第一話「重さ」 
 
ひた・・・ひた・・・  
 
気配を消し去り・・・監視カメラの目をくぐり・・・  
遺体安置所に近づく少女・・・。  
もう少し時間があれば・・・少女ではなく、女になれたかもしれない。  
今も・・・胸に巻いたサラシの下と・・・太ももギリギリのところまで短く切ったズボンの中が・・・疼く・・・。  
だが・・・・・・  
 
「お前は・・・『普通』でいいっ・・・!!」  
 
最後に言われた言葉が・・・少女の耳に焼きついている・・・。  
離れない・・・おそらく・・・もう一生、離れないであろう言葉っ・・・!!  
決して消えることのない刻印・・・!  
 
後悔とやるせない思いを抱え、少女はそっと・・・部屋に忍び込む。  
無論、明かりはついていない・・・が、少女には、どこに何があるのか、手に取るようにわかる・・・。  
遺体に近づき・・・  
顔に被せられた布を・・・そっとめくる・・・。  
 
「ゆき お さん・・・。」  
 
そう・・・そこにあったのは・・・司法解剖後の・・・  
ニセアカギ・・・平山幸雄の死体・・・。  
 
サラシを外し・・・ズボンを脱いで・・・  
少女が・・・平山幸雄であったモノに・・・体を寄せる・・・。  
唇同士を近づけ・・・  
 
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・くちゅっ・・・  
 
教えられた通りに舌を入れ・・・絡ませる。  
言われた通りに肌をさすり・・・舐め・・・  
言われた通りに自分の体にも快感を与え・・・  
言われた通りに自分の体を押し当て・・・  
言われた通りに・・・己の局部に、平山のそれをあてがい・・・激しく腰を振るっ・・・!  
 
ぐちゅっ・・・くちゅ、くちゅ・・・ずちゅ・・・  
 
「っ・・・!あっ・・・ん・・・ああっ・・・!」  
いくら声をあげても、声は返ってこない・・・  
熱も・・・伝わらない・・・少女はすでに全身が火照っているというのに・・・!  
 
「ゆきおさん・・・。」  
(もう、教えてもらえない・・・何もっ・・・!)  
頬を伝う涙をぬぐうこともせず・・・  
ためしに持ち上げてみた頭は・・・  
 
とても・・・重かった・・・。  
 
 
第二話「想定外」  
 
「え?」  
起きて早々、平山幸雄は想定外の事件に巻き込まれた。  
平山の横に・・・女が寝ている・・・。  
しかも・・・全裸・・・!  
(・・・ないっ・・・!ありえない・・・!この状況は・・・どういうことだっ・・・!)  
 
平山は昨夜「アカギ」として・・・代打ちの仕事をしていた。  
 
仕事の前に酒を入れるわけにはいかない・・・。  
勝ったとしても、自分の身の安全を完全に確認するまでは、決して油断はできない・・・。  
帰宅途中で・・・相手側の三下に返り討ちに遭う可能性は、少なくない・・・。  
用心深い平山は、安岡刑事と打ち合わせをしていた。  
帰りの車は・・・平山と安岡の他に・・・運転手ともう一人、警察関係の人間が警護のため乗っていた・・・。  
車を降りてからも・・・誰にも平山の住所を割られぬよう、遠回り・・・。  
「なんで・・・なんで俺の部屋に・・・俺以外の人間が・・・!?」  
 
ざわ・・・・・・・・・  
ざわ・・・・・・・・・・・・  
ざわ・・・・・・・・・・・・・・・  
脳内を駆け巡る、得体の知れない不安・・・  
そして・・・横の女の正体をはっきり思い出した途端・・・  
 
平山は震撼したっ・・・!  
(昨日の・・・用心棒・・・!!)  
そう・・・女は、相手方の組の雇われ用心棒だった・・・。  
 
「起きろっ・・・!おい、起きろよ・・・!!やめろー!俺のベッドで寝るなーぁぁぁ!」  
平山の動揺は計りしれない・・・。  
圧倒的理不尽っ・・・!  
何もかも・・・何もかも想定外・・・!  
 
・・・局部は・・・女のそれだった・・・  
女、というより、娘と言った方が正しいような童顔・・・。  
綺麗に刈り上げた髪・・・形の良い小さな胸・・・  
すこし大き目の服を着れば、少年にも見えなくは無い・・・。  
 
だが・・・この女は・・・  
 
「おい・・・頼むから・・・起きてくれっ・・・!クソッ、どうしたらいいんだ・・・!」  
肩を揺すって起こすことすら、平山にはできない・・・  
相手方にいた、というだけではなく・・・。  
 
「ん・・・」  
瞼が、かすかに開いた。  
「うわー!」  
思わず声を上げ・・・後ずさる・・・  
起きぬけの女の目は・・・潤んでいる。  
「ごめんな さい・・・。あり が とう・・・。」  
「え?」  
女はそう言って・・・平山の胸に・・・柔らかな体を寄せた・・・。  
 
 
第三話「ほのか」 
 
細い手足・・・  
寝ぼけた目のまま・・・女がつぶやいた・・・。  
「あか ぎ さん・・・。」  
「ぐっ・・・!」  
 
そう・・・昨晩の平山は、確かに『アカギ』として打っていた。  
そして・・・郵便受けにも玄関にも、表札の類は一切・・・かけていない・・・。  
どうやって平山のベッドにもぐりこんだかは知らないが・・・この女・・・  
(俺を・・『アカギ』として認識している・・・)  
アカギとして在ること・・・自分で選択した道ではあるが、なんとなく・・・腹立たしかった・・・。  
 
「お、お前っ・・・!」  
「・・・はい・・・。」  
「え?」  
素直な返事・・・。  
 
「ど、どうし・・・いや、俺はアカ・・・いや、昨日・・・、向こう・・・」  
(どうして此処にいるっ・・・!?)  
(俺はアカギじゃない・・・!!)  
(昨日と・・・口調も態度も違いすぎるっ・・・!)  
(そもそもお前・・・向こう側の人間だろうがっ・・・!!)  
疑問は矢継ぎ早に浮かぶが、肝心の言葉がうまく出ない・・・。  
 
必死に動揺を隠そうとして・・・余計オロ・・・オロ・・・する・・・  
そんな平山をじっと見ている、大きな・・・潤んだ目・・・。  
平山は・・・うっかり魅せられた・・・そして・・・  
 
「んっ・・・?」  
想定外・・・!  
それは・・・・・・  
平山自身にとっても、想定外の行動っ・・・!  
普段の平山なら、決してしない事・・・!  
「ん・・・んんっ・・・っ!」  
女を抱き寄せ・・・唇を奪い・・・そのまま吸い上げたっ・・・!  
 
ぺちゃ・・・ぺちゃ・・・ずちゅっ・・・ずっ・・・  
 
女は・・・抵抗しない・・・。  
昨夜は・・・異様な殺気を漂わせていたというのに・・・!  
今は、それがまるでないっ・・・圧倒的無防備っ・・・!!  
 
「う・・・う・・・」  
 
平山は・・・女の苦しそうな・・・窒息しそうな声で、ようやく我に返った・・・。  
 
「尾けてきやした・・・。」  
「え?」  
「尾行・・・。」  
横を向いて遠くを見つめながら・・・低い声で女は言った。  
口調は先ほどとは全くの別人・・・それでいて、やはり・・・同じ女・・・。  
今、平山の隣に寝ている・・・雇われ用心棒・・・  
 
「そ・・・そんなはずは・・・無いっ・・・!俺は・・・」  
万全に万全を期したっ・・・!ありえない・・・あってはならない事・・・!  
「気配を殺すなんざあ簡単ですよ、旦那。旦那は・・・スキだらけでしたし・・・。  
 クルマは俺も持ってやしてねェ・・・サツの経路は簡単に割り出せまさァ。  
 あとは・・・旦那の後ろに張り付いて歩くだけ・・・。」  
 
女の名は・・・『ほのか』・・・  
火柱の火に・・・植物の花と書いて、火の花・・・。  
ほのか曰く、平山が「アカギ」かどうかということは関係なかったとの事・・・。  
ただ・・・  
 
「俺は・・・ちょいと前まで、諜報員をしてましてねェ。  
 日本が負けた途端に用済みになったモンだから・・・今度は組やら・・・金持ちやら・・・  
 日雇いで・・・色んな仕事を請け負ってたんで・・・あァ、昨日の仕事はマトモでしたねェ・・・  
 殺し・・・趣味の悪い見世物・・・そんなモノよりは・・・多少マトモ・・・  
 もう・・・長いこと狂気の中に居て・・・『普通』がどんなものだか・・・  
 ・・・わからなくなっちまったんでねェ・・・。」  
 
だから来たのだと、ほのかは言った。  
「どういう・・・意味だっ・・・!」  
「旦那は・・・あの場で一人・・・まとってなかったんでさァ・・・。  
 ・・・狂気を・・・。」  
 
ここで・・・悔しがるべきなのか・・・喜ぶべきなのか・・・平山には、わからない・・・。  
「だから・・・きました・・・。」  
ほのかの声が・・・おねだりをするような甘い声に変わった・・・。  
「・・・ねかせて・・・もらえますか・・・?」  
寝かすも何も、すでに寝ている。  
「何を言ってる・・・!赤の他人を・・・タダで寝かせられるわけねえだろっ・・・!?」  
「からだではらいます・・・。」  
 
(体って・・・コイツの場合、売春じゃなくて・・・用心棒の仕事で払うんだろうな・・・)  
そんなことを思っている間に・・・ほのかはもう寝息を立てていた・・・。  
 
 
第四話「イチ」  
 
「小指だけでいいんですかい・・・?  
 小指一つなくなったって死にゃあしねえでしょう・・・。」  
 
「なっ・・・!?」  
平山に電流走るっ・・・!  
(何を・・・言ってる!?何だ・・・コイツは・・・?)  
 
昨夜の事・・・負けた側の雀士及び、それを推薦した組の者が小指を詰められることになった・・・。  
その際のほのかの台詞・・・。  
ゴツイ男たちの中で一人、小柄な女がサラシを巻いて待機していた・・・。  
何一つ勝負には関係ない・・・むしろ・・・そちらに注目していると肝心の仕事に支障が出る為、  
勝負にケリがつくまではあえて見ないようにしていた・・・存在・・・だが・・・  
決着後にそのような事を言われたら・・・動揺は隠し切れないっ・・・!  
 
「ああ・・・これは、殺すのが目的じゃない・・・。  
 ケジメ・・・落とし前ってのは・・・殺すことじゃねえんだ・・・。  
 そうだな・・・お前がつけてた襟章みたいなモンだ、イチ。  
 一生消えないように・・・外せないように・・・刺青や指切りをするのが、この世界の掟・・・。  
 それから・・・生き地獄を味あわせる・・・・・・特高※がやってたことと・・・同じような仕打ちだ・・・。  
 やくざ絡みの仕事をするときゃあ、覚えておいたほうがいい・・・。」  
 
「へい、若頭。」  
 
イチは・・・火の花の火のもじり・・・『ひ』・・・  
ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、の・・・『ひぃ』で・・・『イチ(1)』・・・。  
それが・・・ほのかの通り名らしい。  
 
その時のほのかの目は・・・何も映していなかった・・・負けたら死、それが当たり前・・・  
そういうことっ・・・!  
なのにっ・・・!  
 
「え・・・と・・・えと・・・寝ているあいだに・・・なにもしなかったのですか・・・?てごめは・・・」  
目覚めたほのかは・・・そう言った。  
 
※特高=特別高等警察の略称。  
 
「そ、の・・・その喋り方は・・・やめろー!」  
ほのかが寝ているあいだ、平山は一睡もできなかった・・・。  
『指だけで』発言だけではなく、平山は・・・ほのかが、相当な手練れであることも知っている・・・!  
幸い、今日は代打ちの仕事は入っていない・・・  
(今日中に全部聞き出すっ・・・!吐かせるっ・・・!)  
 
「自分は・・・ここで極道の喋り方は・・・なるべくしたくないのであります・・・。  
 この口調でよろしいですか、アカギ殿。」  
「よせっ・・・!」  
「自分は戦時中、こう喋るように教育されたのであります。」  
またも困った顔で見つめられ・・・平山はなんとも妙な気分に襲われた・・・。  
 
「・・・わかった・・・『はい』と『いいえ』だけでいい・・・。  
 ・・・お前・・・手込めって・・・いつの時代の言葉だ。『犯す』でいいだろうが・・・!」  
「はい。」  
 
(駄目っ・・・駄目っ・・・!)  
(これでは何も聞き出せないっ・・・!)  
(単語を元に・・・一つ一つ暴いていくしか・・・ないっ・・・!)  
寝不足のため、隈のついた険しい目で・・・強気で尋ねた・・・!  
「犯して、欲しいのか・・・!?ん・・・?」  
 
「はい。」  
「え?」  
「『はい』『いいえ』ならば『はい』。」  
また一瞬で・・・終わった・・・。  
「そうかよっ・・・!!」  
 
平山のメーター、またもや振り切れっ・・・!  
ほのかの肩を押さえつけ・・・脚を無理やり開かせたっ・・・!!  
 
 
第五話「誤作動」  
 
改めて見ると・・・ほのかの体には、いくつもの古傷があった・・・。  
戦場に立った時についたであろう、決して消えない傷・・・。  
ナイフでえぐられた跡・・・銃で撃たれた跡・・・。  
(・・・なんだ・・・こんな大量の傷・・・!)  
 
平山の疑問は増すばかりだが・・・  
(もうどうでもいいっ・・・!イライラするっ・・・!)  
両足をこじ開けて・・・そのまま無理矢理挿入っ・・・!  
 
・・・しようとしたのだが・・・  
「あれ・・・。」  
 
入らない・・・というか、平山のそれは勃ってすらいない・・・。  
衝動で接吻はできても・・・勃起と挿入はできない・・・  
焦りと苛立ちとバツの悪い思いで・・・顔が赤くなる・・・  
「あか・・・ぎ・・・さん・・・?」  
「うるさいっ・・・!!ちょ・・・お前・・・舐めろ!!勃たせろよっ・・・!犯して欲しいんだろ!?」  
「は・・・い・・・?」  
 
「勘違いするなよ!?別にお前が怖いわけじゃない・・・!  
 お前に・・・キスも満足にできないお前に、テクニックを教えてやると言ってるんだっ・・・!!」  
「はい・・・。」  
 
一度、脚を支えていた手を離し・・・ほのかの手首を掴んで、人差し指、中指、薬指を握り・・・  
「いいか・・・舐めるときはこう・・・くわえるときは・・・歯をたてるなよ・・・!」  
「・・・あっ・・・」  
ビクッ・・・!  
羞恥心をごまかしながら指を舐めてやった途端、ほのかの体が震えた・・・。  
 
牌を整え続けた指で、全身をなぞる・・・。  
それは・・・間違った使い方・・・雀士として、間違っているっ・・・!  
雀士の手は女を喜ばす為にあるのではない・・・  
麻雀という博打をするために、あるっ・・・!  
誤作動・・・!  
 
だが、平山は・・・度重なる理不尽と、想定外の連続に、冷静さを欠いていた・・・!  
指で・・・手足を、首筋を、顔を、胸を、腹を、ふとももを、尻を・・・局部を・・・  
なぞって・・・無理矢理、サオを立てたっ・・・!  
 
そして再び脚を開かせて・・・今度こそ、挿入っ・・・!  
 
「い・・・痛っ・・・!」  
「バカなこと言うなっ・・・!銃で撃たれた時より痛いのかっ・・・!?」  
 
「・・・・・・!・・・いい・・・え・・・!」  
選択肢は『はい』か『いいえ』・・・  
体を貫く痛みに体をのけぞらせ・・・涙を流すほのか・・・!  
それを見て・・・ピストン運動にさらに拍車をかける平山・・・!  
 
「やめるかッ・・・!?」  
「・・・いいえ・・・!」  
 
壊れた歯車のように・・・ベッドの軋む音と男女の営みは続いた・・・  
 
 
第六話「平凡な幸い」  
 
ほのかが平山の家に居候を始めてから数ヶ月・・・  
 
何度犯しても・・・  
「痛いか」「はい。」  
「やめて欲しいか?」「いいえ。」  
「じゃあ何で此処に居る・・・?『はい』『いいえ』でなくていいから答えろ。」  
「あなたが・・・狂っていないから・・・。」  
 
それしか言わなかった。  
平山は・・・問うのをやめた・・・その代わりに・・・男を喜ばせる技を教え込んだ・・・。  
正確には・・・男ではなく、平山のためだけに・・・教え込んだ・・・。  
 
本名は、明かさない・・・。  
『アカギ』として認識させておく・・・。  
そのうち・・・『本物』になるはずだったからだ・・・  
だが・・・  
 
神域の男はふらりと現れて、凡才を、そこに何も無いかのように踏みにじりながら去った・・・  
凡才にとって一度目の運命の夜は明けて・・・  
 
憔悴しきった顔で、玄関のドアを開け・・・部屋に入った途端、思い切り壁を殴った・・・  
 
「ああそうだ!俺は・・・アカギじゃ・・・無いっ・・・!!勝てないっ・・・!」  
「え・・・」  
 
知っていた・・・。  
あえて聞かないことにしていた。  
あえて、何も知らないことにしていた・・・  
・・・知ってしまったら・・・また・・・狂気の中に引きずりこまれる気がしたから・・・。  
 
神域の男は・・・アカギは・・・常に狂気の中にいる・・・  
そう聞いていたから・・・  
 
「・・・でも あなたは・・・あなた だか ら・・・私は・・・」  
「お前には良くても俺には大問題なんだよっ・・・!!クソッ・・・!!」  
バシィッ!!  
また、壁に腕を叩きつける・・・。  
 
「・・・ほんとうの・・・なまえは・・・。」  
 
破れかぶれになりながら・・・平山は叫んだ・・・。  
「『ヒラヤマユキオ』だよ、畜生っ・・・!  
 平凡の平に、山に、山の幸の幸に、オスメスの雄だっ・・・!  
 どうしようもない・・・そこいらじゅうにある名前だ・・・!」  
 
「・・・ゆきお さん・・・ 平凡な 幸せ・・・  
 それ・・・は・・・わたし には ない・・・ から・・・ わたし・・・ここ に・・・」  
「だからっ・・・それじゃダメなんだよっ・・・!!」  
言い終わるや否や、そのまま押し倒して、初めてそうした時のように・・・何度も犯した・・・。  
 
後盾も信用も何もかも失った平山は・・・フリーの代打ちとして、かろうじて糊口を凌いだ・・・  
無論・・・一切の命の保障は無い・・・そんなものは誰も恵んでくれない・・・  
平山が打つ、その後ろには常にほのかが居て、護衛をしていた。  
 
いつ、どこでのたれ死ぬかわからない・・・『まとも』な人間を・・・  
・・・失わないために・・・。  
 
そして訪れる、二度目の運命の夜・・・。  
 
「もう、俺の仕事場には・・・来るな・・・。」  
すっかり自分のイロ(情婦)と化したほのかに、ある日突然、平山はそう告げた。  
 
「お前は・・・『普通』でいいっ・・・!!『平凡』でいいっ・・・!!  
 だけど、俺はそれじゃあダメなんだよっ・・・!裏で生き延びるんだ・・・俺は・・・!  
 お前はここで普通にやってろ!俺は、これから仕事があるっ・・・!!」  
 
バンッ!!!  
 
音を立ててドアが閉まった。  
ほのかは、出かけた平山を・・・こっそりと・・・尾行した。  
白服にサングラスをかけた数名の男と・・・平山が話しているのを見た・・・  
 
追いかけはしなかった。  
平凡な日々の中・・・ずっと・・・待っていた・・・。  
警察手帳を持って、安岡という刑事が・・・平山の部屋のドアを叩くまで・・・。  
 
しばらくして・・・  
『偽物の』アカギと・・・遺体安置所で再会した後・・・  
『本物の』アカギが・・・『吸血鬼』を殺したと・・・  
『凡才』の血を吸い尽くした『吸血鬼』を・・・『神域』が・・・殺したと・・・  
風の便りで聞いた・・・  
 
ひら・・・ひら・・・  
とめどなく・・・舞い落ちる・・・雪・・・  
 
とある組の・・・庭の見える廊下にて・・・おそらく組を束ねている男が・・・煙管の火をくゆらせる。  
後ろに控えていた・・・サラシを巻いた女が・・・ふいに呟いた・・・  
「・・・旦那ァ。綺麗な・・・雪ですねェ・・・」  
「そうだな・・・イチ、お前も何か羽織っとけ。仕事前だ、気合いれろよ。」  
いくらなんでも、雪の日にサラシと切ったズボンだけというのは・・・  
旦那と呼ばれたほうは、七輪から離れないほどの寒さ・・・だが・・・  
 
「俺は、火の華、ですよゥ。これぐらいのユキなんざ・・・どってこたァねェ。  
 俺を震え上がらせるユキはね・・・いえ、何でもありやせん・・・。」  
そういいながら、ひょい、と、裸足のまま庭に降りた。  
平らな雪に・・・いくつもの足跡がつく・・・  
「おいおい、何をやってるんだ・・・。」  
「大丈夫ですって、旦那。」  
 
ほのかは・・・空を見上げた・・・  
(ユキは・・・ずっと・・・降り続いて・・・降り続いて・・・これから先も・・・)  
「さっさとあがれっ・・・!」  
わかりやした、といいながら、廊下に戻る・・・  
 
「・・・『ひら』・・・。」  
「ん・・・?」  
「旦那、俺の名前なんですがね・・・イチ、じゃあ無くて・・・  
 火で・・・良いと書いて・・・火良・・・そう呼んでもらえやせんかねェ。」  
「ヒラ?なんだそりゃあ・・・。えらく地味な・・・」  
 
「いいんです。『イチ』なんざあ、もったいない。  
 神域の一流も・・・熱い三流も・・・俺にゃあ要りやせんよ・・・。  
 凡才・・・二流・・・それで・・・」  
 
俺は満足です、そう言って笑った。  
 
 
 
 
 
 

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