カイジVSバニー(前編)  
 
 
今、カイジには流れがある…!  
どこどこまでもツく、そんな流れの中にある…!  …はずだった。  
現実は非情である。  
 
「ぐっ…!ぐっ…!」  
カイジは大勢のカジノ客に見守られる中、床の上でジタ…ジタ… していた。  
ワインまみれで。  
 
 
 
時は1996年、秋。  
希望の船を降り、絶望の城を生き延びたカイジだが、手の中に残るは未来ではなく、借金…!  
一円も払わず逃亡したから、法外な利子のオマケがついて今どんな額になっているか想像もしたくない。  
 
だが、カイジはただ逃げているわけじゃあなかった。各地を放浪しながらも、求めるはギャンブル…!  
今日も、スズメの涙ほどの元手からパチスロに挑み、連勝…!  
一気に100万ほどの金を得る。  
だが、ここで満足はしない。元々、パチスロのためにこのカジノに来たわけではなかった。  
ここでは他に一風変わったギャンブルをやっている、というのを風の噂で聞きつけてやってきたのだ。  
 
うまくいけばこの金を…数百万…!いや、数千万…!  
そうすれば脱出できる… この逃亡生活からっ…!  
 
さて、そのギャンブルというのはあまりに珍しいギャンブル。  
サーカスでピエロがやるような、玉乗りである。  
客の一名、挑戦者と、そのカジノの看板娘、バニーちゃんとが舞台の上で一騎うち。  
そして、他の客はどちらが勝つかを賭けるのである。  
 
どちらが勝つかを賭ける側、観客側は、カジノに一勝負ごとに500円の券を買い、参加料の2割はカジノの利益。  
残りを、どちらが勝つか当てたほうの観客側が、人数分頭割りするのである。  
カジノにとって相当うま味のある話である。  
客にとっては勝っても赤字になることがよくある。…だが、このギャンブルは人気があった。  
 
挑戦者と、カジノの看板娘バニーちゃんとでは玉乗りの経験差で圧倒的にバニーちゃん有利。  
だから、大多数の者がバニーちゃんに賭ける。当然配当は低い。  
だが、いつもバニーちゃんが勝つとは限らなかった。時折バニーちゃんは負けてくれるのである。  
そんなとき挑戦者に大穴狙いで張ったものは相応の大金が一度で転がり込む。  
カジノとの駆け引きもあって、なかなか面白いギャンブルであった。  
 
ただ、実際はギャンブルとしてより、「バニーちゃんの玉乗り」そのものに人気があるのだった。  
だから観客も多少負けても、大した金額を勝てなくても、エンターテイメントとして見ているのであった。  
 
 
その「玉乗り」の演目が始まる数分前。  
ざわ…ざわ…とざわめく会場の中に、カイジはいた。  
他の客が談笑し、スケベな笑みを浮かべる中、カイジは一人真剣な面持ちでまだ光の当たらぬ舞台を見据えていた。  
 
ふっと会場内の電気が消え、辺りは暗くなる。ざわめいていた会場内が少し静かになる。  
それは、唐突に始まった。  
 
「はぁ〜〜〜いっ!」  
急に舞台の照明がつき、マイクを通した女の甲高い声が響き渡る。  
「みなさまっ、お待たせしました!バニーちゃんの玉乗りの時間だよっ…!今夜も楽しんでいってねっ!」  
 
舞台の真ん中でスポットライトを浴び、バニーちゃんが登場する。  
観客の中からオオオ…!という歓声が上がる。横にいた奴がいきなり吼えたのでカイジはびっくりした。  
(なんだこの空気っ…まるでアイドルかなんかのおっかけみたいだな…)  
 
「ではでは、さっそく今日の私のお相手を決めたいと思いま〜っす♪」  
長いウェーブの髪を揺らしながら、バニーちゃんは元気よく叫ぶ。  
「参加したい人っ…!手を上げて〜…!」  
 
大勢の手が上がりそうなもんだが、これが意外と少ない。  
なぜなら、舞台に上がり、バニーちゃんと戦うのもギャンブル。賭け金の最低ラインは10万。  
一勝負につき500円の券に比べれば相当な賭け金である。  
その上相手は毎日のように玉乗りをこなしているバニーちゃん。  
 
…だが、勝てば張った額と同じ額をカジノから受け取ることができる。つまり10万張って、勝ったら10万もらえる。  
観客側だと、バニーちゃんの券を買っていた場合、当てても得られるのは数百円。これは大きい。  
だが、よっぽど平衡感覚に自信がない限り、勝つのは難しい。  
それに、バニーちゃんがたまに負けてあげるのはカジノの都合である。たまに負けないとさすがにこのギャンブルは成り立たない。  
カジノの都合、つまり八百長。挑戦者がいないときはサクラさえ紛れ込んでいる。  
だが、観客はそれも暗黙の了解というか、織り込み済みで楽しんでいるのだ。  
玉乗りをするときには、ワイングラスを並べたお盆を両手に持ち、直径が足のひざの位置まであるような大きい玉の上でする。  
けっこう、というか相当難しい。  
たいがい挑戦者が負けるのだが、たまにバニーちゃんが負ける。  
派手に転び、頭からワインを浴びてびしょぬれになったバニーちゃんが、「もぅ…最悪ぅ…!」とムクれて見せるのはとってもエロい。  
彼らはそれが見たくて…見たくって…こうして観客となってせまい会場にひしめいているのだった。  
 
最初の挑戦者が決まり、カジノ側に10万を渡して舞台に立つ。  
挑戦者とバニーちゃん、双方両手にワイングラスをたくさん載せた盆を持ち、玉乗りの玉に上がるための脚立に昇る。  
玉の上に両者が立ち、脚立と玉を支える固定具を取り外される。その直後、軽快な音楽とともに、スタート!  
観客から思い思いに応援の声がかかる。  
「いけっ、ふんばれ…!」「バニーちゃん、頑張れ…!」「わっしょい、わっしょい…!」  
 
「あわっ、あわわわ…」これは挑戦者の声。数秒でもうフラフラしている。  
「やっ…ちょっと…!んっ…!」これはバニーちゃんの声。  
 
「うわあっ…!」  
一分ももたず、挑戦者は玉から転がり落ちてしまった。哀れ挑戦者に降り注ぐワイングラス。赤い雨。  
「やった、勝ったぁ!」  
ハイヒールにもかかわらず抜群のバランス感覚で、バニーちゃんは玉からすとんと飛び降り、喜んで見せた。  
床の上にへばった挑戦者は力なく、しかしどこか幸せそうであった。…こういう楽しみ方をする者も、中にはいる。  
 
カイジはその様子を真剣に見つめていた。バニーちゃんの豊かなボディライン…ではなく、  
玉乗りをしているバニーちゃんの足と、乗っている玉。  
 
(バニー側の玉の底に重りを仕込んでるな…そりゃあ安定もするさ。  
ただ、よろける演技もしなきゃならないから、まるっきり安定しているわけじゃない。  
挑戦者の玉のほうには、何か不利になるような仕掛けがあるかと思ったけど…こうして見たところ、ないみたいだ。  
なら勝機はあるか…?)  
 
カイジがこの場にいるのは、挑戦するため。観客として小銭を得るためではない。  
だが、しばらくは「見」に回る。  
 
その後、3回の勝負を見ながら、挑戦者を観察していたカイジは、多少コツらしきものをつかむ。  
要はできるだけ動かないようにすればいいのだ。動けば動くほど重心がブレて倒れやすくなる。  
…当たり前の話だが。その「動かないようにする」足の置き方を工夫する挑戦者も中にはいて、  
今玉乗りをしている挑戦者がそうであった。カイジはそれをしっかりと観察した。  
 
「…あっ、わっ、嘘、駄目ダメダメえっ…!」  
バニーが派手に転ぶ。飛散するワインのしずく。  
 
「…んもうっ、最悪ぅ〜…!」  
全身ワインまみれになったバニーちゃんが体をそらせる。ヒューヒューとはやし立てる声。  
それに思わず見とれた挑戦者までも、集中を欠いたおかげで派手にすっ転ぶ。  
「あっ、転んだ!両方とも転ぶのは引き分けよっ…!」  
バニーちゃんが愉快そうに笑い、挑戦者は悔しそうにがっくりとうなだれた。  
 
「…はぁ〜〜〜い!次に挑戦したいヒトは誰かなっ?  
体べちょべちょになっちゃったし、もう今日はこれで最後にしよおかなっ…」  
 
数人の手が上がった。バニーちゃんは適当に前のほうにいた観客の一人を指名しようとし…  
 
「100万だっ…!」  
 
観客の真ん中から大きな声が上がった。  
「100万賭けるっ…!」  
カイジは出来る限りの大声で叫んだ。今が機だっ…!絶好の機…!  
 
バニーちゃんは目を丸くし、ふっと舞台袖を見る。いつもの挑戦者はたいてい10万。その十倍を賭けようというのだ。  
舞台袖からは「受けてやれ」の合図。バニーちゃんはそれに頷く代わりに瞬きの合図で返した。  
「オッケイ、じゃああなたに決めた!」  
 
舞台に上がると、スポットライトがやたらまぶしい。  
「100万なんてすごいねっ…!お兄さん、自信の程は?」  
バニーちゃんがこちらに笑顔を振りまきながらマイクを差し出してくる。  
「…それなりに」  
カイジは無愛想に答える。思っていた以上に居心地が悪い。  
ただ、観客席が暗くてよく見えないので、大勢の視線はそんなに気にならなかった。  
 
ワインに塗れた玉が綺麗に拭かれ、脚立と固定具とともにカイジの前に用意された。  
脚立を上がる前にワイングラスがぎっしり並べられたお盆を両手に持たされる。  
左手に盆が載せられるとき、カイジは僅かに眉をひそめた。  
カイジの両手には今手袋がはまっている。左手の指は、数ヶ月前「絶望の城」で落とされた。  
今は手術でくっついてはいるものの、まだうまく動かせない。無理に動かすと、まだ痛みもある。  
 
舞台に上がる直前、手袋を嵌めていることについてカジノの店員に聞かれた。  
店員は、手に何か仕掛けを隠してあるのでがないかと疑ったからだ。  
カイジは手袋を外し、巻かれていた包帯も一部外して見せた。怪我の保護のために手袋を嵌めていると。  
店員はそれで納得し、手袋を許可した。  
 
手袋自体は追求されず、手袋の内側に磁石を貼り付けてあることにも気づかれなかった。  
ワイングラスの載った盆は金属製の盆に載っている。これが磁石で固定できるのとできないのでは天地の差…!  
 
問題は玉の方。空気で膨れた風船。これはなんとかふんばるしかない。  
ゆっくりと片足を伸ばし、風船の重心をさぐりながら足に体重をかけていく。  
 
準備ができたところで、玉の固定具が外されていく。軽快な音楽が鳴り響く。  
始まったっ…!  
 
「きゃっ…!わっ!うわわっ…!」  
バニーの高い声が真横で聞こえる。観客のためによろける演技をやっているのだろう。  
カイジのほうは、黙ったまま、両手にワイングラスの盆を支え、少し膝を落とした姿勢を崩さない。  
両足をただ横に広げるのではなく、右足を少し前に出し、左足を後ろにずらして踏ん張っていた。  
こうすれば左右の揺れはない。前後の揺れだけに気をつけていればいい。  
 
こんなの…!「あの時」に比べればどうってことねえっ…!  
形状も高さもずいぶん違うが、足場の悪いところで体を安定させるという部分では同じだ。  
命懸けで細い鉄骨を渡らされた…あのときと。  
体の重心を意識して動かない…あとは、いつまで集中し続けていられるか…  
 
ざわ…ざわ…  
会場の空気が変わる。5分たっても勝負がつかないことなんて珍しい。  
「あの挑戦者、スゲエな…」  
「オレ、今回挑戦者のほうに賭けてみたんだ。こりゃあひょっとするとひょっとするぜ」  
少しずつ歓声が大きくなっていく。囃す者、からかう者。応援する者。  
 
「おいっ、とっとと落ちろ…!」「いいぞー!」「頑張れ兄さん!」  
 
カイジは会場の空気が少しずつ変わっていくのを感じながら、内心ほくそ笑んだ。  
(いいぞ…この流れなら…!)  
 
もう玉乗りを始めてから7分…バニーは演技をやめて玉乗りに集中している。  
カイジと違い、今日はもう何度も玉乗りをしているのだ、疲労が足に来る。  
まして、ハンデ(玉の中に重りを入れ安定させる)があるといっても、ハイヒールでの玉乗りはいくら慣れているとは言えきつい。  
それに、今まで5分以上玉に載っていられた挑戦者者はほとんどいない。  
そこまで長丁場にならずとも勝ってこれたのだ。今までは。  
 
(もういいかなぁ…?100負けても、今日のノルマ分から見たらなんとかプラスだし…)  
そう思い、舞台袖に目線を送る。舞台袖も、少し迷った風を見せたあと合図を送った。  
 
とたんに「きゃっ!うわあっ…!」と言いながら派手に転ぶバニー。またも降り注ぐワインのシャワー。  
「ああっ…もう、今日は二回も負けちゃうなんて最悪ぅ…!」  
お決まりのセリフを口にしなだら観客にアピールする。二度目のサービスに喜ぶ観客。  
 
「あなた、すごいわねっ…!サーカスに入れちゃうんじゃない?  
すごくいい勝負ができたわっ…!ありがとう…!」  
 
と、まだ玉の上に立って動かないカイジに向かってマイクを向ける。  
バニーは、飛び降りるタイミングを見計らっているのだと思っていた。ここで転んだら引き分けになってしまう。  
 
「…まだだっ…」  
カイジは玉の上で、低くつぶやいた。  
 
「…え?」  
「今戻ってきた100万と…、勝った100万…、200万を賭けてもう一勝負…!  
倍プッシュ…!」  
 
そのとき、会場が沸きあがった。  
「おお、なんだかわかんねぇがすげえぞ、これ…!」  
「今までになかった展開だなっ…!」  
 
バニー、困惑…!  
「ええぇ?で、でももうちょっと疲れちゃったっていうか…」  
「そう言わずに、もう一勝負…!」  
 
会場もさらに盛り上がりを見せる。  
観客にとって普段のバニーの圧勝…お決まりのパターンは…少し飽きてきていたのかもしれない。  
「バニーちゃん!リベンジしてやれ!」「そうだっ…次こそそいつの鼻明かしてやれっ…!」  
 
…さすがにカジノ側も幕を引くわけに行かず、あえて祭りの様相を呈してきた会場をあおるようにとバニーに支持する。  
しかし、バニーには不安があった。  
ここで、多少強引にでも終わっておかなければいけないんじゃないかという予感が…。  
 
 
カイジは玉に載ったまま、バニーは脚立に昇り、玉に乗り直して、再戦開始…!  
そして、5分が過ぎた。相変わらず、ほんの少し揺れる以外は、カイジに動く気配なし…!  
足のポジションが、思いのほか上手く安定していたのである。  
あとは体力勝負…!カイジの額には脂汗が浮かんできた。  
カイジはスターサイドホテルでの経験を思い出していた。足の下は…地面は74メートル先…!  
落ちたら…体の安定を失ったら… 死ぬっ…!!  
 
一人がまん大会をやっているカイジの横で、バニーは戸惑っていた。  
玉乗り自体は毎日やっていることなので、疲れはしても別段どうってことない。ただ、これ以上長引くと辛い。  
ふと舞台袖に目をやると、舞台袖からはある暗号での合図。  
バニーは瞬きで頷くと、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。  
 
カイジの体に、下からいきなり振動が来た。  
(うおっ…!?)  
 
舞台の真下から、店員の一人が太い棒でつついているのだ。  
カイジの玉乗りをやっている場所、その真下の一部分だけ床が薄くできている。  
そこをつっつけば、玉を通して体に振動が来る。  
軽快な音楽のおかげで、床をつつく音は会場までには聞こえない。  
 
 
「う、うわっ、うわっ…!」  
カイジは慌ててブレた体を元に戻そうとする。慌てるほど体は揺れ、重心からずれていく。  
さっきまでの挑戦者のように、体が揺れるたびに悲鳴をあげてしまう。  
 
(フフフ、いい気味っ…!早くすっ転んじゃってねっ…!)  
カイジの慌てぶりにあわせるように、バニーも、演技の悲鳴を上げ始めた。  
「うわっ、ああっ、きゃあっ!」  
 
しかし、カイジ、転ばない…!惜しいところで転ばない…!てこでも転ばない…!  
カイジが電流鉄骨渡りで生き残った理由は、常人離れした平衡感覚のおかげのような気がする。アニメ見てると。  
 
(大きく戻しちゃ駄目だっ…!振り子の要領で…少しずつ…少しずつ戻すんだっ…!)  
なんだかんだで元のポジションに戻っちゃったカイジ。  
下から一生懸命つつくも、玉を大きく動かすには至らず。床の下の人涙目。  
 
(ちょっと…アイツなんで転ばないのよっ…!)  
バニーは愕然として演技も忘れてしまう。  
 
その頃カイジも何故か涙目になっていた。イメージは、50億人の孤独あたりにまで移行していた。  
(人間が希望そのものっ…!)  
もうなんだか負ける気がしない。  
 
(もうやだっ…疲れた…こんなの玉乗りじゃないよっ…!)  
ふ、とバニーが気を緩めたそのとき、足がポジションからずるっと滑った。  
 
「はぁ…もう限界…」  
床に座り込んだバニーがため息をつく。  
(もう一勝負、なんて言い出さないでよね…!もう動けないの、わかるでしょ…!)  
 
「もう一勝負…!」  
声が響き、バニーの肩がびくっと震える。  
 
「今こっちが得た400万をサシ馬に乗せて、もうひと勝負…!」  
「ば、バカ言わないでよっ…!もうつきあってらんないよ!」  
バニーが大声で言い返す。  
 
「堅いこと言わず…次で最後にするからっ…!頼むっ…!」  
「駄々こねたって駄目っ…!」  
「そこまで勝っとかないと、借金がなくならねえんだっ…!」  
「知るかっ…!そんなのっ…!」  
 
ざわ…ざわ…  観客がざわめきだす。  
「すげえ…すげえよあの人…!」「次勝ったら800万…!?」  
おおおおおおっ、と会場が盛り上がる。  
 
「さっきよろけてたし、いいとこまで追い詰めてんじゃね?再戦するんじゃね?」  
「何言ってんだよ、これ以上はバニーちゃんがかわいそうだろ…!」  
「どうするんだ?受けるのか?受けないのか?この挑戦…!」  
「クク…だが関係ねえな、オレには…!」  
 
色々な言葉が交差する中、結局、カジノ側の結論は再戦…!  
400万をサシ馬に載せてもう一勝負…!最後の大勝負…!  
再戦開始直前に売られる券、ここへ来て挑戦者の券の購入がバニーの券を上回ったっ…!  
 
三度バニーの元に脚立が運ばれる。脚立を運んで来たのはカジノのオーナー直属の上司。  
そっとバニーに何事か耳打ちし、舞台袖に下がる。バニーの顔は蒼白になっていた。  
カイジは見てしまった、バニーのその顔を。  
 
 
バニーにはもう、演技をやる余裕など全く残っていなかった。  
いつの間にか引きずり込まれていた…カイジのギャンブルに…!  
 
バニーは経験から体得していた足のポジションを崩さないよう、体を揺らさないよう集中していた。  
結果、どちらも物言わず動かない、静かな勝負。  
会場もいつの間にか静まり返っていた。いつもと違う、異様な雰囲気…  
普段の楽しげな空気は奪い去られていた…!  
 
(何で…なんでよ…!楽しくやってたのに…うまくいってたのに…コイツのせいでぶち壊し…!)  
バニーは必死に足元に集中していた。  
この勝負に負けたら、800万の借金を自分が背負わなければならない。  
気を抜いたら一瞬で地獄…!  
 
 
その頃、床下で頑張っていた店員Aが、タバコをふかしていた。  
(どーしたもんかなーこれ…)  
あんだけつついて倒れる音がしないなんてどうかしてる。  
(最後に一回だけやっとくか…)  
どうせ無理だろうけど、最後に渾身の一撃。ちょっと音が大きくても今の会場の喧騒じゃ大丈夫だろ。  
くらえ…名もないオレの一撃…圧倒的一撃…!!  
 
ガ二ッ…!  
 
ドニッ…!  
 
(ん?あれ?今頭上で音がしなかった…?)  
 
 
 
カイジは顔から床にダイブしていた。  
みるみる広がる赤い水溜り…血ではなく、ただのワインである。  
 
あっけない最後に会場全体が静まり返った。  
バニーは慌てて玉から飛び降りる。少々よろけたが、なんとか倒れずにすんだ。  
つまり…  
 
「わ…私の勝ちっ…!」  
静まり返った会場は、バニーのガッツポーズとともに大きく沸き立った。  
 
カイジが倒れた理由…  
それは、察してしまったこと。  
自分が勝ってしまえば、このバニーがきっと借金を背負わされる…!  
 
鉄骨渡りのイメージによって異様に集中していたカイジは、それに気がついて揺れた…!心が…!  
このカジノは多くの人間から搾取しているから、その中で数百万勝っても別にかまわないだろう、なんて思っていた。  
その一端を担っているバニーと戦っても、大したダメージじゃないと。  
でも、気づいてしまった。バニーもまた、使い捨てられるコマの一つに過ぎないのだと。  
使い捨てられる。誰かの養分…!  
その上、今の自分と同じ境遇に落とすところなのだ。このオレが…!  
 
一方で、自分をこう叱咤する声が聞える。  
何甘いこと言ってやがるっ…!  
この世は落とすか落とされるか、落とさなきゃ自分が落ちるんだ…!  
 
カイジの中に生まれた葛藤…!  
そうやってできた心の隙…そのとき、不意に大きな衝撃が床から伝わる…!  
 
ドニッ…!  
 
こうして集中力が途切れたカイジはあっけなく顔から床にダイブする羽目になったのだ。  
 
「ぐっ…!ぐっ…」 ジタ…ジタ…  
敗因は甘さ…!非情になりきれなかった己の甘さ…!またも取りこぼしてしまった…勝利を…!大金を…!  
猛省…!  
 
 
カイジはヨロヨロと会場の外に出る。  
パチスロで奇跡のような連勝をし、100万まで積み上げた金を元手に400万を賭けるまでに至った。  
それが今はゼロ…。全くの素寒貧…。  
天国から一気に地獄…!ぐっ…涙が出るっ…!  
 
頭からかぶった酒のせいで体中がべたべたする。  
この寒い中、公園で水浴びするのか……寒い…本当に…いろんな意味で…!  
 
不意に後ろから袖が引っ張られる。  
「?」  
驚いて振り返ると、そこにいたのはバニー。  
「シッ」  
人差し指を口にあて、カイジの腕をつかんだまま会場の脇へ移動する。  
路地裏を進んでいくと、カジノの裏手に小さな離れがあった。  
入れ、とバニーが仕草で促すので恐る恐る部屋の中に入る。中はワンルームマンションのような簡素な作りの部屋だった。  
扉を閉めて、バニーが口を開く。  
 
「お風呂入りたくない?」  
「はあ…?」  
「ワインまみれで気持ち悪くないの?」  
「…そりゃ、まあ…」  
「服も洗ったげる」  
「………なんで?」  
「服も気持ち悪くない?」  
「いや、そうじゃなくて、その…」  
 
なんで親切にしてくれるのか全く心当たりがない。わからない。理解不能…!  
罠かも知れない。さっきの仕返しにいじわるされるのかも知れない。そうに決まってる。  
 
「あー気持ち悪い」  
バニーはそう言うと、いきなり目の前でバニーの衣装を脱ぎ始めた。  
前置きなく目に飛び込んでくる上半身裸の姿。  
「う、うわああっ!」  
カイジは慌てて背中を向ける。  
「なに?さっきの舞台では目ギラギラさせてたくせに、今は別人みたいだね」  
バニーは特に気にする風でもなく後ろでごそごそしている。  
ちょっとは気にしろっ…!  
 
「先入っていいよ、お風呂、その目の前のドア開けて」  
「……はあ…」  
「心配しなくても覗かないから」  
後ろでクスクス笑うのが聞える。何で自分が覗かれるほうなのか?わからん…全く意味不明…!  
 
とりあえずシャワーを浴びられるのは有難かった。  
察するに、このワンルームはバニーの控え室か何かなのだろう。  
簡易ベッドと、開きかけのクローゼットからきわどい衣装が色々見え隠れしていた。  
それにしても何でこんなに親切なのか。まあいいや…あとで直接聞こ…  
 
風呂場から出てきたら脱衣所にバスタオルが置いてあった。有難く使う。  
……服がない。そういや洗ってあげるといわれたのだった。  
………今どうしよう。とりあえずバスタオルを腰に巻く。風呂場をバニーが使えるように交代しなければ。  
…………向こうは全裸じゃないか…?  
 
ああ、考えてもしょうがない、向こうが恥ずかしがってないんだから別にもういいんじゃないだろうか。  
そう思いながらもこわごわドアを開ける。室内にバニーがいない。  
とりあえず脱衣所から抜け出し、部屋の中に戻る。しかし落ち着かない。  
しばらくそわ…そわ…とうろついていたが、こうしていても仕方ないので部屋の隅っこに座る。  
ガチャ、と外に通じるほうのドアが開き、バニーが戻ってきた。  
外に行っていたのでさすがに裸ではなく、ラフな部屋着を着ていた。ホッとする。  
「あの…」  
「あなたの服、洗濯機に入れてきたよ」  
「ああ…ありがとう…」  
「………」  
バニーがやたらこっちをじろじろ見てくるのが気になる。  
「……何?」  
「その肩の…」  
「………………」  
「なんでもない、お風呂入るね」  
そう言ってバニーは風呂場のドアを閉めた。  
 
前編 おわり  
 

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