「ちょっ!ソースケ!!あんたなにいきなり……きゃあ!!!どこ触って……ッッッ!!!」  
 
非難の声をあげようとしたかなめの口に、水色の布巾がねじ込まれる。それによって彼女は悲鳴すら封じられる。  
目の前には血走った目をした宗介がいた。彼はかなめを押し倒し――冬。放課後の生徒会室――そのリノリウムの床に貼り付けにすると、荒い息を吐いて彼女を見下ろしていた。  
瞬間、かなめの背に怖気が走る。生命の危機にはなんどとなく曝されて来た。それとは別種の怖気が彼女の背を駆け上がる。  
今まで感じたことのない感覚に、かなめは必死で宗介の下から脱出しようともがいた。  
 
「無駄だ」  
 
宗介はそう呟くと、かなめの肩を手で押さえて、たやすく彼女の動きを封じてしまう。  
体力も技術も比べ物にならない。戦士としては小柄な宗介は、力づく、という暴力に対するために技術を磨いてきた。ただ元気なだけの女子高生など、文字通り赤子の手を捻るよりも簡単に拘束できる。  
かなめは彼の言葉と肉体の圧力に、自分の抵抗ごと押し黙る。  
放課後の教室で二人きり。口には布を押し込まれて、強引に押し倒された。なのにかなめは、心のどこかで安心していた。彼の行動は合理性に則って行われる。  
きっとこの行動にも、彼なりの論理があるに違いない――そういった信頼がある。きっといつものように、ちっちゃな物音に過剰反応してこんなことをしでかしてしまったのだ。かなめはそう考える。  
キリスト教の国で育った彼女は、だのに性悪説を信じることができない。  
 
「ふっ……んッッ!!」  
 
そんな彼女の信頼は、股間に感じた圧力によって、粉々に打ち砕かれてしまう。  
宗介の腰がかなめの太腿の間に、強引にねじ込まれてきたのだ。股を無理矢理割られた。  
今まで自分以外誰にも触れられたことのない部分に、何か熱く硬いものが押し当てられている。かなめは一瞬でその突起が、破裂寸前にまで勃起したペニスであると理解する。  
なんてものをおしつけるんだ。かなめは声を上げたい。罵倒の言葉を発したい。だのに布が邪魔をして、呼吸すら困難だ。彼女は非難の念を込めて宗介の顔を睨みつける。  
あまりの強い視線に宗介は顔を背ける。しかし首から下は、貪欲にかなめの体を求め続けた。宗介の右手が鷲のようにかなめの乳房を握り潰す。残った左手が、彼女のショーツの中に無理矢理ねじ込まれた。  
硬い男の掌の感触。敏感な部位をなぞる。かなめの豊かな肢体が弓なりに仰け反ろうとして、その動きさえ強引に抑え込まれる。  
痛いのか気持ちいいのか悪いのか――それさえもわからなかった。  
初めて異性に触られた。痴漢や変態に尻を触られたことはある。自分の体が異性を興奮させてしまうと、ある程度理解している。  
しかしこんな風に直接、まっすぐにまさぐられることは、彼女にとって初めてだったのだ。  
宗介の手がワイシャツの間から、中に差し入れられる。ブラジャーのホックの外し方など知らない。宗介はワイシャツのボタンを二つ外すと、淡い水色のブラジャーを上にズリ上げた。  
 
「ゃっ……!」  
 
成長途上の瑞々しさと、顔をうずめるのに十分な大きさを兼ね備えた豊満な乳房が外気にさらされる。  
異常な状況に対する興奮と、ズリ上げられた際に乳首がプラジャーに擦れて、かなめの桃色の乳首が硬く勃起してしまった。宗介はその突起をくびるようにつまむと、指の間で捏ね回した。  
 
「揉むと、硬くなるのだな……」  
 
「ひ、ひぐっ……ふっ!!」  
 
勃起してしまった乳房を宗介に指摘されて、かなめは初めて自分の体の変調に気づく。  
 
突端を擦られる度に、今まで感じたことのない感触が乳房を熱くする。  
自分の乳首は勃起しているという。股間に押し当てられた彼の股間に起きたことと同じことが、自分の乳房にも起きていると思うと、かなめは一瞬眩暈を覚えた。  
 
「……少し、濡れて来たようだな」  
 
かなめの股間をまさぐりつつ、宗介はそんなことを言った。  
右手では乳房を、左手では股間、女性器をまさぐりつつ、彼は少ない性知識を総動員して考えていた。  
初めて女性器に触れて驚いた。予想以上にモチモチとしていた。解剖学的には、この皮膚の下には直ぐに骨があるはずである。ある程度の硬さを予想して股間に触れたのに、指が埋まりそうなほど柔らかくて驚いた。  
宗介はかなめの股座を揉んだ。親指の付け根が陰毛に擦れる。親指を除いた四本指で、彼女の足の付け根を乱暴に掻き毟った。  
初めは乾いていた。かなめの肌はもともとしっとりとしていて、吸い付くような感触であったが、それでも乾いているといえば乾いていた。  
それが今は濡れている。宗介はかなめの股間から左手を抜くと、自分の鼻先にそれを近づけた。臭いを嗅ぐ。かなめはそんな彼を見て、乳房や股間をまさぐられたときよりも大きな羞恥を感じた。  
 
「……すまん」  
 
宗介は掌のにおいから、かなめが僅かに失禁していることに気づいてしまった。掌から汗、愛液のにおいに混じって、僅かに尿のにおいがした。  
この尿がどういう理由から漏れたのかはわからない。ただ乱暴に股間を弄られて、衝撃で出ただけかもしれないし、自分に恐怖して漏らしたのかもしれなかった。  
どちらにしても、この暴挙を止めるには十分すぎる理由だ。  
だのに宗介はかなめの体の束縛を、一切緩めるようなことはなかった。性的に羊の皮を被った狼である宗介は、かなめのにおいを嗅いで、酷く興奮してしまう。彼の股間がこれ異常ないまでに反り返った。  
宗介はかなめに濡らされた手を、ベロリと舐め上げた。その様を見てかなめの頬が更に赤く染まる。摂取された。味わわれた。そのことは裸体を見られたことよりも鮮やかに、かなめの脳を焼いた。  
宗介は唾液に濡れた手をかなめの股間に伸ばすと、その割れ目に唾液を馴染ませるように指先を前後させ始めた。表皮の合間から差し入れられた指が、僅かに粘膜に触れる。  
濡れた指先と粘膜がにちゃにちゃと音をたてる。男の体液と女の体液が入り混じる音を聞いて、かなめは顔から火が出るような心持になる。彼女はその音から逃れようと身を捩ったが、相変わらず、宗介の束縛から逃れるのは容易いことではなかった。  
 
「下着を濡らしてはいかんな」  
 
宗介は大分今更なことを言った。かなめのショーツは既に、幾ばくか湿り気を帯びてしまっている。  
宗介はかなめの両足をまとめて肩に担ぐと、ショーツに指を掛け、手早く抜き取ってしまった。  
剥ぎ取られるという生々しい行動に、かなめは僅かに抵抗する。足の甲を反して、ショーツを完全に剥ぎ取られてしまうことを避けたが、ただ片足に薄布が残ったというだけで、性器が露出するということには何の関係もなかった。  
いやだ。見ないで。と彼女は股を閉じる。その太腿の間に無骨な指が捻じ込まれ、あっさりと抉じ開けられる。かなめの下半身は女としては頑丈な部類に属する。  
先天的な長さと緩やかさ、後天的な筋力としなやかさと兼ね備えた彼女の下半身は、雌の色香を多分に感じさせるが華奢とは程遠い。太くも細くもないが、メリハリのきいた下半身をしていた。  
宗介はその太腿を掴んだ際に、彼女の強張った筋肉を指先で感じた。  
いい肉だと思う。皮膚の下にある赤身もきっと、彼女の見目と同じく美しいに違いない――宗介はかなめの膝裏に舌を這わすと、そのままふくらはぎを舐め上げた。  
 
「ひっ……うん!…ひぃあっぅっっ!!」  
 
くすぐったさに喉が引き攣る。かなめは物言えぬ口から短く息を吐いた。  
リノリウムの硬いベッドの上で無理矢理制服を剥ぎ取られた。  
今まで異性どころか同性、家族にさえ触れさせた事のない部分を乱暴にまさぐられた。今は一糸纏わぬ下半身をはしたない形に割られて、膝の裏を舐め上げられている――窓から射し込む夕日の赤。  
ここが放課後の学校であると今更思い出して、かなめは酷く倒錯的な気分に襲われた。  
その倒錯的な気分に浸る間もなく、彼女の耳に恐れていた音が届く。  
ジィーッ、という金具が擦れ合う音。チャックを下げる音が届いて、彼女いままでより更に強く身を捩る。だがその抵抗も虫の足掻き。宗介は蒸れた自分自身をトランクスから取り出しつつも、彼女を自由にするようなことはなかった。  
 
「暴れないでくれ……なかなか入れられん」  
 
「ひぃあ……ふぅっ…!!……ぅん!!!」  
 
怒張する男性器を見た。これもまた、かなめにとってはじめての経験であった。  
しかもその男性器は、他ならぬ自分の肉体に対して欲情しているのだ。  
聳え立つ剛直。夕日に照らされて赤々と燃え立って見える。先端から滴る我慢汁は、山頂から流れ出る溶岩に見えた。実際、性器に押し当てられたその粘膜は、焼けるように熱く感じられる。  
宗介は右手でかなめの左足を、左膝でかなめの右足を拘束すると、かなめの処女地に自身のいきり立った先端をぐりぐりと押し付けた。  
互いに異性を知らない粘膜と粘膜が擦れあって、どちらのものとも知れない粘液でその全貌をてらてらとと光らせる。  
一見するとスレンダーなかなめの股間は見た目以上に伸び縮みがいい。  
穢れを知らない割れ目に先端を捻じ込んで、スプーンでコーヒーとミルクを混ぜるようにくるくると弄ぶと、割れ目の周囲の柔肉が吸盤のように吸い付いてくるのだ。  
 
「ひっ、ふっ……んんっっ!!」  
 
今はまだ痛くはない。だがこのままことが進めば、彼の股間は自身の身を容易く引き裂くだろう――そう思い、かなめは激しく身を捩る。  
背を仰け反らせ互いの性器と性器を引き離しにかかる。床に足を叩きつけて、バタンバタンと物音をたてた。  
流石にここまで暴れられると挿入するのが難しい。宗介はなかなか照準の定まらないことに焦れて、かなめの頭を左手で床に押させつけた。  
額に感じた圧力にかなめは一瞬怯む。その瞬間に股間に衝撃が走った。  
ズシリと内臓を持ち上げられるような重さと、皮膚が焼けるよな熱さを同時に感じる――そしてそれが破瓜の痛みであると、彼女はすぐさま悟った。  
 
「〜〜〜〜〜っっっ!!!」  
 
かなめは言葉にならない叫び声を上げる。口に含んだ布は唾液を含んで、ますます彼女の呼吸を阻害する。  
腹を裂く肉棒の感触を、かなめは膣で備に感じていた。岩のように確かなものが嘴のような鋭さで胎内にメリ込んでくる。  
叫びとは発散だ。腹にたまった鬱屈やストレスを吐き出すために行われる。  
感情の涙にストレスホルモンが含有されるように、叫びの音の粒子にも、ストレスの粒が混じるのかもしれない。  
その叫びさえ殺されて、かなめは叫びで発散されるはずのストレスを爆発させるように大粒の涙を滴らせた。  
その涙に宗介が気づかないはずがないのに彼は、腰の律動を緩めるどころかさらに激化させ、かなめの汚されたばかりの穴を乱暴に貪る。  
 
「ふっ……かなめ……くっ……」  
 
宗介は腰を振りつつ短く喘いだ。  
ともすると泣き声に聞こえる。何かに耐えている様でもあり、何かを発散しているようであった。  
宗介の声は聞こえど表情は、かなめからは陰になって窺い知ることが出来ない。ただその呵責のない一突き一突きだけが、宗介がかなめの体に夢中になっているということを如実に物語る。  
あまりの激しい出し入れに、空気と愛液が混じりあい、かなめの挿入口を白っちゃけた泡が汚す。宗介が生の肉棒を引き抜く度に新たな泡が現れ、肉棒がかなめの底を深く穿つ度に、白い泡が破裂した。  
ブヂュブヂュブヂュと骨で肉を潰すような音が上がる。生の蒸れた肉棒が膣壁を鑢のように擦り、子宮口にその先端をゴツゴツと叩きつけるたびに、かなめの肉体が意思とは無関係に反り返る。  
 
「ひっ、ひっ……ぃたぁ……ひっ!」  
 
仰け反りとピストン運動の衝撃によって、かなめの口から半ばまで布が抜け出る。  
声を出す気になれば出せる。かなめは一瞬大声で叫んでしまいたい衝動に駆られたが、窓の外、校庭から聞こえる部活動の喧騒に気づいて、無理矢理その声を押しとどめた。ここで大声を出せば、誰かにこの痴態を目撃されるかもしれなかった。   
何も見られなかった。胸を肌蹴、大股を開き、泣きながら肉棒を出し入れされる自分の姿も、そんな自分に欲情し、我を忘れたように腰を振る彼の姿も、誰一人にさえ見せたくなかった。  
 
かなめは四肢を投げ出す。物理的にも心理的にも、自分は宗介に屈服させられている。自分の力では彼の体を跳ね除けることは出来ないし、声は出せても誰の耳にも入れたくない。  
かなめはただ宗介に聞こえるか聞こえないかの声で「いたいよ、いたいよ、そーすけ」と呟き続ける。だが宗介は腰振ることを止めない。  
時折切なそうな声で「かなめ、かなめ」と彼女の名を呟いたが、それはかなめの言葉に返答しているわけではなく、ただ息継ぎするだけでは味気なさ過ぎるから声帯をか、な、めと動かしたに過ぎなかった。  
 
「出すぞ」  
 
宗介は短くそう言った。そして腰振りの速度を上げる。グラインドの幅を狭くして、腰を痙攣させるように小刻みに肉棒をかなめの膣内で前後させた。  
かなめは考える。だすぞ。ダスゾ。dasuzo。何のことだか一瞬では理解できなかった。  
しかし必死すぎる宗介の腰振りから、彼女はその「出すぞ」が、胎内に精液を流し込むことを意味すると、やっとのことで理解する――だが、理解したときには、もう、遅い。  
 
「かなめ」  
 
名を呼ばれたことにかなめは身を硬くする。強張った彼女の中に、宗介の破裂寸前の肉棒が今までより更に深く埋没する。互いの陰毛が擦れ合って、砂を潰すような音が立つ。股間の土手が宗介の腹に押し付けられて、柔らかに押し潰れる。  
水気を増した彼女の膣から白い泡があふれて、彼女の尻肉の間を伝い落ちる。  
小刻みなピストンから、一発一発が重いピストンへ。宗介の裏筋がかなめの再奥に強く擦りつけられる。充血したカリに中のヒダが纏わりつく。  
濡れた和紙が重さを持って吸い付くような感触。今までに感じたことのない快感に、宗介はとうとう限界に達する。  
かなめの中、これ以上は捻じ込めないという所で張り詰めた肉棒は、程なく脈動し、彼女の中に濃厚な白濁液を吐き出した。  
 
「うっ」  
 
彼女の中で若い肉棒がビクビクと痙攣する。勢いよく噴出された精液が、子宮口にビチャビチャと衝突する。  
痛い。熱い。粘つく。ぬめる。重い。苦い。うるさい。  
破られたばかりで敏感になっている彼女の膣は、肉棒の痙攣どころか子宮に流れ込む精液の感触さえあますところなく感じていた。  
だが中出しどころかセックスが初体験の彼女は、その感触が自分を孕ますかもしれない感触だと理解できない。  
目の前で虚ろな目をして静止した宗介を見上げて、かなめは言う。  
 
「あ、熱い、よ、ソースケ……ねぇ、いま、中で出してるのってさ――」  
 
「あぁ……精液だ。今、出している――君の中に」  
 
宗介は小便を出した後のように、かなめに挿入したままでぶるっと震えた。その奮えとともに、射精を終える。  
宗介はかなめの中から肉棒を抜き出す。ズルリと抜け出たそれに纏わりついた精液が、彼女の傷口に似たそこからドロリと流れ出た。  
宗介は膣から流れ出る白濁液を珍しいものでも見るようにしげしげと眺める。その視線にかなめが気づいて股を閉じようとした瞬間、足の筋肉とともに膣にも力が入り、絞められた彼女の中から更に多くの粘液が流れ出た。  
宗介は濡れた肉棒を外に出したままで膝立ちになる。彼の束縛をとかれたかなめもまた、上体を起こし虚ろな目で宗介を眺めた。  
爬虫類のように何を考えているのかわからない宗介の顔から視線を落とし、今だ空を突く肉棒を視界に入れる。それは愛液や精液といったエロスの残滓だけでなく、血というタナトスの残滓によっても濡れていた。かなめは言う。  
 
「ソースケ……ソレ、血が出てるよ?――怪我しちゃった?」  
 
宗介の爬虫類のような顔に困惑の表情が浮かぶ。  
彼は少し間を空けて「これは俺のではない。君の血だ」と言った。  
当たり前のことを聞いた。当たり前のことを言われた。かなめは喧騒が聞こえてくる窓の方を見ると、なにか諦めたような声で呟く。  
 
「そっか、そうよね――だってあたし、少し前まで処女だったんだもんね」  
 
金属が物を叩く甲高い音が聞こえたかと思うと、夕暮れ時の太陽に向かって白球が舞い上がった。  
窓の向こうの白球は、今この瞬間はまだ白いままだが、次の瞬間には泥濘に落ちて、薄汚く穢れるのかもしれない。  
 
*  
 
隣の男を疑わないと決めて幾月かが流れたが、今だ私はこの男を信じている。  
 
「なんだか色々あったけど、あっという間だったわね。今日が生徒会として最後の仕事になったわけで……とりあえず、お疲れ様、かな?」  
 
「そうだな。今年一年――厳密には9ヶ月だが、君には世話になった。お疲れ様、だ」  
 
などとこの男は言う。  
当たり前の調子で当たり前の顔をするこの男に処女を奪われたのは、木の根元も乾かぬようなつい先日、三日前のことなのに、なぜ彼はこうも普通なのか。普通なら普通の顔など出来ないのではないだろうか。  
彼が普通でないことは十分知れたことだが、その彼に流されて、普通に会話してしまう自分にも少し驚く。  
あの後のことは良く覚えていない。よく覚えていないというより、覚えている必要がない。あまりに普通過ぎた。彼に手を取られ立ち上がり、身支度を整えた後の私達は、日常の隅で埃を被るほどのいつもどおりの会話をして、いつもどおりの帰途についた。  
どこまでも鈍感な私達の生活は、あの程度のでは引き裂かれはしないのかもしれない――引き裂かれたのは、私の身体だけだったのかもしれない。  
 
「あのさ……なんか、食べてく?」  
 
と私は言った。  
学校からの帰り道、新年の空のあまりの寒々しさに、このまま彼を帰してしまうのはあまりに無慈悲に思えたからだ。  
夜の商店街の明かりに横顔を照らされて、少し躊躇いがちに、彼は言う。  
 
「……いいのか?」  
 
「え……まあ、うん。きょうは……二人で打ち上げってことで」  
 
「打ち上げか」  
 
「うん。そういうのも……いいかも」  
 
商店街のはずれに、小さな焼き鳥屋があった。その前を通り過ぎるときに、店内から演歌が聞こえた。『矢霧の渡し』。ムードはないけど、なぜか強く印象に残った。  
 
「……でね?そのシオリの彼氏が、急に『別れたい』って言い出してきたんだって」  
 
「そうか」  
 
「変でしょ?ついこないだまで、あんなにラブラブだったのに。あたしも何度か会ったことあるけど、すごく真面目そうな人なんだよ?  
もうシオリの奴、すごいテンパっちゃって。わけわからなくなって。夜中の三時にあたしんとこ電話してきたりして」  
 
「ああ」  
 
私は沈黙が怖くて矢継ぎ早に話をする。  
本日を持って私の、生徒会生活は終了した。  
同じ生徒会の一員であった彼の尻拭いをするのも、今後は少し減るだろう。そう思うと何故か寂しくもあって――彼と一緒に帰ることはあっても、生徒会の用事で遅れて、暗がりの町を一緒に歩くことはもう、ないのかもしれない。  
だからか、だからだろう、この時間が酷く貴重なものに思えて私は矢継ぎ早に話をする。  
 
「――っちゃうのよ。なんか誤解してたみたいで、こないだ映画行ったとき一緒にいたオノDが……って」  
 
「そうだな」  
 
「あー、もうっ」  
 
だと言うのに隣の彼は、どこか上の空で私の話に抜け殻のような返事ばかりしている。  
私は焦れる。時に異常なほど行動的な彼が、こんな靄の中にいるような反応をするのを、私は心の中で酷く嫌悪した。  
 
*  
 
「あんたっていつもそう。大事なことは自分のなかに押し込んで、一つも話してくれないのよね」  
 
彼女はその強い視線で俺を睨みつけ、震えるような声で言った。  
 
「一つも話してくれないくせに、やることだけはいっちょまえで。なにそれ。不言実行?そういうのかっこいいと思ってるわけ?いつもそう――こないだだって、なにも言ってくれなかった。なんでもいきなりなのよ。ソースケは」  
 
俺は身を硬くする。こないだのこと。心当たりがありすぎて、背中に嫌な汗を掻いた。  
彼女が自分の反応に焦れていたのは知っている。林水会長の話が耳について、彼女の話は脳に届く前に顎の先へと零れ落ちた。その無感動な反応は彼女にとって酷く不快だったに違いない。  
にも関わらず彼女が自分を家に招いたのは――あのさ……なんか、食べてく?――一度言ってしまったことは曲げられないという彼女の信条に則ってのことである。  
俺は石壁に挟み込まれるような窮屈な心持で、彼女の家の玄関をくぐり、彼女の話に生返事を繰り返した。そして彼女は激昂する。  
彼女の奮えに、俺は久方ぶりにまともな受け答えをする。  
 
「いきなり?」  
 
「そうよ。いきなりよ。ものごとには順番ってものがあるのよ。もし、最後にはそうなるとしても、なんでもかんでもすっとばしていいってもんじゃないの――もっと、さ。普通にできないわけ?あんた基準の普通じゃなくて、あたしの方の普通でさ……」  
 
そういって彼女は身を翻す。俺に背を向ける。  
帰りがけに買った食材を冷蔵庫に投げ入れると、彼女は震える声で言った。  
 
「レイプだわ。最低――ソースケはあたしのことなんて、なんとも思ってないんでしょ?だからあんな風にできる。ただしたかっただけよね。男の子だから、手近な女見繕って、あんな乱暴なやり方で……」  
 
俺は金槌で頭を殴られたような気分になった。  
背を向けた彼女は、声だけでなく肩さえも震わせている。その震える薄い背中を見て、あの日の彼女も同じように震えていたのだと不意に思い出した。  
 
*  
 
「そんなはずがないだろう――俺は君を、大切な人だと、思っている」  
 
乱暴を働いたらしい男は、乱暴に声を荒げつつ愛の告白をする。  
こちらからは彼の表情は見えない。だがその声色の必死さと、強張った姿勢から、彼が全身全霊で思いの丈をぶつけているのだと容易に判断できた。  
乱暴をされたらしい女は、その語気の強さに肩を竦ませつつ恐る恐る彼を伺い見る。  
 
「いきなり何いってるのよ……そういうとこも、本当にいきなり――だいたい本当に大切な人だったら、あんな風にしないんじゃないの?」  
 
「……すまない」  
 
僕はくつくつと笑う。いい気味だと思った。  
酷く無様な男は酷く無様な行いをして、酷く無様な気分を味わっているらしい。彼らの会話からはその概要しか理解できなかったが、その行いが、僕の提案を彼女に呑ませるのにプラスに働くのは間違いないだろう。  
女は俯いたまま唇を尖らせ、非難の言葉を吐き続ける。  
 
「あの時痛かったんだよ。すごく痛かった」  
 
「すまない」  
 
男も伏し目がちに、謝罪の言葉を吐くことしか出来ない。  
 
「死んじゃうかと思うくらい恐かった。びっくりした」  
 
「すまない」  
 
「床は硬いし冷たいし、制服汚れちゃったじゃない」  
 
「すまない」  
 
「当たり前みたいに、その……あのドロドロしたの、いっぱいお腹の中に出すし――妊娠しちゃってたらどうするつもりなのよ」  
 
「すまない」  
 
「ちょっと順番が違うんじゃない?――ああいうのって、もっと色んなこと……ちょっと言葉で説明しにくいけど、とにかく色んなことしてからするもんだと思うんだけど」  
 
「すまない」  
 
「本当に酷いよね、ソースケは。さっきからすまないすまないって言ってるけど、本当の本当にそう思ってるわけ?口からでまかせなんじゃないの?」  
 
「すまない……と本当に思っている」  
 
はっは、ざまあみろ。僕はそう思う。  
麗しの彼女の隣にいるいけ好かない男が、その彼女から執拗に罵倒される姿を見て、僕はリビングの奥、あちらからは死角になる地点で笑いをこらえる。  
 
もう不味い。これ以上ここにいたら、忍び笑いからあの男に、僕がいるのがばれてしまうかも知れない――あの男が意気消沈していく様を見るのはかなりの娯楽だが、僕もそれほど暇じゃない。  
僕は暗闇に溶け込んだ鉄の塊――自立型AS『アラストル』に視線で合図を送る。行動は最初からプログラミングされている。たった一つの挙動から意図を察知する。僕が作ったアラストルにはそれができる。  
次だ。次に彼女が彼を罵倒した瞬間、颯爽と躍り出よう――僕は君にそんなことはしないよ、と紳士的な男をアピールして、彼女にご同行願おう。  
僕ら、一人と二体はそう決めて、体中に躍り出る活力をためる。  
その時、彼女は僕が予想しなかったことを言った。  
 
「――でも、いやじゃなかったわよ」  
 
「なに?」  
 
僕と同じように男もまた、意外そうな反応をする。  
震える彼女はついに泣き出して、ふらつく足取りを結局へたり込ませ、フローリングに直に座り込んだ。  
床にへたり込み涙を流し、子供のように手の甲で涙を拭いながら、しゃくりあげつつ彼女は言う。  
 
「痛かったし恐かったし不安だった。でも、ソースケとするのはいやじゃなかったの――なのに酷いわよね、ソースケは。  
なんでちゃんと言ってくれなかったの?あたしとしたいって言って、なんでちゃんと順番どおりにしてくれなかったの?そしたらちゃんとさせてあげたのに……ソースケとなら、してもいいかなって、本気で思ってたのに。  
――気づいてた?あたし、やめてって言っても、いやだなんて、一言も言わなかったわよ」  
 
「千鳥」  
 
へたりこむ女の前に、男はひざまづいた。  
心配げに女の顔の覗き込む男。充血した眼と視線が合う。  
男は視線をそらさない。女も視線をそらさない。  
女は男を見つめ、言う。  
 
「だからさ、今度はちゃんとしてよ。一から全部、順番どおりにして――最初は、キスがいいな。そーすけ」  
 
「ああ」  
 
男は短く返答すると、女の唇をやんわりと貪った。  
ぴちゃぴちゃと小鳥が水を飲むような音が部屋に木霊する。  
僕は出るタイミングを失った。  
 

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