雨が降りしきる。黒沢はふと目を覚ました。宿舎にたたきつける雨音のせいではない。  
黒沢には持て余すものがあった。  
「性欲を持て余す……っ」  
独り身で長らく感じていなかった欲望が黒沢の中で渦巻いていく。横の人影を見た。隣の布団に包まっている太郎だ。  
それを見た時、股間にたぎりを覚えた。  
「やばいんじゃないか…それ?」  
あわてて起き上がると布団の上に座り込み思案に暮れた。  
―なぜ俺は太郎におっ勃っているんだ―  
宿舎の部屋は黒沢と太郎しかいない。二人きりーそれだと行き当たった。人形とはいえ、他人と一つ部屋にいるということ  
が黒沢を興奮させているのだ。それは黒沢にとってまったくなかった状況だった。  
「やばい…」  
つぶやきつつズボンを下着ごと下ろし、下半身むき出しのまま座り込んで肉棒を握る。太郎に背中を向け、いったん振り向いた。  
「こっち…見ちゃいやん…」  
ずっ…ずっとゆっくりとしごき始めたが、黒沢は快感を覚えることが出来ない。視線が気になるのだ。  
「いやん…いやん…」  
まだ行為に没頭しようとしたが、  
「アッー!!俺は何やってるんだ!」  
思い切り歯を食いしばった。  
「情けない…太郎に勃ってしまうなんて…太郎をおかずにするとは…俺は人間だ!!」  
下半身むき出しのまま太郎に向きなおり、太郎をしげしげと眺めた。  
「うーん、太郎になぜ…しかしいい体しているよな…」  
布団越しでもわかる肉付きのいいたくましい体を凝視した。  
「太郎でもいけるんじゃないの?」  
黒沢の口元が緩んだ。しかし激しく首を振る。  
「いかんいかん…いくら人形でも男だろ…俺はノンケだし…人として道は間違えたことはしたくない…」  
そのまま思案に暮れる。しかしニカッと好色な笑みが瞬時に浮かんだ。  
「いやいや、あいつの中に女の霊が宿っていたらどうなんだ?」  
「そうそう、エロ漫画や小説には女の幽霊をイかせて成仏させるというのがある…俺はそれをやっているだけなんだ…」  
欺瞞である。しかしすでに黒沢はこの欺瞞に夢中になっていた。記憶の中の妄想のすべてをあさり始める。  
「…昔ボーナス出た時ビデオデッキ買ったのは幸せだった…あれは人間の叡智というか…Hだよなー」  
「アニメを試しに借りた時はカルチャーショックだった…あんなかわいい妹が…俺にもいたら…ロリで…」  
「お兄ちゃん…亜美…飛んじゃう…っ!」  
野太い裏声が部屋に響いた。妄想にふけるあまり無意識に声に出していたのだ。だが黒沢はまだ自分のやっていることの  
意味に気づかない。  
 
「いや…これはいいが…俺の年じゃ…お兄ちゃんといわれても嘘っぱちなんだよな…」  
肩を落とすが、またひらめいたというようにまた声がほとばしる。  
「人妻…いいねーいいねー男の味を知らない新妻…なんていうのはどうだ?」  
ニカッとたるんだ笑みを浮かべ、ひとりごちる。  
「そう…清楚な人妻…新婚したばかりで男の良さを知らない…それに俺が手ほどきするの言うのは…どうなんだ?」  
「いやっ…黒沢さん…こんなの初めて…いやんいやん…」  
腰をくねらせ野太い裏声であえぐ。  
「うんうん、そうだよ。新婚したが不慮の死を遂げた新妻…二十歳ぐらいかな?旦那はさっさと新しい女作って忘れられている…  
しかし女のほうは忘れられなくてこの世をさまよい…たまたま太郎に宿った…それを俺が成仏させてやる」  
うんうんひとりうなづき、勝手に結論を出す。そのまま微笑みかけながら太郎に話しかけた。  
「大丈夫さ…俺が忘れさせてやる…優しくするから…」  
「本当?黒沢さん…」  
そう裏声で一人芝居しながら布団をはいだところで黒沢はまた考え直した。  
「いや…太郎にも合意というものが必要だ…相通じるからこそ愛あるせっくしゅなんだ…俺はもてはしないが無理やりということはしない…  
いつも人の道に外れたことはしない…それが俺の誇りだった…」  
腕を組んだまま太郎を見つめる。  
「そうよ…私いつも黒沢さんを見ていたわ…あなたのこと…」  
また一人芝居の再開である。  
「そうだ…俺はずっとやってきた…雨の日も風の日も…風邪以外は休まず遅刻早退も一切しない…若手が持てん分は俺が  
率先して抱えてきた…俺は…俺は…ずっと…ずっと…やりおおしてきた…しんどい安月給でも…」  
黒沢はぐっと唇をかみ締める。  
「そうだ…アジフライだって…みんなのためじゃないか…せめて監督だから気の利いたことやろうと思って…」  
声がこわばり、黒沢は押し黙ったまま太郎の見開いた目を見つめた。  
「俺は俺なりにやってきた…なのに…ぐっ…ぐっ…」  
その結果一人で宿舎に取り残された。思わず黒沢は太郎にしがみつく。  
「見てきただろ…俺のやってきたこと…お前なら…」  
「そうよ…ずっとみてきたわ…だから黒沢さんならいいの…こんな体でよかったら黒沢さんに…」  
その声が黒沢の声なのか妄想の中で響いている声なのかわからない。涙がにじむ目で太郎の唇に唇をそっと押し当て、  
硬質樹脂の滑らかな胴体をなぜ回す。  
「ああ…いい…黒沢さん…」  
黒沢の野太い裏声があえぎとなってもれる。やはり黒沢は妄想の中にいた。妄想に逃げ込みたかったのだった。  
「黒沢さん…」  
「いくぜ…」  
なぜかニヒルな笑いを浮かべると黒沢は肉棒に手を添えて太郎の股にすべりこませた。  
「アッー」  
瞬時に白濁が散った。  
「早すぎる…早すぎる…今のタンマ…ねっ、ねっ」  
あわてて黒沢は手を振ったが、やがて力なくうなだれた。  
「早いのか…やはりせっくしゅでもだめか…ぐっ!ぐっ!」  
そのまま顔を覆う。涙が頬を伝わった。  
「情けない…妄想なんて嘘っぱちで…太郎とやろうとするなんて…お、俺は大ばか者だ…」  
そのまま黒沢は嗚咽を漏らした。  
太郎は目を見開いたまま無言のままだ。  
雨はまだ降り続いている。夜明けまでまだ時間があった。  
(完)  
 

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