「ああ、急がないと…!渚さんを待たせたらダメだし…」 
 
大船戸はバイトを終わらせて直ぐ、いつも行く図書館にも寄らずに自分の家へ向かっている。 
先日、渚からメールがあり、そこには大船戸の家まで遊びに来ると書いてあった。 
しかも、飛行機の時間が大船戸のしている警備員のバイトの仕事時間と重なり、 
ギリギリまでバイトを行った上で、無理を言って切り上げさせてもらったのだ。 
以前、自分を匿った上に小淵沢を探す手助けまでしてくれた渚を、 
無下に扱う事ができるほどの大船戸は薄情ではない。 
 
「あ、タクシーさんこっち!」 
 
まさか走って家まで帰るわけにもいかず、そばを通ったタクシーを呼びとめようとする。 
だが、よく見ればそのタクシーの中には人影が。 
誰かが乗ってるタクシーを呼び止めてしまった事に、大船戸は赤面する。 
だが、そのタクシーは何故かそのまま止まった。 
中では支払いをしているらしく、もしかしたら元々ここら辺りで下車する予定だったのかも知れない。 
今乗ってる人が下りたら、そのまま自分が乗せてもらおうと思い、タクシーに走り寄る。 
それと同じくらいのタイミングで乗車していた人も出てきた。 
その人物に、大船戸は驚いた。 
 
「やっほ。久しぶりだね、大船戸クン」 
「あ、渚さん!…ええ、お久しぶりです。 
もう随分とメールと電話だけでしたね」 
 
タクシーの窓が、UV加工の黒っぽいモノだったので分からなかったが、 
タクシーに乗っていたのは渚だった。 
久しぶりに見る渚は、以前と変わらない様子で大船戸に接してくる。 
それがなんだか嬉しくて、大船戸もハイテンションになりそうだ。 
尻尾があれば、思いっきり千切れんばかりに振っているところだろう。 
 
「ホント久しぶりだね。お姉も大船戸クンに会いたがってたよ」 
「え、汀さんが!?」 
「アハハ、なんか意外そうだね。お姉もああ見えて君の事心配してたよ」 
 
汀に心配されているという話しに、大船戸は意外そうな顔をした。 
だがその後、頬を微かにほころばせたのを、渚は見逃さなかった。 
前からなんとなく感じていた疑問をそのまま口にする。 
 
「大船戸クンてさ、もしかしてお姉に惚れた?」 
 
その言葉に、図星を突かれたのか大船戸は目を見開いた。 
渚は自分の感性の鋭さを称えると共に、胸の奥がズキリと痛むのを感じる。 
何故、姉は大船戸の好意を得る事ができて、自分にはできないのか。 
最初の内など、大船戸を利用して金儲けする事しか頭に無かったクセに。 
“嫉妬”という黒い感情を自分の胸の内に感じて、渚は気分が悪くなった。 
 
「アハハ、じゃあ私が大船戸クンの家に泊まっても、何の心配も要らないね。安心安心」 
「〜〜〜ッ!!・・・じ、冗談は止めて下さいよ! 
僕はこんなのですし、誰かを好きになったりとか、好かれたりとか、 
そんな事、未だに想像できませんよ………」 
 
最初の内は照れもあってか大きな声を出していた大船戸だが、 
途中からどんどん声が小さくなり、最後は消え入るような声だった。 
渚はその様子を見て、“重傷だな……”と呟いた。 
大船戸が持つ汀への気持ちが本物である事を、ハッキリと確認した。 
だが、渚が大船戸に抱いている感情も本物だ。 
 
「もう、そんな調子じゃ大船戸クン一生彼女ができないよ。 
もっと自分に自信を持って、大船戸クンはカッコイイよ。 
優しくて力持ちで純粋でお人好しで、母性本能をくすぐるタイプだと思うし。 
……前にも言ったでしょ?私も大船戸クンとパートナーになれたらと思うって。 
大船戸クンはとってもステキな人だよ。うん、私も惚れちゃいそう」 
 
大船戸が汀に惚れている事が悔しいとかそれ以前に、 
彼のこんな自身無さ気な態度を見ていられなかった。 
気付けば渚は大船戸を後押しするような言葉を言っており、 
最後の方に慌てて自分をアピールする言葉を付け足した。 
……大船戸の様子からすると、渚のアピールは気付いてない様だ。 
 
「な、渚さん……有り難うございます――っ!」 
「はいはい、大船戸クンてば人前で泣いてちゃダメだよ。 
早く家に戻って、家で泣きなよ。泣くのは止めないから」 
 
出会ったばかりの頃のように滝のような涙を流す大船戸を、渚は優しく諭す。 
まだ大船戸達の事が世間に公表されてないとき、自分達の家に助けを求めた大船戸。 
汀の策略とかもあり大船戸に協力する事にしたが、そのとき大船戸は感極まって泣いていた。 
それからしばらく、大船戸と汀と渚での車の旅。 
危険を伴う事もあったが、渚にはその旅はとても楽しいモノだった。 
短い間しか一緒にいれなかったのが勿体無く思えるくらいに。 
渚はポケットからハンカチを取り出して大船戸へ手渡した。 
大船戸はそのハンカチを受け取って涙を拭く。 
以前に見た光景がデジャヴするような仕草だ。 
とりあえず回りの目も気になるし、早く泣き止んでもらいたい。 
次の日の朝刊に、大船戸が女に泣かされるなんて載ってたら、目も当てられない。 
 
 
「はい。バイト暮らしで狭い家ですけど、 
ここからなら歩いて20分くらいだと思いますよ」 
「うん分かった。でも、その前に何処かで御飯食べてこうよ。 
私そろそろお腹空いちゃったし」 
「あれ、渚さんさっき早く家に戻ろうって言ったばかり……」 
「気にしないで、大船戸クンも泣き止んだしもういいでしょ? 
私はお客さんなんだから、ちゃんと大船戸クンが奢ってねー」 
「え、僕はバイト暮らしでお金が無いんですってば!せ、せめて割り勘にーー!」 
 
大船戸がまた泣き出してしまいそうになったところで、渚はクスリと笑った。 
大船戸は以前とこれっぽっちも変わっておらず、それを見て安心した。 
やはり人間性などちょっとやそっとでは変化したりしない。 
まあ、渚自身や汀などは大船戸に感化されていた部分もあっただろうが、 
それでも汀はまだガメツイ性格のままだし、渚のませた性格も変わらない。 
 
「さっ、急ごう!来る前にグルメ雑誌を調べてきたから、何処へ行くかも決めてるの」 
「・・・あんまり高いお店は勘弁してくださいね……」 
 
結局折れたのは大船戸の方で、財布の中身を見て青ざめながら、 
渚が頭の中でどんな料理を思い浮かべているのか想像する。 
これで欲しかった本を買うのも先延ばしになりそうだ。 
だが、渚の笑顔を見てるとそれでもいい気分になってくる。 
ひとまずは、久しぶりに会えた渚との食事を楽しみたい。それが大船戸の本音だ。 
財布の中身に青ざめるのは渚が帰ってしまった後にして、今は笑っていようと決心する。 
 
「よっしゃ!じゃあ行こう!すぐに行こう!」 
 
普通の人間とは比べ物にならない力を持ってるくせに、 
笑顔を向けて腕を引くだけで、簡単についてきてくれる大船戸が、面白くて堪らない。 
オロオロしながらついてくる大船戸に大笑いしたくなるのを堪えながら、 
それでも腕の力を緩めずに、大船戸の手を引いて歩き続ける。 
 
「わわっ、引っ張らないで下さいよ!」 
 
口では拒絶してる大船戸だが、それでも顔は楽しそうに笑っている。 
久しぶりの渚は何も変わっていなくて、前と同様の態度で大船戸に接してくれる。 
寧ろ前よりもベタベタ引っ付いてくるような気さえする。 
会えない間、渚も淋しかったのではと想像して、大船戸は勝手に嬉しくなった。 
渚が大船戸に抱いている感情が、どんなモノかも知らずに。 
 
(汀さんも、何も変わってないのかな。また会いたいな〜) 
 
渚の手からは、久しく忘れていた、他人の体温を感じる事が出来た。 
大船戸の、犬の顔と毛皮に包まれた体では、まともな恋愛経験などある筈も無い。 
そのため、腕を組んでもらえたり手を握ったりとか、そんな恋人同士のするような事など、滅多に無い。 
あったとしても、同性の相手との握手とかその程度だ。 
渚のように、なんの躊躇いも無くベタベタと触れてくる相手なんて居ない。 
大船戸は自分の手を引く渚に進路を任せて、ただそれに付いていく。 
 
(渚さん、どんな店につれてってくれるかな――) 
 
 
 
 
 
× × × × × × 
 
 
 
 
「渚さ〜ん……、まだ未成年でしょうが」 
「いいじゃんか大船戸クン。ほら、一缶しか飲んでないし」 
 
大船戸の家にやってくるやいなや、即行でお酒を飲んでいる渚に、大船戸が呆れたような声を出した。 
それに対して渚は、まだ少ししか飲んでないくせに頬を軽く紅潮させ、だらけた口調で返す。 
大船戸と渚は予定よりも早く食事を切り上げ、大船戸の家にやってきている。 
渚が大船戸を連れていった店は、少し高級なレストランだった。 
だが、客のほとんどが若いアベックばかりで、初心な大船戸はその雰囲気に耐え切れなかった。 
そういう訳で、大船戸は大急ぎで食事を済ませた後、渚に頼み込んで帰る事にさせてもらった。 
図書館は場所柄も有り静かで良いが、ああいう人の集まる場所だと落ち着かない。 
しかも、興味本位で色々と尋ねてくるバカップルに渚が『私、大船戸クンの彼女なのよー』 
とか答えるモノだから、その後の説明に大船戸も随分と苦労した。 
渚は人目など気にしない性格をしているから平気だろうが、大船戸にはたまったものではない。 
 
「んじゃあ、私はシャワー浴びさせてもらうね。 
ムラムラしてきたら襲いに来てもいいよ」 
「ッ〜〜〜〜!!!……そういうシャレにならない冗談は止めてくださいって。 
僕はオスなんですから。もう少しそれを意識した行動を……」 
 
渚は自分を一人の男として認めていないのではと、大船戸は思ってしまう。 
さっきのような冗談を言ってくる辺り、絶対に舐められてる筈だ。 
大船戸とて男だし、欲情はする。その相手は人の女性であるのも当然だ。 
汀や渚の裸体を想像して自慰を行った事もある。 
その後で、自己嫌悪に押し潰されそうになった。 
 
「大船戸クンは、ホントに純情だなぁ。……私は君になら襲われてもいいんだけど」 
「渚さん!ホントにそういう冗談は止めてください!!」 
 
洗面所に歩いて行こうとしながら、渚が放った言葉に、大船戸は怒ったような声で返した。 
大船戸が初めて怒ったような声を渚に向けた。渚は、その事実に一瞬だけ固まってしまう。 
しかし、同時に渚の心の奥にふつふつと怒りが沸き上がる。 
中身は大人びているとは言え、まだ若い渚にはその感情を抑える事が出来ない。 
渚は大船戸に歩み寄ると、パンッと音を立てて大船戸の頬に平手打ちを入れた。 
 
「私が言っても、大船戸クンは冗談としか受け取ってくれないんだね!!!」 
「あ………」 
 
平手打ちをされた頬を手でさすりながら、大船戸は口をあんぐりと開けて呆然としている。 
まさか渚がこんな怒り方をするとは予想しておらず、何を話せば良いか浮かんで来ない。 
場は間違いなく凍り付き、お互いに一声も発さないまま時間だけが過ぎていく。 
先にその雰囲気に耐え兼ねたのは渚で、大船戸の襟首を両手で掴むと、大船戸に向かって話す。 
 
「そりゃ、私の今までの態度あるだろうけど、でも私は大船戸クンに女として見て欲しいの。 
大船戸クンが好きなのが、お姉じゃなくて私だといいなって思ってるの。 
私はね、大船戸クンが好きなの。信じる信じないは……、勝手だけどね……」 
「・・・渚さん」 
 
渚がうつむいているので、大船戸にはその表情を読み取る事ができない。 
ただ、渚が涙声で話していたので、なんとなく泣いてるだろうとは理解出来た。 
そして泣かせているのが大船戸自身である事も、容易に想像が付く。 
しかし、だからと言ってどう対応すれば良いかなど大船戸には分からない。 
女性を泣かせるどころか、手を繋ぐ事さえも程遠いのに、分かる筈が無い。 
ただ、前にも自分の前で汀が泣いている時があった。 
その時に大船戸がしたのと同じ事を、渚にもする。 
 
「あの……渚さん。僕の所為で泣かせちゃってすみません」 
「アハハ……、大船戸クンの魅力の所為だね……」 
 
大船戸が渚をそっと抱き締めてそう言うと、 
渚は空元気丸出しの笑みを作って大船戸を見上げ、冗談を言った。 
やはり渚の瞳には涙が溜まり、頬には涙の通った跡がある。 
親指を使って頬に付いた涙の後を拭き取ってやった。 
涙の痕跡はたちまち毛皮に吸い込まれていく。 
 
「渚さん、笑っててください。そっちの方が、奇麗ですし」 
「――ッ……そうだね。大船戸クンの頼みなら」 
 
大船戸に「奇麗」と言われた事に、渚は頬を染めた。 
そして大船戸の望みに応えようと、精一杯の笑顔を作る。 
だが、涙は中々止まってくれず、大船戸の胸に顔を埋めて涙を隠した。 
大船戸も、なにも言わずに渚の背中をゆっくりとさすり、落ち着かせようとする。 
渚の体は小刻みに震えており、それは大船戸にも感じる事が出来た。 
 
「・・・・有り難うございます。渚さん」 
「へ……?」 
 
不意に大船戸の口から出た言葉。渚は意味を理解できずに、大船戸を見上げて首を傾げた。 
大船戸はその渚の目を見詰め返して、もう一度言った。 
 
「有り難うございます。……僕なんかを好きだって言ってくれて。 
僕を恋愛感情で見てくれる人なんて一人もいなんじゃないかって、思ってました。 
けど、渚さんは僕を好きだって言ってくれました。 
・・・・僕も渚さんの事は大好きです。…だから、泣き止んでください」 
「……」 
 
なんで大船戸はこんなにも優しいのだろうかと、渚は考えた。 
こんな相手が言って欲しいような事を言ってくれて、自分よりもまず他人の事を考えて。 
けれど、理由なんて最初から一つしかない。 
大船戸は、大船戸だから優しいんだと最初から分かっている。 
そんな優しい大船戸が好きなのだ。 
 
「……分かったわ!泣き止むよ。……でも、大船戸クンも自分が言った事に責任持ってね?」 
 
渚は服の袖で目をゴシゴシと擦って涙を拭き、目を赤くしながら笑顔を作る。 
そ笑顔には渚がいつも浮かべる、確信犯的な表情が垣間見える。 
何か良からぬ事を考えているのだろうと、大船戸は直感的に理解した。 
その良からぬ事が何かまでは分からないが。 
しかし、すぐに渚の言っている事の意味が理解出来た。渚の次ぎの言葉で。 
 
「いっそさ、今日ここで私を抱いて」 
「えっ……」 
 
その言葉の意味は頭で理解できても、あまりの事に呆然とする事しかできない。 
渚の目は大船戸の目を真っ直ぐに見詰めていて、渚の真剣さが嫌でも伝わってくる。 
 
(渚さんが……、僕に抱かれたいと言っている。) 
 
渚の言葉には疑問の余地を挟む隙間も無い。だからこそ、大船戸は何も言えない。 
気不味い雰囲気に目を伏せると、渚の手が大船戸の頬に添えられた。 
大船戸の視線を、無理矢理にでも自分の方へ向けさせようとする。 
 
「黙ってないで、ちゃんと答えてよね。 
私は本気で大船戸クンが好きなんだから、中途半端な対応されたって、歯痒いだけだよ」 
 
渚の言葉の一つ一つが、大船戸の心に重く圧し掛かってくる。 
初めて目の当たりにする他人から自分への愛情は、大船戸には眩し過ぎた。 
ただ延々と渚の顔を見詰め続け、渚から見詰め返される。 
こんな時どんな事をすれば良いのか、必死に考えるが何も浮かばない。 
気が付けば大船戸の瞳からは、大粒の涙が零れていた。 
だが、それでも渚は大船戸の頬に添えた手を離したりはしない。 
とう見ても美人で、誰からもモテるであろう渚に告白される。 
本当なら喜ぶべき状況なのに、その好意を素直に受け止める事が出来ない。 
大船戸はそんな自分の卑屈さに、深い自己嫌悪に陥る。 
渚の裸体を想像して、それをオカズに自慰行為をした事だってあったのに、 
いざ本物を前にすればなんにもする事が出来ない。 
今なら、大船戸のなすがままに抱く事が出来るのに。 
渚自身が、大船戸に抱かれる事を望んでいるのに。 
 
「……本当に……」 
 
消え入りそうな声で、大船戸は渚の耳元に囁いた。 
渚は耳に掛かる大船戸の荒い息がくすぐったいと思った。 
 
「僕でいいんですか……」 
 
これから先、渚が自分をずっとずっと好きなままでいると言う保証が、何処に有るだろうか。 
こんな人とは違う体を持って、人工的に作られた生き物相手に。 
自然の摂理に逆らった、本当ならいる筈も無い相手に。 
そう思うだけで怖くて堪らない。 
大船戸も渚を本気で好きになってしまいそうで、堪らなく怖い。 
もしも渚を自分のものにして、その後で渚から必要とされなくなってしまえば、 
自分は生きていけるだろうか。……生きてゆけない。 
渚に尋ねたところで答えは変わらないのだろうが、せめてもの時間稼ぎに尋ねたのだ。 
渚は何も言わずに大船戸の首に腕をまわした。 
強く密着されて、渚の胸が大船戸の胸板に押し付けられる。 
 
「大船戸クンじゃなきゃ、絶対にヤダ」 
 
思っていた通り、渚の答えは変わらなかった。 
結局は、大船戸が自己保身の為に答えを先延ばしにしているだけ。 
人として認められて、人としての生活を送っていた筈なのに、 
肝心なところで人になりきる事が出来ない。 
渚なら、心変わりなんてする筈も無く、ずっと自分を好きでいてくれる筈だ。 
そう頭で言い聞かせても、大船戸は恐怖を取り去る事が出来ない。 
自身の矮小さを見せ付けられているような感覚に、嫌な気分になってしまう。 
 
「僕は……最低の男だ……。渚さんの気持ちが怖いんです。 
渚さんが僕を想ってくれるのが嬉しい筈なのに、 
必要とされなくなったらと想像したら、それだけで背筋が凍るような気がするんです。 
こんな、渚さんの気持ちを受け止める事も出来ない男に、渚さんを好きになる資格なんて無い。 
僕は1人じゃ何も出来ないくせに、誰かを――ッ!?」 
 
大船戸が次々と発する弱気な言葉を、渚は大船戸の口を塞ぐ事で止めた。 
大船戸の首にまわした手に力を込めて大船戸の顔を引き寄せ、自分の唇を大船戸の唇に重ねた。 
ただ重ねるだけの、子どものようなつたないキスだ。 
だがそれでも大船戸は、そのキスによって思考が停止してしまう。 
渚の、ふっくらとした桃色の唇の感触が心地良い。 
それは渚にとっても大船戸にとってもファーストキスだった。 
 
「――ぷはっ。……これ私のファーストキスだからね。 
大船戸クンが弱音ばかり吐いてるから、私からする羽目になっちゃったよ」 
 
渚は頬を紅潮させて、大船戸の鼻面を人差し指で突付きながら言った。 
渚が顔を赤くしながら可愛らしく怒る様子に、大船戸は堪らず吹き出してしまう。 
それを見て、渚は更に声を荒げて大船戸に突っかかる。 
だが、そのお陰でさっきまでの重苦しいムードも薄れた。 
 
「渚さんを信じれない僕がバカでした。スミマセン………」 
「反省したなら、私のファーストキスを奪った責任、早く取って」 
 
渚の言おうとしている事の意味は、しっかり理解出来た。 
しかし、大船戸は中々次の行動に移る事が出来ない。 
今度はさっきのように、渚を想う事を恐れているワケではない。 
ただ単に、渚に手を出す度胸と甲斐性が不足しているだけだ。 
オドオドしながら渚の顔色を伺う大船戸に、渚は自分から行動を起こすしかない事を悟る。 
 
「……大船戸クンて、ホント理性の塊って言うか、何でそう……」 
「なっ、渚さんてば!なんですかいきなり服を脱ぎ始めて!!」 
 
大船戸の態度を見かねた渚は、大船戸にリードしてもらう事を諦めた。 
渚は着ていた上着を脱ぐと、その下に着ていたTシャツも脱ぐ。 
その下にあるのは渚の素肌と、キワドイ場所を隠す下着だけ。 
大船戸は渚の突然の行動に、オロオロとする事しか出来ない。 
そんな大船戸の情けないところを見て、渚は深い溜め息を吐いた。 
だが、それでは仕方ないので次の行動に移る。 
大船戸の手を取ると、その手を自分の胸元に持ってくる。 
 
ボイン 
 
という効果音が出てかは分からないが、 
そう形容するに相応しい弾力を持った胸に、大船戸の手が触れる。 
 
「なななな、渚さんッ!!?」 
「大船戸クンの性格はよく知ってるし、責めるつもりはないよ。 
でも女の子にここまでさせておいてさ、大船戸クンは恥ずかしくない? 
私は大船戸クンになら何されたっていいの!だから、もっと思い切った行動を取って!!」 
 
渚の口調は、『責めるつもりはない』と言っておきながら、思いっきり大船戸を責めている。 
そして大船戸は、痛いところを突かれて意気消沈しかけていた。 
自分の思い切った行動をとれない性格は自覚しているが、自覚していても直せない。 
直せないままでいた所為で、まだキスすら経験の無かった渚にここまで言わせてしまった。 
廃る男もあるかどうか分からないが、ここで行動に移らなかったら男が廃る。 
なんとかそう自分に言い聞かせて、大船戸は渚を、横にあったソファーの上に押し倒した。 
 
「煽ったのは渚さんですから、どうなったって知らないですよ」 
 
渚の首筋に鼻面を押し付けつつ、大船戸は言った。 
女性特有の甘酸っぱい匂いが鼻を刺激する。 
渚はまだ若いとは言え、しっかりと女の匂いを放っていた。 
そのまま渚のブラジャーに手をかけ、外し方が分からないので無理矢理に引き千切って取り去る。 
渚が小さく悲鳴を上げ、大船戸はすまなそうな表情をした。 
だが、一度でも燃え上がってしまった欲情は留まるところを知らず、 
今までずっと抑え込んできた感情だった事も有って、行為を中断する事が出来ない。 
大船戸は、露わになった渚の乳房の片方を片手で抓り、もう片方を口に含む。 
大きさは同年代の平均よりは上だろう。程よい弾力も昂奮を煽る。 
 
「き、急に……積極的になったね……ッひぁ!?」 
 
不意に胸の膨らみを甘噛みされて、渚は素っ頓狂な声を上げた。 
ようやく大船戸が積極的になった。渚としてもこの状況を望んでいたのだが、 
初めて感じる刺激に途惑ってしまい、声がうわずってしまう。 
大船戸ならばもっと優しくしてくれると期待してたのだが、 
よく考えれば大船戸は童貞なんだろうし、手加減を期待するのがいけなかった。 
 
「えと……、下の方脱がせてもいいですか? 」 
「うぅ……大船戸クンもやっぱり男だね」 
 
そんな事を真顔で言ってくる大船戸に、渚は返す言葉を見付けられずに項垂れた。 
普段優しい人ほど切れると怖いとか言うが、 
いつも限度を超えて奥手な大船戸は、いざ行為に突入すると抑えが利かないのだろうか。 
普段なら絶対に言えないような事をなんの躊躇いも無く言ってくる。 
 
「私を脱がしたいなら、とりあえず大船戸クンも脱いでよ。 
服を着たままとか、そんなマニアックなシチュエーションはお断りだから」 
「あっ……」 
 
渚に言われてようやく大船戸は服を着たままだった事に気付く。 
苦笑しながらシャツのボタンを外していく。 
渚との行為に頭がいっぱいで、他の事へ考えが及ばない。 
上半身の服は脱ぎ終わり、ズボンのベルトに手をかける。 
大船戸の股間は、ズボンの上からでもハッキリと輪郭を認識できるほどに膨らんでいる。 
それを見て渚は少し不安になってしまう。 
前に汀が読んでいたエロ本を、渚も見せてもらった事も有ったが、 
その時のモデルよりも、よっぽど大きく見える。 
大船戸がトランクスまで脱ぎ終わると、その肉棒の大きさに冷や汗を流した。 
 
「入るのソレ……?」 
「まあ、頑張って挿れましょう」 
「頑張るとかそういう問題じゃ……」 
 
無理すれば入るのかも知れないが、処女である渚には不安感を抑えられない。 
まあ、その不安感を表に出す事は無い。 
大船戸の前にいると、どうしても強がってしまう。 
大船戸の情けない姿を何度も見てきた。 
女性の前で大泣きしたりとか、汀と渚の女2人に尻に敷かれたり。 
いくら強い体を持ってる大船戸でも、中身は誰よりも純粋で傷付きやすい。 
そんな大船戸を、自分が面倒見てやらねば、と言う意味も無い使命感に駆られてしまう。 
だから、大船戸の前でカッコ悪い姿は見せたくない。 
 
「でも、大船戸クンなら優しくしてくれそうだし、まあいっか。 
あんまり痛くしないでね。少しは覚悟できてるけど、初めてだしさ」 
 
精一杯、いつも通りの表情を心がけて渚が言った。 
だが流石に緊張を隠す事はできず、言葉の所々に固さが残る。 
大船戸にもそれを感じ取れる事が出来たが、渚の事を想って、あえて気付かない振りをした。 
 
「こっちだって初めてなんですから……、 
そんな細かく言われてもどうすれば良いか分からないですよ」 
 
大船戸は渚の履いているズボンに手を伸ばしながら、そう返した。 
渚は抵抗する事も無く大船戸に身を任せている。 
それをいいことに、大船戸は性急に下着ごとズボンを剥ぎ取った。 
これでもうお互いに裸だ。恥ずかしさに目を伏せてしまった渚の顔に、大船戸は顔を近付ける。 
 
「……もう後戻りとか、絶対に無理ですからね」 
「元からそんな事する気ないわよー」 
 
渚の返答に大船戸はクスリと笑うと、また渚と唇を重ねる。 
と言っても、半分渚の唇に噛み付いているような形なのだが。 
今度は渚の口の中に舌を潜り込ませ、口内を掻き回す。 
口の形が大分違う所為で、渚の喘ぎ声が漏れ出てくる。 
しかし、大船戸はそんな事は気にせずに、渚の口内を味わうように、丹念に舌を動かす。 
技術など欠片も無い、ガムシャラなだけのキスだが、渚にとってはそれで十分だった。 
 
「ん……ふぁ……ぁ…ッ」 
 
深い口付けに渚も徐々に昂奮してゆく。大船戸に胸を弄くられて、息も上がってきた。 
大船戸の愛撫は加減を見誤る事もあるようで、たまに強く握られ過ぎて痛みを感じてしまう。 
そのうち大船戸の手が渚の胸から離れ、渚の素肌を指でつーっとなぞる。 
その指は胸から腹部を通り、下腹部へと順番になぞってゆく。 
そしてその指はとうとう渚の秘所まで届く。 
 
「――ッ!!」 
 
毛皮に包まれた大船戸の指が秘所に触れ、その感覚に渚はビクンと震えた。 
渚の秘所はもうすでに多少ながら濡れており、渚が感じている事が、大船戸にもハッキリと分かった。 
それに気を良くした大船戸は、調子に乗って渚の秘所を指先で何度も突付く。 
その度に渚の体が小刻みに震え、眼下にある二つの膨らみが魅力的に揺れる。 
これから先、病み付きになってしまうだろうなと予感しながら、大船戸はようやく口付けを終わらせた。 
渚さは唇を解放されるとすぐに言葉を放った。 
 
「大船戸クンのエロ……。もっと純情な子だと信じてたのに……」 
「僕だって男ですよ。それに、渚さんから襲っt「大船戸クンに積極性が無さ過ぎるのよ!」 
 
その会話の後しばらく、2人は気不味い雰囲気で黙る。 
しかし、不意に渚が笑い出した。それにつられて大船戸も一緒に笑う。 
いつの間にか、すっかり恋人同士のそれのような雰囲気が出来上がっている。 
2人にはそれが面白く、自分達は割と相性が良い方ではないかと思った。 
 
「じゃあ、続きしましょう。もうエロでもなんでもいいですから」 
「うわ、開き直っちゃったよ大船戸クン」 
 
待ちきれないと言う様子で、大船戸は渚を急かす。 
開き直った大船戸に渚は呆れたような声を出したが、大船戸はそれを気にする事なく行為を再開する。 
 
「あ、ちょっ、大船戸クン!?」 
 
渚の股の間に入り込み、足を閉じられないようにする。 
その上で渚の両足を掴んで広げ、秘所を自分の目の前に曝け出す。 
大船戸はその渚の秘所に顔を近付け、軽く臭いを嗅ぐ。 
渚は顔を真っ赤にして足をバタつかせようと力を込めるが、 
大船戸に力で勝てるわけも無く、何も出来ない。 
 
「そんなトコ、やめ…――ッ!? 」 
 
大船戸は、湿った鼻面を渚の秘所に押し付け、ピチャピチャと音を立ててそこを舐める。 
強く鼻面を押し付けて、鼻先が少しだけ秘所の内部へ押し入る。 
しかしそれは、渚の処女膜によって阻まれてしまう。 
更に強く鼻面を押し付けようとすると、渚の手が大船戸の頭に置かれて、思いっきり突っ張られた。 
だが大船戸にとってその程度の力は欲情を煽るだけで、今度は舌を渚の秘所に差し込もうとする。 
 
「じゅ……ちゅ…、……渚さん、こんなにして…、僕の舌ってそんなにいいんですか?」 
「うっ…、そういうのはやめてよ……」 
 
大船戸は、渚の秘所から漏れ出る液体で鼻面の毛皮がベッタリとなっている。 
その顔は渚から見えなかったが、言葉だけでも十分な破壊力を持って渚を襲う。 
渚には、気持ち良いかと聞かれて、素直に答えられるほどの経験なんてない。 
しかし、大船戸の舌が秘所を舐め上げる度に背筋に快感が走る事は否定できない。 
渚が返答に困って黙っていると、その愛撫がまた再開される。 
甘い声が漏れそうになるのを必死に耐えるが、我慢しきれずに喘ぎ声が漏れる。 
 
「だ、ダメ…だ…めぇ……、あぁっ!?」 
 
甘い拒絶の声を発していた渚だが、 
大船戸が渚の秘所にズズッと音を立てて吸い付いた拍子に、絶頂に達してしまう。 
一瞬だけ体全体を硬直させ、その後に崩れ落ちるように脱力する渚の体。 
意識の方も、今までとは段違いの快感を感じた後、一気に真っ白になる。 
脱力して横になり、天井を眺めていると、視界が大船戸の顔に遮られた。 
 
「渚さん大丈夫ですか?……続きできますか?」 
「うぅ……。できる限り頑張るお…」 
 
その問いに答えようとするが、呂律が回らない。 
せめてこくりと頷いて、大船戸に肯定の意を伝える。 
今止めてしまったら、女が廃るような気がする。 
恋した相手に会うために自分で旅費を貯めてここまで来て、 
そして告白も成功したと言うのに、ここで止めれば一生後悔するに決まってる。 
 
大船戸の頬に手を添えて、こちらに引き寄せ唇を重ねる。 
それで十分に意思を伝える事は出来たようで、大船戸は渚に覆い被さる。 
 
「痛かったら、言ってくださいね」 
「うん……、優しくしてね?」 
 
大船戸は肉棒を渚の秘所から出る愛液で濡らすと、そのまま秘所に押し当てる。 
少しずつ力を込め、なるべく渚に負担を与えない様に配慮しながら、ゆっくりと挿入してゆく。 
 
「くッ……キツい……ッ」 
 
渚の体は女として成熟しきっておらず、狭い秘所に無理矢理に入れた肉棒は強く締め付けられる。 
自慰とは全く違う感覚が肉棒を刺激し、大船戸はすぐにでも射精してしまいそうなほどの快感を感じる。 
処女膜の抵抗を無視して更に奥まで貫くと、渚の秘所から血が筋になって流れ、 
密着する大船戸の毛皮に染み込んでいった。 
 
「痛いぃ……、優しくひてってぇ、言ったじゃんかぁー……」 
「そんな事を言われてもッ……僕だって」 
 
渚は瞳から大粒の涙を流しながら、呂律の回らない言葉で大船戸に訴えかける。 
だが大船戸も精一杯優しくしたつもりだった。そんな事を言われてもどうしようもない。 
 
「もう少し……、もう少し我慢して下さい……ッ」 
 
少しずつ肉棒を侵入させながら、渚を諭すようにそう言った。 
渚の手を自分の背中にまわさせて、『爪を立ててもいいですから』と言っておく。 
渚は爪を立てる事はなかったが、その代わり大船戸の背中の毛を引っ張ってくる。 
本人は無意識のつもりなのだろうが、大船戸にとってはかなり気になった。 
だが、痛みに必死で耐えている渚にそんな注意をする気もなれない。 
違和感を我慢しながら、挿入を続けていく。 
行為の開始からどれだけ時間が経ったかは分からなかったが、その後ようやく根元まで入った。 
 
「ぜ、全部入りました…ッ。……慣れるまで、動かない方がいいですよね?・・・」 
 
大船戸の質問に、渚は無言でコクコクと頷いた。 
下腹部の激痛はおさまる事を知らず、こんな痛い行為の何処が良いのか分からない。 
 
「・・・・」 
「・・・・」 
 
そのままの姿勢で、いくらかの時間が流れる。 
その間2人は全くの無言で、口付けをし合ったり、見詰め合ったりして時間が流れる。 
渚の方もようやく痛みに慣れる事ができ、大船戸もそろそろ我慢しきれなくなってくる。 
 
「も…う、動いてもいいよぉ…ッ」 
 
大船戸の頭を撫でながら、渚が言った。瞳に涙を溜めながらも、精一杯の笑顔を浮かべて。 
 
「もう、やめてって言われても止まりませんからね」 
 
最後の確認。 
 
「……う…ッん…」 
 
最後の答え。 
 
「じゃあ、覚悟しててください。」 
 
もう、手加減などしてる余裕も無ければ、そんな考えすらも浮かばない。 
ただ目の前の女性を犯す事しか頭に浮かばない。 
 
「もう渚さんは、一生僕のものですからね」 
 
独占欲に支配されて、渚の全てを自分のものにしようとする。 
絶対に誰にも渡さない。自分を好きだと言ってくれた、自分の好意を受け入れてくれた。 
 
「だから……」 
 
もう絶対に離さない。一度手に入れた渚を手放すなんて、絶対に考えられない。 
 
「僕も一生、渚さんの側にいます。何があっても、絶対に。」 
 
大船戸の言葉を、渚が聞いているかは分からない。 
先ほどからずっと、大船戸の腰の動きに翻弄されて、それどころではない。 
結合部からは血と愛液と先走りの液体が混ざったものが飛び散り、大船戸の毛皮を汚している。 
腰が打ち付けられる度に、渚は嬌声を上げてビクンと震える。 
 
「あぁッ…ん!!」 
 
大船戸がひときわ大きく腰を動かした拍子に、渚はまた絶頂に達した。 
有らん限りの力で大船戸に抱き着く。同時に渚の秘所は、大船戸の肉棒を強く締め付けた。 
ただでさえこれまでの行為で限界まで張り詰めていた大船戸は、それに耐え切れる筈も無い。 
 
「渚さんっ!!!」 
 
大船戸もまた絶頂に達し、渚の胎内に精液を放つ。 
その量は普通の人間とは比べ物にならず、許容量を超えて注ぎ込まれた精液が、 
大船戸の肉棒と渚の秘所の隙間からチロチロと溢れ出てくる。 
萎えるのを待って大船戸が肉棒を引き抜くと、 
ゴポと音を立てて、血と精液と愛液の混ざったものが零れる。 
 
「はぁ…ッ、はぁ…。………渚さん、やっちゃいましたね」 
 
大船戸は荒い息を落ち着け、悪戯っぽい笑顔を浮かべて渚に言った。 
同じく荒い息を落ち着かせようと深呼吸をしていた渚は、少し間を置いてからそれに応えた。 
 
「はぁ…ハハ、やっちゃったわねー。でも後悔は無いし、私は幸せだよー」 
「そうですね。僕も幸せです。まさか渚さんに好きって言ってもらえるなんて……」 
「うわ、お姉が好きだったくせにもう乗り換えてる!」 
「ち、違いますって!…ほら、最初に恋したのが汀さんで、 
でもホラ、僕が愛しちゃったのは渚さんなんですよ」 
 
あまり弁明にはなってないが、大船戸は苦しい言い訳をする。 
感情の問題出し、大船戸的には吹っ切れた問題のつもりだが、 
渚としては姉が大船戸の初恋の相手として君臨してるのが、まだ悔しく感じる。 
 
「でもま、いっか。……大船戸クンの奥さんになるのは私だから」 
 
『ニシシ』と言うのがピッタリの笑い方をしながら、渚は大船戸にそう投げ掛けた。 
しかし“奥さん”と言う言葉は、渚の想像以上に大船戸へは刺激が強かったらしく、 
大船戸はそのままの姿勢で固まってしまう。渚がそこまで考えていたとは思いもしなかった。 
 
「それと今日私、危険日なのよ。子どもできたら責任取ってね?」 
 
渚のその言葉に、とうとう大船戸は顔を青くして倒れそうになる。 
物事の先を見越して行動するのは渚達姉妹の長所だが、今回も遺憾無く発揮してくれたようだ。 
大船戸は、子どもの可能性について真剣に考えてみる。 
以前医者から『染色体の数はヒトと同じ』とか言われた記憶がある。 
専門的な分野は大船戸にはよく分からないが、 
最後にその医者は『普通の人間と子どもが作れる』と言う結論を言っていた。 
それはつまり、今さっき渚の中へじかに出してしまったのはヤバイはずだ。 
 
「渚さん! バイト暮らしの僕にあなたと子どもの両方を面倒見きれる余裕なんてありませんよ!! 
どどど、どうしましょう!?」 
 
渚の両肩を掴んでガクガクと揺すり、動揺を隠しもせず渚に問い掛ける。 
大船戸のあまりの慌てっぷりに、仕掛けた渚は気持ちよくなってしまうが、笑ってばかりもいられない。 
とりあえず今考えている対処法を伝えておかなければ、大船戸が可哀相すぎる。 
そう思った渚は、とりあえず大船戸を静かにさせると、自分の考えを説明する。 
それは単純明快な考えで、同時に姉に似てきた自分を自覚させる内容だった。 
 
「大船戸クンが結婚して子どもが出来た事とかを公表すれば、 
世界中の人権団体からお祝い金ガッポガッポに決まってるじゃない! 
それに大船戸クンは毎日頑張ってるし、きっとすぐ立派な警察犬になれるって!!」 
 
渚の答えに大船戸は頭を抱えた。人権団体からの援助金は、確かにあった。 
上手くバイトにありつけたのも、良い物件を見付けられたのも、政府からの協力なども有った。 
だが、そこまであからさまにお金の援助を受けるのはどうかと思う。 
最初だけは手伝ってもらったが、その後は自分の力でやってきたつもりだ。 
人として生きていくからには、そうしていきたいとも思う。 
 
「そういうのは、止めておきます」 
「え、じゃあどうするの?」 
 
渚は首を傾げて大船戸に尋ねる。他に考え付くのは、親から仕送りしてもらうくらいだ。 
当然、大船戸にも考えが有っての事だろうと予想して、その真意を尋ねたのだ。 
しかし、大船戸の答えは渚が思っていたよりも、ずっと単純なモノだった。 
 
「そんなのは後で考えましょう。今は、渚さんが一緒にいてくれるだけで満足です。 
今子どもが出来たとも限らないですし、出来たら出来たで、出来なかったら出来なかったで、 
その後で考える事にします」 
「うわぁ、大船戸クンらしくない答え……」 
 
生真面目な大船戸の口から出るとは思えないような言葉に、渚は唖然とした。 
だが、同時に大船戸の言う事に賛同する気にもなれた。 
先の事を考えるのはもっと後でも遅くはない。 
今は、手にいればばかりの幸せを精一杯噛み締めなければ。 
 
「僕らしくなくても良いじゃないですか。……それよりも」 
「それよりも?」 
 
満面の笑みを浮かべながら、大船戸はもったいぶった言い方をする。 
渚もここで聞き返すのが社交辞令と思い、大船戸に質問する。 
しかし次の瞬間、視界が反転する。 
 
「へ……あ!?」 
 
渚が見詰める先は大船戸の笑顔。それは変わっていない。 
だが、背景が部屋の壁から天井に変わっている。 
それが意味する事はつまり、大船戸に押し倒されていると言う事だ。 
 
「大船戸クンさー。開き直り過ぎは良くないと思うわよー」 
「いーじゃないですか。まだ満足できませんでしたし」 
 
渚は『ハァ』と溜め息を吐いた後、目を瞑った。 
さっきされた分の疲れはまだちっともとれていないが、それでも大船戸の頼みだ。 
 
「大船戸クン。……愛してるからね…」 
「僕もです。誰よりも汀さんを愛してますよ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
終わり 
 
 

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