「ねぇ、教えてよ。どうしたらキミは喋ってくれるの?」  
「………。」  
ネフェルピトーは横たわるカイトを見下ろしてつぶやいた。  
念の力でカイトを「修理」したはいい。ネフェルがはねた首も繋がり、カイトも意識は取り戻した。  
しかし、一度死んだ体は暫くはうまく機能しないらしい。  
何とか体を動かす事はできるが、うまく力が入らないといった具合。  
再戦を望んだネフェルピトーだったが、カイトの体が回復するまでは待たねばならないのだ。  
加えて先ほどから、ネフェルが何を話し掛けてもカイトはだんまりを決め込んでいた。  
「はじめはね、ぼく、キミともう一度やりたいって思ったんだ。」  
「………。」  
「でもね、それだけじゃないみたい。キミを見てるとね、心がジワぁって熱くなるの。」  
「………。」  
「この気持ち、何なんだか分かる?」  
「………。」  
「ホントはね、キミみたいなレアモノは女王サマに献上しなきゃならないの。 
でも、僕、キミを手放したくない。」  
「………。」  
ネフェルはそっとカイトの体に触れた。冷蔵庫に保存しておいた時に服は全て剥いでしまった。  
一糸纏わぬその体をするすると肉球でなぞっていく。  
「キレイだねー…柔らかい。ニンゲンってあったかいんだね。」  
細いようで意外としっかりしている胸板に、そっと唇を当ててみる。  
その時、小さくカイトから声が漏れた。  
 
「…? どうしたの? まだ苦しいの? どこか痛いの?」  
ゆっくりと体を摩る。  
「…あれぇ?」  
その時、ネフェルは気づいた。カイトの体に見える、先刻とは明らかに異なる部分。  
それは大きく膨張し、反り返っていた。  
「ねぇ、コレ、なに?」  
戯れに指で突ついてみる。  
その時、カイトが初めて口を開いた。  
「ぅあっ…触るな…」  
「あはァ、やっと喋ってくれたね。」  
ネフェルは笑った。  
「コレ触ったら、キミ、もっと喋ってくれる?」  
熱く湿っているそれはネフェルが初めて見るものだったが、嫌な感じはしなかった。  
両手で挟んで、ゆっくりと摩ってみる。  
くちゅくちゅ  
「ぅ…あ…っ」  
「何か僕、すごいドキドキしてるよ。この気持ち、何なんだろう…ねぇ?」  
 
キメラアントの働き蟻として生まれてきたネフェルには、本来備わってない筈の感情。 
女王が人間を配合したために混じってしまったその感情の正体を、ネフェルはまだ知らない。  
加えて生殖機能を持ち合わせていない彼女には、カイトのそれが何であるか等知る訳もなかったのだが… 
本能的に、それを愛撫する事を覚えていた。  
そして、声を漏らしたカイトが、どうやら苦痛を感じてるのではない事を知った。  
「ねぇ、僕をちゃんと見てよ。腕を切ったり、失礼な事したコトは謝るからさ。」  
手の平でそれを弄びながら、ネフェルはカイトの顔を覗き込む。  
「僕の名前はネフェルピトー。キミはなんていうの?」  
「………。」  
カイトは必死で耐えていた。ゴン達を逃がした後、片腕で精一杯敵を足止めし、最後には首を刎ねられ、 
意識を失った…そう、自分は死んだ筈だったのだ。  
ところが今自分には意識があり、念を使うほどには力は回復していなかったが、首も腕も胴体に繋がっ 
ている。  
目の前には戦っていた筈の猫娘が座っている。  
禍禍しいオーラは健在だったが、もう襲ってくる気配はない。それどころか自分に興味を示しているよ 
うなのだ。  
(ここは何も喋らないで様子を伺うのが賢明だな)  
そう考えたカイトは何を言われても返事をせず、横たわったままずっと宙を見つめていたのだった。  
しかし、カイトの意思に反して体は反応してしまっている。  
 
「ねぇってば。聞こえてるんでしょ。教えてよ。じゃないと…続けちゃうよ。」  
そう言うと、ネフェルはさっきよりも激しくそれを摩った。  
「ぅあ…っ……やめろっ…」  
体を捻じってネフェルの手から逃れようとするが、思った通りに動かない。  
「ほーら、はやくっ」  
ネフェルは感情の高ぶりと同時に、この行為に何か快感を感じていた。  
くちゅくちゅくちゅ  
「……カ…イト…だ…」  
「へぇ、カイトって言うんだ。カイト、僕キミの事、気に入っちゃった。ねェ、そっぽ向いてないで、 
ちゃんと僕を見て?」  
横たわっているカイトに馬乗りになって、ネフェルはカイトと顔を近づけた。  
唇が触れるか触れないかの至近距離に迫られて、カイトは否応がなしにネフェルの顔を見る事となる。  
白い肌に、大きくぱっちりとした瞳。整った小さな鼻と口。好奇心に満ちたその表情は、どこか残酷で、 
どこか温かかった。  
 
「冷蔵庫に入ってる時からずっと見てるけどさ、君、どれだけ見てても飽きないんだ。」  
まるで宝物を扱うかのように、大事そうに、全身を触りながらネフェは続けた。  
「キミがちゃんと生き返ってくれて嬉しいな。僕、念覚えたてだから、成功するかどうか不安だったの。」  
ふわりと頬に手をやる。  
「やはり…俺は一度死んだんだな…何で…俺を生き返らせたんだ。」  
反応する体を何とか抑えようと、なるべく何も考えないようにしてカイトは尋ねた。  
「!!」  
突然、唇を塞がれる。  
「あはァ。ニンゲンって、気に入った人にこうするんでしょ? ペギーが言ってた。」  
ペロンと唇を嘗め回して、ネフェルは嬉しそうに笑った。  
「キミが気に入ったんだ。キミと戦った時…楽しかったよ…まるで夢のような時間だった。 
もっかい、キミとやりたいと思ったんだ。」  
ネフェルは繰り返した。  
 
不意を突かれたような返事に、カイトは戸惑った。  
自分の力を利用する事が目的なのだろうと考えていたからだった。  
しかし、目の前の少女は(少女か少年かは分からなかったが)どうやら自分に好意を持っているように見える。  
あの時、真剣に、力の限りを尽くして戦ったというのに、相手は自分との手合わせを楽しんでいたというのか。  
そんな事が頭に浮かんだが、ネフェルのせいで押し寄せてくる快感のせいで、それ以上は考えられなかった。  
「でもね、今は、やりたいっていうよりキミの傍を離れたくないの。」  
喋りかけながら、ものを弄くり続ける。  
「あはァ、キミ、とってもいい顔してるよ。その顔、好きだなァ」  
必死で理性を保とうとしているカイトの表情を見て、ネフェルはうっとりと囁いた。  
 
「もっといい顔見せてよ。」  
言いながら、刺激を強める。  
カイトが身悶えして体をよじる度に、低く声を漏らす度に、ネフェルの気持ちは高まっていった。  
 
今までにも、ニンゲンの体を弄くったことはあった。  
しかしそれはレアモノから念の情報を聞き出すためであり、単なる道具として操作しただけの事。  
中枢器官をちょっといじって、自分の思い通りに操作出来たとしても、そこにこんな喜びは感じなかった。  
産まれてまもないネフェルには、まだ倫理感や情といったものがうまく備わっていない。  
そのため、人間から見ると残酷だと思うような事も何の躊躇もなく行える。 
ニンゲンなど、彼女にとっては食べ物やおもちゃと同じなのだ。  
 
ただ、何故だろう。目の前にいるカイトだけは、特別なモノに思えた。  
もう壊したくない。傷つけたくない。大事な大事な宝物。  
 
くちゅ、くちゅくちゅ  
刺激に強弱をつけてカイトの反応を楽しんでいたネフェルだったが、突然ふと面白い事を思いついた。  
「コレってさ、さっきから微妙にヌルヌルしたの出てるんだけど…何?」  
自分の顔をカイトから離し、今まで触っていたものに近づけた。  
そして、表面を濡らしている透明な液体を、ちろりと舌で舐めとってみる。  
「っはぁっ…」  
甘ったるい痺れがカイトの全身を襲った。  
頭の中が一瞬真っ白になり、息使いもどんどん荒くなる。  
「んー、何か変な味。」  
もう一度、舐めてみる。  
猫特有のザラザラした舌の刺激が、さらに快感を煽った。  
「でも……ちょっと美味しいかも。もっと出して♪」  
ネフェルは、小さな口を出来る限り開いて、大きく膨れ上がったそれにしゃぶりついた。  
 
カイトは今までにも女と関係を持った事は幾度かあった。  
だから、このような行為は初めてではない。  
だが、ここまで体が痺れるような感覚に陥るのは初めてだ。  
甘ったるい痺れは序々に全身の感覚を奪い、頭の中にまで侵入してくる。  
恐らく、ネフェルはこの行為がどんな意味を持つのか知らないだろうし、そんな目的でしているのではない。  
なのにここまでカイトを昇らせるのは、持ってうまれた本能なのだろうか。  
「はぁっ…あっ…あっ…」  
ネフェルが唇を動かすたびに、舌でものをなぞるたびに、快感の波が押し寄せ意識が飛びそうになる。  
くちゅ…ちゅぱちゅぱちゅぱ  
「んん〜」  
まるで子猫が母親の乳をしゃぶるように、ネフェルは熱心にものををしゃぶった。  
美味しそうに、牙で傷つけないように注意しながら。  
 
「やめ…ろ…ぉ…」  
悶えて動く体と共に、金色の長い髪がたゆたう。  
いけない。このままでは果ててしまう。  
ネフェルの顔をどかそうとして、カイトは彼女の頭に手をやった。  
しかし、どうしても指に力が入らない。  
頭を撫でられたと思ったネフェルは、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。  
 
くちゅっくちゅくちゅっ  
いったいどれほどの時間がたっただろう。  
ネフェルは飽きる事なく舐め続けていた。  
しかし、目的を知らないネフェルは舐めしゃぶるばかりで、その刺激は果てるには僅かに足りない。  
いつまでも続く快楽の波で気が変になりそうだった。  
 
長い間快楽に流されまいと頑張っていたカイトだったが、もう、限界だった。  
 
「ネフェルピトー…」  
「にゃに?」  
初めて名前を呼ばれたネフェルは嬉しそうに顔をあげた。  
「もう少し…唇に力を入れて、顔を上下に動かしてくれ…」  
「ん!!」  
喋ってくれた!! しかも、初めてカイトから頼まれた事だ。  
ネフェルは唇を湿らせ、言われた通りにぎゅっと力を入れる。  
そして、器用に上下に動かした。  
くちゅっちゅっちゅっ  
ネフェルの頭が揺れる。  
ちゅっちゅっちゅっ  
「くっ…ぁ…っっ」  
そして、ついに果てた。  
 
「!!?」  
突然口の中に侵入してきた温かい液体に驚いたネフェルだったが、美味しそうに喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。  
「っぷはぁっ!!あはァ、美味しかったぁ。僕、今出てきたやつが一番好きかも♪」  
カイトの精液でベタベタになった口元を拭うことなく、ネフェルは無邪気に笑う。  
「キミとは何をしても楽しいねっ。」  
「………。」  
未だに息があがり、肩で息をするカイトは返事をする事が出来なかった。  
 
「なんでだろうね、僕、マタの所がトロけそうな感じなんだ。」  
ネフェルは悩ましげな表情で、カイトの顔を覗き込む。  
無邪気さと色気が混じったようなその表情に、カイトは美しいと思わざるを得なかった。  
 
「キミも僕と同じ気持ちなのかな?」  
ちぅ  
ネフェルは再びくちづけた。  
一度目よりも、長く、深く。  
「んんっ…」  
やり方を誰かに教わったわけでもない。  
だが、上手にカイトの舌を絡めとり、器用に動かす。  
苦く、しょっぱい味がカイトの口に広がった。  
自分の出したものを再び口に入れるのはあまり気分の良いものではなかったが、ザラリとしたネフェル 
の舌は心地よい。  
 
カイトの髪を手ですきながら、唇をつけたまま、ネフェルは囁いた。  
「誰にもあげない。ずっとここにいてね。キミは僕だけのものなんだから。」  
そして、名残惜しそうに唇を離す。  
 
果実のように赤くほてった唇は、ゆるりと唾液の糸を引いていた。  
 
 
エピローグ  
 
「丁度いい服見つからなかったからさ。しばらくはこれで我慢してよ。」  
バサッ  
ネフェルはカイトの体に毛布を被せた。  
「あはぁ、温かいでしょ?それ、僕のお気に入り。」  
いつもネフェルが寝る時にくるまっているものだ。  
猫の性質を色濃く受け継いだ彼女は温度に敏感で、冷える夜のために毛布を作らせたのだった。  
 
体の火照りが冷えてきたカイトには確かに温かく感じたが、それが人間の毛で作られている事は知るよしもない。  
「僕はちょっと仕事してくるけど、この部屋から出ちゃだめだよ?  
他のやつに見つかってお団子にされちゃったらいけないからね」  
ひらりと馬乗りになり、愛しそうにぺろりとカイトの口元を舐める。  
「仕事?」  
「まぁ、まだしばらくは動けないかな。すぐ戻ってくるから。」  
カイトの質問には答えず、ネフェルは部屋から出て行った。  
 
改めてまわりを見回すと、どうやらここは彼女の部屋らしい。蟻塚をベースにしているらしく、壁は何 
か土のようなものでできていた。  
床には脱ぎ捨てられた衣服やら、何かが書かれた紙やらが無造作に散らばっている。  
彼女は身の回りを片付ける事は苦手なようだった。  
 
冷静な思考を取り戻したカイトが分かった事は、どうやらここはキメラアントの巣である事。  
自分はネフェルピトーによって蘇生され、自分の生死は彼女が握っている事。念はどうやら体が完全に 
回復しないと使えないという事。  
そして、自分はどうやら気まぐれたあの少女に好かれているという事。  
 
彼女が自分に興味を示している限り、自分が殺される事はなさそうだった。  
そして、彼女は自分の感情を上手く制御できていない。  
(しばらくは…せめて力が回復するまでは、奴に合わせて振舞おう。どうやら奴は、人間としての感情 
をうまく扱えずにいる。  
うまく説得していけば、ひょっとして、女王の居所を聞き出して、王が生まれる前に始末してしまえる 
かもしれん)  
 
カイトは基本的に、割り切った性格の持ち主だった。  
彼女の恋愛感情に似た感情を利用してしまおう。  
それが、カイトが出した結論だった。  
 
 
一瞬、先刻の彼女との行為が頭によぎったが、それが何を意味するのか分からない。  
 
 
ハンターとして、キメラアントを絶滅させる事が自分の役目。  
これからしていく事は全て、自分の命を守るため。任務遂行のため。  
そう考えるカイトだが、彼もまた、自分の中で生れ疼いている小さな感情に気づかずにいる。  
 
この先、カイトは天真爛漫な彼女に引かれていき、彼もまた彼女を愛するようになる。  
 
そして、自分の立場と感情の間で深い葛藤に悩まされる事になる事を、彼はまだ知る由もない。  
 
 
 

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