「キミは逃げて。次期にここも崩れちゃう。ここから飛び降りれば外に出られるから。」
崩れ行く巨大な巣の中で、ネフェルはカイトに言った。
キメラアントの内乱と、ハンター達の侵入。
至るところで殺戮と戦いがおこっており、巣の中は大混乱となっていた。
「お前はどうする気だ?」
「僕は、ここに残る。女王様にトドメを刺さなきゃ。」
「それは俺達ハンターの役目だろう?」
ネフェルは小さく首を振った。
「キミには生きてて欲しいんだ。これからも、ずっと。」
「馬鹿な事言うな!!」
「ほんのしばらくの間だったけど…楽しかったよ、キミと過ごした時間。」
大きな眼を細め、ネフェルは微笑んだ。今までで一番優しく、寂しそうな笑み。
「キミは沢山の事を教えてくれたよね。きっとキミに会わなかったら、僕は最後まで知らなかったよ。
…命の大切さ、仲間の意義、あんな悦び、それから、こんな気持ち。」
ドスッ
「くぁっ!!」
唐突に、ネフェルはカイトに体当たりした。
不意を突かれたカイトは足場を崩し、穴に倒れこむ。
寸での所で片手を崖の淵にかけたカイトは、崖のふちにぶら下がる格好になってしまった。
「あはぁ、シブトイなぁ。すんなり落ちればよかったのに。」
ネフェルはおどけて言った。顔は笑っていたが、その声が震えていたのをカイトは聞き逃さなかった。
「おい、馬鹿な真似はよせ」
ネフェルは、カイトの手に足をかける。
「…愛してるよ。カイト。…………バイバイ!!!」
『愛してる』…初めて口にしたその言葉は、何だかくすぐったく感じた。
こんな状況じゃなかったら、どんなに良かった事か。
そして…崖につかまったその手を、ネフェルは思いっきり蹴り飛ばした。
「ぐぁっ!!」
鈍い音がした。
幾度もの戦いの中で力を消耗したネフェルはもうほとんど力が残っていない。
それでも、カイトの手を崖から離すには十分だった。
(クソっ…落ちてたまるかよ!!)
とっさに、カイトはもう片方の手でポケットからナイフを取り出し、壁に突き刺した。
それは、ここに連れて来られた時にネフェルの部屋からくすねとっていた物。
カイトは苦笑した。
まだ体力が回復せず念が使えない時に、自分の身を守るためにこっそりと持ち歩いていたものだったが…
まさかこんな時に役立つとは。
「何で…何で落ちてくれないの!?」
ネフェルはうろたえた。
ずっと一緒にいたい。好きで好きでたまらない。それが彼女の本心だった。
王が死んだ今、カイトは女王を殺すという最後の目的を果たすまではここを離れないだろう。
しかし、こんなに怪我を負った状態では女王の所に行き着く事すら難しいかもしれない。
加えて、ここはもう崩壊しかけている。このままここに残れば、人間のカイトは絶対に助からない。
そう。どうせ死ぬなら、自分だけでいい。
…そう思ったのに。心を殺して、カイトを突き落とそうとしたのに。
このままでは、決心が揺らいでしまう。
「馬鹿野郎!!お前を残して行けるか!!」
そう言って、カイトはナイフを足場に崖をよじ登りはじめた。
ネフェルに蹴られた方の指が痛む。
どうやら骨が数本折れたたようだったが、今はそんな事を気にしている暇はない。
幻獣ハンターとして各地を回っていたカイトにとっては、崖をのぼる事など容易かった。
うまく足場を見つけ、慎重に登っていく。
「だめ!!…来ちゃだめだってば…!!」
そして、ネフェルの足元数十センチのあたりまで到達した、その時。
ドーン!!
巣全体が、大きく揺れた。どこかで爆発があったらしい。
「…っ!!」
衝撃のせいで、カイトの足場が外れる。
今度こそ落ちる!!
そう思った瞬間、ネフェルは無意識のうちに身を屈め、カイトの腕を取ってしまっていた。