それはネフェルピトーの突然の一言からはじまった。
「ねぇ、カイト。すっぱいものが食べたい。」
「は?」
「すっぱいものが欲しいの。」
「だったら自分で果物でも何でもとってくればいいだろうが。」
またいつもの気まぐれ我侭が始まった、と、面倒くさそうに答えるカイトに、
「無理だよぉ。」
甘えるようにカイトにもたれかかるネフェ。
そんなネフェを重たそうに体をずらしながら、
「何でだよ。」
と気だるそうに理由を聞くと、
「だって、何だか最近からだの調子がおかしいんだ。妙にダルいような眠いような、何も動きたくないような…。」
と、彼女は目を細め、うにゃうにゃと返事をした。
「………………。」
足元にじゃれつくネフェを見下ろしながら、しばしの間黙るカイト。
「!」
「やんっ!!」
何かを思いついたのか、はたまた何か思い当たる事があったのか、急にガバッと起き上がると、ネフェの下腹部に手のひらを当てた。
「…………〜。」
気のせいか、前よりも少しぽっこりとしている。
「………まさかな。そんな…いや、もしかすると…」
カイトの顔が一瞬にして青ざめた。
「痛ぁっ!!…何だよぉ。」
いきなり硬い地面に落とされたネフェは不満げに文句を言う。
「あ、すまん……いや、仮にもこいつはキメラアントだ。蟻だ。節足動物だ。」
ぶつぶつと呟くカイト。
「まさか、ありえないだろう。…しかし、異種配合されて生まれるとこういう事も起こりうるのか?」
一人真剣な顔をして喋りたてているカイトを尻目に、打って痛むお尻をさすりながらネフェは不満そうに言った。
「なに言ってんの?」
「あぁ…迂闊だった…いや、今はそれよりも」
「意味分かんないよ!」
伸びっぱなしになったブロンドの髪をぐいぐい引っ張りながら怒るネフェ。
「分かった。俺がすっぱいものでも何でも見つけてきてやるから、お前はここから動くな。」
そんな事は全く気にならないようで、カイト突然立ちあがると、ネフェの頭をくしゃくしゃと撫で付けて言った。
「は?」
訳が分からない、という顔で見上げるネフェ。
「いいから、ずっと安静にしてるんだぞ。」
一瞬今までに見せた事のないような優しい顔で微笑むカイト。
「!……?」
「じゃいあ、行ってくるからな。」
そう言うと、カイトは危機迫る顔で部屋から出て行った。
「ちょっと、待ってよ、カイトぉ!」
突然訳の分からない事をぼやいて出て行ってしまったカイトに叫ぶも空しく、その影はどんどん小さくなっていき、城の奥に消えた。
「あーあ、行っちゃった。」
ぽつんと取り残されたネフェは軽くお腹をさすった。
「っていうかカイト一人で城の中をうろうろしてたら危ないのになぁ。レアモノを食べたくて仕方ないって奴らがうろちょろしてるのに…」
一瞬、他のキメラアントにバクバクと食べられているカイトが脳裏に浮かんだ。
「ダメダメ!!」
頭を横に激しく振って、脳裏の想像をかき消す。
ネフェとほぼ対等に渡り合った腕を持つとはいっても、あんな調子だったらいつ不意をつかれて襲われるか知れない。
腕を伸ばして、うーん、と伸びをする。
「しょうがないなぁ…。僕も行こう。」
だるくて仕方ない体をぱちぱちと軽く叩き、ゆっくりと立ちあがる。
眠そうな目をごしごしと擦り、関節をパキパキ鳴らすと、ネフェはふらふらと部屋を後にした。
「あっ、ヂートゥ。」
だるそうにトボトボ歩いていると、ネフェは良く知っている顔を見かけた。
短くてぐしゃぐしゃとしたオレンジの髪に、するどい目つき。
ネフェと同じく、節目のある関節を持つ彼は、何かの動物の一部と思われる小さな肉塊を片手で弄びながら、ぶらぶらと歩いていた。
肉塊を頭上高くに投げては、同じ手で素早くキャッチする。また投げては、今度はわざと落とし掛けて、腰のあたりで掴み、そのまま逆の手に投げる。俊敏な彼ならでは出来る技だった。
「あー、ネフェルピトー様。どうしたんスか、こんな所にいるなんて。」
ネフェに気づいたヂートゥは、遊んでいた肉塊を最後に口でキャッチすると、そのままゴクリと飲みこんで尋ねた。
「うん、ちょっと探し物。」
「ふーん。いつも一緒にいるアイツはいないんスね。」
軽くカイトの事を確認してみるヂートゥ。
真夜中に彼女がヂートゥを訪ねてこない限り、こうして二人で会う事なんて本当に珍しかったからだ。
「うん、ちょっとね。」
「へー。」
「あの人、なんか今おかしいんだぁ…」
トロトロと目を細め、焦点の定まらない目で弱弱しく答えるネフェ。
その、いつもと違う彼女の状態に気づいたヂートゥは訝しげに言った。
「何かネフェルピトー様もいつもと違いますぜ?大丈夫っすか?」