黒く、異様なほどに長い外車が、ガクン、と派手な音を立てて止まった。
「うわっ!?・・・何やってんだお前!!」
坊ちゃんこと、兵藤和也の声が車内に響いた。
夜も更けた車道に、突然飛び込んできた人影。
『それ』を轢いてしまうのを防ぐために、急ブレーキがかけられた。
車を止めたのは、運転手ではなかった。
兵藤和也と共に決戦の地に向かう途中の、伊藤カイジである。
フロントガラスに、小さな人影が浮かび上がった。
とっさに身を乗り出し、逆さまに倒れこむようにして、手でプレーキを押した。
「チッ・・・こんな夜中に車の前に飛び出すなんて、自殺に決まってるだろ、自殺!」
和也は、他人を人間扱いすることはあまり無い。彼にとって、ほとんどの人間は『モノ』である。
だから『それ』を避ける理由も、車を止める理由もなかった。
「だからって轢いていいっていう理屈はねえだろう!」
急いでドアを開けて、人影に歩み寄るカイジ。
「大丈夫か!?」
小奇麗な服を着た華奢な女が、車の前に倒れこんでいる。
抱き起こそうとした瞬間、女の顔がこちらを向いた。
「カイジ君っ!!」
「え・・・。」
カイジ、固まる。
固まったときの表情は、怪談噺の【のっぺらぼう】に遭遇した時のようなそれだった。
もっとも相手はのっぺらぼうと違い、実に個性的な顔のパーツを持ってはいたが。
「美心さっ・・・!!なっ、なんで、こんなところにいるんだよ!」
小さな目、異様に大きな鼻、厚い唇。見間違えるはずもない。
坂崎の娘、美心であった。
(よりによってこのタイミング・・・最悪っ・・・!!・・・なんで・・・いつもいつも俺だけ・・・!)
先ほどまで漲っていた闘志と帝愛への怒りが、見る間にしぼんでゆくのがわかった。
カイジは、またもや己に降りかかった理不尽に泣きたくなった。
「み・・・美心ね、仕事で遅くなって、電車もバスもなくなって・・・タクシーも見当たらないし、
・・・っていうか・・・パパが『早く帰って来い』ってうるさいから・・・帰りたくなくて歩いてたの・・・。」
「あ・・・そう。・・・で・・・なんで、車道へ飛び出したの・・・?」
美心の肩を抱えつつ、大きくため息をつきながら尋ねてみた。
カイジの知る限りにおいて、美心は間違っても衝動的な自殺など考えるタイプの女性ではない。
「黒い服とサングラスの人・・・パパが出入りしてたカジノで見たことあるの。
美心、カイジ君が黒い服の人たちと会ってるところ、窓から覗いちゃった・・・
・・・それから、カイジ君は何にも言わずに出て行っちゃったきり。
・・・美心、カイジ君がどこに行ったのかも教えてもらえなくて・・・
でも、今日・・・さっき・・・
やくざの人とか、お金持ちの乗る大きな車が見えて・・・ひょっとしたら、
カイジくんが・・・いるかもって・・・。体を張ったら止められるかもって・・・」
カイジは、喉まで出かかった『こっちが避けてクラッシュしたらどうする気だったんだ』を呑み込みつつ
「体を張るって、何て事するんだよ!あいつら平気でひき逃げする気だったぞ!?」
真面目に怒鳴った。
「・・・会いたかったんだも・・・。」
ふええええん、と、美心が泣き出した。
(・・・挑戦かよ、これは。)
カイジの心の声は、全身の脱力感で表現された。
「カイジィ!!」
「・・・わかったよ。」
車の窓から顔だけ出している和也に呼ばれて、しぶしぶ向かうカイジ。
和也の『状況を説明しろ』という視線が痛い。
「でかい声で名前叫んでたってことは・・・お前の知り合いだよな?」
和也は珍しい動物を見るような目で、美心を眺めていた。
美心はまだ目に涙を浮かべつつ、カイジの方を見ている。
カイジの方は、しばらくモゴ・・・モゴ・・・していたが、仕方が無いので紹介した。
「あー・・・、えと、俺の・・・知り合いの娘さん・・・」
坂崎父をワンクッションとして置いてみた。
「コレじゃなくて?」
ニヤニヤしながら、和也が小指を立てる。
「違う!!違う違う違う!!だから、知り合いの娘さんだって!」
(確信犯っ・・・畜生、コイツは確信犯・・・!おっちゃんと違って・・・!!)
「ふ〜ん・・・(ニヤ・・・ニヤ・・・)じゃあ、俺にとってもお前にとってもジャマな女にはどいてもらおうか。」
確かに、これから勝負というカイジにとっては、この上なくジャマなのだが。
和也が、運転手と、前の座席の黒服に合図をする。
「あ、おい、ちょっと!!」
カイジの言葉には耳を貸さず、男二人が泣いている美心の両腕をがっちりと掴んだ。
「きゃー!離して!離して!助けてカイジくーん!!」
和也も、車から降りてきた。
「はいはいお嬢さん、帰った帰った。カイジのコレだか何だか知らないが、俺たちは忙しいんだよ。
これから俺とカイジがやることは、女子供は見ないほうがいい事だ・・・ククク・・・。
飛び出たことは多めに見てあげるから・・・さっさとおうちに帰りな。」
「イヤ!美心、帰るんだったらカイジ君と一緒に帰る!カイジくーん!!」
カイジはしばらく見ていたが、多分、自分が出なければ場がおさまらないだろうと思い、前に出た。
「美心さん、その人たち、何にもしないから。美心さんが大人しく帰れば。」
「イヤ!美心・・・」
いつになく険しいカイジの目つきに、美心、黙る。
「俺が説得するから、離してくれないか。」
和也にも視線を送り、了承を得る。
両腕の自由を取り戻した美心は、いったーい、などと言いながら掴まれた部分をさすっていた。
「あのさあ・・・美心さん、なんで俺を連れて帰りたいの。俺、おっちゃんの家に出す顔なんかまるっきりないんだけど。」
カイジにとって致命傷になる答えが返ってくるかも知れなかったが、
それならそれではっきり関係を断ち切るいい機会になると思い、聞いた。
「カイジ君、やさしー、から・・・。美心を・・・キャッv・・助けてくれたし・・・。」
(・・・なんでおっちゃんもこの人も、行動パターンはわかりやすいのに、訳のわからない勘違いとか思い込みが多いんだろ・・・)
内心の疲れを悟られぬよう、真剣な表情のまま、誤解を解こうと試みるカイジ。
「俺は悪い男なんだぜ、美心さんが知らないだけで。
まあ・・・悪人を目指してるわけじゃあない・・・けど、無頼漢ではあるんだよ。
相手の裏をかく、イカサマをする、勝ったら金はきっちり貰う・・・そういう事で生き延びてきた。
おっちゃんはそこんとこをよーく知ってるから、俺を美心さんに近づけないようにしてたんだ。」
そこまで聞いて、ようやく美心は真顔になった。
両手をすこしだけ後ろに向けてきちんと立ち、下から覗き込むようにカイジを見た。
「カイジ君はー、悪い人にー・・・なろうとは・・・思ってないんだよね。」
「ないけど、なる。結果的に。さっきも金貸しから全財産ぶんどってきた。」
「なら、いいよ。」
「よくない。ダメ人間だ。」
「でも、やさしー。」
「甘やかされたら、つけあがる。」
「美心がカイジ君に甘えた覚えはあるけど、逆はないもん。」
押し問答になったが、ここで説得を諦めてしまっては前に進めない。
「見てたろ?俺が美心さんの家にいた時さ、散々タダ飯食らってたの。
しかも、おっちゃ・・・美心さんの父さんから300万借りっぱなしなんだぜ、俺。」
「えっ・・・」
バラした。
『きっと何か訳があるのよね、どうしても必要な・・・』などと、
ナナメ上の解釈が飛んできたなら『アンタとの手切れ金。』と、坂崎父の勘違いをそのまま言うつもりだった。
そこまで言っても『信じない』『パパの馬鹿』と言ってくるなら仕方ない。
女相手には誰であろうと決してやりたくなかったが・・・坂崎父曰く「美人」の顔に手をあげるつもりだった。
だが、数秒後に返ってきたのは予期せぬ反応だった。
「お金なんか・・・どうでもいいんだ・・・ゾッ☆」
指を唇(というか歯の部分)にあてて、笑顔でウインク。
「え・・・?」
よくない。よくないはずだ。
少なくともカイジの経験から言うなら、美心の言葉は利根川に一蹴されてしまう。
やはりこの女性は世間知らずなのだ、と、カイジが手をあげる決意を固めたその瞬間。
「カイジ君は、やさしー・・・人。
自分以外の人が幸せになったら喜ぶし、誰かが酷い目にあったら、泣くでしょう。
美心、パパからいーっぱい、カイジ君のお話聞いたんだよ。
パパを助けてくれた時も、沢山の人のために頑張ったんだよね。
そんなカイジ君だから・・・美心も幸せになれるんだぞv」
微笑みながら、つん、と、カイジの額を人差し指でつつく。
手を出すどころか、言葉も出ない。
「美心はー・・・カイジ君みたいな人に出会えて、すっっごくラッキーだったと思うの!
カイジ君みたいな優しい人、美心、会ったことなかったヨ・・・。
カイジ君がいてくれて、美心はとっても幸せな気持ちになれたし・・・
たくさんの借金を作って、ママを困らせたパパの事も許せた・・・。
一緒に遊んでご飯食べて、優しくしてもらって、美心、楽しかった。
・・・また会えてよかった・・・!」
そこまで言って、自力で立てなくなったかのようによろめきながら、カイジに抱きついた。
ざわっ・・・
「・・・美心ね、カイジ君が美心の家を出て行った時、嫌な予感がしたの。
・・・美心とカイジ君がもう会えない・・・とかじゃなくて・・・
カイジ君が・・・
死んじゃうかもしれないって・・・思ったの・・・何で、かな・・・。」
ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・
カイジは、美心の頭を(ごく自然に)撫でながら思った。
自分は、彼女の顔をまっすぐに見たことが、一度でもあったろうか。
いつもいつも、目をそらしていて気づかなかった。
彼女がとても優しい表情を浮かべること。
自分といる時の彼女が本当に幸せそうに笑っていたこと。
そして今、カイジを見上げた美心の瞳は、きらきらと光を放っていた。
カイジは彼女の頬に両手を当てて、とめどなく零れる光を受け止めた。
カイジの心に満ちたざわめきも、大粒の涙となって溢れ出した。
「ひ・・・兵藤。頼みが・・・あるっ!!」
一旦美心を離し、泣き顔のまま振り向いて、煙草をくゆらせながらくつろいでいる和也に言った。
「ん〜?何かな?そこの、顔をぐしゃぐしゃにして泣いてる不」
すかさず歩み寄り、和也に向けてナックルを放ち、鼻のところで寸止めした。
「・・・言うな。」
(どんな女だって、テメェだけにはその台詞言われたくねえだろうよ・・・!)
「一晩・・・一晩だけ、俺に時間をくれ!
夜が明けるまでには戻ってくるから・・・なんなら、時限爆弾付のGPSをつけてもいい!」
「首輪ねえ。つけるまでもねえな。ただ、一晩は無理・・・せいぜい、三時間だな。」
おもむろに和也は携帯電話を取り出し、1分ほど話して切った。
「待ってろ。」
ほどなくして、エンブレム付の黒い車がやってきた。
偶然にも、それはカイジの好きな外車だった。
美心とカイジ、黒服の運転する車内にて、無言。
『一晩だけ時間を』の台詞の後、美心が何度もその意味を確認しようとしたにも関わらず、
カイジは美心に何も言わずただ赤い顔で目を逸らしていた。
その癖、車に乗り込むとき『あの、ええと、その、美心さ・・・イヤならあの・・・』と、
モゴ・・・モゴ・・・していたので、美心が先に乗り、隅のほうで縮こまった。
15分もしないうちに、車は中世の古城をモチーフにしたビルにたどり着いた。
黒服にエスコートされ、豪華な扉の前に立つ二人。
「では、3時間後ににお迎えにあがります。」
一礼。
去ろうとする黒服を、乱暴な仕草で引き止めるカイジ。
「ちょっと待ってくれ、俺はそれでいいが、この人はどうなるんだ!?」
「こちらの女性は、民間のタクシーでご自宅までお帰り願う予定です。
無論、送迎の際の費用は、我々の負担とさせていただきます。」
「そうじゃない!この人は・・・少なくとも和也の顔は見てる!」
(帝愛グループに関わって無事に済むのかって事だよ・・・!)
「ご安心ください。我々は帝愛グループの品位を落とすような真似はいたしません。」
「俺が・・・アンタ達の居ない間に何を言ったとしてもか?その可能性はゼロじゃないんだ。」
「このホテルも、我が帝愛グループ傘下でございます。カイジ様、それをお忘れなく。」
再度、滑らかな仕草で礼をして、黒服は去っていった。
カイジは拳を握り締めた。
「そういう、コトかよっ・・・!!」
(ホテル側の人間は全員信用できない。)
首輪をつけるまでもない、と言った和也の真意が読めた。
カイジは、美心もろとも檻に入れられたのだ。盗聴器も隠しカメラもつけ放題の檻に。
「カ、カイジく〜ん・・・美心、怖い・・・。」
カイジの後ろには、眉を八の字にした美心がピッタリしがみついている。
「大丈夫。何も心配しなくていいよ、美心さん。」
和也との勝負の際に、録画・録音したものを全て破棄させる意志を固めつつ、肩を抱く。
(バレたら終わりだな・・・おっちゃんに会わせる顔が・・・あ、それは元々ないか・・・ハァ・・・)
二人は、ホテルの門をくぐった。
エントランスはきらびやか・・・それでいて下卑た感じではなく、
ラブホテルではなく三ツ星の間違いではないかと思うほどに質が良かった。
受付の男もちゃんとした服装で丁寧な対応だった。
二人には、最上階の部屋をあてがわれた。
カイジはこの部屋について、普段は和也が使用しているか、もしくは一般の人間は行くことのできない
和也専用特別VIPルームの一つ下か、そのどちらかだろうと思うと複雑な気持ちになった。
さらに、部屋に入った瞬間、さらに複雑な気持ちにならざるを得なかった。
「きゃあ〜〜〜〜〜〜〜!すごいっ・・・見て見てカイジ君!竜宮城みたい!」
「あ・・・うん・・・。」
先ほどの不安はどこへやら・・・大はしゃぎの美心に対し、カイジは顔を赤くしつつ、げんなりしたような呆けた顔をしていた。
絵本の人魚姫が座っているような巨大な貝殻の上に、豪華なベッドがしつらえてあった。
こういうところだけはしっかりラブホテルなのだなと、カイジは思った。
(アイツ・・・いっつもこんな所に女連れこんでんの・・・?シュミ悪・・・)
だが、すぐに気を取り直す。二人に与えられた時間は短い。
「きゃ〜v」
歓声のした方向を見ると、美心はいつのまにかベランダに居た。何かを見つけたようだ。
「カイジ君カイジ君、お風呂、露天風呂みたいになって街が見え・・・きゃっ!?」
「・・・ごめん。時間無い。」
広いベランダに設置された、花びらの浮いた湯船に見とれている美心を、後ろから抱きしめた。
(あ・・・腰、細・・・いい匂い。)
「俺の方が髪乾かすの時間かかると思うから・・・先、入っていい?」
「・・・美心・・・カイジ君と一緒が・・・」
「俺、ガマンできないから。多分。」
実際、カイジは我慢できそうになかった。
後ろから抱きしめている間、汗とシャンプーの混じった髪の匂いや、
回した腕に乗ってくる胸の柔らかさが、カイジの躯の芯を刺激しはじめていた。
時間的な余裕を考えて、湯船には浸からなかった。
シャワーを浴びて長髪と局部を丁寧に洗い、タオルを腰に巻いて部屋に戻った。
美心に『きゃあああ』などと叫ばれつつ、目を覆った隙間からチラチラと見られたので、バスローブを着た。
美心が浴室に向かった後、カイジはどうにも居心地が悪くて、貝殻ベッドの上にちょこん、と体育座りした。
腰のあたりはムズムズするのだが・・・ちゃんと機能してくれるかどうか心配になってきた。
一応目で確認すると、すでに勃ちはじめてはいる。
15分後。
美心もやはりバスローブではなく、タオル一枚で出てきた。
「カイジくん・・・まだ、見ちゃダメv」
先ほどカイジにクレームをつけたと思ったら、今度は自分がタオル一枚で出てきて、しかもカイジに非があるような発言。
乙女心とやらは、カイジにはよくわからない。
「あ・・・うん、ごめんなさい・・・。」
スイッチが入っていないカイジは、こういう場合、すぐに卑屈な態度に出る。
体育座りから正座に切り替え、ナナメ下に顔を向けつつも、チラチラと目線を美心に向けた。
簡単に巻いただけで胸の上でしっかりと止まっているタオル。
肉付きの良い太もも・・・弾いてもすぐに元に戻るが・・・きっと、弾いたところだけ薄紅色に染まるのだろうと思われた。
ベッドにゆっくりと近づく美心。
後ろ向きで一旦座り、その後、カイジに身を寄せた。
「?」
大きく膝を曲げてベッドに乗ろうとすると局部が見えてしまうので、脚は閉じたまま後ろから。
それがわからずきょとんとしているカイジに『もうっ・・・ダメだゾ☆』などと言いながら、
頬をつつく美心。
もし周囲に人がいたなら、二人は『実にほほえましいものを見る目』で見られたことだろう。
「え。・・・ダメ?え?」
(つんってされて、ダメって聞いたら首を横に振られてえーと・・・何、すればいいの?)
素人童貞、カイジ。
当然、リードの仕方などまるでわからない。
美心と向き合ったはいいが、その後どうしたらいいのかわからず、うつむいてもじ・・・もじ・・・していた。
(ちゅ・・・ちゅーかな、やっぱり。最初はそれかな・・・。歯に当たったらどうしよう。)
自分の鼻とアゴのことは棚にあげている。
オロ・・・オロ・・・していると、いつのまにか美心が目をつぶり、カイジに向かって唇を突き出していた。
「み、美心さっ・・・」
「女の子をあんまり待たせちゃ・・・ダメだゾ、カイジ君・・・。」
(そそそ、そういえば美心さん、こういう時は超積極的なんだった・・・!)
余計オロ・・・オロ・・・した。
「お、俺、まだその心の準備が・・・」
「もう・・・美心はとっくにしてるよっv・・・ここに入った時から・・・」
カイジに電流走る。
背筋に走った青い稲妻の所為で、一瞬、先ほど燃え上がった炎が消えそうになった。
(ここで・・・ここまで来て引き返す・・・?無理だ!そんな事・・・無理に決まってる!)
「あのさ!その・・・電気消そうか!あか・・・明るいから!
ベッド脇のライトだけつけたまんまで・・・ね!?俺、消すから今!
ちゃ・・・ちゃんと、二人でベッドに横になってからにしよう!美心さん楽にしてて!」
(前へ・・・一歩でも、前へ!)
挙動不審なことこの上ないカイジ。
ロボットのようにギクシャクしつつ、部屋のドア付近にある明かりのスイッチに近づく。
全ての明かりを操作するためのリモコンは無論、枕元にある・・・だが、混乱した頭を冷やすために、動きを必要とした。
カイジはゆっくりと・・・メインの明かりを消した。
振り向くと美心がベッドに横になっていた。
縮こまるようにしてシーツを被り、顔も半分以上隠していた。
「い・・・いい?美心さん。」
うなずいたのを確認し、カイジは、シーツをめくって中に入った。
めくった瞬間、息を飲んだ。タオルが巻かれていない。
胸と局部に手があてがわれている。
「あああ、あの」
「カイジ君も・・・脱いで・・・欲しい、ナ・・・v」
あわあわしながらバスローブとタオルを取り、ベッドの下に投げた。
やわらかな色のライトの下で、改めて見る美心の全身。
顔を見ていようと思ったのに、自然に豊満な胸に目が行く。
(マシュマロっていうか・・・なんか、おっきな蒸しまんじゅうとか・・・雪見大福・・・?)
胸を隠す細い手。
隠し切れず、溢れてさらに白玉のような柔らかさが強調された乳房。
カイジ、凝視に注ぐ凝視。
(ちっきしょ・・・なんか悔しい、なんか自分に負けた気がする、俺ッ・・・!!)
「カイジ君・・・そんなにおっぱい見つめられたら・・・美心、恥ずかしい・・・」
先ほどのバスタオルの時とは違い、今度は本気で恥ずかしがっているようだった。
「あ!ごっ、ごめん!!」
慌てて目を逸らす。
そのまま十数秒、固まる。
ぺろっ・・・
「うわ!?」
不意に頬に感じた生暖かい感触に、思わずバランスを崩しそうになる。
「もう、いい、よー・・・。カイジ君、びっくりしすぎだゾ☆」
美心に舐められたのだ。
急に腕の力が抜けたカイジは、うっかり美心にもたれかかってしまった。
美心が息苦しくならないように、膝は立てたまま。
ただ、美心の大きな胸は思い切りカイジの体に当たっているので、ひょっとしたら苦しいかもしれない。
そろそろと横を向くと、上を向いたまま目を開けて、微笑んでいる美心がいた。
「美心、これ、前にもやったことあるゾ☆」
「あー・・・うん・・・公園行った時・・・か・・・」
(ついてない!今は食べかすとか全然ついてないぞ!)
「・・・楽しかった、ね・・・」
「・・・・・・。」
カイジにとって、それは一つも楽しい思い出ではなかった。
だが、あの日の事を振り返った瞬間、カイジ自身にも理由のわからない涙が、目から零れた。
そのことに気づいた美心が一瞬うろたえ、大丈夫?と言いながら、ぺろぺろとカイジの頬を舐めた。
もう、何の抵抗感も無かった。
カイジはごく自然に、美心の頭に手を回して、美心の舌を己の唇に導いた。
ディープキスの仕方もよくわからなかったが、入ってくる舌の動きに合わせた。
味覚に例えるなら、甘い。
「美心・・・さ・・・重いだろ・・・体勢・・・変えよ、う・・・」
美心の顔を抱えたまま、ゆっくりと右に移動して、寄り添う形になった。
全身の血液が頭と腰に集中して、目の前に白い靄がかかった。
手も、胸も、脚も、背中も、自分ではどう動かしていいのかわからなかったが、自然に動いていた。
触れた場所、全ての感触は伝わってくる。伝わったと同時に、自身の感覚は無くなってゆく。
初めて味わう甘美な痺れに、カイジは成す術もなく身を任せた。
「・・・くん・・・
ィ・・・ジ・・・君・・・
当たって、る・・・・・・ねえ・・・」
「あ。」
白く霞がかかった頭から、さーっと血が引いた。
それと同時に、ペニスが暴発するような感覚に襲われた。
血液が充満しすぎて熱くなったそれは、痛いほどに膨張している。
「・・・・・・!」
慌てて腰を引き・・・美心の様子を見たカイジは、自分のしたことを把握した途端にまた眩暈に襲われた。
目を閉じている美心の体に、いくつもの指の跡がついていた。
上半身だけでなく、太ももや尻にまでそれは及んでいて、腿の付け根は・・・少し濡れていた。
繁みにまとわりついた露がてらてらと光っている。
(いつっ・・・いつの間に俺・・・)
「い、痛くなかった!?」
「おっぱい・・・揉まれた時・・・少し・・・」
カイジの呼び掛けに答え、薄く開けた美心の目は潤んでいる。
「・・・でも・・・美心も・・・カイジ君の背中、引っ掻いちゃった・・・」
ごめんね、と言いながら、カイジの頭を胸の果実に押し付けた。
「んっ・・・!!」
1度目の絶頂感と共に、腰のピストルが爆発したことによる爽快感がカイジを襲った。
「ハッ・・・ハッ・・・ハァ・・・・・・」
息を整えているあいだに、下半身の惨状を見る。
直前で腰を引いたため美心の体にはほとんどかかっていなかったが・・・その代わり、シーツにベットリと粘ついた液がついていた。
「タ・・・タオル、タオル・・・」
ベッドの下に投げ捨てたタオルを取ろうとするカイジ。
「いいよォ・・・美心まだ・・・大事な所触ってもらってないもん・・・」
また、カイジの顔が、たわわな果実に押し付けられる。
剥きたてのライチのようなその色と、女の匂いに堪えきれなくなって、乳房を吸った。
「んむぅ・・・ん・・・」
「あっ・・・んぁ・・・」
「・・・美心さ・・・」
横向きになっている美心の右足が、カイジの左足に絡む。
カイジの腿に、美心の愛液が擦りつけられる。
今度は、美心の方が意識朦朧としてきたらしい。
カイジも、尖った欲棒の先から汁がこぼれはじめていた。
「カイジ君・・・おマタが熱いよ・・・触って・・・キャッ・・・!!はず、恥ずかしい・・・。おマ・・・」
「・・・いいよ。言ってくれなきゃ、俺、どこだかわかんないよ・・・。」
言われるままに花弁に手をやると、とろりとした蜜が中心から溢れてカイジの指を濡らした。
「み、美心さん・・・俺・・・いれて・・・いい・・・?」
「・・・ん・・・」
あらかじめ箱から出して、枕元に置いてあったスキンを手に取る。
いつものカイジであれば『その』可能性に気づいていた。
だが・・・今日のカイジにとって『それ』は予想外の事態だった。
細い指先が、カイジの指にまとわりついた。
「え・・・?」
美心の指はカイジの指を辿って、ゴムの部分にたどり着く。
そのまま爪の先で薄いゴムの膜に傷をつけようとする美心を、慌てて止めた。
「美心、カイジ君の・・・」
カイジは、美心の手首を強く掴んだ。
「ダメだ。それだけはやっちゃダメだ、美心さん。」
まるで、何かに怯え、それを隠すために必死で強がっている獣のような目。
「どうして・・・?」
カイジの脳裏には、石田とその息子の顔が浮かんでいた。
父母に愛され、父母を愛している美心にはきっとわからない。
父の後姿を見て育ち、それゆえに愛想をつかしていたにも関わらず、父以上の借金を作って地の獄に堕ちた息子。
お人良しで意気地なしで臆病で、それでも最後の最後に息子や嫁を、そしてカイジの事を思って、無言で落ちていった父親。
その事を思うと、カイジにはどうしても『子供を作る』という選択はできなかった。
「もし・・・子供ができたら・・・
俺でもない、美心さんでもないその子を、俺たち・・・もとい、俺のイザコザに巻き込めるか?
美心さんはさっき、ダメな俺を受け入れてくれた。でも、子供は・・・ちゃんと育てなきゃいけない。
どうして美心さんの母さんが、おっちゃんに愛想をつかして美心さんを連れて家を出て行ったのか、覚えてる?」
「・・・! 美心・・・そんなつもりじゃ・・・」
ぐすん。
ぐす・・・ぐす・・・。
ぶわっ・・・ボロ・・・ボロ・・・。
「・・・ごめん。わざと言った。・・・わざと言ったんだ。・・・だって・・・」
そう言いながら、カイジ自身も泣いていた。
先に涙を止めたのは美心だった。
泣き続けるカイジを見て、
「・・・いいよ、カイジ君。ごめんね。カイジ君は、やっぱりやさしーね。」
「ごべ・・・ごべん、みごござ・・・」
枕に顔をうずめて鼻水をたらしながら、子供のように泣いた。
コツン。
カイジの頭に、小さな何かが当たった。
「んもう、カイジ君・・・いつまで美心にこんな恰好させておくつもり・・・?美心・・・何回も言うのイヤなんだからっ・・・v」
美心の小さなグーの手が、カイジの頭を何度か叩いた。
その一言で、カイジは自分の両足が美心の脚の間にしっかり挟まっているのを確認した。
女性にこの体勢で長時間しがみついていたことを恥じるとともに、
帰れない思い出の中の戯言を思い出し、言った。
「お・・・おまた・・・せ///」
「もーう・・・美心待ってたんだゾ・・・?早く・・・食べて・・・。」
「うん・・・」
素直に食べた。
(食べられたのかもしれない。)
子供の頃に眺めることしか許されなかった、甘くて柔らかそうなムースやババロアやプリンはきっとこんな味なんだろうと思った。
触れては溶けていく柔らかな蜜壷の中で、カイジ自身も溶かされてゆくような感覚を味わいながら・・・果てた。
「これ・・・おっちゃんに渡して。」
「え・・・」
部屋を出て、フロントで迎えを待っている間に美心に差し出したのは、最中の菓子箱が入った紙袋。
ラブホテルへ向かう車に乗り込む前に、こっそりカイジはささやかな、そして贅沢な頼みごとを和也にしていた。
『この俺をパシリに使う気が知れない』そう言われた。
それはそうだろう。
帝愛グループの御曹司に何かを頼むという発想自体、普通は出てこない。
「おっちゃんから借りた300万。・・・ちょっと箱がデカイけど、許して。最中に混ぜてあるから。」
実際は利子として700万プラスしたので、合計1000万。最中もちゃんと入ってはいるが、金額をごまかすためのブラフである。
真夜中に贈答用最中を求めること自体がそもそも贅沢であり、だが、和也ならば自分の肥大したプライドにかけて
必ず用意すると踏んだカイジの読みは当たった。
「い、いいよカイジ君・・・いらない!美心、受け取らないんだから!」
両手を突き出しながら首をぶんぶんと横に振る美心。
「美心さんにじゃないよ、おっちゃんにだよ。・・・美心さんには・・・これ。」
縦長の、可愛らしくラッピングされた箱が差し出された。
やはり、和也に依頼して急遽用意してもらったものである。
「女の子が喜びそうなモノが売ってて、夜でもやってる店、さっきの茶髪知ってるからさー、行ってきてもらったんだよ。」
実際に業者を叩き起こして無理に用意させたのは、もちろん黒服である。
「あの・・・今日は、ありがと。ホントに・・・ありがとう。」
カイジはうつむいて、もじもじしながら言った。顔が赤い。
美心は、何度目かわからない『カイジ君、やさしー・・・!』を、心の中で呟いた。
「これ、何・・・?開けていーい・・・?」
どき・・・どき・・・しながら、貰ったプレゼントとカイジを交互に見る美心。
「・・・いや。家に帰ってからじゃないと、意味がないものも入ってるから。」
「え?」
「ああ、迎えが来たみたいだよ、美心さん・・・。」
手を繋いで、ホテルの玄関を出た。歩きながらこっそりと美心に耳打ちする。
「さっきの包みの中に・・・美心さんがどこにいるか、一発でわかるGPSが仕込んである。・・・無事に家に帰れたら、壊していい。」
言い終わるころ、カイジは真顔になっていた。
美心に、不安というざわめきが静かに、しかし何度も何度も押し寄せた。
「・・・また、会えるよね・・・?」
十数秒の空白。
「・・・俺が、今日一日生き延びられたら、多分。おっちゃんの家にはもう顔出せないけど。」
「美心、探していい?」
「いいよ。今日で全部、ケリがつくはずだから。・・・つけるつもりだから。
何の手がかりも保障もないけど・・・そのかわり俺を探しても、もう、怖い目に遭うこともないだろうから。」
カイジがぽん、と、美心の両肩を優しく叩いた。
美心は肩に手を置かれたままゆっくりとタクシーの方向に誘導され、後部座席に座るように促された。
ぶわっ・・・
「・・・あんまり泣くと目が腫れちゃうよ、美心さん。そんな目で帰ったら、坂崎のおっちゃんが仰天するんじゃないかな・・・。」
「だ・・・だって、止まらないんだもん・・・!」
嫌。離れたくない。別れたくない。このまま一緒についていきたい。
パパに家を追い出されてもいいから、カイジ君と一緒にいたい。
カイジへの思いでいっぱいの美心だったが、カイジが自分の身を案じてしてくれたことを、無下にはできなかった。
ここでいつまでも駄々を捏ねていては、カイジの優しさを裏切るような気がした。
(美心は幸せものなんだから・・・わがまま言ったら、神様から怒られちゃうゾ・・・?)
二つの包みを持って、大人しくシートにおさまった。
「元気で。」
べそをかいている美心の頭を撫でながらそう言ってドアを閉め、満面の笑顔で見送った。
家に帰った美心は玄関に座り込んでいた父に最中を突き出し、ひとしきりモメた後、こっそり小さな包みを開けた。
発信機の他に、メッセージカードと、二種類のプリザーブドフラワーが入っていた。
鮮やかなオレンジ色の、幾重にも花びらが重なった方には
【ラナンキュラス】
花言葉:美しい心
暗めの紅色で、つくしのような形をした方には
【吾亦紅-ワレモコウ-】
花言葉:感謝、移ろいゆく日々
そう書いてあった。
メッセージカードには、サインペンで書いた短い文章が一つだけ。
【未来は僕らの手の中】
「・・・・・・。
・・・カイジ君・・・。やさ、しー・・・。
美心、忘れない。また、探しに行くからね。
・・・美心・・・カイジ君を・・・捕まえちゃう、ぞ・・・v」
どこまでだって探しにいくんだから。
涙をぬぐって発信機を握り締め、鏡の前でニコッと笑った。