藤沢組の代打ち浦部は、川田組の代打ちアカギと高レートの麻雀で勝負しアカギを死に体に追い詰めていた。
しかし、川田組の若頭が「本物のアカギを出す」と息巻いて、料亭の中をバタバタと走り回る。
それを受け入れた藤沢組。浦部も思いもよらぬ休憩に、料亭の電話に向って歩いた。
すると…様子の良い仲居が居る。
後ろ姿だが…あんな腰、臀部のラインは、まず見た事がない。
(はぁ、こりゃ大したもんや)
そんな彼女が振り向く。
(あちゃ〜、なんちゅう顔や)
目は可愛いが、口元は浦部と似たインパクト。
(わいも人の事は言われん顔やが、はぁ、御見逸れしましたわ。……せやけど!)
暗い中で抱き合う分には、問題ない。
剛腕、同時に捨て身。これが浦部の色事。
薄い障子で仕切られた部屋の中に、今、浦部と仲居が居る。その部屋に近付く二人の男。
「どうしたら打つんだアカギ。3200万掛かってる。お前の力が必要だ」
苛々と話す川田組若頭の石川と、悠然と廊下を歩むアカギの二人だった。
「そうですね…」
と言い掛けるアカギが歩みを止めた。そして障子に向かって話しかける。
「あんた浦部さんか?…」
「誰や?」
「赤木。…あんた、こんなところで女か…」
「元はお前のせいやないか。なんやワレ」
「ククク…そうだな」
落ち着いて話すアカギだったが、彼の中で何かがフッと切れようだった。
もっと切れたのは石川。
「女だとぉ…浦部の野郎」
「石川さん。良いですよ俺…打っても」
「本当か」
「その代わり…」
「おい、浦部」
石川が気分悪そうに話かける。
「なんでしょう。再開ですか? その本物のアカギさんと」
「いや、その…あれだ」
石川が二の句に詰まっている時、アカギが口を開いた。
「違う…そこに女が居るだろ……もっと良いのが居たら…?」
「はぁ?」
「今居るその女…あんたは本当に良いと思ってるか?…」
「思っとるわ! 散れ!」
浦部の決意と潔さ。そして自分を選んでくれた事に、仲居は少しときめいた。
「こっちは本当に良いぜ。…あんたのそばに居る女を見たわけじゃないが…
こっちが用意したのに、自信があるんだ…」
浦部は障子を開けて廊下に出た。その激しい出っ歯の男に開口を許さず、アカギは妖艶な声で囁く。
「……そいつと俺と…3人でやらないか……」
「…3人!」
浦部の声も小さい。密やかだ。
「クク……」
今笑みを見せるアカギがなぜ、浦部を誘って来たのか。
闘牌の前に…対戦相手を精神的に懐柔するのがアカギの目的か…。
(わいが乗ったフリをするも一興やな…しかし何か狙いがあるとは言えこいつ…
わいと女を共有して良いんかい…許すんかい…)
こんな刃の切っ先みたいに鋭い男前と同室で、同等の条件で女を嬲れる誘惑…。
廊下で語る男同士だったが、どうやら話は纏まりそうである。浦部の心が傾いた。
(男二人で女一人を! こりゃあ…)
「姉ちゃん、お姉ちゃん…」
「はい…」
「わいの事、悪くは思っとらんやろ? な?」
仲居は小さく頷いた。
「よっしゃ、ほな麻雀終わったらおいで。堪忍な」
石川と別れた背の高いアカギの後ろを、浦部はノソノソと後を付けるように続く。
「兄さん色気ありますな」
男色の経験が無いにも関わらず、好色な浦部はアカギに対してすらそう言った。
「男にそんな事言われるようになっちまったか。何年も女とやってないからかな」
「そないな、勿体無い」
「色事で誰かと関わるのが面倒でよ…あんたと女と三人でそんな事するとしたら……もう何年振りか…」
(数年振りの若い男て…どんな反応するんやろ…いやこらえらい事に…
面倒って事は、あれへん。良いエロを知らんで今まで来たんやろ兄さん。教えたるがな)
「で、そのもう一人はどこや。どんなんや」
「この障子の中。ソバカスが特徴でよ…目が大きい」
(なんや聞くだけで愛らしいな)
アカギが精悍に障子を開ける。部屋にはアカギと一緒に拉致されて来た玩具工場の同僚、治が座っていた。
「男やないかい!」
浦部は動転し、障子に歯をぶつけた。
「……アカギ!」
「良いのが居ると言っただけだ……女とは言ってない」
「聞かんぞ そんなペテン」
「ちゃんと話を聞いてない方も悪いさ…さっきまでのお前の対戦相手と同じ」
「この…」
浦部は今夜、詐欺まがいの弁舌で川田組(とニセアカギ)に高レートの麻雀を承諾させていた。
「この治と少し打ってくれ。俺が言った「良いの」ってのはこれさ。
お前も代打ちなんだろ。女より好きな筈さ麻雀が。違うのか?……」
「ぐっ…」
アカギの誘いを女だと思った浦部。
新しい誘いがあると とりあえず止まって…。
“さっきの娘には気に入って貰ったから、いつでもモノに出来る”なんて理屈。
「そんな保留……この後、牌に触れてからはもう無しだぜ」
「保留やてぇ?」
「…こっちの話さ…来いよ」
浦部はアカギに騙された憎々しさも相まって、廊下でアカギを追い抜き、音を立てて卓に付いた。
アカギと先程の仲居が廊下ですれ違う。
アカギは女と一度目を合わせただけ。次の瞬間には、アカギの視線は誰の物でもなくなっていた。
(早よ終わらして、さっきの姉ちゃん こましたろ!)
そう、その時まで浦部の両手が無事なら、こます事も出来るだろう。