帝愛グループは稀に、女ばかりを集めたギャンブルを開催する事がある。  
借金で固めた女達を…風俗へおとす前に、ギャンブルをさせて面白い女かどうか、審査する幹部達がいた。  
そのトップに長く君臨した男が、利根川幸雄。  
利根川の眼鏡にかなった女の中から、ギャンブルの道を自ら選んだ者が賭場に集められる為、開催の回数も高が知れているわけである。  
女に命を賭けさせて面白いギャンブルは多々あるが、鉄骨橋渡りが実に見物と言われている。  
観賞する招待客にも絶大な人気があった。  
男はやはり陽性の生き物なので、追い詰められると叫んだり、覚悟を決め過ぎて爽やかな最期だったりするのだが、  
女は大体、命が消える瞬間こそ腹をくくり、終焉に近付く程水を打ったように静かだった。  
または、見物客を呪い殺すような眼差しと威圧を残して消えていく。  
その刺激が忘れられないと言う、物好きの観賞者がいるのだ。  
どこか霊感の強い利根川は…男の橋渡りは見れるが、女のそれは苦手だった。ホスト役を終えた時は吐きそうになる事もある。  
だが、利根川はある時から、女の橋渡りに燃えるようになった。  
夜、彼の傍らに、橋渡りで死んだ女の霊が立つようになった時から。  
 
ベッドに横たわっていた利根川は、死霊の女に首を絞められ殺されかけた。  
女の体を蹴り上げようにも、実体がない為に当然空振りとなる。  
やれる事は何でもやってみた。女の二の腕に触れ、利根川の手が乳房にスルリと滑り込んだ時、死霊の動きは止まった。  
(この、色情霊か!)  
利根川は相手に息も吐かせず、その死霊の女を思い切り犯した。  
生きている女など、全く問題にしない快感である。  
いや、死霊と交わる時は自分の体さえ変っている。射精でこんな快感を得られる筈がないのだ。  
利根川は死んだ女の持つ深い海、至極の悦楽へ落ちていった。  
 
利根川に絶頂を味わわされている幽霊の爪が、彼の肩を思い切り引っかく。  
利根川流血。彼はしかし、それに気付かないくらいの強烈な快感の中にいた。  
女の顔が見えて来た。見覚えのある顔、橋から落ちた女だった。  
最近の事だったし、良い女だったから覚えている。  
彼女は利根川の事が好きで、彼の声、がっしりした体躯、白髪混じりの髪や少し垂れた双眸の全てに、自分の中の女を刺激されて、泣きそうな程好きなのだとか。  
これだけの上玉が、男を知らずに死んだらしい。  
それがまた、今の状況を情けなく感じさせる。  
「お前は生きている間、賭場で勝負する以外の能力がなかっただけだ。  
ジメジメと恨みがましい。 男を上手く動かせない、利用出来ない女など、ゴミ!」  
そう言いながら利根川は女の顔のすぐ横、硬い枕を思い切り叩いた。  
利根川の頑丈な顎の下で、フッと女は消えて行く。  
(クズがっ、クソにもならん事を言わせおって)  
利根川は静かにベッドへ倒れ、天井を仰ぐ。彼の肩は本当に傷を負い、赤く流血していた。  
 
利根川に纏わり付く女の死霊はいつからか、数が増えていた。  
怨みつらみを持って利根川に憑く者も居たが、相変わらず利根川に情欲を覚え、色情霊として現れる者もいる。  
仕事中、急に射精を促がされ声を漏らしそうになったり、無人の車に轢かれそうになったりした。  
夜は甘い刺激と喜びが延々続き、眠れない。余りの快感に雄叫びを上げたり、失神する事もあった。  
利根川は誰にも、何も言わず、その日々を一人で耐えた。  
 
呪われ続けている利根川だが、鉄骨橋渡りのホスト役をこの後も、何度も務める。  
不思議と、利根川が生身の女達に橋を渡らせると、彼を取り巻く幽霊の数が減って行くのである。  
だから利根川は女達の橋渡りや、ギャンブル斡旋に燃えた。  
(ククク……雌狐どもめ…俺が、女の死や死霊に動じなくなって来たと見ると 諦め出したな)  
利根川は白い歯を見せ、それを光らせて妖しく笑った。  
 
今日はスターサイドホテルでパーティーが開催された。ギャンブルの駒は全て男。  
7月13日。この日の鉄骨渡り参加者の中、利根川は霊感の強い男を一人だけ見付けた。金髪の佐原。  
その佐原青年の方も自分と同じものを利根川に感じたのか、彼だけが利根川の意見にいちいち噛み付いて凄んで来た。  
(この男、見るぞ、霊を)  
佐原が橋渡りに参加したなら、彼が死ぬその時まで、この日の死者の霊を見続けるだろうと利根川は思った。  
(俺と同じ。いや、このガキ 俺より感覚は鋭いようだな)  
その佐原、鉄骨渡りに参加する事になったようだ。  
地上74m、落ちれば即死の命懸け、自分を落とそうする敵は無いが、皮膚で触ると電流の流れる細い橋渡りに。  
佐原のすぐ前を歩いていた男、太田が橋から落ちた。本日最初の犠牲者。  
佐原の運命に笑みが押さえられず、利根川は言った。  
「ひとー…り……」  
 
橋渡りで生還者が一人出た。その黒髪長髪の男を、帝愛トップの兵藤和尊会長は気に入っており、利根川は会長の思いから、その青年とギャンブル…Eカードで戦う事となる。  
時計は14日の午前1時30分を回ろうとしていた。  
 
黒髪の青年と、兵藤会長、利根川、そして複数の黒服はEカードを行うプレイルームへ移動する。  
エレベーターを使ってその階へ到着。長い廊下を渡って行く。  
鉄骨橋渡りは…地上10mの、橋に乗った参加者同士の落とし合いレースも行っていた。  
黒髪の青年は本日、地上74mの歩みを制した唯一の男だったが、この10mレースでは生き残りが居たわけで…  
その生き残りの負傷者が、この長い廊下の後半、暗い通路にバタバタと倒れているのである。これも会長の計らいだそうだ。ゲスト料を払っているからだと。  
その暗い通路に明かりが点き、負傷者の姿が披露された時、利根川の不調が来た。  
いや、不調ではない。それどころか声にならない程の快感。  
利根川は一人、踵を返してエレベーターへ戻って行く。黒服が利根川を咎める。  
「先生?」  
「すぐに戻る」  
エレベーターを閉め、停止させ、利根川は暗闇の中一人、壁に片腕を付いた。いや、本当は一人ではない。  
今日74mの橋から落ちた男と同じ数だけの、9人の女が利根川の周りを囲んでいた。  
利根川は生きている女相手に一度に6人ならあるが、9人はない。10P、つまり9人の女と一時にセックスした事など。  
しかも相手は生身の女ではない。死霊。この世のものとは思えない程の快感をくれる魔物。  
だが、  
「どうした?…ただ突っ立っているだけか」  
利根川の艶かしい声が逆に女達を煽る。  
「お前等など、死んだ後でさえ俺と同等の位置には立てんのだ」  
 
利根川の体が持つ性的なもの、性的な突起は、全て女達に咥えられ、愛撫される。  
「ぐぅっ」  
利根川は獣の声を上げる。それが女達の欲情を煽ってしまうと知っていても、押さえる事は出来なかった。  
「お前達は怨み事でしか物を語れない、劣悪な色惚けだ」  
そう言って、利根川は二人程の女の手首を掴む。  
感覚が異常に研ぎ澄まされている今の利根川には、遠くの兵藤会長の声さえ聞こえた。  
「折れた足をいじられると彼は痛いが……儂は痛まない」  
その声が聞こえる中、利根川は女に挿入する。  
 
女の肢体が、利根川の前で何度も揺らぎ、艶めいて、入れ替わり立ち代り全員が利根川に子宮と膣を差し出す。  
「あぁぁ…」  
時折漏れる男の唸りが、一層エレベーター内を艶かしくさせた。  
 
女の手は、人の男性が最も快感を得る個所を触って来た。  
「ぐっ!」  
利根川は…こんなに陵辱されたのは始めてだ。  
(こんな、屈辱っ、…)  
しかし快感は素晴らしい。利根川は自身の白歯を噛み締め、軋ませた。  
 
優しい手で利根川のネクタイを外す者が居る。彼の頭髪に指を入れ、掻き乱す者も。  
一人は利根川の首筋に唇を押し当て、一人は彼の胸に口付けている。  
胸へのキスで服越しだろうと、死霊の(しかし女の)温かさが深くはっきり伝わる。  
短時間にこれ程射精したのは、利根川生まれて初めてだった。実に10回。利根川自身が白く染まってしまいそうな快楽の吐露だった。  
 
利根川の前に裸の女達が、髪を乱しぐったりと横たわっている。  
利根川自身が選んだ、勝負強い美女達が、利根川の足元に倒れている。  
死霊の女との逢瀬は、これが最後だと利根川は感じた。  
女達もそこはかとなくそれを伝えて来る。  
「どけ、クズども」  
一人立つ利根川は、もう女を見ていない。  
女は一人ずつ利根川に口付けて行き、まるで成仏でもしたように彼の前から消えて行った。  
 
 
乗り切った、耐え抜いた。  
青年達が負傷し、苦しんで横たわっている廊下を利根川は渡る。  
青年達は一瞬、疲労困憊の利根川の表情と体の運びを見たが……次の瞬間にはそれが見間違いだったと思える程、利根川の歩みは堂々と重厚なものとなっていた。  
プレイルームに入ってしまえば、利根川の少し乱れた前髪など、誰も注目しまい。  
(今日の仕事はもう、楽なものさ…)  
あとは目の前に居る小僧一人、Eカードの餌食にするだけ。  
簡単。簡単過ぎる。なぜなら利根川は今までずっと、耐え抜きながら、走り続けて来たから。  
何の為に。  
出世の為だ。身を削ってでも得たい、彼の唯一の砦、「権力」を目指して。  
 
 
 
 

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