〜純愛?×偏愛×ヒソカのキモチ〜  
 
「ククク……。今日は、久しぶりに楽しかったなぁ……」  
ヒソカは喉の奥で含み笑いをしながら、天空闘技場の自分の部屋へと歩いていた。  
「彼、カストロって言ったっけ。あんな目をされちゃ、もったいなくて殺せないよ……」  
つい先程の、カストロとの初めての試合を思い返すたびに、ヒソカの胸に心地良い疼きが巻き起こった。  
歴然とした力の差を見せ付けられたにもかかわらず、決してくじけようとしない、闘志に満ちた目。  
そして、鍛えればいくらでも伸びていきそうな、格闘家としての資質。  
カストロの見せた類まれな才能と気迫が、ヒソカの歪んだ欲望を刺激して止まなかった。  
「まずいな、どうも収まりそうにないや。どうにかして鎮めなきゃ……おや?」  
飢えた魔獣のような気配を放っていたヒソカは、自分の部屋の手前で、ほっそりとした人影を見つけた。  
今のヒソカは異様な雰囲気を身にまとっており、同じ200階クラスの選手でも彼の傍には近寄らない。  
だが、その人影はそんな殺気など物ともせず、下町の路地裏にでもいるように、気楽に壁に背を預けている。  
「やあ、マチじゃないか。どうしたんだい、こんな処に」  
ヒソカが歩み寄ると、マチは猫のように音も無く身を起こし、閉じていた目をスッと開いた。  
「話があるんだけど、いい?」  
ヒソカの問いを完全に無視して、マチは端的に告げた。  
無機質にさえ見える硬質な美貌は、素っ気無い雰囲気と相まって、まるで氷の彫像のようでもある。  
しかしながら、その内に秘める熾烈な戦闘力が、そこに息吹を吹き込んで、生き生きと輝かせている。  
以前から、彼女に対して抱いていた想いが、強い欲求と混じり合い、ヒソカの胸を熱く焦がす。  
「いいよ。じゃあ中に入って」  
そんな気配を出来るだけ抑えつけると、ヒソカはマチを自分の部屋へと促した。  
 
「……で、何だい、話って?」  
個室のベッドに腰掛けて、ヒソカは自分の前に立つマチに改めて声を掛けた。  
勧められた椅子も断り、腕組みをして見下ろすマチの視線からは、どこか咎めるような色が浮かんでいる。  
釣り上がりぎみの目を猫科の猛獣のように細めると、マチは無愛想な声で話し出した。  
「前回の仕事。どうして来なかったんだい?」  
「何だ。ボクに会えなかったもんで、寂しくてわざわざ尋ねてきてくれたのかい?」  
「誰がよ」  
懐からトランプを取り出しつつ呟いたヒソカの軽口を、マチはあっさりと一蹴した。  
「アンタ、あたしが伝えた時には、ちゃんと来るって言ったわよね。なのに連絡もせずにすっぽかして。  
 お陰でフェイタンやフィンクスに散々、嫌味を言われたのよ。少しは反省して欲しいわね」  
「ごめん、ごめん。何となく気が乗らなかったから、さ」  
ヒソカは取り出したトランプを手慰みにシャッフルしながら、半ば上の空といった感じで答えた。  
いかにも、そんな事はどうでもいいと思っているのが丸分かりだ。  
そんな気の無い態度に、マチは大きな溜息をつき、呆れた様子でかぶりを振った。  
「まったく、コインで負けたとは言え、アンタへの連絡係なんて、とんだ貧乏くじを引いたもんだわ」  
「おや? ボクはてっきり、ボクに気があるから志願したのかと思ってたけど?」  
にんまりと笑うヒソカの言に、マチは全く動揺した様子も見せぬまま、即座に言い返す。  
「だから、誰がよ。……とにかく、その二人からの伝言。『あまりいい気になるな』だそうよ」  
「うーん、彼らに言われても、今ひとつ反省する気にならないなぁ」  
「勝手にしな。ただ、今度二人に会うときは、それなりに覚悟しておくんだね」  
とぼけた台詞を吐くヒソカに、マチは処置なしといった顔で肩を竦めた。  
 
「ところで、話ってそれだけかい?」  
「いいえ、ここからが本題。次の仕事、来月の16日、カイサル市に集合だそうよ」  
一番上にあるカードをピッとめくりながらヒソカが訊くと、マチは要件だけを簡潔に答えた。  
「へえ。……それで、団長は来るのかい?」  
「たぶんね。だから今度は、絶対に黙ってすっぽかすんじゃないよ」  
「うーん、マチが優しく迎えに来てくれる、って言うんなら、喜んで行くんだけど」  
慈愛の笑みを浮かべるハートのクイーンを眺めながら、ヒソカはかなりの本気を込めて呟く。  
「御免だね。迎えが欲しいなら、ノブナガにでも頼んでおいてやるよ」  
しかし、マチはいつもの悪ふざけと思い、それをさらりと受け流した。  
「……ところで、その傷。かなり深いんじゃないのかい?」  
「ん? ああ、これ? そういや忘れてた」  
マチにわき腹を指差されて、ヒソカはカストロの一撃で受けた傷をちらりと見下ろした。  
その傷は猛獣の爪に裂かれたように醜くささくれ立っていて、常人なら激痛に気絶してもおかしくない深手だ。  
だが、ヒソカの顔は苦痛に歪むどころか、油汗の一つすら流さず、平然としている。  
マチはそんなヒソカに歩み寄ると、手甲の針山から針を一本抜き、そこに念糸を通した。  
「そんな傷をサボる言い訳にされちゃ堪らないからね、あたしが繕ってやるよ。服を脱ぎな」  
「へえ、そんな事も出来るんだ。それじゃお願いしようかな」  
自分の前に跪くマチに意外そうな顔をして、ヒソカは小さく頷いた。  
マチが念の糸を使う事は知っていても、そういった使い方が出来ると聞くのは初めてのことだった。  
確かに、念を使ってもしばらく完治しないほどの傷ではあるし、マチの能力に対する純粋な好奇心もある。  
ヒソカは道化師風の衣装の上着に手を掛けると、無造作にそれを脱ぎ捨てた。  
 
「オーラ消してもらえる? 縫合するのに邪魔だから」  
ヒソカの裸に照れもせず、念で強化した視力で傷口の状態を仔細に観察しながら、マチは素っ気無く告げた。  
集中して凛と張り詰めた表情は、普段の斜に構えた雰囲気とは、また違った魅力をかもし出す。  
上から覗く胸の谷間を、ヒソカが目を細めて見詰めているのにも、マチはまるで気付いていなかった。  
「いくよ」  
念のガードが解けて血が吹き出すと同時に、マチは残像が残るほどの速さで、ヒソカの傷口を縫っていった。  
通常の縫い針を使って、血管や筋繊維はおろか、神経の一本一本までをも的確に継ぎ合わせていく。  
仕上げにくいっと念糸を引っ張ると、無残に弾けていた裂傷は、まるで何事も無かったかのように合わさった。  
「これはすごい。これからは、怪我をした時はマチにお願いしようかな」  
「そりゃどうも。今回は初回ってことで、500万にまけといてあげるよ」  
「え、お金取るの?」  
痛みさえ消えた縫合跡を撫でていたヒソカは、マチの無情な言葉に落胆した様子を見せた。  
「嫌ならいいんだよ。今からでも念糸を解いてやろうか?」  
「いやいや、これだけの技を見せて貰えたんだ。500万じゃ安すぎるぐらいさ」  
冗談めかしてそう言いつつも、ヒソカは滾る欲望を抑えられなくなってきていた。  
気の強い女性も、才能に溢れる使い手も、ヒソカの欲望を強く刺激する対象である事に違いはない。  
しかし、その両方を兼ね備えた相手となると、そう滅多には見当たらない。  
ヒソカにとって、殺戮衝動と性的衝動は、等価であり一体でもある。  
そのどちらをも満たしてくれるであろうマチに、ヒソカはかつて無いほどの欲求を覚えていた。  
「ただ、もう一つ治してもらいたい処があるんだけどな」  
妖しく微笑むヒソカの言葉に、立ち上がりかけていたマチはいぶかしげな表情を浮かべた。  
 
「あん? 他にも傷があるのかい?」  
「そうじゃなくて、コ・コ。さっきから、どうにも収まらなくってさ。治してくれる?」  
「ばっ……!」  
大きく膨らんだズボンの前を指し示され、冷静だったマチの顔がパッと朱に染まった。  
けれど、一瞬で取り乱しかけた感情を打ち消すと、仮面のように冷ややかな表情を取り戻す。  
「……バカ言ってんじゃないよ。そんなもん、自分でどうにかしな」  
捨て台詞を投げつけると、マチはもう用はないと言わんばかりに、立ち上がってきびすを返そうとした。  
しかし、二歩目を踏み出す前に、片腕をガクンと引っ張られ、それ以上は動けなくなる。  
首だけで振り返ると、ヒソカの手ががっちりとマチの手首を掴み取り、彼女を引き止めていた。  
「その手を離しな」  
ちりっと視線に苛立ちを写し、マチは低い声で言い放った。  
そう言いながら、徐々に腕へ力を込めていくが、ヒソカの手は銅像のように微動だにしない。  
「いいや、離さないね」  
「……このっ!」  
おどけた仕草で首を振るヒソカに、マチはらしくもなくカッとなって、握り締めた拳を振り下ろした。  
念こそろくに込められていないが、それでも当たれば厚い鉄板が歪むほどの威力はある。  
「無駄だよ」  
(なっ、速……!?)  
だが、ヒソカは軽くあしらうようにそれをかわすと、マチの勢いを利用して、ふわりと彼女を投げ上げた。  
マチの身体は宙でくるりと捻られて、ベッドの中央へ計ったように倒れ込む。  
旅団のメンバーであるマチが反応できないほどの速さで、ヒソカは彼女の身体を組み伏せていた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「ヒソカっ! アンタ、ふざけるのもいい加減にしないと……!」  
「ふざけてなんかないよ。ボクは今、マチの事が欲しくて仕方が無いんだ」  
両腕をベッドに押さえつけ、いきり立った股間をマチの下腹部に密着させ、ヒソカは熱い息を吐いた。  
マチはヒソカの下で激しく抵抗するが、元々の筋力が違う上に不利な体勢のため、全く撥ね退けられない。  
ヒソカの硬くなった剛直が、服越しにマチの秘所に当たり、彼の興奮の度合いを鮮明に伝えてくる。  
団員同士という事で、ほんの僅かに油断していた自分を、マチは内心で激しく叱咤した。  
「忘れたのかい!? 団員同士のマジ切れは……っ!」  
「厳禁だって言うんだろ? でも、ボクは今の所、マチを傷付けるつもりは無いよ」  
マチが旅団の掟を持ち出すと、ヒソカは白々しい口調でそれを否定した。  
確かにヒソカは、激しい牡の欲望こそ表に出しているが、本気で戦おうという気迫はほとんどない。  
それどころか、マチの身体を傷つけないよう、わずかに手加減さえしている。  
「でも、マチが嫌だって言うんなら、本気で抵抗してもいいよ。……それこそ、殺し合うつもりでね。  
 ボクはどっちでも構わないんだからね。ククク……」  
「くっ、この……!」  
旅団のルールを逆手に取ったヒソカの言い草に、マチは悔しげに顔を歪めた。  
設立時からのメンバーであるマチと違い、ヒソカは旅団の掟を律儀に遵守する気は元から無い。  
マチが抵抗の為に念を使えば、同じだけの念を発して、その逃亡を阻止するだろう。  
だが、ヒソカがあくまで受身になっている以上、限度を越えて先に掟破りをするのは、マチの方になってしまう。  
自身の貞操と、旅団の掟を秤にかければ、マチにとっては後者のほうが遥かに重い。  
本気を出さずにこの場から逃れるのは無理だと判断したマチは、抵抗する事を諦めた。  
 
「おや? 拒まないって事は、ボクの事を受け入れてくれる気になったんだね?」  
「……勘違いしないで。アンタに犯される事よりも、旅団の掟の方が大事なだけだよ。  
 やりたきゃ勝手にやればいいさ。ただ、こんな事であたしを自由にしたとは思わない事だね」  
内心の葛藤を分かった上でわざと問い掛けるヒソカに、マチはぷいっと横を向き、全身で拒絶の意思を表した。  
言葉通りに手足から力を抜いて、代わりに現実の全てを否定するように、ふっと目を瞑る。  
しかし、抑え切れない憤りが、マチの声をわずかに震わせている事を、ヒソカの耳は聞き逃さなかった。  
「あっそう。それじゃ、勝手にさせてもらおうか……なっ!」  
「……っ!?」  
ヒソカは気を込めたトランプを一閃させ、マチの胸元から帯の下までを一息に撫で切った。  
カミソリよりも鋭いエッジは、マチの肌には毛ほども傷を付けず、上半身を覆う衣服だけを綺麗に両断する。  
肌を隠す物が無くなる不安感に、マチはとっさに両腕で自分の身体を抱き締めて、それを押さえてしまう。  
ハッとなって振り仰ぐと、ヒソカは愉悦に唇の端をきゅっと持ち上げ、悪魔のような笑みを浮かべていた。  
「クッククク……。どうしたんだい、マチ? 勝手にやればって言ったのは、君だろう?」  
「くうっ……! ヒソカ、アンタって奴は……!」  
自分を律し切れなかった事への屈辱と、それを上回る怒りに、マチはきつく唇を噛んだ。  
覚悟を決めたつもりでも、実際に肌を晒されそうになれば、どうしても羞恥心が込み上げてしまう。  
せめてもの反撃にと、マチは殺意を込めてヒソカを睨みつけた。  
だが、その鋭い視線は、却ってヒソカの欲望を昂ぶらせるだけである。  
「そう、その目だ。人形みたいな相手じゃ、ボクとしても面白くないからね。少しは抵抗してくれないと」  
「アンタ……アンタはっ!」  
身勝手な事を言うヒソカに、マチは相手の思う壺だと分かっていても、怒りの視線を外す事は出来なかった。  
 
「でも、このままじゃ何も出来ないし……。そうだ、こういう趣向はどうかな?」  
「っ、ヒソカ、何をっ……」  
四肢を身体に引きつけて、固く身を守るマチの手足に、ヒソカは順番に指を触れていった。  
ヒソカの触れた場所には、粘着性の念がぴったりと張り付き、彼の手との間に橋を掛ける。  
「それは……」  
「ボクの能力は知ってるだろ? バンジーガムは、ゴムとガム、両方の性質を持っている」  
両の手首と足首にバンジーガムをつけられたマチは、いきなり能力の説明をするヒソカの意図を読もうとした。  
ヒソカの妖しげな雰囲気から言っても、何か邪まな事を考えているのは間違いない。  
「!? ま、まさか……!」  
「分かったみたいだね。そうとも、これをこうするのさ」  
「う、くっ!?」  
マチの顔が愕然とした瞬間、ヒソカは四本の念の中ほどをベッドの四隅に飛ばし、そこに貼り付けた。  
同時に能力を発動し、ベッドの端とマチの間にあるバンジーガムを、素早く収縮させる。  
手足を身体から引き剥がそうとする強い引っ張りに、マチは全力で抵抗した。  
「へえ、さすがだね。この状態でも耐えられるなんて」  
「く……ううっ……!」  
ベッドの端と、紐ほどの細い念で繋がった手をゆらゆらと動かしながら、ヒソカは感心した様子で呟いた。 
変化系の念は術者の身体から離れると、途端にその強度を失う。  
しかし、今のヒソカのように、身体と繋がったままの状態であれば、思うがままに操る事が出来る。  
ヒソカはマリオネットを操るように、マチの手足を捕らえたバンジーガムを、不規則に強弱をつけて縮ませた。  
その度にベッドの支柱がギシギシと軋み、マチは苦しげにうめきながら、ヒソカの下で身悶えた。  
 
「でも、その我慢がいつまで続くかな……?」  
「んっ!?」  
ヒソカは舌を長く伸ばして、マチの頬をずるりと舐め上げた。  
鳥肌の立つような軟体動物じみた感触に、マチの肩が小さく跳ねる。  
だが、それに気を取られれば、収縮する念に手足を引き寄せられ、無防備に身体を開く羽目に陥ってしまう。  
ヒソカの念の力に対抗するので精一杯のマチは、ただその感触を耐えるしかなかった。  
「ほらほら、頑張らないと、胸が見えちゃうよ?」  
「むっ……ぐうっ!」  
いたぶるような声を掛けながら、ヒソカはマチの口元にそっと自分の口を重ねた。  
唇を奪われた、と思った瞬間、マチは閃光にも似た憤激を覚え、ヒソカの下唇に喰らいつく。  
鋭い糸切り歯がブツッと皮膚を噛み破り、マチの口の中に金臭い血の味が広がる。  
しかし、ヒソカはまるで優しい愛撫を受けたかのように、その顔に刻まれた笑みを深めた。  
「いいよ、マチ……。やっぱりキミは、すごくいい……。ボクの思った通りの女だ……」  
「んんっ、んっ!?」  
ヒソカは垂れてきた己の血を人差し指で拭うと、それをマチの口元へと塗り込んでいった。  
顔を左右に振って逃れようとするマチの顎を残る指で掴み、桜色の唇に血化粧を施していく。  
そして、鮮やかな紅に染まったマチの唇を、もうここは自分の物だと宣言するように、何度も指でなぞる。  
「ああ、そんな目で見ないでくれ……。ますます興奮しちゃうじゃないか……」  
「むうっ、ぐ、むうぅん!」  
更に、マチの頬を指先で挟んで噛みつけないようにすると、再び唇を重ね、彼女の口腔に舌先をこじ入れる。  
口を塞がれた苦しさと、いい様に弄ばれる悔しさに、マチの目尻から一粒の涙が零れ落ちた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「キミの白い肌に、ボクの赤い血は良く映えるね……。とても綺麗だ……」  
「く……っ、ヒソカ、もう、やめなよっ……あっ!」  
ヒソカは、唇の傷をわざと止血せず、滴る鮮血をマチの顔に落としては、舌先でそれを拭っていった。  
他人の血など見飽きるほど見ているマチも、ヒソカの異常な愛撫に、微かな慄きを隠し切れない。  
顔を背けた拍子に、ぽたっと血の雫が彼女の耳元に落ち、ヒソカは何気なくそこへ舌を這わす。  
しかし、耳朶をぺろりと舐められると、マチは今まで以上に激しく反応した。  
「へえ、ここが弱いんだ……」  
「ちがっ、くっ、や、やめっ!」  
ヒソカはピタリと唇の出血を止めると、蛇のように舌を揺らめかせ、マチの耳をつんつんと突いた。  
マチは首を竦めて耐えようとするが、ヒソカの舌が触れ、吐息が掛かる度に、ピクピクと身体が震える。  
「嘘をついても駄目だよ。ほら、段々顔が火照ってきた……」  
「そ、そんなんじゃ……あくぅっ!?」  
なおも抗うマチの耳朶を、ヒソカの歯がこりっと甘く噛む。  
ぞくっと背筋に走った感覚に、思わず力が抜けた両腕が、ヒソカの念に引かれて頭上に持ち上がる。  
押さえの無くなったマチの切り裂かれた上着は、はらりと左右にはだけ、その中の白い肌を露わにした。  
「あっ……! 見るな、見るなぁっ!」  
そろそろと下がってゆくヒソカの視線に耐えかね、マチはジタバタともがきながら叫んだ。  
一旦伸び切ってしまった腕は、渾身の力を込めても、じれったいほどゆっくりとしか引き戻せない。  
肩が上がっているせいで、やや縦に引き伸ばされた二つの膨らみが、身体を捻る拍子に小さく弾む。  
そんなマチの暴れる様を、ヒソカは欲望に酔いしれた目でじっと見下ろした。  
 
「ん〜。そんな事を言われると、なおさら見たくなっちゃうなぁ……」  
「うっ、く! やめろ……って、言ってる、だろっ……!」  
ヒソカはマチの耳元でそう囁くと、首筋に唇を押し当て、つうっと下へと伝っていった。  
喉元から鎖骨の間を抜け、身体の中心に沿って滑らせ、胸の谷間に顔を埋める。  
そこから顔を左右に動かし、柔らかな膨らみに軽く頬擦りをする。  
滑らかな肌の感触を楽しんでから、ヒソカは頭をもたげて、ふるふると震える丘の頂点に舌を伸ばした。  
「んっ……」  
「くはぁっ!?」  
胸の先端から走る痺れにも似たわななきに、マチは引き寄せかけていた腕をガクンと元の位置まで戻された。  
少しざらついたヒソカの舌が、じっくりとそこを舐め回し、マチの感覚を引き出していく。  
マチの意思とは無関係に、刺激を受けた突起は次第に膨らみ、硬くしこってくる。  
つんと突き立ったそれを最後に一舐めしてから、ヒソカはもう一方の頂きへと唇をずらした。  
「んっ……、ふう。とても素敵だよ、マチ。感じてくれてるんだね……」  
「かんっ……じて、なんかっ……! くっ、や、やめなっ……!」  
掌で柔肉を掻き寄せ、乳飲み子のようにしゃぶり付きながら、ヒソカは残る片手でマチの身体を撫で回した。  
器用でしなやかな指先が、素肌の上を不規則に、だが的確に急所を責めながら、さわさわと動く。  
「むっ、んちゅっ……。ふむっ、ちゅ、ぴちゅ……」  
「やめ……、や、んくっ……あ、はぁっ!」  
ヒソカの指が蛇行しながら胴を伝い、スパッツ越しに尻を撫で、太股を労わるようにさすり、また上に戻る。  
胸の麓の輪郭を指先でなぞり、唾液に濡れた突起を軽くつまむと、くりくりと擦り立てる。  
口では拒絶しながらも、マチの引き締まった肢体は、ヒソカの愛撫によって確実に熱を帯びていった。  
 
「……さて、こっちの方はどうなってるのかな?」  
「あっ、だ、駄目っ!」  
ヒソカは身体を横にしてマチの脇に寝そべると、片手をするりと股の間に伸ばした。  
マチはとっさに叫びつつ、膝を重ね合わせて太股を閉じ、ヒソカの手を拒む。  
しかし、足首を強く引き絞られている為、完全に隙間を無くす事は出来ず、その侵入を許してしまう。  
下腹部を覆うように手の平を添えると、ヒソカはからかい混じりの声でマチに囁いた。  
「今の声、可愛かったね。ボク、ゾクゾクきちゃったよ」  
「ううっ……!」  
まるで普通の女のような声を上げてしまった事を指摘され、マチの顔が複雑に歪んだ。  
冷静さを身上とする彼女にとって、『可愛い』などと言われるのは、甚だしく不本意である。  
ましてそれが、よりにもよってヒソカの口から告げられたという事実が、とてつもなく腹立たしい。  
なのに、ほんの少しではあったが、胸の奥底で、何かくすぐったいような気持ちが湧いてくる。  
最後の一つを強引に頭から振り払い、マチはこれ以上情けない声を上げまいと、ぎりっと奥歯を噛み締めた。  
「照れる事はないじゃないか。もっと声を出していいんだよ?」  
「ぐっ、くうっ……!」  
ヒソカは中指だけを尺取り虫のように動かして、スパッツの上からマチの秘裂を緩やかになぞった。  
じんっと背筋を走る甘い響きを、マチはぎゅっと目を瞑って意識から追い出そうとする。  
「ほら、素直になりなよ。我慢なんかしないで……」  
「ぐうっ、くぅ!」  
けれど、耳元で呟くヒソカの声が、催眠術にも似た穏やかな調子で、マチの脳裏に忍び込む。  
マチの強ばった頬は小さく痙攣し、組み合わせた膝が力を奪い取られて、ガクガクと震え出した。  
 
「おや、少し湿ってきたね。これは汗なのかな? それとも……」  
「うっ、嘘だっ! そんな筈はっ!」  
疼きに耐え続けていたマチは、ヒソカがそう言った途端、閉じていた口を開いてそれを打ち消した。  
ヒソカに優しく撫でられ続けたそこは、熱くなってきてはいるものの、服の上から判るほどでは無いはずだ。  
そう思ってはいても、こんな状態に置かれた事が無い以上、絶対の自信を持つことは出来ない。  
するとヒソカは、会心の奇術で観客を引っ掛けたマジシャンのように、得意げな笑みを洩らした。  
「もちろん嘘だよ。でもマチ、何でそんなに慌てて否定するのかな?」  
「あっ、そっ、それはっ……!」  
ヒソカの誘導尋問に乗せられてしまった事に気付き、マチは言葉を詰まらせた。  
むきになって否定すれば、実は多少なりとも濡れてきていると、自ら白状したも同然である。  
悔しさと恥ずかしさが胸の中で渦巻いて、マチの瞳に薄く涙が滲んでくる。  
そんなマチの葛藤を承知した上で、ヒソカはどこからとも無く一枚のトランプを取り出し、彼女の眼前に掲げた。  
「それじゃあ、ちょっとこれで確認してみようかな?」  
「い、いやっ!」  
最前の決意も忘れ、マチは再び女らしい悲鳴を上げた。  
ヒソカが臍の下、スパッツの中心線にカードの端を引っ掛け、音も無く切り開き始めたからだ。  
自分の肌が傷付けられる懸念さえ捨てて、自由にならない手足を振り回し、猛然と暴れる。  
「やめてっ、やめてったら!」  
しかし、ヒソカの手元は寸分も狂わず、じらすようにゆっくりと肌を隠す布だけに刃を立てていった。  
白いショーツが顔を覗かせると、その上端をカードで掬い上げ、スパッツと一緒に切り裂いていく。  
薄紫の柔毛が露わになり、マチの秘唇が外気に晒された所で、ヒソカは用済みになったカードを放り捨てた。  
 
「……うん、これなら分かるよ。マチのここが濡れてきてるのが」  
「さわっ……、触るなっ……!」  
ヒソカはマチの顔を見詰めながら、開いたスパッツの切れ目から、手探りで彼女の淫裂にそろりと触れた。  
その部分は、他の場所よりも遥かに熱く火照っており、薔薇の花弁のようにしっとりとした感触がする。  
僅かに漏れていた雫を、指先で擦り込むように広げると、それに誘われて新たなぬめりが滲み出す。  
マチは尚も拒絶の声を上げたが、その語調からはかすかに懇願の響きが感じ取れた。  
「いいや、止めないよ。もっとボクを感じて欲しいんだ」  
ヒソカは徐々に慣らしてゆくように、秘所に当てた指の腹を蠢かせた。  
強引に割り込んだりはせず、自然と開いていくのを促す、愛しげな愛撫だ。  
その穏やかな指使いに、マチの反抗心が次第に薄れ、悦楽のさざなみがひたひたと押し寄せてきた。  
「こっ、こんな、どうしてっ……!?」  
陵辱を受けている筈なのに、甘美な快楽を感じ始めている自分に、マチは戸惑いを覚えていた。  
彼女とて、男と身体を重ねるのは、これが初めてではない。  
だが、意に添わぬ相手に、こうも一方的に弄ばれるのは、初めての経験であった。  
にもかかわらず、身体の疼きはかつて無いほどに高まり、マチの意識を着実に侵し始めている。  
思わず洩れた上ずった声に、ヒソカはぴたりと手を止めて、彼女の瞳を覗き込んできた。  
「本当に、分からないのかい?」  
「……っ! そうか、念だね!? アンタ、念能力であたしを操って……!」  
その可能性に思い至り、マチはより一層の憎しみを込めて、ヒソカの顔を睨み返した。  
マチ自身もそうだが、旅団のメンバー内であっても、互いの手の内の全てを知っている訳ではない。  
ヒソカが隠し技でマチの身体を操り、彼女の感覚を異常に高めているとすれば、合点がいく。  
 
しかし、ヒソカは小さく首を横に振り、マチの推測を否定した。  
「いいや、ボクはそんなチャチな手は使わないよ」  
「じゃあ、なんだって言うのさ!」  
他に理由も思い浮かばないマチは、この期に及んでまだ誤魔化そうとしていると思い、更に声を荒げた。  
するとヒソカは、今までマチが見たこともないような、真摯な顔をして答えた。  
「なに、簡単なことさ。ボクがキミを愛しているから、さ」  
「ふっ、ふざけるなっ! こんな真似をして、信じられると思うのかい!?」  
「ふざけている訳でも、嘘をついてる訳でもないよ。だからそんなに感じているのさ」  
激昂するマチに対して、ヒソカは静かに言い聞かせるように呟いた。  
けれどヒソカの言葉は、強引に身体を貪られているはずのマチにとっては、到底受け入れられるものではない。  
その思いを知ってか知らずか、ヒソカは尚も言葉を続けた。  
「キミの頭は否定しても、キミの体は受け入れているのさ。ボクの手を、ボクの身体を、そしてボクの愛を」  
「ちっ、違うっ!」  
耳を塞ぐ事も出来ず、マチはただかぶりを振り、躍起になって言い返した。  
「キミとボクはコインの裏と表みたいなものさ。同じ嘘吐きでも、向いている方は反対だ。  
 ボクは、自分のやりたい事の為ならどんな嘘だってつく。キミは、プライドの為なら自分の心にも嘘をつく」  
「違う、違うっ!」  
だが、確かに胸の奥底で、ヒソカの言葉に頷こうとする自分がいる。  
「抵抗しないのは、旅団の掟だけが理由なのかな? 実はキミも、こうされる事を望んでいたんじゃ……」  
「違う、違う、違うっ! あたしは……あたしはっ!」  
崩れ去りそうな理性を必死で掻き集め、マチは駄々をこねる子供のように、同じ言葉を何度も繰り返した。  
 
「まあ、今のはボクの勝手な想像だからね。キミが違うと言うなら、そうなのかも知れないね……」  
「あ、やぁっ!」  
ヒソカは身を起こし、マチの両足の間に割り込むと、女の匂いを漂わせる股間に顔を近づけた。  
用を成さなくなったスパッツとショーツを太股の半ばまで引き下ろし、その隙間に頭を潜らせる。  
陰部を間近で見られる羞恥に、拘束されたマチの肢体が妖しげにうねった。  
「ふぅん、あんまり経験がないんだね。まだ綺麗なピンク色だ……」  
「バっ……! どっ、どこまであたしを……!」  
「馬鹿にしてる訳じゃないよ。とっても可愛いって言ってるだけさ……んっ」  
「くふぅん! だっ、誰が……あっ!」  
感じ入ったように呟くと、ヒソカは軽く口付けて、マチの蜜を吸い取った。  
塩気のあるサラサラとした雫の味が、一瞬洩らした甘い喘ぎが、ヒソカの興奮を嫌が応にも昂ぶらせる。  
捧げ持つようにしてマチの腰を引き寄せると、大きく口を開けて恥丘にかぶりつく。  
ねっとりと温かなヒソカの口腔に敏感な場所を覆い尽くされ、マチの身体が弾けたように反り返った。  
「あああっ!?」  
「むっ……んむ、むぐ……っ、んっ、んふぅ……」  
「んあっ! んぁあ、あっ!」  
ヒソカは、舌先で陰毛を掻き分けると、舌の腹をぺたりと淫裂へ宛がい、細かく左右に揺らした。  
マチの瞳が大きく見開かれ、その口からは泣き叫ぶような絶叫が放たれる。  
生の肉の味がするそこを、ヒソカは力を込めた舌全体で、恥骨にぐりぐりと押し付ける。  
手の中でヒクヒクと跳ねる尻肉を、緊張を解してやるように、そっと円を描いて揉みしだく。  
唾液とマチの愛液が混じり合い、ヒソカの口の中でくぐもった水音を響かせた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「ぅむ……ちゅ、んぷ……んっ、ん、んっ……」  
「くふ……ぅん! や、っ、くぅっ……!」  
執拗に秘所を嬲られ続けるうちに、マチは段々とヒソカの与える快楽に酔わされていった。  
こうも易々と弄ばれているのが、裏社会でも恐れられる蜘蛛の一員の姿であるなど、自分でも信じられない。  
包皮の上から陰核を摘んだヒソカの唇に、小刻みにそこを啜り立てられ、甘い声を発して身体を震わせる。  
その弱々しい喘ぎ声には、すでに明確な拒絶の意思は殆ど含まれていなかった。  
「……はぁ、そろそろいいかな? ボクももう、我慢できないよ……」  
「あっ……!」  
ヒソカは手早くズボンと下着を脱ぎ捨てると、マチに見せ付けるように、剥き出しの剛直を軽くしごいた。  
赤黒く充血したそれは、奇怪に節くれ立ってそそり立ち、先端の笠が大きく開いている。  
愛撫が途切れたことによって取り戻した意識の中で、マチはこれ以上の刺激を受けることに怯みを覚える。  
そんなマチの秘唇を、ヒソカは片手で押し下げた亀頭で、確認するように上下になぞった。  
「ほら、マチもボクのこれが欲しくて、もう堪らないだろう?」  
「そんなっ……、そんな、ことっ……!」  
快楽に屈服してしまいそうな意識を、もはや意地だけで押し留め、マチは力無くかぶりを振った。  
ちゅくちゅくという湿った音を聞くまでもなく、秘部がしとどに濡れ、完全に準備を整えているのが分かる。  
「じゃあ、挿れてあげるよ……」  
「んっ! んふぅぅぅっ!」  
ヒソカの腰が軽く前に進んだだけで、マチの秘洞はさしたる抵抗も無く、ぬぷぬぷと肉棒を飲み込んでいく。  
肉襞を掻き分けて進む硬い剛直の感触に、マチの身体は歓喜に打ち震えた。  
 
「すごいね、マチ。ボクのモノに絡み付いてくるよ……。自分でも分かるだろう?」  
「はぅっ! や……違う、そんな、嘘だっ……!」  
くん、くんっと先端で子宮口を刺激され、マチの内部はきゅうんと収縮した。  
自分の中を埋め尽くす男のモノが、マチの女としての悦びを呼び覚まし、火照った肢体を更に加熱する。  
本当にヒソカを嫌っているのなら、異物感と嫌悪感しか浮かばないはずなのに、それは少しも感じない。  
しかし、そこから先へと自分の心理を分析することは、マチの自尊心が許さなかった。  
「愛してるよ、マチ……。今すぐキミを壊したいぐらい……」  
「やっ……め、それ……以上、言うなっ……んっ!」  
マチの両足を抱え上げたまま、ヒソカは腰を使い出した。  
だが、言葉とは裏腹に、その動きはゆったりとして、優しさと労わりに満ちている。  
乱暴な律動ならば、まだ強引に犯されていると思えるのに、こうも穏やかな交わりでは反感を抱けない。  
今だ手足を拘束している念の縛めだけが、これは自分の意志ではないと言い聞かせる、唯一の枷であった。  
「ああ、愛してる、愛してるよ、マチ……。キミは素敵だ、とても魅力的だ……」  
「やめろっ……! そんな、言葉でっ、んっ! あたっ、あたしをっ……惑わすなっ……!」  
一方ヒソカは、そんなマチの入り組んだ感情に、とうに気付いていた。  
そして、マチの手足からはすでに抵抗する力は失われていて、縛めを解いても逃げられる心配はない事も。  
けれど、その事実を突きつければ、彼女の自尊心は完全に崩れ落ち、従順なただの女になってしまうだろう。  
ヒソカが求めているのは、圧倒的な快楽に晒されて、それでも心までは完全に屈しない、芯の強さ。  
抵抗が長引けば長引くほど、それを突き崩す時のエクスタシーは、飛躍的に高まっていく。  
マチを好ましいと思うからこそ、ヒソカは彼女の身体を、心を、崩さないよう慎重に責め立てる。  
それは、歪みねじくれてはいても、紛れも無く、彼の真摯な愛情表現であった。  
 
「マチ……。ああ、マチ……。キミの中は、何て気持ちいいんだ……」  
「ちが……うぅん! あたし、あたしは……! こんなの、あたしじゃ……な……!」  
ヒソカはマチの背を抱き寄せ、中を前後に行き来しながら、切なく隆起した胸の頂きに吸い付いた。  
両腕を後ろに引き絞られたマチは、自ら胸を差し出すような体勢を取らされ、伸びきった肩に痛みを覚えた。  
だがそれよりも、舐められる胸に、貫かれた秘所に、抱き締められた身体に走る心地良さの方が勝っている。  
抵抗を続ける意思を裏切って、ヒソカの全てを受け入れている自分を、マチは懸命に否定する。  
その内に、マチの理性は肉体から半ば遊離し、原始的な本能がその穴を埋めていった。  
「マチ……。んむっ、んっ、ちゅ、んむっ……」  
「んふぅ! ふむっ、んくっ、んっ、ふ!」  
ヒソカが情熱的に唇を重ね、舌先が深い侵入を求めると、もうマチの身体は拒むことが出来なかった。  
互いの唾液を交換し、混じり合ったそれを飲み下し、鼻を鳴らして身悶える。  
膣内の天井を擦るヒソカの亀頭が、奥深い快感を巻き起こし、結合部から雫が止め処なく零れ落ちる。  
けれど彼女の瞳だけは、襲い来る悦楽に揺れ動きながらも、未だ抵抗の意思を残していた。  
「いい、すごくいいよ、マチ……。ねえ、そろそろ、出してもいいかな……?」  
「あ、っか、ん、あ、あ、あっ!」  
ヒソカはその瞳を覗き込みながら、腰の動きを加速させ、最後の高まりを求めた。  
激しくなった動きに、マチは押し出されるような声を上げ、大きく喉を反らす。  
「中に出してもいいよね……? ボクはキミの事が、こんなに好きなんだから……」  
「うっ、あ……、い、いや、だっ……!」  
ヒソカに精を注がれる事よりも、それによって達してしまいそうな自分が怖い。  
しかし、気力を振り絞るようにして訴えたマチの言葉も、ヒソカの動きを掣肘する事はできなかった。  
 
「ああっ、イく、イくよっ……! マチの中で、マチの一番奥でっ……!」  
「いや、いやだっ! やめろっ、やめてよっ……もうっ……!」  
ヒソカは剛直を深く挿入すると、小刻みに素早く動き始めた。  
射精の前兆に、一回り大きくなったそれが秘洞を押し広げ、摩擦を強める。  
絶頂を耐えるため、なけなしの力を身体に込めるマチの内部が、きゅんっと締め付けてヒソカを刺激する。  
「くっ……、ううっ!」  
「んん……っ!」  
そして、マチが果てるよりも僅かに早く、ヒソカの先端から大量の白濁が迸る。  
ビクビクと剛直が内部で跳ねる感触に、引き摺られそうになりながらも、マチは危うい所で踏み止まった。  
「はぁっ、はっ、はあぁ……」  
「っく……、もっ、もう、満足だろっ……。早く、あたしの、上から、離れなっ……」  
満たされ切った吐息をはくヒソカに、マチも息を荒くしたまま、どうにかそれだけを口に出した。  
身体と本能は一斉に不満の声を上げるが、最後の一線で耐え切った事に、彼女の理性は安堵を覚えていた。  
肉棒をそろそろと抜き出されていく、強烈な喪失感を黙殺し、マチは大きく息を吐く。  
しかし、彼女が肺を空にしたその瞬間、ヒソカは半ば以上引き抜いた剛直を、一気に最奥まで突き入れた。  
「ひぅんっ!?」  
「まだだね。だってマチは、まだイってないだろう?」  
「やっ……、やめ、やめてっ!」  
強い粘性を帯びたヒソカの精が、亀頭と子宮口の間でにゅぐっと押し潰され、マチはざぁっと総毛立った。  
いったん緊張の糸が解けてしまった後では、さすがに再び抵抗の意思を立て直す事ができない。  
頑なに守っていた理性に亀裂が走り、そこから女の悦びが浸透してくるのを、マチははっきりと感じていた。  
 
「マチ、可愛いよ……! キミは、本当に、最高だっ……!」  
「やだっ、やだやだやだっ! おねがいっ、ヒソカっ、もうっ……やめてぇっ!」  
ヒソカは熱の篭った口調で囁きながら、大きなストロークでマチの中を激しく責め立てた。  
一拍置いた事で、通常よりも高い位置に移った快楽の極みに、マチはなす術もなく押し流されていく。  
自分でも気付いていなかった、ヒソカに対する本当の気持ちが湧き上がり、彼女の心を揺り動かす。  
手足の自由が利くのなら、思い切り彼の身体を抱き締めたいという欲求が、マチの脳裏に浮かんで消えた。  
「好きだ、愛してる、ボクは、本当に、キミのことがっ……!」  
「あたしは……っだめっ! あたしは……蜘蛛なんだからっ……! あたしは、アンタなんか……っ!」  
マチの中で、何よりも大事なはずの旅団への忠誠心と、ヒソカへの想いがせめぎ合った。  
冷静に考えれば、旅団に対する忠誠と、異性に対する愛情は、必ずしも矛盾する訳ではない。  
だが、ここで譲ってしまえば自分が変わってしまうという確信が、マチの意識を慄かせる。  
それなのに、ヒソカに縋りつきたい、身を任せたいという気持ちは、耐え難いほどに高まっていった。  
「それでも、いいっ……! いいや、そんなキミがっ、ボクは、好きなんだ……マチっ!」  
「だめっ……だめだめっ! やだっ、あたしっ、あたしっ……!」  
律動を早めるヒソカの言葉が耳に忍び込み、マチは身体と心の両面から、甘い誘惑に引き込まれた。  
明確な思考が千々に乱れ、絶大な肉の快楽と、それをも上回る胸の充足感が、彼女の全てを塗り替えていく。  
閉じた瞼の裏に白い閃光が弾け、まるで夢の中のように、それ以外は何もかもが曖昧になる。  
無意識に腰を使い、断続的にヒソカのモノを締め付けて、マチは切羽詰った口調でうわ言のように呟く。  
「だめっ、ヒソカ、だめ……だめえぇぇっ!」  
最後に甲高い絶叫を上げて、マチの肢体が雷を受けたかのように強く反り返る。  
薄れてゆく意識の中で、手足の拘束が解かれ、ヒソカの胸に抱き寄せられるのを、マチはぼんやりと感じていた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
(なんて無様な……。こんな事じゃ、普通の女と何も変わらないじゃないか……)  
マチは冷水のシャワーに頭から打たれながら、棒立ちになって自分の身体を見下ろしていた。  
ヒソカの匂いや体液は水に流せても、彼の体の感触だけは、未だ刻印のように全身に残っている。  
その余韻と、最後に感じた幸福感が、マチに自分の本当の気持ちを理解させてしまっていた。  
流星街の同朋でもないヒソカに対して、反発すると同時に、いつの間にか強く惹かれていたことに。  
(そうじゃない、そんな筈がない!)  
頭を振ってその想いを打ち捨てると、マチは白い肌に刻まれた蜘蛛の刺青を軽く撫でた。  
それは、自分の全てを旅団の為に捧げるという、誓約の証。  
(あたしにとって、これよりも大事なものなんて無い……。そうさ、あっちゃいけないんだ……)  
ほんの数時間前までなら、呼吸をするように自然に行っていた認識。  
それが今では、意識してそう思わなければ、別の想いに取って変わられてしまいそうな気がする。  
自分をこんな風に変えてしまったヒソカが、殺してやりたいほど憎らしい。  
(駄目だ……。蜘蛛の掟は絶対……。殺さないのはそれが理由……。ただそれだけ……)  
『殺さない』のではなく『殺せない』、『殺したくない』ではないかという自問を、マチは胸の奥に閉じ込める。  
ヒソカにこじ開けられた一人の女としての心を、強靭な意志で押し返し、団員としての矜持で強引に蓋をする。  
爆発しそうな内圧に耐える彼女の瞳が、追い詰められた獣のような光を放つ。  
(あたしは、旅団以外の何物にも従わない、受け入れない、属さない……。あたしは、あたしは……)  
ありったけの意思を動員して自分に言い聞かせ、マチはゆっくりと右手の掌を顔の前まで持ち上げる。  
(あたしは……蜘蛛だっ!)  
ヒソカへの想いを握り潰すように、マチは渾身の力を込めて拳を固めた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「はぁ……。やっぱり、壊しちゃったかなぁ……?」  
浴室から響くシャワーの水音を聞き流しながら、ヒソカは残念そうに呟いた。  
あの後、しばらくして意識を取り戻したマチは、無言のまま夢遊病者のように浴室へと消えていったのだ。  
だらりと下げた指先に切れた帯を引っ掛け、悄然と肩を落としていたその様は、暴行を受けた少女のよう。  
自分が望んでそう仕向けたとは言え、マチの見る影も無い変わり様に、ヒソカは深い失望を感じていた。  
「自殺なんかされると、ちょっと困るなぁ。まだ最初の目的は果たしてないんだし……」  
ヒソカにとって、強さも矜持も失った女性など、路傍の石ほどの価値もない。  
それよりも、クロロと一対一で戦う機会を完全に失う事の方が、今の彼にとって重大な問題だった。  
全ての証拠を隠しても、パクノダに調べられれば、何が原因でそうなったかなど、すぐに暴かれてしまう。  
マチを犯して死に至らしめたとなれば、残る旅団のメンバー全員から、制裁を受ける事になるのは必至である。  
さすがのヒソカでも、そんな不利な状況に置かれては、逃げ出すのが精一杯だ。  
ヒソカがそうして思い悩んでいると、浴室の扉が音も無く開き、マチが姿を現した。  
「え、マチ……?」  
予想を覆す彼女の姿を見て、ヒソカは驚きに目を見開いた。  
念糸で繕ったのか、切り裂かれた衣服は元通りになっていて、陵辱の痕跡は微塵も残っていない。  
その顔も、いつもの仮面のような無表情に戻っており、つい先程まで放心していたとは思えないほどだ。  
そして何より彼女の瞳には、これまでとは比較にならないほど強い、意思の力がみなぎっている。  
凍りついたような意識の奥で、ヒソカはその毅然とした力強さに、本気で魅了されていく。  
「……ヒソカ」  
呆けた顔で眺めるヒソカに向かって、マチは静かに語りかけてきた。  
 
「今日の事は、あたしの油断が招いた事だ。だけど、もう二度と、こんな真似はさせない」  
それは宣告というよりも、むしろ自身に言い聞かせる為の呪文。  
「あたしはアンタを殺さない。旅団の掟は、あたしの全てだから」  
強い意志の力は、あふれ出そうな憤怒、悲哀、悔恨、恋情──それらの想いを閉じ込める為のもの。  
「許した訳でも、受け入れた訳でもない。それだけは、忘れないで」  
その言葉を最後に身体を翻すと、マチは緩やかな歩調で、決然と部屋を出て行く。  
彼女の姿が消えたドアを、ヒソカはしばらく身動きもせずに見詰め続けた。  
 
「くっ、クク……、クククククッ……! 何てこった……。彼女を壊したつもりだったのに……」  
やがて、ヒソカは口元に喜悦の笑みを浮かべると、ゆっくりと片手で自分の顔を覆った。  
「参ったな、ボクの方が壊されちゃったよ、マチ……。フフ、クッククク……!」  
感極まったように首を振りながら、血が流れるのもお構いなしに、ぎりぎりと爪を立てる。  
今まで、殺したいと思った相手には、数え切れないほど出会い、そして最後には狩ってきた。  
しかし、ヒソカにとって、狙った相手に殺されてもいいと思うのは、これが初めてであった。  
「決めたよ、マチ。クロロを殺ったら、他のメンバーも片付けて、キミを蜘蛛の糸から解放してあげる……」  
そうなれば、マチの全ての想いは、残らずヒソカに向かう事になる。  
それが秘めた愛情であれ、燃え盛る殺意であれ、自分の事で彼女の中が満たされるのに違いはない。  
「もう少し待っててくれよ、マチ……。その時こそ、キミは本当にボクのモノになる……」  
ともすれば、クロロとの真剣勝負にも勝るほどの渇望を込めて、ヒソカは彼なりの愛の言葉を紡ぐ。  
「あぁ、楽しみだなぁ……。ハハッ、ハハハッ、ハハハハハハハ!!」  
誰も聞く者のいない部屋の中で、ヒソカはいつまでも狂ったように笑い続けた。  
 
〜END〜  

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