「アンタ、面白いね」
アカギが低く笑って零の頬を撫でた。零が小さく唇を噛む。
二人のいるラブホテルの窓には重いカーテンが引かれ、薄暗闇の中で悩ましげな吐息がこぼれた。
ヤクザに捕われた仲間を助け出すため、零が事務所に単身で乗り込んだのが一時間前。
なんとか仲間は逃がせたものの、女の身ではどうにも逃げ切れず、いつの間にやら零の潜む区域はヤクザにぐるりと囲まれてしまっていた。
辛うじてまだ見つかってはいないものの、そんなものはもはや時間の問題だ。
万事休すか…。もしもここでヤクザに見つかったら、一体自分はどうなってしまうのだろう。近い未来の想像に零は震えた。
路地裏で泥まみれになって必死に息を潜める零が、アカギと出会ったのはまさにそんな時だった。
街中をうろつくヤクザと、必死で隠れる少女。
すぐに事情を察したアカギは、零の姿を庇いながら、ヤクザの目を縫って近くの建物に連れ込んだ。それがこのラブホテルだった、というわけだ。
身体中の泥をシャワーで流した後、零はアカギに現状をかいつまんで説明した。
事の詳細は濁したのだけれど、勘のいいこの男は、すぐに零が巷で噂の『義族』なのだと気付いた。そして、興味深そうに零の瞳を覗き込んだ。
……そこからベッドに押し倒されるまでの流れを、零はあまりよく覚えていなかった。自然と、気付いたらそうなっていたとしか言いようがない。
突っぱねようにもアカギは恩人なので無下にもできず、対応に困っているうちに、最早後戻りなどできなくなってしまっていたのだった。
「なん、で、こんなことっ……」
「アンタに…興味があるんだ」
耳元でアカギが囁く。裸の背中に回された腕の感触に、零の身体がこわばった。
これから行われるのであろう男女の営みに対して、零は怯えていた。
もう一度瞼に唇が触れる。次は口。どうして、と薄く開いた唇に、無遠慮な舌が割って入った。
きつい煙草の味が口腔内に広がる。
アカギから逃れようと必死でもがくけれど、アカギの手の平は零の頭をしっかりと抱え込んでいて、それも叶わない。
長い長いキスの後、ようやくアカギの腕の中から抜け出した零は、慌ててベッドの隅まで逃げた。
やれやれと肩を竦めるアカギに対し、零は涙目で「性欲処理に丁度いい女がいたとか…どうせそんなことを思ってるんだろ…!」と糾弾した。
「そんなことは思ってないぜ」
「嘘だ…!じゃあなんでこんなことをする…!!?」
「だから、言っただろう。アンタに興味があるって」
乱れたバスローブを必死にかき抱く零の手が一瞬、止まる。
アカギが苦笑した。
「どうせ日が暮れるまでは外に出られないんだ。まあ、悪いようにはしないよ」
おいで、とアカギが囁く。零は生唾を飲み込んだ。
ここでこの男に近寄るということは、この男を受け入れるということだ。この男を受け入れるということは、つまり……。
怖い。けれど、なんだかこの男に身を任せてもいいような、そんな気がし始めていた。
バスローブに包まれた細い身体を乗り出して、恐る恐るアカギに手を伸ばす。零の白い手の平が、アカギの大きな手の平に触れた。
アカギが近づくと、零は身体を竦ませた。けれど、逃げない。頬を撫でるアカギの指を受け入れる。