「確率だ……。単純に確率。断じて直感などではない。  
 確率にうとい奴らを煙に巻くことはできても俺にはきかねぇよ。アカギさん……」  
白いスーツに派手な色のシャツの男――偽アカギ、平山――が言う。  
鮮やかな色のサングラス、そして白い髪の毛は逆立てられている。  
「ククク……なるほど……凡夫だ……。的が外れてやがる……」  
工場の作業服という、この場には少々不釣合いな格好の男――アカギ――が言う。  
彼もまた白髪で、二人の年恰好はよく似ているが、雰囲気は対照的だった。  
 
「何……!?」  
「確率じゃないと言うのか……? ……直感で当てたとでも……」  
「さぁな……」  
「待て!」  
立ち去ろうとするアカギに平山が熱くなって言う。  
「いい加減なことを言って逃げをうつな……! 直感だというなら、それを証明して見せろ」  
牌をいじりながら平山は続ける。  
「この10牌に3牌を加えて四向聴を作ってみろ。ただし使うのは10牌取って余ったこの9牌……。  
 この9牌はもちろん伏せかき混ぜる……」  
平山はその9牌を伏せて混ぜアカギの前に差し出す。  
「これでもし四向聴を作れるようなら、信用しよう。確率を超えたお前の直感とやらを」  
ここに提示された牌から無作為に選んで四向聴を作れる確率は紙のように薄い。  
アカギはフフ……と笑うと、平山の対面に座り、彼を見据えた。  
「な、何だ……?」  
「面白い……。渡って見せよう。その綱……。  
 ただし……お前がそれだけ自信満々にふっかけてきた勝負だ。  
 何を『賭ける』ことになっても文句はないな?」  
「え……?」  
平山は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。  
「お前の処女」  
場が一瞬固まる。  
平山は目を見開き、明らかな動揺を見せたが、その後ひとつ大きな息をついて言った。  
 
「お前の目は節穴か?」  
「節穴じゃないからそう言ったんだけどな。……お前女だろ?」  
「な、何を根拠に……」  
「まとっている空気が女そのものだ。そんなので今まで良くやり過ごせたな。その方が不思議なくらいだ」  
「理由になっていない」  
「なんなら、賭けてもいい。……腕一本」  
「何とち狂ってやがる。そんな必然性がどこにある!」  
「男を抱くような趣味はないんでね。一応女だと確かめておきたい」  
「た、確かめるって……」  
平山は口ごもり不安そうな表情になる。その表情が何よりも雄弁に事実を語っていた。  
「ククク…… お前がそうだと認めればいい」  
平山は息をつき、表情をゆるめる。  
「で、女なのか? それとも本当に男なのか?」  
「……あなたの言うとおり……女よ」  
男を装う低いトーンの声から、明らかな女の声に変わる。  
 
「く、組長……」  
と、石川が組長に平山の処遇を問いかける。  
「別に代打ちが男でなければならんという決まりはない。  
 むしろ華があっていいかもしれん。  
 何よりわしはこいつの打ち筋が気にいっとる」  
その言葉に平山は胸をなでおろす。  
「で、賭けを受けるのかね?」  
組長が下卑た笑いを浮かべて平山に尋ねる。  
平山は表情にこそ出さないものの、このエロオヤジめと内心毒づく。  
「あんな条件、受けられません」  
「何故だ? もしかしてどこかのとっぽい刑事さんにでもやられたのか?」  
と、アカギがふざけた調子で問いかける。安岡は黙ったままだが苦々しい表情を見せる。  
 
「違うわよ。そんなものを賭ける必然性がどこにあるの?」  
「何だ……自信がないのか」  
「……自信はあるわ。でもどんなに低い確率といってもゼロじゃない。  
 たとえ1%でも裏をひく可能性があるなら、  
 そんな取り返しのつかないもの賭けられるわけがない。勘違いしないでよ。  
 怖くて言ってるんじゃない。このギャンブルの馬鹿馬鹿しさを言ってるのよ。  
 余興や遊びで命や身体を張ったりできないわ」  
クククとアカギが笑いを漏らす。  
「何がおかしいの!?」  
「いや、本当に処女だったんだと思ってさ」  
と、アカギは悪戯っぽく笑って言った。  
平山の顔が赤く染まる。完全にアカギのペースに飲み込まれてしまっている。  
「ち、違うわよっ……!一般論を言ったまでよ!」  
「ふーん……。なら、お前との一晩ってことにするか」  
「だから、こんな馬鹿馬鹿しいギャンブルはやらないって言ってるでしょ」  
「そうか。なら帰らせてもらう」  
そういってアカギは立ち上がり、出口へ歩を進める。  
「逃げる気?」  
平山の声にアカギが立ち止まる。  
 
平山は意を得たとばかりにクスリと鼻先で笑った。  
「なるほど読めたわ……あなたの手口。最初からこの勝負受ける気はなかった……。  
 しかしただ断っては無能と思われる。それを避けるために、一度勝負を受けたようなことを口にする。  
 口にしてから……今度は正常な神経ではとても受けることが出来ないようなギャンブルをふっかける。  
 相手は降りる。降りざるをえない。その後はイメージだけの抽象論で煙に巻く。  
 違うかしら? アカギさん。…………けど、このままでは逃がさないわよ」  
「『逃がさない』ってことは、賭けるんだな? お前が賭けないなら帰る。俺はそう言ったからな」  
『逃がさない』と言ったのは平山の方、けれど、本当の意味で『逃がさない』のはアカギの方。  
「……分かった。賭けるわ」  
軽く顔をしかめて、平山はそう答える。  
そして、アカギが勝つ確率は3%にも満たないのだからと、自分を安心させようとする。  
 
「で、あなたは何を賭けるの? まだ聞いてないけれど」  
「何がお望みだ? 腕一本か……」  
「まぁまぁ。そういう物騒な話はなしにしようじゃないか」  
組長がいさめにかかる。  
「今は何でも金で計る時代だ。  
 聞くところによるとあんた給料日らしいじゃないか。  
 それを賭けてみるというのはどうかね」  
「いいでしょう」  
アカギはポケットに手を突っ込むと給料袋を卓の上に投げる。  
不満を抱きながら平山は事の成り行きを見ていた。  
先程から受けた仕打ちを考えれば、腕一本どころか焼けた鉄板の上で土下座させてやりたいぐらいの気持ちだった。  
そして、『何でも金で計る時代』だというなら、何故自分は処女を賭けねばならないというのか。  
 
安岡が憐れむような視線を平山に投げかけた。  
「余計なことを……」  
「え……?」  
「あの男は『別』なんだよ……」  
「……『別』……?」  
対面のアカギは、平山が提示した9つの牌をじっと見つめている。  
「何をじっと見つめてるの? 牌が透けてくるとでも言うの?」  
「そうさ。それぐらいの感覚がなければこの6年間とても生き残れなかった」  
その瞳と言葉には不思議な迫力があった。  
アカギの指が3つの牌を手繰り寄せ、手の中に握る。  
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、手を開き3つの牌を落とす。  
こぼれ落ちた牌は、一索、四索、一萬。四向聴を作りえる唯一の組み合わせ。  
「じゃあ」  
 
アカギは給料袋を懐におさめ、平山の腕を掴む。  
「待って!」  
と、腕を払われる。  
「何だ……? 大きな声出して」  
「危うく見過ごすところだったわ。あなた今抜いたわね、そちらに寄せた牌の中から。  
 わずかにだけれど牌の並びに変化がある……。  
 調べれば一索、四索、一萬が抜けているはず。  
 本当に選んだ牌はまだ手の中。違う? アカギさん」  
「ふーん、気が付いたか。  
 原始的な細工だけど、こういう実戦では結構効果的なんだよな……。  
 おたくのしちめんどくさい確率よりはさ」  
アカギは手の中の牌をもてあそんでいる。  
「うるさい! ともかく、選べなかったことに変わりはないわ。お金は置いていきなさい」  
「手、出しな」  
平山は素直に右手を差し出す。  
その掌に落とされたのは給料袋ではなく、アカギが手の中に持っていた3つの牌。  
一索、四索、一萬。  
あまりに驚いて声も出ない。  
だが平山はそこで引かない。3%未満の確率なのだ。直感だなんて認めたくない。  
「待って! 残り6牌を確かめた方が確実よ」  
「好きにするがいいさ」  
平山は掌の3牌を卓上に置くと残り6牌を確かめた。  
そこにあったのは、一索、四索、一萬を除いた6牌。  
「じゃあ」  
二の腕を掴まれて、立ち上がらされる。そのまま部屋の外へ引っ張られる。  
 
騒然とする部屋の中でただ一人南郷だけが初めて会った平山の身を案じていた。  
 
先程の部屋から廊下に出ると、平山は改めて絶望に襲われる。  
アカギの方を見ると、何食わぬ顔で煙草をふかしている。  
 
「二人ともここにいたのか」  
石川の声がした。  
「何? 石川さん」  
アカギだけが振り向く。  
「組長が、部屋を用意する、と」  
「へぇ」  
平山は二人の話を聞きながら再び心の中で毒づく。あのエロオヤジめ、と。  
気を利かせるならもっと違う方向に利かせられないのかと思う。  
 
部屋の前に着いたらしく、二人の前を歩いていた石川が立ち止まり振り返る。  
その視線の前で、平山は羞恥にふるえながらアカギの横に立っているしか出来ない。  
穴があったら入りたい。  
この場から消え去ることが出来るなら、穴に入るどころか埋まったって構わないとさえ思った。  
「風呂はこっちの突き当たりを曲がったところだ。あるもんは勝手に使えばいい」  
石川は必要事項のみを簡潔に伝えると、来た道を戻っていく。  
 
平山はふぅと息をつくと、糸が切れるようにアカギの身体へともたれかかった。  
「どうしたの?」  
「な、何でもない……」  
この男の前でこんな姿を晒していることだけで十分に恥ずかしいのに、  
『不意に力が抜けた』だなんて平山には答えられるわけがなかった。  
「『何でもない』ってことはないでしょ」  
「何でもないってば!」  
その言葉とは逆に平山の手はぎゅっとアカギの服をつかんでいる。  
今にもその場に崩れ落ちそうなので、アカギは平山の身体を抱きとめた。  
「何すんのよ!」  
助けてやったのに逆に怒るあたり、強気を通り越して不条理だ。  
何をしても怒られるなら、好きにさせてもらおうと、アカギは平山を抱き上げる。  
背は高いが、抱き上げてみると、身体は自分よりもひとまわりもふたまわりも細く、そして軽く、  
触れた柔らかさが女の身体であることを如実に伝えてくる。  
「ちょっと、何してんのよ! 降ろして!」  
「立てないみたいだから親切に助けてやったのに、さっきからひどい言いようだな」  
「『親切』ってどの口が言ってんのよ!」  
「部屋で休むか?」  
「好きにしなさいよ!」  
おそらく肯定の意だろうと推測し、部屋に運び込む。  
――さて、どうやってこの強気な女の仮面を剥がしてやろうか  
 
アカギは平山を畳の上に横たえ、顔を覗きこむ。  
「大丈夫か? 何かして欲しいことある?」  
「アンタの顔を見たくない」  
「フフ……分かったよ。風呂入ってくる。……逃げるなら今のうちだぜ」  
アカギは軽く笑いながら、部屋を出ていった。  
 
抜けた体の力が戻ってくるにつれて、『逃げるなら今のうち』という言葉が、平山の頭の中を巡る。  
もちろん逃げたいのだが、逃げるのは負けに負けを重ねるようで癪に障る。  
あの状況で牌を抜く抜け目なさを持ちながら、何故自分が逃げられる状況を許しているのか。  
それも気になる。  
思考はループする。逃げたい逃げたいと思うのに、自分自身の意地がそれを許さない。  
泥沼にはまる思考。  
どれくらい考えていただろうか。随分と時間がたった気がする。  
アカギはまだ戻ってこない。平山は廊下へと出た。誰の姿も見当たらない。  
このまま逃げようかと思うが、少しだけアカギのことが心配になって様子を見に行くことに決めた。  
 
ノックをしてから脱衣所の戸を開ける。脱衣所には当然ながら誰もいない。  
すりガラスから風呂場の様子をうかがうことも出来たが、恥ずかしくてそこに背を向けて声を出す。  
「あのぉ……」  
「何?」  
背をあずけていた戸が開き、平山はアカギの身体に倒れこむ。  
「きゃっ!」  
倒れた身体はそのまま抱きとめられる。  
「よく、倒れる奴だな」  
「な…………、なによ」  
「心配して来てくれたの?」  
「誰がアンタの心配なんかするのよ! アンタなんか風呂の中で溺れ死ねばいいのよ!」  
「酷い言い方だな……ちょっと傷ついた」  
そう言いながら、アカギは平山のシャツのボタンを外していく。  
「ちょっと、何してんのよっ!」  
アカギの手はベルトを外し、ファスナーを下ろしていく。  
淡い色のレースの下着が顔を覗かせる。  
「ちょっ……やめ……」  
平山はその手を押さえようとするが、逆に自分の手を押さえられる。  
胸に巻かれたサラシにアカギの手が伸びる。  
「や……や、め……」  
その手を平山は押さえ込もうと、勢い余って、アカギの手を自分の胸に押し付けてしまう。  
「ち、違……、え、えと……」  
「何一人で慌ててるの? 服脱がせるだけでこの様子じゃ、先が思いやられるな」  
「時とか場所とか考えなさいよ!」  
「二人しかいないし、問題ないと思うけど……」  
逆に墓穴を掘ってしまったようだ。何も言えなくなる。  
アカギはするするとサラシを解いていく。  
平山にしてみれば、問題ありありだったが、こんな時に限って上手く言葉にならない。  
「もうっ……、脱がすだけだからね! それ終わったら出て行きなさいよ」  
「分かったよ」  
シャツとスーツを肩からずり落とすとひじの部分で引っ掛かった。  
首から肩にかけてのなだらかな曲線に口付ける。  
「ちょっ……脱がすだけって……」  
「……だって綺麗なんだもの。ちょっとだけつまみ食いさせて……」  
サラシはさらにするすると解かれ、床に落ちる。  
白く滑らかな二つのふくらみが露わになる。  
平山は恥ずかしそうに顔を背け、腕で胸を隠す。  
アカギはするっとわき腹のくびれたラインを撫でるとそのままスラックスをずり下ろしていく。  
「ねぇ……もういいでしょ……」  
これ以上脱がされるのは勘弁して欲しいということらしい。  
 
残るはひじで引っ掛かった上着とシャツ、レースの下着。  
足元にはスラックスがずり下ろされたまま留まっている。  
「逆にこの方がそそられるかも……」  
「何言ってんのよ! 訳分かんない……」  
サングラス越しに小さく睨みつけてくる。  
「……分からないならそれでいいよ」  
そう言うと、さっさと身体を拭いて浴衣を着た。  
平山は疲れて壁にもたれかかると、ずるずると崩れ落ち座り込んだ。  
視界に出て行くアカギの足元がうつる。  
一瞬だけ見えてしまったアカギの裸体に、内心オタオタしているうちに、  
アカギは廊下へと出て行った。  
 
平山はなんとか気力をふりしぼって部屋に入ったものの、入ったところで立ちすくんでしまう。  
その姿にアカギは少しばかり見惚れる。  
サングラスを外した涼やかな目元も、雫の滴り落ちそうな白い髪も、  
自分と大して変わらないはずなのに、初々しい色気をまとっている。  
きめの細かい白い肌はほんのりと桜色に染まり、  
浴衣の上からでもほっそりとした女性らしい身体のラインがうかがえる。  
浴衣からのぞく足首や首筋は細く華奢で、手や足も自分より一回りは小さい。  
そんな見た目も悪くないが、何よりも不安そうにおどおどする様子は、  
仮面がひとつ剥がれたかのようで、もうひとつ剥がしてみたいという欲をくすぐる。  
 
平山が不思議に思って声をかける。  
「そんなにじろじろ見て……何?」  
「綺麗だな……、お前」  
「な、何よ! いきなり……」  
平山は驚いて目を丸くし、頬を染め顔を背ける。  
「そ、そんなこと言っても、何も出ないわよ!  
 それに、アンタなんかに言われても、嬉しくなんかないんだから!」  
「ストレートに褒めてんのに、素直じゃないな……。もっと近くで見たいから、こっち来て」  
平山がおずおずとアカギの方へ歩み寄ると、アカギに手首をつかまれ引き寄せられた。  
「きゃっ!」  
平山が可愛らしい声を上げる。  
アカギは平山のあごを掴むと自分の方を向かせる。  
「や、やめ……!」  
平山は逃れようとするが、手首を掴まれたままなのでほとんど動けない。  
「……確かに似てるな。けど全然違う……」  
その言葉に平山は呆気にとられる。  
「え?」  
「クク……なんか期待したのか?」  
「するわけないでしょ!」  
「……もしかしてキスも初めてか?」  
平山は何も言わなかったが、その表情を見れば聞く必要もなかった。  
「つくづく分かりやすい奴だな。お前」  
そう言って、唇を奪う。  
 
「目ぐらい閉じたらどうだ」  
「そんなことまで応じる義務ないわよ」  
平山はぷいと顔を背ける。  
「可愛くねぇ女……」  
「さっきは『綺麗』とか言ってたくせに」  
「見た目は綺麗かもしれないが、中身は大したことないな」  
「さっき会ったばっかりの癖に、アンタに何が分かるってのよ!」  
「人を見る目には自信あるんだけどな」  
「たかだか19で何言ってんのよ」  
「その話しぶりからすると俺より年上か」  
「何よ! 悪い?」  
「年上の癖に子どもだな。い・ろ・い・ろ・と」  
「『い・ろ・い・ろ・と』って、何が言いたいわけ?」  
「その年でキスさえまだってことはろくに恋愛経験もないんでしょ」  
「くだらない男と付き合うぐらいなら一人の方がマシよ!」  
「そういう割りには、変に意地はって、こんなどこの馬の骨とも分からない奴と寝るんだ?  
 2回も逃げるチャンスあげたのに」  
「約束破ったり『イカサマ』したりするような卑怯な真似が嫌いなだけよ」  
「意地の張りどころ、間違えてない?」  
「今更のこのこ『本物です』って出てこられて、面子潰されるわけにいかないわ!  
 折角上手くいき始めてたのに…… たった3%、3%に満たない綱渡りで」  
「へぇ……そんな確率だったんだ。  
 得意の『確率』で『本物』に負けて、その結果『本物』に犯されるわけだ。  
 どんな気分?」  
平山は目にうっすらと涙をためてアカギを睨みつける。  
こんなに男に馬鹿にされたのは初めてだ。口惜しくてたまらない。  
 
気づけば、アカギの両肩に手をかけ押し倒していた。   
「あらら……」  
押し倒して主導権を握ってやろうだとかいったことを思ったわけではない。  
むしろ自分のしてしまった行動に戸惑っていた。  
 
「人のこと押し倒しといて何もしないのか?」  
今までやたらとアカギに突っかかってきた平山なのに何も言わない。  
「どうするか知らないっていうオチじゃないだろうな」  
「そのぐらい知ってるわよ!」  
確かに何も知らないわけではない。  
けれどそれらの知識は断片的で、その上行動に移す勇気などない。  
そもそも押し倒してしまったこと自体、本意ではなく、ただただ口惜しくてのことだ。  
 
「ねぇ、そういう強がりやめちゃいなよ」  
「べ、別に、強がってなんかないわよ……」  
「また、そうやって強がる。……怖いんでしょ、本当は」  
「ち、違うわよ……」  
「じゃあさ、キスしてみてよ。そっちから」  
平山は言葉につまった後、ゆっくりと顔を近づけていく。  
体が震えている。  
あと、数センチ。  
何度も、目を閉じて唇を近づけようとするが、距離は一向に縮まらない。  
唇が震えている。  
「ほら、現にこんなに震えてる。認めなよ。恐怖を、不安を。  
 恐怖や不安ってのは、目をそらすより、見つめた方が小さくなる」  
アカギは平山の身体を抱き起こす。  
「こ、怖……っ、っく…………怖い……」  
ずっと目に溜まったままだった涙が一粒こぼれ落ちた。  
アカギは平山の涙を拭い、髪の毛を撫でてやる。  
「ここ座って」  
足を開いて、その間を指さす。  
平山はアカギに背を向ける形で縮こまってちょこんと座る。  
「そんなに硬くなるなって」  
後ろから抱きしめられて、平山は金魚のように口をぱくぱくさせる。  
背中から伝わってくる体温だとか、抱きしめられて初めて気づく体の大きさの違いだとかが、  
あまりに生々しくて頭の中が飽和する。  
 
アカギは平山の首筋に口付け吸い上げ舌を這わせる。  
「あっ……」  
声を抑える余裕などなく、平山は反射的に身をよじる。  
だが、抱きしめられているのでほとんど意味はない。  
アカギは平山の浴衣の衣紋をつかみ引き下ろし、背中を3分の1ほど露出させる。  
しみひとつない白くきめの細かい肌だ。  
平山は逃れようとするが、逃れられない。  
いつの間にか自分の足はアカギの足で絡めとられ固定されていたからだ。  
浴衣を少しずつ脱がせながら、雪原のような白い背中を、  
アカギは舌でなぞり、口付けていくつも赤い跡を残していく。  
新雪に足跡をつけたがる子どものようだ。  
その間に手は胸をまさぐる。  
平山の手には少し余るが、アカギの手にはちょうどよい大きさだった。  
掴むと柔らかく指が沈み込んでいく。  
「あっ……、はぁ………んっ……」  
平山の吐息に甘い声が混じる。  
身体に走る甘く痺れるような感覚に平山は戸惑うばかりだ。  
性的な快感を知らないわけではない。  
けれど今の感覚をそれだとは素直に認められない。  
「や……やめ、……て」  
「ここでやめてどうするの」  
アカギが指先で平山の内腿を撫でると、平山が押し殺したような声を漏らす。  
 
「だっ……だめっ……」  
「へぇ、ここがいいんだ……」  
「ち、違っ……あっ」  
アカギは平山の内腿をゆっくりと撫でる。  
「んっ………ん…………」  
平山は口元をを両手で押さえ声を抑える。  
「声、我慢しないでよ。……どうせ俺しか聞いてない」  
他ならぬアカギだからこそ聞かれたくないのに、と心の中で反論しながら、平山は声を抑え続ける。  
「強情だな……実力行使しかねぇか……」  
アカギは平山の浴衣の帯をしゅるしゅると解き始めた。  
「ちょっと、何すんのよ!」、、  
「その台詞、何回目?」  
両手首を掴まれたと思ったら、そこへ帯がぐるぐると巻かれていく。  
「そんなのどうでもいい! 何してんのよ!」  
「見て分からない?」  
「分かるに決まって…って、そういう意味じゃなくて」  
抗議しているうちに、平山の両手首は帯で縛り上げられてしまった。  
「もう! 一体、何してんのよ! なんで縛るのよ! この変態っ!」  
「なんでって、お前が声抑えるから」  
アカギは平山の柔らかな胸を掴むと、その頂を指の腹で撫でる。  
「……んんっ…………んふっ……」  
それでも平山は唇を噛んで声を抑える。  
「本当に強情だな……」  
アカギは次は自分の浴衣の帯を解いていく。  
「そんなに声出すのが嫌なら……」  
帯をぴんと張って、平山の口元に当てる。  
「……出せなくしてやろうか」  
「や、やめて……我慢したりしないから。そんな強姦みたいな真似。……嫌だ。怖い……」  
「ちょっとやりすぎた。悪い」  
「悪いと思うなら、最初からやらないでよ……こんなこと。……あと、手のこれ外してよ……」  
「素直ないい子にしてたら外してあげる。…………だから、綺麗な声聞かせて」  
最後の一言を耳元で甘く囁かれて、平山の身体はぴくりと震える。  
アカギの手がするすると下へ伸びる。へそを通って、下着まで。  
下着も脱がされてしまうのかと、平山は恥ずかしさにきゅっと目を瞑る。  
予想外に下着の上から割れ目をなぞられる。  
「はぁんっ………いやぁ……」  
下着は既にぐっしょり濡れて使い物にならない。  
自分が感じてしまっていることを再認識させられて恥ずかしいといったらない。  
陰核を引っ掻くように撫でられる。  
「っ、だめぇっ……、そこ……」  
「分かりやすい奴だな……ククク」  
「……ち、違っ………、やっ……だかぁ、ら、……だめぇっ……」  
同じところを責められ続けて、切羽詰まった声が上がる。  
「もぅ……、やめっ……てっ…」  
「じゃあ、直にしようか……」  
「なっ、なんでそうなるのよ!」  
「なら、このままがいいの? まぁ、脇から挿れればできなくもないけど……」  
「だから、なんでそうなるのよ! この変態っ!」  
「変態、変態って、どっちも原因はお前だろ? ……で、どっちがいいの?」  
「どっちって…………どっちも嫌よ……」  
「なら、どうして逃げなかったの?」  
アカギは耳元で囁く。  
「2回もチャンスあげたのに……」  
「そ、それは…… もう、そんなのどうでもいいからっ!」  
論理的な説明は得意なのに、それを論理的に説明することは平山には出来なかった。  
「……で、どっち?」  
「……濡れて気持ち悪いから……、脱がせて……」  
消え入りそうな声で平山は言う。  
下着を剥ぎ取られ、手首を縛る帯だけが残る。  
 
割れ目に沿って指を動かすと、くちゅくちゅと水音がする。  
「「んっ……ふ………、いやぁっ………、音、立て…なっ……いでぇ………」  
「無茶言うなよ。こんなに濡れてるのに」  
アカギはくすりと笑う。  
くちゅりくちゅりと入り口を弄ると、蜜が面白いようにあふれてくる。  
平山はうまく身体に力が入らない。  
「初めてだっていうのに、感じやすい身体だな」  
「そ、んなぁ……や、めっ……」  
陰核を軽くはじくと、びくりと平山の身体が震えた。  
包皮を剥きあげ、指の腹で転がす。  
「やんっ、……そん、なぁっ………あっ……だめぇっ…………」  
あふれてくる蜜を塗りつけ、幾度も撫でて転がす。  
「だめ、……っ、そ、こ………はぁっ……」  
快楽に戸惑う声は、なけなしの強気さすら消えて、本当に女らしくてうぶで可愛らしい。  
「……あぁあんっ……」  
一際大きく声を上げて達すると、体をアカギに預ける。  
達してしまったことが恥ずかしくて、顔を隠そうにも、手首を縛られて出来ないので、そのままうつむく。  
 
「ね、ねぇ、これ外してよ……」  
「じゃあ、手、出して」  
平山はアカギの方へおずおずと向き直り、縛られた両手を差し出す。  
手首を掴まれ、押し倒される。  
「ちょ、ちょっと……」  
平山は目を丸くしてアカギを見上げる。  
「もう少しの間、素直にしてて」  
蜜にまみれた秘裂に、アカギの猛ったそれが押し当てられる。  
平山はあまりに不安で、言葉が出てこない。  
「力抜いて」  
一気に奥まで貫かれる。  
「ううぅっ…………んっ……」  
痛み、熱、圧迫感……。すべて初めての感覚で戸惑うばかりだ。  
「どんな感じ? 痛いなら加減するから」  
「痛い……けど、多分、ゆっくりなら大丈夫……」  
アカギはゆっくりと腰を動かしていく。  
痛みは次第に薄れていき、ほとんど痛みを感じなくなってきた。  
それと反比例するように、身体の中がおかしな感じになってくる。  
むず痒いような疼くような感覚がする。  
「あ、あの……もう、ほとんど、痛くないから……」  
そう言ったが、動きの速さはゆっくりのままだ。  
激しい動きではなく、ゆるやかな動きを繰り返されているだけなのに、息があがってくる。  
身体が熱い。きゅうきゅうと身体の中を締め付けられるような感覚。  
……もどかしい。……物足りない。はっきりとそう感じ始めていた。  
けれど恥ずかしくてそんなことは言えない。  
「そんな気持ち、捨てちゃいなよ」  
アカギが平山の心中を覗いたかのような言葉を発する。  
悪魔の囁きだ。  
「……も……っ……もっと……」  
平山がアカギの目を見つめて言う。頬は赤く染まり、瞳は潤んでいる。  
「最初から素直になってればいいのに……」  
アカギはニヤリと笑い、動きを速めていく。  
「あぁ……はぁ……っ…………もうっ……だめぇっ……」  
身体をびくりとはねさせて、平山は達してしまった。  
その余韻の中で身体の中に熱い奔流を感じる。  
 
「素直にしてたから、外してあげる」  
平山の手首に巻きつけられていた帯が解かれる。  
「結局、最後まで外してくれなかったじゃない。嘘つき。鬼。悪魔」  
「ちゃんと今外したんだから、別に嘘はついてないと思うけど」  
「そんなの屁理屈よ!」  
「そう……。なら、もう一回する?」  
「はぁ!? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」  
「もう一回すれば、お望みどおり、途中で外したことになる」  
「うぅ…………。ってかもう賭けのことは終わりでしょ? ……もう、処女じゃないし」  
最後の一言は恥ずかしそうな小さな声だった。  
「賭けの約束は『お前の処女』じゃなくて『お前との一晩』だぜ」  
平山は言われるまでそのことを忘れていた。  
こんな記憶違いは初めての経験だ。  
こんなことになるなら変な見栄を張るんじゃなかったと後悔する。  
「ま、まさか、文字通り一晩中なんて言わないわよね?」  
「そうしようか」  
「う、嘘でしょ!? あの時、嘘ついたのは謝るから許して……」  
「じゃあ、ギャンブルをしようか」  
「私が勝ったら、これで正真正銘終わりよ」  
「ああ。これから先、俺とお前が会うことがあったら俺の勝ち。  
 そのときは文字通り一晩中相手してもらう。  
 会わなかったら、お前の勝ち。どうだ?」  
「ひとつ付け加えさせて。アンタは私がこの組で代打ちをしてることを知ってる。  
 アンタから会おうと思えば会いに来られる。それじゃ賭けが成立しない」  
「確かにそうだな。俺から会いに行った場合はお前の勝ち扱いでいいよ」  
 
「それでいいわ。アンタとなんか二度と会いたくないし、会うこともないでしょうけど」  
「それはどうだろうな。意外とどこかで出会うかもしれないぜ……ククク」  
 
了  
 

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