「騙されたっ…!」
狭い室内にピンク色の照明、花柄の壁紙、圧倒的存在感を放つゴテゴテしたダブルベッド。
カイジは入り口で立ち尽くしたまま、思わず声を上げていた。
「ひどいな、騙してなんか…」
入り口のドアを閉めながら西尾が苦笑する。
「レストランか居酒屋じゃなかったのかよっ…!」
「食べる店とは一言も言ってないでしょ…?」
回想。
公園を出た後、「お腹がすいた」という話題になったはずだった。
その後、西尾が「行ってみたい店がある」「女性に人気の隠れ家的な、装飾のお洒落な内装のお店」
という言葉によりそこへ向かったのであった。
実際外側から見たイメージでは、裏通りにある、蔦の絡まるレンガの建物で、
雰囲気重視の創作居酒屋に見えないことも無かった。
店の名前も、ラブホにありがちなシモネタっぽい名前ではなかったため、気がつかなかったのである。
「女性に人気」というの自体は、嘘じゃないのかもしれないが…
「う…嘘は言ってないもんっ…」
「けど、意図的にどういう目的の店か言わなかったんだろ…!」
「……こんなとこ連れて来て、怒った…?」
「……………」
「…ごめんなさい…」
西尾がしゅんと下を向くのを見て、カイジは黙り込んだ。
気がつかずにここまでやってくるオレもオレだっ…!
よく考えてみればおかしいことだらけだった。すりガラスの受付とか、先払いとか、個室とか。
というか何で気がつかなかったんだ。平和ボケにも程がある。
西尾がうつむいたまま小さくなっているのを見て、それ以上責める気にもなれず、
ため息をついてとりあえずベッドに腰掛けた。他に座る場所がないのだ。
「そっち…座っていい…?」
蚊の鳴くような声で西尾が言うので、黙ってコク…とうなずいた。
「…あのね、そんな気にならなかったら、断ってくれていいんだけどって、切り出そうと思ってたんだけど、
言い出せなくて…」
「……………」
「…やっぱ、無理だよね…」
「……………」
返事をしてくれないので、西尾は泣きそうになった。
「うう……ごめんなさい……。帰ろうか……」
「…西尾さん」
「……はい」
「やっぱ、こういうことはちゃんと言っといたほうがいいよな…」
「ああっ、言わないで!言わないでいいからっ…!だいたいわかるからっ…!
今言われたら立ち直れないからっ…!」
西尾は慌ててカイジの言葉を制した。
「……少なくとも、アンタの期待には答えられないっ…!」
「……うん」
「…悪い…!」
「……ううん……」
しばらくの間、二人して黙り込んだ。いたたまれなくなり、カイジは口を開いた。
「……嫌いだとか、そういうんじゃ……。ただ、オレに甲斐性がないからっ…。
だからこそ、半端なことできないっていうか…しちゃいけないっていうか…」
「けっこう堅いんだね」
「……いや…そういうわけじゃあ…」
「でも、疎ましく思われてなかったのなら、ホッとした…少し…」
カイジはちらっと隣の西尾を見る。
西尾がさっきまで半泣きだった顔でこちらを見るので、眉を八の字にして俯いた。
(くそっ…どうすりゃいいんだっ…!)
「…ホントはね、そこまでしたいって訳でもないの、私も」
「…はあ…?」
こんなとこまで連れてきといて何を…と西尾のほうを見たら、
膝の上に乗せた手をもう片方の手がきつく握りしめ、時折震えているのに気がついた。
「でも、何か…。好きすぎて暴走しちゃうというか…。
自分でもびっくりするくらい大胆な行動に出ちゃうというか…。
後で思い返すとすっごく恥ずかしいんだけど…。」
聞いてる方が恥ずかしくなり、カイジは背を丸くして再び俯いた。
「あの…もう絶対こんなこと言わないからっ…」
西尾が切り出した。
「その…退出の時間になるまで…ベッドで横になって…抱きつかせてくれない…?変なことしないから…!」
「は……?」
「お願い…!一生のお願いっ…!」
二人はベッドの上で横になって抱き合った。
結局西尾に押し切られてしまった。
西尾の必死な顔を見てると、そうそう無下につっぱね続けるわけにもいかない。
「はあ…あったかい…」
カイジの胸に顔をうずめながら、西尾は満足げに言った。
カイジの方は落ち着かない。内心そわ…そわ…としながらも、ある意味諦観の境地にあった。
(まあ…いいか…このくらい……)
「ごめんね…」
西尾が小声で囁くように言った。
「謝らなくていい…」
「うん…」
西尾の返事があまりに小さくか細いので、思わず抱き合った姿勢のまま、
西尾の肩の辺りを軽くポン…ポン…とたたいた。
しばらくの間、赤子をあやすようにそうしていた。
ぺたんこ…ぺたんこ…
カイジの背中に回された西尾の手が、ゆっくりと背中じゅうをまさぐる。
くすぐったい。
「はあっ…」
西尾はひとつ大きい息をつき、ますます体を密着させてきた。
(……ううっ…なんか…まずい…まずい流れ…!)
カイジは内心焦り始めた。体の中心に熱が集まってきつつある。
西尾の肩に置いていた手を肩から離すと、さっきまで背中をまさぐっていた西尾の手がカイジの手をキャッチする。
そのまま、あろうことかその手を自分の胸に押し付けた。
(うっ…!)
不意打ち…!為す術もなく固まる…!
西尾の胸は思っていたより少し小さかった。手の平に収めると少し余裕があるくらいの大きさである。
反射的に指に力が入り、胸を掴んでしまう。
「んっ…痛…」
「あ、ああっ…悪い…」
手をどけようとしたが、西尾はカイジの手首を離そうとしない。
外側から内側に向かって手首を掴まれているため、腕を動かせないのだ。
「んん…」
手が僅かに動く振動も敏感に捉え、小さな喘ぎ声を上げる。
西尾は薄い地の服を着ていたので、ブラジャーの形が手の平の感触でわかる。
ブラに少し浮きがあり、隙間があるのが指の感覚でわかる。
「………………」
布越しに、恐る恐るブラの上部分の隙間に指を差し入れる。
少し堅くなり始めた突起が指の先にあたる。
その突起を指先でつつくと、弾くたびに西尾の体が僅かにぴくっと震える。
「…あ、あ…」
荒くなった呼吸の合間に途切れがちに声が上がる。
カイジはいつしか無心で指先を動かすことに専念していた。
その時…!突然、空気を切り裂くような電子音…!
RRRRR RRRRR RRRRR…
反射的にガバッと身を起こし、ベッドサイドにある電話に目をやった。
「…は、はいっ…!」
慌てて電話に出ると、フロントから『ご休憩』終了のお知らせ。
「……もう時間だってさ…」
ベッドで寝ている西尾に声をかける。西尾は頬を紅潮させ、とろんとした目のまま小さく返事をした。
帰り道、二人はほとんど無言だった。
西尾はカイジの腕に手を回し、もたれかかるようにして歩いた。
歩く足どりもおぼつかない。まだどこかぼんやりしているらしい。
横断歩道で信号が変わるのを待ちながら、カイジは西尾に話しかけた。
「大丈夫…?」
「うん…」
「………」
「………」
沈黙。カイジはまた信号機のほうに目をやった。
信号が赤から青に変わる。
「…気持ちよかったよ」
「っ……………!」
西尾の小さな呟きに、顔を赤くするカイジであった。