なぜ私はこんなことになってしまったの。
田中沙織はただ快感の波に耐えて、唇を噛みしめた。
「どうしたの?」
切れ長の瞳をうっとりとけぶらせて男は問いかけた。
私がどんな状態か分かっているくせに聞いてくるなんてズルい。
「ん んん。」
「声 出して良いのに。」
男は顔を近づかせると、尖った鼻で沙織の頬を撫でた。
熱い息を間近に感じて 沙織は歓びに震えた。
この人、私で興奮している。私に欲情している。
「か、患者さん」
「アカギだ。赤木しげる。」
「アカギさんっ 気持ちいいっ・・・!」
「クククッ・・・!」
アカギと名乗った男はすらりとした腕で沙織を引き寄せ腰を強く打ち付けだした。
「激しいっ・・・!」
沙織の単調なあえぎ声とパニッパニッと腰を打つ音がシンクロする。
「いくときが来たなら ただいけばいい。地獄の縁が見えるまで。」
「あ いっ」
「それだっ・・・!」
アカギの吐精に同調するように沙織は全身を痙攣させた。
−−−終わった。
倒れ込んだアカギの下敷きになり沙織は幸せを噛みしめていた。
無条件に思う。私はアカギさんが好きだ。
素性は知らないし、親しく話したこともない。
それでも今こうして肌を合わせて無防備にまどろんでいるこの人を
手放したくなくて 仕方ない。愛しい。
沙織がその白髪を撫でるとアカギはうっとうしいと言わんばかりに首を横に振った。
そう、本当は直感でわかっている。
アカギが一人の女に 一つの場所に留まることの出来ない男だということを。
沙織にとって永遠とも呼べるこのひとときが アカギにとっての息抜きでしかない。
でも。
沙織は小さくため息をついた。
それでもいい。一瞬だけでも同じ時間を共有できたことを喜ばなくては。
さっさと洋服を着ていくアカギが上着をポニポニと払うと
ナフタリンの移り香が仄かに鼻腔をくすぐった。
アカギが咳払いをして横目に言う。
「ポリビタン。」
「はい。」
女はさっき脱ぎ捨てたスリップを着て立ち上がった。
「2本でいいわね?」
「金、持ってないよ。」
「お代はいいわ。」
沙織は栄養ドリンクを手渡すときに、病院の地図をそっと添えた。
アカギを引き留めることは出来ない。でもせめてもの再会の期待を込めて。
アカギは軽く頭を下げて礼をすると、何事もなかったかのように病室を出て行った。
沙織は何万回と言い慣れた台詞をその背中に向かってつぶやく。
「お大事に。」
昭和××年 田中沙織(27才)。
白昼夢のごとき思ひ出は 秋風に揺れ、そして去っていった。
完