「おはよー、ソースケ」  
「…ああ、お前か」  
「っだよせっかくカナメと同室だってーのに、朝っぱらから暗いなお前は。  
俺なんかお肌ぴっちぴちだぜ、なあメリッサ?なんせ昨夜三回裏延長までへぶっ」  
肩に手を回してきたクルツの鼻柱に容赦なく裏拳を叩き込んだメリッサ・マオは、  
宗介にサーバーからコーヒーを注いで渡してやった。  
「どうしたの、難しい顔して。カナメと何かあった?」  
「…説明がしづらいが、今朝は起きたくないと言われた」  
「なに?彼女、具合悪いの?」  
「もとから低血圧なのだそうだが、…様子が少々いつもと違う」  
「何だお前、ハッスルしすぎてカナメ寝かせてやらなかった、とかそういうオチ?」  
「いいからあんたはその下ネタしか出ない口を閉じな。…で?」  
こめかみをぽりぽりとかいた宗介が、ぼそぼそ声で答える。  
「確かに俺が接触すると睡眠の邪魔になるのだそうだ」  
「んじゃあんた床で寝たの?」  
「…ああ」  
「一晩中?」  
「いや、途中からだ」  
 
「お前、何やったのよ一体」  
コーヒーに視線を落としてしばしためらった後、宗介は、  
「あまり詳しくは話せんのだが」と前置いて口をつぐんだ。  
「あー、かなめには黙っといてあげるから。どしたの」  
明らかにほっとした様子の彼は、言葉を選びつつ状況を説明する。  
「その。昨夜は体調がいいという話だったので、五分ほど軽度の接触ののち交渉に及んだのだが、  
二度ほど済ませたところで接触の時間が短すぎたように思われて二時間ほど広範囲に追加したところ、  
…彼女にいつになく積極的な行動を取られたので、こちらとしても相応に応戦したつもりなのだが、  
今朝方からかなめがまともに口をきいてくれん。謝辞も聞き流される」  
 二時間ってお前、とクルツが復唱したが、マオは敢えて無視した。  
「で、側によるなって?」  
「そうだ。体調がおかしくなると言われた。  
…多少は回復したようだが手当てもするなと、その、…泣かれた」  
さりげなく冷めかかったコーヒーを流し込む宗介の頬がこころなしか赤い。  
要するにねちっこく責め立てて一晩中イかせまくったら、さわるだけでもイってしまう状態になってしまい、  
耐えかねたかなめにベッドから追い出された、ということなのだろうか。  
あんたなんつーことを、と固まるマオの隣で半眼になったクルツが言った。  
「なあメリッサ。俺さー、前々っから思ってたんだけど。みんなが俺のことスケベだ色キチだ  
年中サカってるだ言うけどさ、俺がスケベなのって日本育ちだからだと思うんだよな」  
「…何それ」  
 
「秋葉原とか浮世絵とか見てみろ、あんだけおおっぴらにスケベな国が他にあるか!って  
昔っから海外でも評判だった、つうのを歴史の先公にも聞いたことあんだけどな、  
所詮俺もDNAが日本人のヤツにはかなわねえよ、こいつこの間まで童貞でカナメが初めてで  
しかもこの年だろ?なんだこれ、とか思わねえ!?」  
「なんか、そう言われると納得しそうになるけどねえ…」  
引きつった笑顔で明後日を見やり、片手で頭を抱えたマオの様子に、宗介も不安になったらしい。  
「やはり、拙かったのか」  
うーともあーともつかない声で答えたマオは「エロオヤジでも普通あんましそこまではしない」  
という台詞を、この朴念仁の初心者にどう説明すればいいのか悩みつつ座り直した。  
「…えーと。あんたは二時間我慢してたってこと?」  
「ああ。当初少しばかり無理をさせたとの話だったので、詫びのつもりもあったのだが」  
「お前よく我慢できたなー…、ってはじめにガっついたからか?」  
「……今回は痛いと言われなかったので油断した」  
ああそう、とため息をついたマオは半眼のまま聞いてやる。  
「で、かわいかったんだ?カナメ」  
途端に平静でいようと努力していただろう少年が、ぐっと喉を詰まらせて顔面や首筋はおろか  
手の甲まで赤くなった。  
 
あー、そんで二時間もいじくりまわしたのか…。で、とても後のことなんざ考えられなかった、と。  
その後、限界まで我慢した反動で「積極的になった」彼女にぶちまけたわけか、  
と解釈した年長者二人は揃って遠い目になった。  
自分たちだってそれなりに若いが、覚えたての十代が文字通り命がけで惚れぬいた相手を前に  
我慢できなくなったら、それはすさまじい結果になるだろうことは容易に想像できる。  
おそらく彼ら二人は見ての通りにそちらの相性もいいのだろう。  
しかし、そこで年齢相応に回数を稼ぐだけの行動に走らないあたりが何とも末恐ろしかった。  
「あー。何も言うな。つか、いま思い出すな。よーくわかったから全部お前の胸にしまっとけ」  
べしべしとぼさぼさ頭の弟分をドツいた金髪の男前は、空のカップを片づける。  
「そうね、とりあえず朝ご飯二人ぶん持って部屋に戻んなさい。カナメもあたしたちと顔合わすの  
気まずいだろうし、おなかも空いてると思うから」  
「…そうか。感謝する」  
「いーえー。カナメにはよろしくしなくていいわよ。てかむしろすんな面倒だから」  
「了解した」  
どことなくぎくしゃくと立ち上がり移動する弟分を見送って、  
マオは同じような表情で頭をかいているクルツに言った。  
 
「珍しいわね、あんたがああいうこと言うの。根掘り葉掘り聞きそうなもんなのに」  
「んあー、武士の情けっての?あれ以上聞いたらカナメにもわりーだろ、  
あいつ何言い出すかわかんねえし」  
「そーね、ソースケにあの手のノロケ聞かされるのが意外なのはともかく、こう…  
てっきり可愛いもんなんだろうと思ってたんだけどさあ…。  
おなかいっぱいですごちそうさま、っての通り越して、もう頭痛いわ…」  
サルの方がマシってどういうこと、と壁にすがりつくマオの肩にクルツがめげずに腕を回す。  
「メリッサって、そういうとこすげー可愛いのな」  
「うっさい、メリッサ言うな」  
「じゃそういうことで俺たちも負けずにげふっ」   
「巣に帰れこのエロザル!」  
恋人の下腹に拳を突き込んだマオは自動販売機に小銭を入れてビールを二本買うと、  
振り向かずに一本をクルツに放り投げて自室に向かった。  
 

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