平山の声は嗄れていて、聞くと高い男声にも思えて来る。
広い肩幅と高い身長にも恵まれ、サングラスを掛ければある男に間違えられる程の、妖しい魅力を持った人だった。
その平山が、男らしいながらも小さな声で、料亭広瀬の白い雀卓上を支配する。
「だから…「同等の条件」と言うのは、50から100になった、この倍増を示しています」
「なんやと こら」
対面の対戦相手、浦部が朗々とした声でいきり立つ。その恐ろしい事。
表面だけ、格好だけの脅しとは違う。代打ちの本気の声だった。
川田組代打ち平山のやり方は…相手にすぐ悟られぬよう、断られぬよう、
言葉巧みに麻雀の掛け金を吊り上げた一種の詐欺だった。
「この条件を引き継いでの勝負をして下さった筈です。
道理は明々白々。それを天下の藤沢組が握り潰すとは思えません」
「やかましいわ、表出んかいっ」
浦部が素早い身のこなしで平山の腕を引っつかみ、無理やり席から立たせた。
「決定権を持つのはオーナーの藤沢組長。浦部さん、あんたじゃない筈だ」
白いスーツの平山が刺すように浦部に言うが、
「あほもたいがいにせぇ、誰が受けへん言うた」
「あ…」
と平山、浦部に引きずられる。
「浦部、勝負で取り返せば良いだけだろう…」
「へぇ、おっしゃる通りこのまま続けます。
しかしこの兄さん、一発ガツンと入れな気が済みまへん。20分で戻ります」
「おい浦部……」
ゆっくり喋る藤沢組長を置いて、浦部と平山が部屋から消えていった。
付き従うそれぞれの組の黒服を、浦部はおろか平山も制止して、
お互いが対戦相手と二人切りになる事を望んだ。
料亭の廊下を、浦部に引かれる様に歩く平山。足取りが弱々しいのだ。
そして勝負の部屋から随分離れた時、嗄れた声が浦部に零れ落ちる。
「悪かった」
少し項垂れた平山の顔を、浦部はキリッと睨み続けている。
平山はふっ…と、自嘲するかのように柔らかい笑みを見せ、顔を上げて言った。
「こんな戦い方、好きじゃない」
平山は川田組長に「浦部は曲者なので先手を取れ」と言われていた。
そして先手を取る方法も、組長に任せたまま。
女平山は気弱なところもあるが、何よりオーナーの組長と、自分の戦い方(その嗜好)に関して揉めるが面倒だった。
「迷ったけど…お互い、勝てば良いだけの話だろ浦部さん」
女平山…プライドがあるのかないのか、ただ勝負相手に謝れる度胸がある。
相手の心理を手中にする気もない。そして自分の心理を相手に掴まれる事を恐れない。
勝負は確立で決まるもの、心の問題ではない。そのイメージを持ち続けている。
その大胆さと素直さは爽やかなほどだった。
そう、浦部の心や色々が濡れるほど……。
「上には逆らえんか…恥ずかしい事をよう話してくれたな」
「もう良いだろ、2分で済む話だ。戻ろう」
その機械のような平山の嗄れ声に、うなぎが悶えるように滑らかな浦部の美声が続いた。
「兄さん、他に隠しとらんか」
「他?」
さて、なんの事かと平山は頭を捻る。
そして「あっ」と薄く気付くよりも早く、浦部に肩を掴まれ、乳房を指差された。
「知ってたでぇ」
平山はその艶かしさの前に、自分の胸元をさっと隠す。
「あぁ、よしよし…隠さんで良えて…」
聞いている平山の方が赤くなるほど優しい声で、浦部は彼女を導く。
「いつから…」
平山はほんの少し喘いですらいる。じわじわと羞恥も覚え始めた。
いつから女と知っていたのか。
「なんの意地悪かと思うてました。勝負の場にこないな別嬪さん…」
しかもわいのまん前に座らして…ふぅと、浦部も少し息を荒げている。
「わいも気付かん振り続けられへんかった。騙し通せへん。
さっきは大声出して悪かったなぁ…びっくりしたやろ…」
「そんな前から…知って」
「対面に座った姿を見た時から、わいの心も体も 姉さんで、いっぱいやがな…っ」
浦部は平山を抱いて、その乳房に顔を埋めたまま、旅館の自分の部屋へ引き入れる。
「待ってくれ、勝負の途中じゃないか」
布団へ寝かされ、艶かしく横座りする女平山が浦部に進言するが
「時間は20分 貰ろてます」
あ〜れ〜ぇっ
と…平山が今まで一度味わった事のない、密度の濃い20分が始まった。