「…お目覚めか?」  
声が聞こえる。  
覚醒直後のため視界はまだはっきりしないが、目の前にいる男の顔はほの白く浮かび上がるように見える。  
(あぁ、そうだ…コイツは…)  
マチは徐々に鮮明になってくる記憶に、唇を噛んだ。  
彼女は、「鎖野郎」を捕らえようとして逆に捕まったのだ。  
相手への油断と、自分の力の過信。  
あまりに情けない失敗に、悔しさがこみあげる。  
「思い出したようだな。」  
クラピカは唇だけで笑い、マチを見た。  
マチはゆっくりと辺りを見回す。  
場所は、どこかの廃工場のようだ。高い窓から光が差し込んでこないのを見ると、今は夜らしい。  
「叫んでも人など来ないぞ。都市部からは孤立した場所だからな」  
「そう。…どうでもいいけど、これはどういうつもり?」  
マチは自分の両手を軽く揺らした。手首から壁に伸びて固定された鎖が、かしゃりと音を立てる。  
「暴行でもするつもり?」  
「…私がか?冗談じゃない。蜘蛛の女になど触れるのも虫酸が走る。  
 ………だが…」  
クラピカはまた、唇の端を釣り上げて笑った。  
「今の発言で、お前が女扱いされることに抵抗を覚えることが解ったな」  
 
クラピカは腕を組んだまま壁にもたれかかり、マチの方を見て言った。  
「今、仲間の居場所を素直に吐けば、私もそう酷いことはしない」  
(…冗談じゃない。)  
マチは心の中で毒づいた。  
しかし、今の状況は圧倒的にマチに不利である。  
両手を拘束され、その上何故かオーラが出せない。  
(この鎖の効果…とすると、具現化系か…?いや、でも…)  
「…何も言わないところを見ると…返答はNoか?」  
クラピカはゆっくりとマチに歩み寄る。  
マチはクラピカに向かって唾を吐きかけた。  
そのまま顔を横に向け、沈黙をきめこむ。  
だがその行動は、マチの心の動揺を物語っているようだった。  
クラピカは頬にかかった唾を拭い、目を細めた。  
「どうやら酷い目にあうことを期待しているらしい」  
横目で窺ったマチの視界に、クラピカの笑顔が映る。  
「ならば望み通りにしてやろう」  
 
クラピカが、すっと右手を上げる。  
と同時に、一本の鎖がマチの服の中へ忍び込んだ。  
鎖は器用に服の下を這い回り、腰に結ばれた帯を緩める。  
「……っ!」  
半分はだけた着物の隙間から、マチの白い胸元が覗く。  
クラピカは相変わらず右手を上げたまま、ふっと笑った。  
「まぁお前ごときに欲情する男はいないだろうが…それでも下着くらいは着けたらどうだ?」  
マチは眉を寄せ、クラピカを睨む。  
が、そんな強気な態度とは裏腹に、頬が火照るのを自分でも感じた。  
…悔しい。  
こんな奴に。  
「さぁ、早く諦めたらどうだ?大人しく白状する以外に、私の鎖から逃れる術はないぞ。」  
悔しい。  
こんな奴の思い通りになっている自分が。  
だがそれでも、少しも抵抗できない。  
感情を押さえる術すら見つからないまま、マチの服ははらりと落ちた。  
 
暗い室内にミスマッチな、マチの裸の上半身が現れる。  
ほどよく膨らんだ乳房。  
その先端は、経験が少ない為か色素の沈着が殆どなく、淡い桃色をしている。  
「ほう、蜘蛛の女とはいえ体のほうはまだ未発達という訳か」  
クラピカの視線が、マチの裸身に注がれる。  
「その様子から見ると、初めてか?」  
図星だった。  
マチは今までに、性交渉どころか男性に裸を見せたことすらない。  
それを今、こんな男に、嘲り笑われながら視姦されている。  
ただひたすらに、悔しかった。  
クラピカはマチに歩み寄り、笑顔で言った。  
「甘い初体験の感想はどうだ?」  
「冗談じゃない…アンタに犯されるくらいなら、死んだほうがまだましだね」  
「フッ…どうやらまだ物足りないらしい。」  
クラピカの声を合図に、マチの体に巻き付き停止していた鎖がにわかに肌の上を滑った。  
 
冷たい鎖の感触が、腹部から胸元へ走る。  
いつの間にか鎖は無数に増え、マチの脚、腰に絡み付いていた。  
汗が背中を伝うのを、感じる。  
「どうした?望み通りにしてやったが」  
クラピカは手近にあった空き箱に腰掛け、笑顔を浮かべている。  
その顔を見ていると、背筋に悪寒が走るようだった。  
(何とか…何とか反撃のチャンスを探さなきゃ… ………っ!?)  
「…っ……」  
マチは突然の感覚に、息を呑んだ。  
鎖がマチの乳房を揉み上げたのだ。  
白い乳房が、鎖に絡めとられくにくにと形を変える。  
 
(…気持ち悪い…)  
マチは歯を食いしばり、全身を包む嫌悪感に堪えた。  
 
こんなことで。  
こんなことで、蜘蛛を裏切るわけにはいかない。  
 
マチの乳房は鎖の圧力に負け、既に毛細血管が切れ赤みを帯びており、  
その先の乳首はぴんと尖っている。  
冷たい外気に晒されたせいもあるだろうが、その様子は淫らなものを感じさせる。  
 
2本の鎖が束から外れ、前へ躍り出る。  
それらはゆっくりと太さを変え、5mmほどになった。  
(……?)  
訳もわからず見つめていると、それらはマチの左右の乳首へと絡み付いた。  
「…っは……!」  
思わず口から吐息が漏れる。  
そしてそれを否定するように、マチは強く唇を噛んだ。  
細い2本の鎖が、過敏になったマチの乳首に細かい振動を与える。  
それらは電流のような感覚を、全身に走らせた。  
それを性の快楽と呼ぶことすら知らないマチは、ただひたすらにその感覚を否定する。  
(堪えればいい…こんなの、ただ痒いだけなんだから…!)  
「……あ…っ」  
それでも体はそれを否定出来ないらしく、徐々に脚の力が抜けてくる。  
クラピカはそんなマチの様子を見て、くっくっと笑った。  
「どうでもいいが、さっきから段々脚が開いてきているぞ。  
 何を期待しているんだ?」  
「なっ…!」  
マチは慌てて脚に力を込めた。  
 
 
どのくらいの時間が経ったのだろう。  
1時間、2時間…マチには、もっと長く感じられたが、もしかすると実際には10分くらいなのかもしれない。  
マチの息遣いは荒く、引き締まった身体中に球のように汗が浮いていた。  
乳房にはまだ鎖が絡みついており、止まることなく愛撫を続けている。  
「…っあ…ん…!」  
マチは漏れる吐息を抑えるように、奥歯をギリッと噛み締めた。  
「観念する気になったか?そろそろ私もうんざりしてきたんだが。」  
クラピカが、ふぅ、と溜め息を吐いた。  
壁に背をつき、呆れたような顔でマチを見ている。  
この場にそぐわない軽い態度に、マチは激しい怒りを覚えた。  
(ならとっとと止めろ…!)  
しかし、それを口にする気力が湧いてこなかった。  
 
…と、そのとき。  
ふいにマチは、全身に絡み付く鎖の締め付けが弱くなったように感じた。  
(………?)  
 
見ると、1本、2本と、徐々に鎖の本数が減ってきている。  
…隙、だろうか。  
マチはちらりとクラピカを見た。  
が、彼の表情から、どうやらそうではないらしいことが見て取れた。  
「いつまでも大量の念を発動させておくのも、疲れるからな…」  
「…殺すの?アタシとしてはそっちのほうが余程マシなんだけど。」  
マチが冷めた眼でクラピカを見る。  
一瞬、クラピカの黒い瞳の縁が燃えるような緋に染まったように見えた。  
が、それは本当に一瞬のことで、もしかすると単なる見間違いかもしれない。  
「殺す?」  
クラピカは相変わらず淡々と話す。  
「殺して、何になる?」  
「別に。ただ蜘蛛についての情報が漏れないってだけ」  
マチもまた、平静を装っている。  
「ま、アタシは何されても話す気なんてないけど…」  
沈黙。  
2人は暫く互いに睨み合っていたが、やがてクラピカがふっと笑った。  
「…まぁいい。すぐにそんな軽口も叩けなくなるからな」  
微笑をたたえたまま、両の手のひらを数回叩いて鳴らす。  
その音を合図にしてか、今まで気味の悪いほどの静寂を保っていた空間に、突如足音が響いた。  
きゅ、きゅ、と、ゴムが擦れる音。  
少なくとも、一人ではない。  
(……何…?)  
足音。息遣い。衣擦れの音。  
大勢の気配を感じるのに、何故だかマチは、自分がこの世にタッタひとり残されたような心地がした。  
やがて、ボンヤリと闇に霞んでいた前方から、見知らぬ男達の姿が現れた。  
 
クラピカは、笑顔で軽く会釈をした。  
マチは男達を見る。  
20、30…いや、もっといるだろうか。  
彼らは一様にボロボロの服を着ていて、生気のない姿に瞳だけをギラギラと輝かせていた。  
「本当にヤッちまっていいのか?」  
男が確認するように尋ねる。  
「ああ。遠慮せずにいたぶることが条件だがな」  
言われるまでもねぇ、と男が笑う。  
室内に下世話な笑い声が響き、やがて彼らの視線がマチに向かった。  
ひとり、ふたり。  
じわじわと、マチに歩み寄る。  
群れのやや後方にいた男が、クラピカのほうへ振り返った。  
「なぁ、どういう女なんだ?」  
クラピカは、指の腹でこめかみを押さえている。  
「そうだな…」  
低い笑い声の響く中、静かなその声は、まるでこの場所に存在していないかのように聞こえる。  
「…例えるなら…膿、だな。」  
膿。  
じくじくと広がり、マチの心を浸食する、恐怖。  
「ウミ?」  
「……いや、なんでもない。まぁ気にせずに楽しんでくれ」  
「あぁ。」  
男は、群れの中へ戻っていった。  
そしてその中心。  
マチは数人の男に押さえつけられ、尚も抵抗を続けている。  
「無駄だよ、嬢ちゃん」  
笑い声が上がり、マチの太股に手がかかる。  
グイ、と力が込められ、仰向けのまま脚が大開きにされた。  
 
数人から、おぉ、と、溜め息とも呻きともつかぬ声が漏れる。  
視線は、開かれた脚の間の一点に集中していた。  
うっすらとした毛に覆われ、口を開いている桃色の恥部。  
そこは、繰り返し与えられた刺激のせいで、湿り気を帯びていた。  
(…いや……)  
マチは歯を食い縛った。  
どんな事態に陥ろうと、涙などほんの少しでも見せるものか。  
それは、陵辱に対する最後の抵抗、蜘蛛としての彼女のプライドだった。  
「いくぜ」  
脚に手をかけていた男が呟く。  
みると彼は既にズボンを下ろしており、先走った液体を吐き出す赤黒いものをいきり立たせていた。  
マチはそれを見つめる。  
先程から込み上げてきていたものが、ドクンっと喉から溢れそうになった。  
やがてそれは、グっと入り口にあてがわれ…  
抗う術はもはや、なかった。  
 
−ズブッ…  
 
「…っひ…あぁぁああ!!」  
 
男がガクガクと腰を動かす。  
マチは痙攣するように身体をひきつらせ、眼を見開いていた。  
 
−ジュッ!ジュッ!  
 
「…あ…ぁ…ひぁ…っ!!」  
マチの股間からは、透明の液体と共に血が滲んでいた。  
他の男達の手が伸び、マチの身体に触れる。  
が、大勢の手で身体を弄られることも、この痛みに比べれば何でもなかった。  
「あ…あぁっ…!ひ…っ!」  
男の動きが、激しくなる。  
「くっ…で、出る!」  
そう言った瞬間。  
マチの中のモノがビクっと痙攣した。  
 
−どくどくどくっ!!  
 
「いっ……やぁぁああ!!」  
 
マチの子宮に、粘着いた熱い液体が注ぎ込まれる。  
男達はそんな姿を横目に、じゃんけんで次に彼女を犯す順番を決めていた。  
 
 
『ピルルルルッ』  
 
突然、室内に電子音が鳴り響いた。  
クラピカが無言でポケットに手を差し入れる。  
中から取り出された携帯電話のライトが、薄闇色だった室内を黄緑色に点滅させた。  
硬質な光。  
マチには、それが狂気の象徴に思えた。  
「…はい、では…すぐに戻ります」  
クラピカは会話を終え、電話を切った。  
彼は男達に、「夜明け頃にまた来る」と言い残し、扉へと歩み寄った。  
カツ、カツ、と靴の音。  
ギィ、と嫌な音を立てて扉を開くと、微かな月明かりが差し込む。  
彼は一度、マチのほうへ振り返った。  
床に横たわり、汚い男達に弄ばれている姿。  
ふいに、外へ視線を向けたマチと目が合う。  
真っ直ぐに彼女の目を見て、クラピカは再びニッと微笑み、殆ど唇の動きだけで言った。  
『お似合い、だな』  
 
そうして、後ろ手に扉を閉めた。  
外の景色はもう見えない。  
この閉ざされた空間が全てのようだ。  
マチは下腹部の激痛と絶望に、抵抗する気力を失っていた。  
ただ、その滑らかな頬を涙が一筋、ツ、と伝って、落ちた。  
−−長い夜が更けていく。  
 
 fin  

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