この小さく白い乳房を、まさか見抜かれようとは。  
男装するには恵まれ過ぎた容姿の平山ゆきえ。その人生に初めて訪れた甘い時間だった。  
ゆきえも浦部を初めて見た時から心騒ぐものがあった。起こる体のざわめき。  
それは恋や愛とは違うその向こう側、いや、それを根底で支える野生的な高ぶり…  
すなわち欲求、いわゆる性欲ではないのか。  
「あぁっ」  
戸惑いでゆきえは声を発した。  
(負けたくない…っ、こんな…っ)  
セックスはもっと単純でつまらないものだと思っていた。  
しかし浦部の動き…その骨太の手に乳房を触れられた時、思い込みの全てが吹き飛んだ。  
「うぁっ…」  
「良えか…良さそやなぁ…」  
「麻雀をしろっ…くそっ」  
硬質の声を張り上げる平山だが、それには甘い吐息が混じっている。  
「ほんま…姉さん感じやすい思っとった。  
 すぐイケるやろうけど…20分貰ってな、わいも短期戦に付き合いまっせ」  
艶かしい美声をぬらめかせながら、浦部は紫の上着を脱いで白いシャツの姿となった。  
それを見、感じながら、体表面の温度を高めるゆきえだったが 気を取り直し、浦部を翻弄しようと試みた。  
「どうして…私が敏感かわかるか?」  
「へ?」  
「自分で自分を慰めるからだ」  
平山、いきなりの告白は浦部の興を殺ぐためだった。  
そして浦部は処女を好まなそうだと、平山は読んだ。  
「男を知らないのに快感には慣れている。どうだ、こんな事を言い出す女が好きか。  
 こんな面倒な事が」  
(これでこいつが心中萎えても抱きに来たら、  
 はっ…だとしたら女なら誰でも良いんだろ。軽蔑するね。  
 くそみたいな男だったら…どんな手を使っても絶対逃げ切ってやる)  
「そうか…じゃあ、今度は二人一緒の快感も覚えて行きまひょ」  
「私の話をちゃんと聞いたか」  
 
「聞いてまっせ。なにが面倒なのか逆に教えて貰いたいなぁ」  
「自慰をしていると言う女が良いか?」  
「セクシーっちゅうやっちゃ。聞いてドキッとしたで」  
「…そして、処女だと」  
「へぇ。わいはそれだけの理由で喜ぶ趣味やないが、好きな姉さんとやったら」  
ゆきえの胸の奥が、ほんのりと暖まる。  
「好き…?」  
「へぇ」  
「何をだ、私のどこを」  
「見るほど、話すほど好きになりますわ」  
「馬鹿な…」  
「あっ、ちょっと待ってな」  
そう言って浦部が背を向けただけで、ゆきえは寂しかった。  
だが浦部は自分の上着から何やら持って来る。  
「あ、これは」  
と、見た平山が声を出した。  
「妊娠したら困るやろ。姉さんが妊娠したいなら話は別やけどな」  
「あ…」  
「ほらほら、着けてまうわ。止めるなら今でっせ」  
(優しい)  
ゆきえの胸の鼓動は深く、ゆっくりと甘かった。  
そして感じる、命が漲るような温かさ。浦部の優しさについ目が潤みそうになった。  
こんな思いやりを人から受けた事がない。  
(こんな私でも…この男には甘えて良いんだろうか)  
この、出っ歯の醜男から溢れる愛と優しさと色気。そして可愛らしさ。  
こうやって人は騙されて行くのか、いや、この男が本気だからこそ私は感動しているのか…。  
彼女が困惑、混乱しているうちに、触れて行く肌と肌。指と粘膜。  
ゆきえは何度も嬌声を上げて、その美女の体はその醜男と一つになっていた。  
天賦の名器に分け入られて、余りの快感にゆきえは女豹のように悶え吼える。  
その女の艶かしさが、男の高ぶりを加速させる。  
艶かしく高ぶる浦部だが、初めてのゆきえが どうしようもなく起こる痛みを訴えると、力を緩めてくれた。  
(い、良い男じゃないか…)  
と思い始めるゆきえ、痛みが麻痺し、快感が舞い戻って来ると  
(もう、どうにでもなれっ!)  
と、浦部を許し始めた。  
体の方は、出会った瞬間から浦部と触れ合う事を許していたのに。  
(ここまで長かったなぁ)  
と、浦部はゆきえに語りかけるように微笑み、キスの難しそうな口で彼女に唇を当てた。  
 
「私はこんな…男の振りをさせられているが…アカギってのも女なんだ」  
美しい背を惜し気もなく浦部に晒しているゆきえがそう告白した。  
「ん?…まず…姉さんアカギやないんか」  
「ニセモノさ。でも私は、私の力で勝てたら良い」  
「へぇぇ、さっきから中身はほんまに気さくですな姉さん。惚れ直すわ」  
浦部があんまり可愛らしいのでゆきえは「ぐっ…」と微笑みをこらえた(こらえ切れていない)後、言葉を続けた。  
「アカギは…目撃者の多い6年前はまだ中学生で、男と見ればそう見えたらしい。  
 だからアカギを男にしたい奴、そう思い込みたい奴が多いのさ」  
当時対戦した盲目の市川老女もアカギに惚れたが、少女とわかり あえなく失恋している。  
「だから私は男にされたよ。まぁ、男の振りをした方が仕事をしやすい事も  
 生きやすい事もあるから構わない」  
平山ゆきえは男装の麗人。いや、美男にしか見えない女である。確かに男の振りは生きやすかった。  
「わいの前でも男でおるんか」  
寂しそうに言う浦部を、立ち姿のゆきえが悲痛な顔で見返った。  
しかしその見返りを戻してしまうと、もう声は端正である。  
「あんたが強い雀士なら、戦いたいね」  
そうとしか言わなかった。自分が女だとも男だとも言わない。  
「わいと戦れるか」  
「やるさ」  
このとき20分が経っていた。  
 
川田組代打ち平山の、震える程の敗北。  
自身でレートを上げておいて負ける。その彼女にどのような罰が待っているのか。  
罰は無かった。  
組長に言われたまま平山が仕組んだ罠。その罠に自らの首を絞められ、窮地を彷徨うプレッシャーを負う事になったのは 尼のごとき容姿の川田組長本人となった。  
─次に期待する─  
そうした言葉を平山は何度も掛けられて来た。  
これが許されて来たのは、彼女が軽い勝負ばかりして来たからだ。  
まだ戻れる場所、安全な場所に居る軽さ。  
(もうやめよう)  
対面の浦部の瞳を見た時、平山はそう思った。  
女だから嘗められて来た事、自身が中途半端だから嘗められて来た事、その全てを終わりにしようと思った。  
彼女は組長から受ける視線に嫌気がさす。  
(こんな目だ)  
浦部とは違う。ちゃんと自分を女にしてくれ、さらに勝負師に戻してくれる浦部とは。  
浦部も良い男だったかも知れないが、浦部の前に居た自分も良い女だったのかも知れない…  
そんな勢いに乗って、平山は立ち上がった。  
「ちょっと」  
と、部屋を辞す平山の方が、今度は浦部を引っ張った。  
障子越しに影だけを部屋へ伝えて、廊下の二人はほんの十秒ほど話した。  
「さよなら」  
「淋しい事言いな」  
「もう良い、あんたからは充分貰ったよ。自分のやりたい事も見えて来たし」  
「無理したらアカンで」  
「ふん、あんたに会うまで私は一度も大敗してないんだぞ」  
今背を向けて廊下を歩き出す平山と、それを見送る浦部が会う事はもうない。  
 
「このままでよろしい」  
浦部はこのレートで勝負をし続けたいそうだ。  
(わいの事を調べ上げて、わいのやりそうな戦い方を敷いて来たのがおもろい。  
 さっきの姉さんも据えてな 上等や)  
「この条件のままで結構。本物のアカギも呼んで勝負しましょう」  
浦部の絶対の自信は、二人の組長が唸る程の迫をもって勝負の場を支配した。  
 
 
浦部の色気でむせ返りそうな部屋。  
そんな中で浦部本人はと言うと、こんな勝負を挑んで来た川田組長と平山が可愛いなと思い、少し表情を緩ませていた。  
緊張と緩和の全てを浦部が手に入れているその部屋へ、可憐な少女が入り込んで来た。  
そばかすの治子。  
(かわいいなぁ)  
今度は浦部、本当に目が優しくなってしまった。  
本物のアカギの希望で、この治子と浦部の勝負が始まるそうだ。  
それでも浦部は一切の手抜きと油断を見せない。見た目や雰囲気では決して判断しない。  
見るのは治子の麻雀だけ。  
最初警戒する。そして牽制する。そして治子の弱みが見えた瞬間に刺す。  
治子は大敗した。  
浦部は、アカギが治子を自分に据えて来た意図がわからなかった。  
治子の、弱くも強くもない麻雀…これは何かの策なのだろうが…。  
(なんや、姿の見えん女やな…)  
そうアカギを偲ぶ浦部の前に、障子を開けて表面上の姿を見せた女。  
凍るように美しい赤木しげみ。  
 
浦部が赤木に負けた。  
(アホな…)  
終わらない射精が、それでも終わり切って、もう一搾りも出ない脱力感。  
その脱力の後に起こる、滴りの無くなった陰茎を踏み躙られるような激痛。  
出血と共に、浦部の指は機能を奪われた。  
 
血だるまの浦部が障子の奥に居ると知らず、廊下で浦部の敗因を川田組長に語る赤木。  
浦部は匂いで負けたと言う。  
治子との戦い方を見た時から、赤木は浦部のそれを嗅ぎ付けていた。  
「匂いがついていたのさ。いやらしい匂い」  
そのしげみの声を聞いた障子の中の浦部は、汗と血に塗れて唸った。  
「高い代償やった…そんなわずかな匂いを残したために…」  
その鬼迫を感じて障子を開ける治子。浦部の美声は嗄れて、絞るように叫んだ。  
「この様っ……!」  
浦部の指は、全てが通常と異なる方向に折れてフラリと頼りなく彼にぶら下っている。  
「強い匂いだった…そんなに振り撒いちゃ駄目だよ」  
重傷と3千2百万(現在の3億2千万以上)の負債を背負った浦部に、しげみは柔らかくそう言った。  
言って、浦部の座る暗闇の部屋へ足を踏み入れる。  
 
浦部としげみが相対する室内の艶かしさは、この二人の男女でなければ耐えられない程に高揚していて  
「ただ勝った負けたをして、死んだり、不具になったり…その方が良い。  
 それが博打の本質、無為の死。  
 ただ…女の体に生まれた所為か……勝ちたいから勝つ、したいからするって生き方は、たまに空しく感じられてね。  
 勝負それ自体に本当に燃えているかと問われると…自分が男に生まれたらどうだったんだろうと、よく考えるよ」  
浦部はじっと、しげみの動く唇を見詰めている。その浦部の温かい血が、湯気でも放ちそうに熱く畳に滴り落ちる。  
「ギャンブルの世界に女は要らないって言葉が好きだよ。上等じゃないか。  
 女の私に負けて、それであんた立つ瀬があるのかい」  
「女に生まれた事を卑下するんやない。「わいに勝った女や」って、わいが宣伝してあんたの株上げたるわ」  
浦部が下がるのではなく、赤木しげみが上がるのだと、彼は言った。  
しげみは浦部の瞳を見詰め、彼の持つプライドと しげみ(女性)への愛に、微笑みを返した。  
「クク…そりゃどうも。私の処女でも試してみるかい」  
「おっ…」  
浦部の喉と、駆け回る動脈がそう唸るようなしげみの言葉だった。  
「はっきり言うよ、私はあんたとセックスしたいのさ。でもただするだけじゃな。  
 また私が勝つから、あんた私に抱かれちまいな」  
「またあんたが勝つと決まってへん。覚えてろアカギ、今度勝負する時はわいが必ず勝つ。必ず」  
「今度なんて言わないで良い。今で良い」  
しげみは浦部の目を見詰めたまま、すっと上体を落とし、浦部の目の前で跪いた。  
 
「今勝負してあんたが勝ったら、あんたの負債全部私が払う。  
 ただ私が勝ったら、その手のまま、今ここで私に跨られるんだ」  
そんな事しても、アカギには何の得もないと、川田組長は思うだろう。  
しかし赤木しげみは浦部とセックスしたいのだから、アカギに得はある。  
ただしげみは得を超越した真意を、この勝負に秘めさせている。  
損得で勝負をした事のない赤木。今までもこれからもずっと。今日のしげみもそうだった。  
得どころか己を斬る様なしげみの真意を嗅ぎ付けた浦部は、出血の所為で流れる汗の中 承諾した。  
「勝っても負けてもわい得するように思えるが、受けましょ」  
「治療もせず怪我したまま女に犯されるのが得か…まいったね…」  
「ただの女やない。この勝負の相手にわいを選んだ」  
「……あぁ…そうかい。  
 あんたが勝っても負けても堂々としてられるなら、私は惚れるよ」  
 
浦部はしげみにまた負けた。  
匂いと保留癖を封じ込めても、負ける時は負けるのである。  
「駄目だったね…本当の勝負は出来ない…お前のような男とは…」  
「…」  
顔を上げられない浦部の前に立つしげみが、自分の服に手をかけた。  
「そんな男に試されるさ…」  
言いながらその白い手から放たれる衣服。  
扇情的な素肌が、紫を纏い顔を上げる艶かしい男の前に現れた。  
現れて、縄のようにしなやかに絡んで来る。  
さらさらと滑らかに感じる時、吸い付くように貪欲に感じる時、  
しげみの肌は変幻自在に感じられた。美味しそうな女。  
悪魔が作り出したようなしげみの体のラインに、浦部は軽い眩暈を覚えた。  
そして出血でも頭がふら付き、体を熱くしている。  
手負いの状態で艶女に嬲られるとは…  
この年になって、新しい性の世界が見られる久しぶりの初体験に浦部は喜びを感じ始めた。  
保留癖があるように見えて、大胆で捨て身。  
それが浦部。  
その匂うような色香を、堪能したい女が今日は二人いた。  
「クク…浦部さん負けても堂々としてるね…」  
「せやろが、おぉ 約束があったな姉さん。わいが堂々してたらな」  
「黙ってな」  
浦部の声を途中で封じたしげみが、彼の唇に巧みに吸い付いた。  
 
「へぇ……」  
と、しげみがその形や温かさ、硬さに好奇心をそそられている浦部のそれ。  
彼に跨り彼を見下ろし、充分に濡れて用意の良い彼女が、自分の中にしずめようとしている。  
関心を受け、感心されて、少し頬を染めたような浦部は呼吸を微かに乱しながら、しげみを思いやって男の用意をしようとする。  
それを知ってか知らずか、気ままに動くしげみ。  
「待ちや、これを」  
「着けるな、そんなもの。  
 私の中に吐き出せ」  
 
「麻雀もこれも…生々しいな…浦部さん…」  
と、浦部の濡れた肉の浸入を感じるしげみ。その美味さに、呼吸と肩を一度鋭く震わせた。  
 
男女の強い呼吸が混ざり合って、噎せ返りそうな快感と快楽に、二人は部屋を泳いでいるような感覚に落ちていた。  
愛欲に溺れるとはこんな事かと、しげみは深くゆっくり目を閉じる。  
絶妙な硬さと神秘の柔らかさを持った浦部の名器を、温かく濡れたしげみが締める。  
浦部の呼吸が一度、強く跳ね上がった。  
仰向けの男に跨り、口だけで呼吸を乱すしげみ。肩で息をする浦部。  
浦部も包帯の中で自らの血に濡れていたが、しげみも浦部と布団を血で染めていた。  
「わいら血だらけや…大丈夫かい姉さん…」  
汗と乱れた呼吸の中、浦部はしげみを心配している。  
「最初は馬鹿馬鹿しいほど痛かったけどな……慣れると、血のわりにはそうでもなくなった。  
 あんたはそのうち ここを白くしてくれるんだろ?」  
浦部を見下ろしてニヤっと笑うしげみ。彼を入れたまま腰をクイと振り、その「ここ」を男の股間に押し付ける。  
浦部は今の快感と、これから起こるだろう快楽に胸を鳴らした。  
「くそ…姉さんの胸に触りたいわ…」  
「クク…あんたに今度があればな」  
 
処女だが、男の体と、肉と、腰の、緊張がわかった。  
わかった上で浦部の迸りを受けた時、しげみは初めて  
「あぁ」  
と、声を上げた。  
しげみは浦部に会って、燃えるように男を欲する感覚を初めて知ったが、  
初めて知ったその勝負中に悟った。ギャンブルに女の欲情は要らないと。  
しげみが誘った二回目の勝負は、自身の欲情を、ただの勝ち代にする事で生涯ギャンブルの中に棄ててしまおうと言う決意の現われ。  
女の欲はギャンブル以上でも、ギャンブルと同等でもない事の表明。  
浦部にはそのしげみの意志がわかった。  
「バカな女…」  
関西人の浦部、この時赤木しげみにアホとは言わない。  
痛いほど憐れに感じたからバカだと言った。  
その声と、浦部の精を体にすっかり受け取ったしげみは、髪を少し振り乱し言う。  
「足りねぇよ」  
そう浦部は肩を掴まれ、強く押し倒された。  
 
浦部の髪に指を挿し入れ、絶頂に腰を艶かしく揺らすしげみ。  
浦部の名器に、白濁した体液が絡んでいた。これはしげみのものである。  
これは女の絶頂液。女もイクと男を白く湿らせる。  
これでは愛し合っている男女のようではないか。  
「こんなものか男と女って…」  
「ああ…こんなもんや」  
間違いはないと思って、浦部はそう答えた。  
 
浦部の精を何度も受けて、それだけで白くなってしまいそうなしげみの肌。  
「悪くない、お前の体」  
(やらしい女)  
と、浦部が頬を染めたくなるほど赤裸々に話すしげみ。  
「ただ美味いものはこの世にたくさんあって、その一つでしかないんだろ…今夜の事は」  
「姉さんはまだ若い。これから色々と経験するやろ…。  
 その時、今日の事が“その一つ”以上に感じられたらどないする?」  
「その時は…あんたより良い男とくっつくさ」  
「ズコー」  
「クククッ、元気だな。元気過ぎるよ。あんたならあんな借金すぐ返せるさ。じゃあな」  
「どこへ」  
「なんだい…儲け話は自分で見つけな」  
「誰がセッティングパパやねん、姉さんの進退知りたいだけや。どこ行く」  
「さてね…あんたは私の知り合いに病院でも紹介されると良い」  
浦部は  
「おや」  
と、「病院」の一言を聞いた時に心が緩んだのか、気絶してその場に倒れてしまった。  
「やっぱり駄目な男だね。あんたは」  
そう、倒れる浦部の横顔を見るしげみの笑顔は柔らかだった。  
 
 
痛い。  
もう一生、指は使えないと本人に思わせる激痛である。  
麻酔はもう切れ始めていた。  
代打ちをさせて貰っていた(そして指を折られた)藤沢組に怪我の世話をされるわけもない浦部。  
赤木の一言を聞き入れた安岡婦警に、病院をセッティングして貰った様子。  
病院のベッドの上で目を覚まし、一気にその説明を受けた後に訪れたこの痛みだった。  
(もう使えへんかも知れん…)  
いやいや、素人判断はあかん。と、浦部は明るい。  
これから聞く医師の言葉に、仄見える望みにしがみ付く。  
昨日だって、麻酔を打ち、応急処置をしながら麻雀は出来たのだ。かわいい治子に、代わりに牌を切って貰った。  
(せや、手首から先が無くなろうと、麻雀は出来る)  
自分は何を考えているんだろうと、浦部は笑いそうにもなったが、赤木に「自分がこんなに麻雀が好きだった事」を今になって気付かせて貰った気がする。  
涙が出そうになって来た。  
 
浦部は負けて悔しかった。悔しかったけれど、しげみの体が目の前にあっては…  
浦部の、悔しさにも性欲を絡め得る通俗性。  
(しゃーないわ。好きやねん)  
そう、好きだからこそ捨て身になったり、保留癖が出たり。  
(本気やってん)  
あの女達にそれが少しでも伝わっただろうか。  
雀卓上での勝負の時もそう。神域赤木のお眼鏡と無頼には届かないまでもだ。  
(赤木…今何してるんやろ…ニセモノさんは…)  
みな何処へ  
赤木しげみと平山ゆきえ、二人の女は浦部を過ぎてどこへ行ってしまうのか。  
「おーい」  
涙しそうな浦部は、心の中で愛しい二人とその麻雀を偲び、呼んだ。  
 
 
 

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