キミの首筋をただ、立ったまま見下ろしてるわけだけど。  
どうして?涙が止まらないよ。  
 
どれだけ体をさすっても、キミの体は反応しない。  
冷えた体は、動かない。  
瞳は堅く閉じたまま。  
首から流れ落ちる赤黒い血は床で濁った水溜りを作り、部屋を占領している。  
 
きっかけは、ただの帽子。  
僕は彼女から奪った帽子。  
だって、欲しかったんだ。  
何だかキミのと似てたから。  
 
赤い、ふっくらとした帽子。  
珍しく、ラモット達のニンゲン狩りに同行した時に、見つけた女の子がかぶってた帽子。  
彼女達さ、何人かでかたまって行動してて。  
僕達と出会った時、しばらくは仲間が抵抗して戦ってた。  
でも、敵わないって事を悟ったんだろうね。  
仲間が2、3人殺されたのを見た彼女達は、僕達に背を向けて逃げ出した。  
 
その時、あの子が落としたんだ。  
僕は、それを拾った。  
逃げた彼女に追いついて、捕まえるのは簡単だったけど。  
気分的にさ。その帽子が気に入ったから。  
落としてくれた彼女自身は、見逃す事にしたんだ。  
 
「見て、見て、カイト。」  
帽子をかぶって嬉しそうに走り寄って来た僕を見て、キミは青ざめて言ったよね。  
「おい、その帽子、どこで手にいれたんだ?!」  
だから僕は正直に言ったんだ。  
「森で見つけた女の子からもらった。」  
 
キミは言ったよね?  
何てことしてくれたんだって。  
この帽子の持ち主は、キミの大切な仲間だったんだって。  
お前が殺したのかって。  
 
きっと、キミは勘違いしたんだよね。いつもみたいに僕が殺したニンゲンから服を拝借したと思ったんでしょ?  
でも僕、殺してなんかなかった。  
 
だけどさ、普段僕がちょっかい出しても、顔色変えずにむすっとしてるキミが、ここまで必死になるなんて、何だか気に食わなかったんだ。  
だから、「僕は殺してない」って言わなかった。  
キミに、いじわるしてやりたくなったんだ。  
「キミには僕がいるじゃない。なんでそんな子の事、気にする必要があるのさ?」  
代わりに僕はそう答えたね。  
 
そしたら、キミは頭に手をあてて、無言で首を振った。  
キミの体が小さく震えてて、歯をぐっと食いしばってるのが分かったけど、僕はそんな事気づかないふりをした。  
「ねぇ、そんな事よりさ。この帽子可愛いでしょ?僕に似合ってるでしょ?」  
彼女の事から話をそらしたくて、僕はそう言った。  
キミが僕以外の子の事を考えてるなんて、何だかとっても嫌だったんだ。  
それに、キミの関心を引きたかった。  
そのためにもらってきた帽子だからね。  
 
『あぁ、可愛いよ。よく似合ってるんじゃないか。俺のと似てるな。』  
そんな言葉を期待した。  
なのに、近寄る僕を両腕で突き放して、キミは言ったね。  
「お前1人を責める気はない。精神的にはまだ子供なんだからな。だが……」  
震える背中で一呼吸置いて、続けた。  
「駄目だ。しばらく1人にしてくれ…」  
 
そして、蔑むような目で、悲しそうに僕を見たんだ。  
 
腹立たしかった。  
キミは僕の事を見てくれてなかったから。  
キミは僕のものなのに。  
『あの子、ホントは殺してなんかないよ』そのうち、そう言うつもりだったんだ。  
でも、もう絶対言うもんかと思った。  
それどころか、あの時彼女を殺さないで逃がした事を後悔さえしたよ。  
キミの心を奪うものなんて、全部なくなってしまえばいい…ってね。  
 
「駄目駄目駄目!!キミは僕のものだよ!!誰にもあげない!!キミは僕の事だけを考えてくれてればいいの!!」  
キミに抱きついて、腕に力を込めた。  
もう帽子なんてどうでも良かった。  
いつもみたいに、抱き返して欲しかったんだ。  
だけど、キミは抵抗する事もなく、抱き返す事もしなかった。  
 
そして、その綺麗な緑の目に涙を浮かべて、  
「スピン……」  
こう呟いたんだ。  
スピンって何!?あの子の名前!?  
今、この瞬間も、キミは僕以外の事を考えているの!?  
 
そう思うと、頭にカッと血がのぼった。  
「僕を見てよ!!」  
 
 
ザシュッ!!!  
 
 
その瞬間、僕はキミの首筋を力いっぱい爪で切り付けていた。  
 
 
苦痛に顔を歪め、がくりと膝をつき、そのまま前のめりに倒れたキミ。  
そのままゆっくりと目を閉じた。  
 
「キミが他の子の事を考えるからいけないんだ。」  
鮮やかな血がキミの首筋から飛び散るのを見ながら、僕はつぶやいたね。  
 
壊れても、また修理すればいいと思った。  
キミが死んでも、またこの前みたいに念の力で生返らせられると思ったんだ。  
 
そして、さっき、念を発動させた。  
なのにどうしてキミは目を開けてくれないの?  
 
ねぇ、カイト、起きて?  
死んだふりをしてるの?  
 
しゃがみ込んで、足元で動かないキミを揺すってみる。  
でも、やっぱり、キミは動かない。  
 
なんで?なんで?なんで目を覚まさないの?  
 
僕が黙ってた事を怒ってるの?  
ホントはね、彼女は死んじゃいないよ?  
 
 
生気を失った青白い顔。  
閉じられた目蓋の、長い睫。  
思わず見とれてしまうよ。  
魂が抜けていてすらなお、キミはキレイだ。  
 
キミの口元に顔を寄せて、唇にこびり付いたどす黒い血をペロリと舐め取った。  
うん、しょっぱい。血の味がする。  
でもね、いつものキミの味とちょっと違う気がする。  
 
僕の気持ちが乱れてたから、念が上手く発動しなかったのかな。  
うん、ちょっと落ち着いた事だし、もう1回試してみよう。  
 
『堕天使のマリオネット』。  
これが僕の力だよ。  
 
ズズズズズ…  
 
ボロボロの汚れた布を纏い、人形のような関節を持つ精霊。  
念で生み出した、死神の格好をした女神が、キミの体をゆっくりと撫で上げていく。  
額、頬、胸、お腹、そして脚へ。  
 
僕はそれを、祈るように見守っていた。  
あぁ、今度は成功しますように。  
 
女神が触れた所が、柔らかくぼんやりと鈍い光を放つ。  
最初にキミを生返らせた時は、これで首と腕が繋がったんだ。  
 
そして、その手は再びキミの胸へ。  
女神は心臓のあるあたりで、手からどす黒いオーラを送り込む。  
体から抜けた魂を引き戻す作業だよ。  
 
 
 
 
…さぁ、作業は終わった。これでどうだろう?  
「カイト…?」  
恐る恐る、呼びかけてみる。  
 
返事はない。  
相変わらず、キミは動かない。  
 
「カイトってばぁ!!修理は終わったよ?目を開けてよ!!」  
肩を掴んで思いっきりゆすってみたけど、キミの体はぐったりとして僕に揺すぶられるままになっていた。  
 
 
嫌な予感がした。  
また、失敗?  
屈みこんで、キミの胸に耳をあててみる。  
 
 
沈黙と、静寂。  
 
 
 
…心臓の音は、聞こえない。  
 
 
「あぁああぁああ…」  
頭が真っ白になった。  
 
「カイト…カイト…カイト…」  
その場にぺたんと座り込み、まるで呪文のように、何度もキミの名前を呟く。  
 
あぁ、どうしよう。  
カイトが、戻らない。カイトが、僕からいなくなってしまった。  
 
お願い、戻ってきて?  
目を開けて?  
こんな時になって唐突に、キミの温もり、声、感触やらを鮮明に思い出すんだ。  
低くて落ち着いた声、大好きだったよ?  
あの声で僕の名前を呼んでくれた時には、僕、キミのために何だって出来ちゃう気分になれた。  
広くて温かい背中も、好き。  
体をくっつけていたら、とっても落ち着いたし、安心したんだ。  
キミは耳が弱かったよね。  
かまって欲しくていたずらに舐めたら、びくんって体反応させちゃってさ。  
顔を真っ赤にして僕を叱ったよね。  
 
…あああああ。  
僕はキミを独り占めしたかっただけなんだ。  
神様、こんな罰、ひどすぎるよ。  
 
今になって、後悔の嵐だ。  
 
カイト、ごめんね。  
僕ね、今まで気に食わないものがあったらすぐに壊してた。  
いらなくなったら、すぐにポイしてた。  
すぐに代わりのものが見つかると思ってたんだ。  
 
思わずキミに手を挙げたのも、すぐにまた直せると思ったから。  
僕の意思に逆らった罰だよ、みたいな気持ちだったんだ。  
でも、それって大きな間違いだったよね…  
 
今、キミを治せなくて本当に焦ってる。  
僕、取り返しのつかない事をしちゃったんだ。  
 
何で念が失敗するのかは分からない。  
でも、もしキミが今生返ってくれたなら、もう2度とこんな事を繰返さないって誓うよ。  
 
もう、帽子もいらない。  
ちゃんとあの子に返すから!!  
 
 
僕は、両手でそっと、冷たくなったキミの手のひらを包み込んだ。  
そのまま持ち上げて、自分の胸にあててみる。  
 
小さい胸を気にして、  
「僕、サザンみたいな胸がよかった…」ってこぼした僕に、  
「それで十分だ。俺は好きだよ、お前の胸」って言ってくれたよね。  
僕、すっごく、すっごく嬉しかったよ。  
 
お願い。もう一回、僕を触って。  
耳元で「ネフェ」って囁いて。  

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