薄暗いジメジメとした廊下をとぼとぼと歩く蟲が一匹。
長い耳に比較的がっしりとした体つきをしたその蟲は、立ち止まり大きく溜息をついた。
『痛い、痛い!!』
軍団長の部屋からそんな悲鳴が聞こえてきたのはたったさっきの事。
大きな耳のおかげでやや遠くの音までも聞き取れるのが自慢だった。
「ネフェルピトー様!!どうしました!?」
そう言って、彼女の部屋に急いで走って行ったのだが。
そこで入り口の隙間からラモットが見たのは、顔を紅潮させて悶えているネフェルと、彼女がすがるように抱き着いている1匹の長い髪をしたニンゲン。
ラモットが今までに見たことのないほどに乱れ、股を開いてあお向けになっている彼女は、彼に気づく事なく(いや、実際は気づいていて無視していたのかもしればいが)何度も何度もニンゲンと唇を重ねていた。
初めは、何故ネフェルの部屋に人間がいるのかが理解できなかった。
餌は全て毒で動けない筈だったし、何より全部貯蔵庫に保管されているはずだ。
ネフェルは悲鳴をあげていたが、彼女ほどの力の持ち主があんな1匹のニンゲンごときに負けるとは到底思えない。
なら、彼女は何をしているのか??
ラモットは分からなかった。
分からなかったが、なぜか二人の行為を止めに入る事は出来なかった。
見ていて、胸がムカムカした。
頭の中がチリチリした。
あのニンゲンが憎かった。
殺したい。
殺したい。
今すぐ部屋に入ってネフェルから引き離し、あの整った顔を切り裂き、腸を引きずり出してぐちゃぐちゃに潰してしまいたい。
…そう思ったが、彼の足はその場に貼りつき、それ以上前に進もうとはしなかった。
喉に何かが引っかかったような感じがして、声も出なかった。
そういうわけで、逃げるようにしてネフェルの部屋から立ち去ってきたのだった。
「くそっ!!」
がっと壁に拳をぶつける。
壁が一部、パラパラと音を立てて崩れた。
「なんなんだあれは…くそっ!!くそっ!!」
ガッ
ガッ
先ほど表に出せなかった感情をぶつける壁を殴る。
「しばらくの我慢だよ。」
突然、物陰から声がした。
はっとして顔を上げると、そこには薄い銀色の髪をした蟲が1匹。
整った顔をした彼は、ぴらぴらのブラウスに長い羽を纏っている。
「!!」
彼の纏っている禍禍しいオーラはネフェルと同等か、それ以上のものだった。
「あなたは……?」
「女王直属軍団長の一人、シャウアプフ。」
ゆらりと近づいて着たその男は、ラモットよりも少し背が低く、彼を見上げる形になる。
「!!す、すみません!!こんな見苦しい所を見せてしまって……」
驚いたラモットは、慌てて深く頭を下げた。
そんなラモットには気を止めず、彼は続ける。
「今はあのニンゲンが珍しい力を持っていたから、興味を抱いているだけの事。」
まるでラモットの心を読んでいるかのように、彼はつぶやいた。
「彼女はなかなか気まぐれているからね…その内飽きたらすぐ女王様へ献上するだろう」
何がおかしいのか、ふっと口を歪めて笑う。
「ま、それだけの事。」
シャウアプフは伏目がちな眼差しで小さく息をつき、くるりとラモットに背を向けて歩いて行った。
その時、遠くから、男の悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いて、再びふっと笑うシャウアプフ。
「ま、彼女はかなりあのニンゲンに思い入れがあるみたいだから………もしかしたら…………君の想いが届くのは、永遠に困難かもしれないけどね。」