合いをやっているのを硬直しながら、宗介は生きた心地がしないまま息を密めていた。アラーよ、俺が何をしたというのだ。これもアンタの好きな試練というやつか?……なんという悪趣味か。  
 
 すうっとテッサが大きく深呼吸をしたと思ったら、かなめがくたりとその場に崩れ落ちた。  
 「……っ!?」  
 「安心してください、気絶しただけです」  
 ドサッと椅子に身体を預けて溜息のように、咄嗟に臨戦態勢をとる宗介に向かってテッサは切り出した。  
 「軍曹もご存知でしょうが、我々ウィスパードには個々の持つ振動によって意識をやり取りすることが可能です。それによって過去何度もかなめさんと窮地を乗り切りました。そのおかげか、かなめさんの振動数は把握できています」  
 ちらりとかなめに視線を走らせ、テッサはもう一度向き直って言葉を続ける。  
 「共振を知っているでしょう?同じ振動数を持つ物体は外部からの直接刺激を与えられなくても他の物体が近辺で振動していれば同じように振動を始める現象です。  
 私はそれが意識というものに対してある程度自在に扱えます。…まぁ、本当にささやかですが」  
 目を閉じながら教科書の文句を諳んじるかのようにテッサがすらすらとそんなことを言う。しかし宗介には何故彼女がそんな話を自分に聞かせるのかが分からなかった。  
 「……さて軍曹。私と取引をしませんか?私の能力は今見せた通りです。強くはありませんが決して無視できるような種類でもありません。この能力と引き換えに」  
 「ここへ戻れ、と仰りたいのですか」  
 
 苦虫を噛み潰したような声で、それでも無表情なまま宗介はこの戦艦で一番偉い人間を見つめている。  
 「あら、軍曹なら既にここに居るじゃありませんか」 
何をばかなことをという風に彼女は席を立ち、軍服の胸元のホックを開きながら笑った。  
 「かなめさんをそうしたように、私も抱いてくださいませんか?」  
 背筋が凍る。宗介の全身がギシリと鈍く大きな音を立てて軋んだ。  
 「かなめさんのこの一週間の記憶を共振によって消す事が出来ます。それでも足りないのならかなめさんの滞在案を棄却させても構いません。  
 ――――――後悔なさってるんでしょう?無理に彼女の初めてを奪った事」  
 何故そんな事まで知っているのか、と、もし両手さえ自由なら逆上した彼は彼女を締め上げてでも白状させたに違いない。しかし特製の拘束服は頑丈であり、彼女の足元に倒れるかなめの姿がそれを彼に思いとどまらせた。  
 「靴に仕込んでおいた盗聴器は捨てられてしまいましたが、弾丸の中に仕込まれていたものには気付かなかったようですね。いけませんよ無用心な」  
 
 自分でそれを支給しておいて無用心もへったくれもあるか!と怒鳴りそうになるのを必死で飲み込んで耐えている姿は、テッサには可愛く思えた。  
 それはバランスを失い、砕ける寸前の心を何とか守ろうとする彼女の自衛本能だったのかもしれない。  
 「どうしますか?――――――なんて聞いても意味がありませんね。あなたには選択の余地なんかあげませんもの。……でも私は優しいですからもう一つサガラさんの背中を押してあげましょう。  
 もし拒否すればかなめさんの人格を揺さぶるまで共振を続けます。訓練を受けていない彼女の人格が耐えられるかしら?」  
 彼女は小さく可憐な少女だったはずだ。しかし目の前に居るのはなんと強大な悪魔よ。茫然自失というのが一番今自分に似合っている四文字熟語だと頭の中が明後日なことを言い出した。まるでアルでも乗り移ったかのように。  
 「知っていますよ、右の胸ポケットの中に残り一つ。入っているんでしょう?」  
 ほっそりとした白い指が拘束服の戒めを次々に解き、ロックフィンガーバンドの拘束だけになっている宗介の胸ポケットから銀色のパックを取り出した。  
 「付けてあげましょうか。下手でも許してくださいね、なにしろ私も未経験なものですから」  
 
 まるで自分が自分じゃないみたいだ、とテッサは思った。そしてこんなのはちっとも楽しくない、声がそのいい証拠だ。無理に弾ませようとしているのがみっともなくて笑えてくる。  
 ……嘘だ。泣けてくる。  
 でも泣くもんか、絶対に泣くものか。奥歯をかみ締めて出来る限り事務的な顔を作ってテッサは宗介の下半身を露にしてうな垂れるそれを手で刺激し始めた。  
 「さすがに3回もしたら打ち止めかしら?それとも私では不足?……人間諦めが肝心ですよ。折角なんです、楽しみましょう」  
 台詞とは裏腹に固い顔。固い声。ああ嫌だみっともない、虚勢を張ってるって宣伝しているようなものだわ。  
 そんな惨めなテッサの気持ちを知ってか知らずか、彼女の手の中で少しづつ彼は充電を始めだした。健全な17歳の青少年に天使の和毛にも勝る少女の手の感触を我慢しろと言う方が無茶な話だ。  
 装着に必要な硬度になった事を確かめ、テッサは口でパッケージを破いて中のブルーのゴム膜を取り出した。それをおぼつかない手際で一生懸命に装着させている。  
 まるでその行為を他人事のように凍った目で見ていた宗介は、防護シートもなく前面にあっては意味の無いロックフィンガーバンドを歯で噛み切り、ついに両手の自由を取り戻した。  
 
 「大佐、俺はかなめを愛している。彼女以外抱きたくない」  
 「安心してください、別に愛なんていらないわ。……はい装着完了」  
 「こんなこと正気の沙汰ではないぞ。いつ彼女が目を覚ますか」  
 「心配なら早く済まそうとは思わないの?いい加減に観念したらどうですか」  
 そういいながら手早く服装の重要な部分…つまり胸の部分とスカート、そしてその奥の下着もろとも…をめくり、かなめの横たわる場所からほんの数メートルしか離れていないデスクに腰掛けた。  
 「これから後も仕事はあるんです。あまり汚さないでね」  
 ああバカな真似をしているとテッサは自虐的になっていた。こんな事をしても本当に自分が手に入れたいものは与えられたりしないのに、こうせずには居られない。こうしなきゃいけないんだという様な気さえする。  
 愛なんて要らないなどとよく言えたものだ。初めて彼の口からその単語を聞かされるのがこんなタイミングだなんて残酷じゃないか。テッサはどこにぶつけていいのか分からない紅蓮の炎に身を焦がしながら、精一杯のポーズをとり続けている。  
 宗介はそれでも動かなかったが、彼女の一言で鉄壁の心が揺らいだ。  
 「どうしてかなめさんばっかり…ずるいじゃない。何故わたしじゃないんです?」  
 わたしだって、わたしだってサガラさんのことずっとずっと好きだったのに……かなめさんばっかりずるい…一つくらいわたしにも何かくれてもいいじゃないですか。他に何も要らないから、一度だけ抱いてください。他に何も要りませんから……  
 途切れる事のない彼女の切なる独白は彼の心を揺るがし続ける。  
 ……彼女も俺と同じように―――千鳥に恋焦がれる俺と同じように―――  
 それは彼女の求めた甘く切ないものではなかった。厳格で暴力的でさえある同情であった。  
 しかし。  
 ようやく与えられたそれは甘美で狂おしいほどの快感を彼女にもたらした。  
 瞳から溢れる銀色の軌跡が温かい。  
 触れる唇のなんと柔らかなことか、なんと愛しいことか、なんと…  
 哀しいことか。  
 
 どうにもならない、とセイラー艦長は仰いましたね。私もそう思います。こんなことしたって…どうにもならない。一番欲しいものは手に入らない運命なんでしょうか?……私の何でも譲ってあげますから……  
 神様どうか私に愛するこの人を、不器用なキスをしてくれるこの人を!  
 それは既に慟哭だった。はらはらと空気抵抗を受けながら落ちてゆく髪を結んでいたリボンがまるでスローモーションのように彼女の脳裏に焼きついている。  
 愛されずに抱かれることがこんなにも惨めだなんて。  
 宗介はまるでそうする事が義務かのように彼女の小さな胸に指を這わせ、優しく力を入れた。  
 「んっ」  
 「……すっすまない、痛かったか?」  
 「いっいえ…少し、急だったから……」  
 テッサはそれから口を噤み、それでも心配そうにおずおずと切り出した。  
 「小さくて、ごめんなさい……面白くないでしょう?」  
 かなめの胸の立派で堂々としたいでたちから見れば、テッサの胸など小学生程度のものだった。彼女はそれをひどく気にしていたが、宗介は大きさや形に特に思い入れは無かった。  
 それより宗介には極度の緊張からか、潤滑がまるで行われない事の方が重要だった。テッサの肉体はかなめのそれとは違い、経験の浅い彼にも未成熟であるように思えた。  
 
 ――――――彼女に俺が受け入れられるとは思えない……が……  
 きっとここでそんなことを言ったら命は無いんだろうな、と半ば悟っていた。  
 「きゃぁ!」  
 宗介は彼女の両足を高く持ち上げ、露出した軍服のタイトスカートの奥を露出させた。  
 「いっいやっこんな格好、嫌です、こんなの、恥ずかしい!」  
 両手で必死にスカートを押さえつけ、何とか侵入してくる宗介の頭を防ごうとしていたが無駄だった。  
 「あっあっああーっ!!」  
 誰にも触らせたことの無い場所に、自分でさえよく見たことの無い場所に、愛しい男の舌が這っている。その事実だけで意識が吹き飛びそうだった。  
 「いやっいけません!そんな!だめッ…あっあっあっ!」  
 舌が、ぬるい舌が蠢いている。自分の中の牝が目覚めるのがテッサには漠然と分かった。心臓が張り千切れんばかりに脈打っているのに、息が苦しいのに、嬉しいなんて!  
 「くぅ……ん、あっいっいっい…っはっ!」  
 宗介は舌を休めずに彼女の秘部を攻め続けた。まるでこれから裂く傷口をいたわる様に。  
 
 「はぁっはぁっ……も、もう、大丈夫です、もう、平気ですから……」  
 その涙声に宗介はようやく頭を上げ、べったりとジュースの滴る口元を拭って彼女の身体に覆いかぶさった。  
 ……あ、するんだな、わたし。サガラさんと、今からするんだ。  
 「いいですか、痛ければすぐ言ってください。決して我慢など馬鹿げた事はしないように」  
 そう聞こえてから、ゆっくりと圧迫感がやって来た。痛みは激しいものだったが、テッサは一言も痛いなどとは言わなかった。我慢した訳ではない。胸が一杯でそんな暇が無かったのだ。  
 「くぅーーーっ……くはぁうぅぅ…ん……」  
 眉を顰めぼろぼろと涙を流すテッサを見、宗介は自分がとても酷いことをしているような気がした。なんてひどい背徳感だ、まるで二度目の強姦のようじゃないか。  
 ぎりぎりと引き伸ばされているだろう彼女の狭くきつい割れ目を押し広げながら割り入っていることは、快感などとはまるっきり無縁だったし、感動さえなかった。あったのは、罪悪感と自虐。  
 「これ以上は無理だ、壊れてしまう!」  
 「いいえ!最後までしてください、壊れたっていいんです!壊してください!」  
 「そんな無茶な!」  
 「だってこれが最後なんですよ!私には次なんて無いの!だから…最後までして、本当に私を哀れに思うなら…」  
 宗介は歯を食いしばる。必死で良心の呵責と戦いながら身体を前後に揺する。  
 自分のカラダの下で引きつり、悲鳴を上げるテッサの顔から決して目を逸らさずに。  
 「あっあっあっ…うれしい…ありがとう……」  
 テッサの閉じたまぶたを押し上げるようにして涙が零れた。  
 背中に回される小さな手が何度も爪を立て、引っかき傷を作る。ふるふる震えている肌があまりにも頼りなく、彼の庇護欲を駆り立てた。  
 人を好きになるなんて辛い事ばかりだ。苦しくて痛くて切ないばかりだ。  
 「はっぁっはあっはぁ、はぁ、は…っく…」  
 「あっあっああっあっあっあっ!」  
 揺さぶられる身体が熱を発している。夢心地とは言えないほど痛みによって覚醒こそしていたが、ぼんやりと思いを馳せることは出来た。  
 神様、やっぱりお願いは聞いてくれないのね。いいわ、夢は自分で叶えたからもうあなたに祈ることなんてない。  
 
 
 「……たくさん出ましたね」  
 「…は。」  
 「私は、その、良かったですか?」  
 「肯定であります」  
 服を正し、机の上にかすかに流れた血の処理も終え、ぼんやりと親指と人差し指で摘んでいるブルーの“水筒”に収まっている白濁液を眺めながらテッサは心の中で、嘘つき、と言った。  
 「これはサガラさんが処理してくださいますか。記憶を吹き飛ばすくらい強い共振を行えば、多分私も何も覚えていないでしょうから。  
 ……あ、心配ないです。もともと私はかなめさんの同乗には反対意見を出していましたからそれまで無かったことにはなりませんよ」  
 ぬるぬるとぬめるそれをティッシュで包み、テッサは宗介に投げて寄越した。いつまでも見ていたらもっと悲しくなることを悟ったかのように。  
 「そういえば私はあなたが独断専行でミスリルを抜けようとしたことにまだ処分を与えていませんでしたね。解っていると思いますが重罪です。バレればただでは済みません」  
 「覚悟の上です」  
 「宜しい。では私とかなめさんの間にあった全ての事を――――――」  
 「イエスマム、全て忘れます」  
 「…いいえ。覚えておいでなさい」  
 「……?」  
 「私たち二人は全て忘れます。サガラさん、あなただけが全て覚えておいでなさい。  
 苦しいことも、辛いことも、自虐も痛みも後悔も、あなただけが覚えておいでなさい。忘れることは許しません。それが私の与える処分です。―――理解しましたか?」  
 「イ、イエスマム!」  
 テッサはその返事に満足したかのようにかなめに近づき、意識の無いかなめの額に自分の額をあてがった。  
 「…サガラさん、最後に一つだけ聞かせてください。……………わたしのこと、好き?」  
 顔をまるで背ける様にして蹲っている少女の丸まった背中に、宗介は身が引き裂かれる思いであったが精一杯の明るい声を絞り出して言った。  
 「……ああ、俺はテッサのことが好きだ」  
 「…………………………………………………嘘つき。」  
 
 
 
 んもー、なんでかなぁ、一週間も時間割間違えるなんて……おまけに宿題も殆ど……っかしいなぁ、こんなこと今まで無かったのに。  
 自分の隣の席でぶつぶつ言いながらノートにシャープペンを走らせているかなめを、頬杖突きながらぼんやりと眺めている宗介はめまぐるしかった昨日のことを思い出していた。  
 あの後、気を失った二人を衛生兵に頼んで介抱してもらい、その足でメリダ島から日本へとんぼ返りをした。学校には重大な病から二人が長期欠席をしたと言い含めて、それに対して彼女に何も聞かないでやってくれと担任の神楽坂恵理に言付けた。  
 余りの真剣で必死な宗介の物言いに、神楽坂は深くは尋ねずかなめの居ないホームルーム中にクラスメイトにも促してくれた。  
 「あんたもぼんやりしてないで宿題やんなさいよ、どーせあたしのノート当てにしてやってないんでしょ?今度ばかりは見せられないんだから自力でやんなさい、ほら!」  
 机から宗介のノートを引っ張り出して強引に開けシャープペンを握らせる。  
 「赤ちゃんじゃないんだから自分でしなさいよっ!いい加減にしないと怒るから!!」  
 ぎりぎり睨みながら殺気立つかなめに、宗介はまだぼんやりしている目で尋ねた。  
 「……かなめ、君に質問がある」  
 「なっ…なによ、いきなり、名前で呼んで」  
 ……悲しいほど予想通りの受け答え。  
 「君にファーストネームで呼ぶ許可を貰ったのだ」  
 「きょっ許可なんかした覚えないわ!」  
 「……だろうな。」  
 諦めたような沈んだ声。  
 「……………で…何よ、質問…て」  
 頬を桜色に染め、少女は照れたように少年の言葉の先を促す。少しの警戒を持ちながら。  
 少年はその彼女らしい反応に安堵し、落胆し、ゆっくりと口を開いた。  
 「かなめは俺のことが好きか?」  
 
 
 真っ赤になってうろたえる少女とは対照的に  
 少年は少女を見据えたまま  
 一筋伝う雫を気にも留めていなかった。  
 歪む声さえ、知らない。  
 

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