……鈍い頭痛と共に、ゆっくりと意識が戻ってくる感覚。
目を覚ました自分を迎えた顔に見覚えがなくて、不信感に涯は眉間に皺を寄せた。
「……誰だ、お前ら」
「え、ご挨拶じゃね…? 忘れたってのかよ、俺達のこと…!」
「そうそう、あんなに熱心に勧誘したってのによ…!」
熱心に勧誘…そのキーワードを頼りに、記憶を探索する。
…あの人間学園からの脱出の後、手首の怪我の治療のための入院をした。
前の学校では騒ぎになるし、何より長期欠席という事で、転校生として復学したのが、つい先月だ。
「思い出したかよ…?」
ニヤニヤと笑う目の前の三人の男をぐるりと見渡してから、涯はようやく彼らの事を思い出した。
例に漏れず、自分も転校生の宿命として「不良に絡まれる」というありがたくないイベントに遭遇した。
…確かその時に、絡んできた奴らだ。記憶にも残らないほどあっさり片付いたので、すっかり忘れていたらしい。
「…汚ねえぞっ…! なんだっていうんだ、お前ら…!」
目の前の人間を思い出すと同時に、霞がかっていた記憶が徐々に甦り始める。
確か自分は下校途中だった。三人の中で唯一面識のなかった…年上に見える金髪の男に、道を尋ねられたのだ。
男が手にしていた地図に視線を落とした瞬間、後ろに襲い掛かる気配を感じたが…間に合わなかった。
二度と味わうのは御免だと思っていた、あの感覚。おそらくスタンガンで襲われ、無様にも昏睡した…!
「ぐっ…!」
身体が重い。頬に当たる布の感触から、おそらく自分は大の字でベッドに拘束されているようだ。
久しく忘れていた、己の迂闊さに歯噛みする。成長していないのか、俺は何も…!
…悔しさに目を伏せて、その時ようやく涯は重要なことに気が付いた。
「っ…は、裸…! 裸ぁっ…!?」
珍しく取り乱した様子の涯を見て、三人の男はさも愉快そうにげらげらと笑った。
あの場所を彷彿とさせる展開に頭痛を感じながらも、涯の胸に、ぞっとした空気が流れ込んでくる。
男を剥いて、あまつさえ拘束して…何が楽しいって言うんだ、コイツら…!!
「…何が目的なんだ、俺の写真でも撮ってバラ撒こうって魂胆か…!?」
「わりぃけど、そんなんで済ませるようなつもりねぇし…?」
「そ、それじゃまさか…強姦なのかっ…!?」
涯の言葉に三人は顔を見合わせ、更に笑い声の音量を上げた。
肯定の言葉も否定の言葉も得られず、得体の知れない恐怖に、自然と涯の身体が強張る。
笑いすぎで滲んだ目元の涙を拭い、黒髪の男がようやく口を開いた。
「まぁ…強姦、かもしれねぇよな、うん…!」
「なっ……!?」
「ああ、レイプだな…! カカカカカ…!」
涯が絶句し、再び三人が笑いの渦に飲み込まれようとした瞬間、閉ざされていたドアがガチャリと音を立てた。
開いた隙間から、するりとこの異様な空間に滑り込んできた存在に、涯は反射的に身を捩る。
…女だった。茶髪のセミロングとセーラー服、ピンクの可愛らしい色のパーカー。
愛らしい印象の背格好の中、射抜くような鋭い眼光だけが異彩で、そのアンバランスさが彼女の魅力だった。
「……本当に捕まえたのか」
「言ったろ…! やる時はやるんだって、俺達…!」
「なぁしづか、約束は…」
「まあ、待てって…アタシが楽しんだ後でいいだろ、待ってろ…!」
しづかという名で呼ばれた少女は、少年たちを適当にあしらいながらちらりと涯に視線を向けた。
思わず背けた顔の先には、煙草を燻らせる年上の男がいた。
涯の視線に応える様に、男はニヤニヤとした笑いを崩さぬまま口を開く。
「強い男をいたぶるのが好きでね、うちのお姫様は…! お前はそのための貢物、生贄って奴だよ、キキキ…!」
「二時間後」とだけ告げ、部屋から男連中を追い払うと、しづかは改めて涯に向き直った。
値踏みするような眼光を避け、涯は目を閉じ、ひたすら沈黙を守る。
枕元に立ち、見下ろす。初めて涯にかけられた言葉は、意外に普通で涯を拍子抜けさせた。
「…誘われたんだろ、あいつらに。なんでチームに入らないんだよ?」
「あ…?」
「ナルミをボコッたんだろ…? 腕っ節に自信があるんだろ…?」
…暫しの逡巡の後、涯はぽつりと口を開いた。
「…俺の拳は、そんな下らない事のために使いたくない…」
「…下らない…ね」
言葉の続きを促すように涯の顔を覗き込んだまま、しづかはひらりとベッドの上に飛び乗った。
スカートの短さを意にも解さずしゃがみこむ。一瞬だけ揺れる布に気を取られそうになり、涯は意識してしづかの顔を睨んだ。
言うべきかどうか迷い、結局涯は、しづかを激昂させるであろう次の言葉を舌に乗せる。
「アイツらのように、アンタみたいののお守りも御免だ…俺は、できるだけ孤立していたい…」
「……。ククッ…! 言うじゃないか…!」
…涯の予想に反して、しづかは逆に上機嫌のようだった。どことなくほっとした、弛緩した空気が流れる。
パーカーのポケットからキャンディーを取り出して咥えると、しづかはベッドの上にすっくと立ち上がった。
「生意気な方が遊びがいがあっていいよな、うん…!」
「は…?」
「仲間にならないなら、多少の無茶もできるし…ククク…」
ざわっ…!
得体の知れない奇妙なざわめきが、涯の胸を支配した。
女手一つでは、大したことは出来ない筈…その認識が甘かったのではないか、と今更ながらに思い至る。
数時間後に三人が戻るその前に、ある程度この女の鬱憤を晴らさせて、男達への飛び火を防いで……
…うっすらと考えていたその算段が、非常に甘いものだったと認めざるを得ないような、不気味な悪寒…。
「せいぜい、楽しませろよ…!」
にっこりと笑って涯を見下ろすと、しづかはルーズソックスに包まれた爪先をゆるく持ち上げた。
爪先の向かう先を見て、涯の背を恐怖が撫でる。昔、戯れに澤井が言った台詞が脳内をぐるぐると駆け巡った。
……股間にある…大事な玉の一つを、こう、パチンとっ……!
…そんな野蛮な私刑を…我々はしない… …我々はしない… 「我々は」しない……!
「ぐっ…!」
…強い衝撃を覚悟していたが、爪先は意外にゆっくりと涯の中心に下りてきた。
撫でる…とまで優しくはないが、蹴り潰すような勢いはなく、柔い布の中でしづかの足がグリグリと蠢く。
拍子抜けして思わず涯がしづかを見上げると、しづかの足先に力が篭った。急な圧迫に、反射的に涯の目は閉じる。
「なんだって言うんだ、よせっ…!」
「うるせぇなっ…! 本当に踏み潰されてぇのかよっ…!」
口調とは裏腹に、しづかの表情は非常に楽しそうだった。
足の裏で転がすように踏みつけては、触感を確かめるように指先で突付いて弄ぶ。
やばい…と思う暇もなく、踏まれる場所にはどんどんと血液が流れ込み、涯は羞恥と屈辱で歯噛みした。
「抵抗するのは口だけみてぇだな…! ククッ…」
思わず目を閉じた涯を見下ろし、しづかは満足げに鼻を鳴らす。
緩急を付けて弄ばれ続けた涯自身は、既にしづかの靴下を汚し始めてすらいた。
爪先で先端をトントンと刺激され、涯は呻き声を漏らす。
「踏まれて、イイんだ?」
「っ…! ふざけろっ、てめぇっ…」
「ククク…ほら、アタシにおねだりしてみろよ…! 情けなく、浅ましくさぁ…」
「誰がっ…するかっ…! 踏み潰されても、御免だっ…!」
腰をガクガクと戦慄かせながらも気丈な涯の言葉に、しづかは更に機嫌を良くした様だった。
先刻、口に含んだばかりのキャンディーを床に放り捨て、涯の頬に唾を吐きつける。
甘いミルクの香りが、更に涯の屈辱を煽った。
「いいなぁ、アンタ…! 本当、遊びがいあるって言うか…最高っ…! ククッ…!」
「………」
「睨むなって…! いいこと、してやるから…!」
涯を見下ろした姿勢のまま、しづかはするりと、実に器用にルーズソックスを脱ぎ捨てた。
白く小さな爪先は、また先ほどと同じように涯の中心を嬲り始める。
しかし…布越しではない指の凶悪さは、先ほどとは想像以上に段違いだった。
「っ、…」
「へぇ、先っぽがいいんだ?」
「違っ」
「珍しく返答とは……焦ってるねぇ、図星だろ…!」
少年の敏感な身体は、既に「天を仰ぐ」という表現では足りないほどに屹立していた。
腹に付きそうなほど反り返ったモノは、時折ビクビクと跳ねてしづかの足を押し返そうとする。
足指で器用に先端を挟み込むたびにねっとりした先走りが吐き出され、恥ずかしい音すら立て始めた。
「っ、あ、ぐっ」
…ひたすらに堪え続けていた涯だったが、崩壊したのは僅か数分後だった。
悔し涙に濡れ、唇を噛み締めつつも、腰は自分の意思を解さずに動き、まるでしづかの足に擦り付けるように吐精する。
迸りを足裏で存分に堪能し、しづかは一度ぞくりと身体を震わせた。
「どうよ…辱められながら、射精しちまう感覚っての…!」
「っ…」
「そう、その悔しそうな顔が見たかった…! 最高…!」
「最悪だっ…てめぇ…! この性悪っ…!」
「ククッ…! 悔しそうな顔も堪能したし…次は、泣き顔なんかも見たいかなあ…!」
全裸、しかも腹に己の体液を溢した状態の涯とは対照的に、しづかにはほぼ着衣の乱れは無い。
パーカーすら羽織ったままのそのセーラー服、そのミニスカートの中へ、しづかはゆっくりと手を差し入れた。
僅かに裾を持ち上げ身を屈めて、傍目には全く変化無く、一枚だけを脱衣する。
「これで終わりとか、甘いこと考えてんじゃねぇぞ…!」
今脱いだばかりの布を、しづかは涯の顔面目掛けて放り投げた。
…体温をそっくり残したままのショーツ。中央はじっとりと湿り、僅かに色が変わっている。
その生々しい香りに、涯の身体が無意識で反応した。…喉まで勝手に音を立て、涯の自己嫌悪は更に深まる。
恥ずかしく、なんと浅ましいのだろう。辱められて尚、甘い刺激を期待している自分は…!
「さーて、次はどうしてやるかな…!」
涯の葛藤を知ってか知らずか、しづかは無邪気にスカートの裾を揺らして機嫌よく笑う。
悪夢は、まだまだ終わらない…。