なぜ私はこんなことになってしまったの。  
女はただ快感の波に耐えて、唇を噛みしめた。  
「どうしたの?」  
切れ長の瞳をうっとりとけぶらせて男は問いかけた。  
私がどんな状態か分かっているくせに聞いてくるなんてズルい。  
「ん んん。」  
「声 出して良いのに。」  
男は顔を近づかせると、尖った鼻で女の頬を撫でた。  
熱い息を間近に感じて 女は歓びに震えた。  
この人、私で興奮している。私に欲情している。  
「お、お客さん」  
「アカギだ。赤木しげる。」  
「アカギさんっ 気持ちいいっ・・・!」  
「クククッ・・・!」  
アカギと名乗った男はすらりとした腕で女を引き寄せ腰を強く打ち付けだした。  
「激しいっ・・・!」  
女の単調なあえぎ声とパニッパニッと腰を打つ音がシンクロする。  
「いくときが来たなら ただいけばいい。地獄の縁が見えるまで。」  
「あ いっ」  
「それだっ・・・!」  
アカギの吐精に同調するように女は全身を痙攣させた。  
 
−−−終わった。  
 
倒れ込んだアカギの下敷きになり女は幸せを噛みしめていた。  
無条件に思う。私はアカギさんが好きだ。  
素性は知らないし、親しく話したこともない。  
それでも今こうして肌を合わせて無防備にまどろんでいるこの人を  
手放したくなくて 仕方ない。愛しい。  
女がその白髪を撫でるとアカギはうっとうしいと言わんばかりに首を横に振った。  
そう、本当は直感でわかっている。  
アカギが一人の女に 一つの場所に留まることの出来ない男だということを。  
女にとって永遠とも呼べるこのひとときが アカギにとっての息抜きでしかない。  
でも。  
女は小さくため息をついた。  
それでもいい。一瞬だけでも同じ時間を共有できたことを喜ばなくては。  
 
さっさと洋服を着ていくアカギが上着をポニポニと払うと  
ナフタリンの移り香が仄かに鼻腔をくすぐった。  
アカギが咳払いをして横目に言う。  
「タバコ。」  
「はい はい。」  
女はさっき脱ぎ捨てたシュミーズを着てよろよろと立ち上がった。  
「ハイライト 2つ・・・だったね?」  
「金、持ってないよ。」  
「お代はいいよ。もっておいで。」  
女はタバコを手渡すときに、たばこ屋の広告マッチをそっと添えた。  
アカギを引き留めることは出来ない。でもせめてもの再会の期待を込めて。  
アカギは軽く頭を下げて礼をすると、何事もなかったかのように店を出て行った。  
女は何万回と言い慣れた台詞をその背中に向かってつぶやく。  
「ありがとうございました。」  
 
昭和39年 ウメ(72才)。アカギと同じ白髪をこれほど誇りに思った日は無い。  
白昼夢のごとき思ひ出は 秋風に揺れ、そして去っていった。  
 
完  
 

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