「さっ構えて」
「・・・・・どうしてもやるのか?」
その人間、カイトは艶やかな長髪を少し揺らしネフェルの方へ振り返った。
「どういう気まぐれかは知らないが俺を生き返らせてくれた事は感謝する。」
言葉は続いた。
「だが俺にやる気は無い、やる理由も無い」
ネフェルはクスッと小さく笑った。
「僕は君としたい、理由なんてそれで十分だよ」
カイトは言い返せなかった。いや、言い返さなかった。
こんなワガママで自分勝手自分本位な相手にどんな説得が可能なのだろうか。
「さあ早く始めよ」
凶々しいオーラを全身に湛え、猛獣はゆらりと近付いて来る。
大きく体をたわませた猫背の体勢。掴みかかるが如く添えられた爪。
これがネフェル独自の戦闘体制(ファイティングポーズ)だ。
無駄な争いは避けたいのだが、仕方ない。
不本意だが相手がやる気である以上――― やるしかない。
「やっと構えてくれたね」
ネフェルの眼が、獣に変わる。
丸く大きく見開いたネフェルの瞳の中に縦長のスリット。
それは猫科特有の瞳孔、獲物を視線で殺す程の鋭さを持った野生の眼だ。
その眼が素早く動く獲物(ターゲット)の急所に照準を合わせキョロキョロと動く。
カイトはネフェルの視線の死角を探し、スッと素早く右へ逃げる。
そして左へ―――― 右へ―――
また左――――いや右だ。
ネフェルの狩猟本能がムズムズと掻き立てられる。
普段は心の奥に閉じ込めているその野生を、思う存分放てる。
ネフェルにとってこれ以上の快感はあるだろうか。
身体が疼き震える。他でもない武者震いだ。
目の前の獲物に今すぐ跳びかかり引き裂きたい。
引き裂き噛み付き喰い千切りたい。
だけど、今はまだ、動いちゃダメ。
獲物が動きを止めた一瞬を、コンマ数秒にも満たぬ刹那を。
その僅かな隙を、突き、仕留める。
だから、今はまだ、本能の慟哭を力一杯に抑え込まなくてはならない。
右へ―――― 左へ―――――
また右―――― 左―――止まっ今ッ!
捕らえたッッ!
しかし、ネフェルの爪は空を切り裂いただけであった。
こちらの狙いを読まれたかのように、カイトは一瞬の停止から物凄い加速でネフェルの爪から逃れた。
心の中で小さく舌打ちをするネフェル。
だが――――
まだ闘える。まだ続くんだ。
嬉しい、僕は君とこうしてる時が一番幸せだよ。
君を生き返らせて、本当に良かった。
「なぁ・・・・ いつまで続ければ気が済むんだ?」
先程から右へ左へ猫じゃらしを振り続ける男、カイトは
さも気だるそうにネフェルに問う。
「ん、もうちょっと♥」
捕らわれの人間と可愛らしい猛獣の真剣な遊びは
まだまだ終わりそうにない。