ハニー、ハニー。  
あなたにはドキドキさせられっぱなしよ!  
ほとんど殺されちゃいそうなくらい!  
あぁ、くらくらしちゃう!  
 
事の発端はハウルが王宮付き魔法使いに就任した頃。ソフィーがハウルに贈り物を  
したいのだが何か欲しい物があるか、と聞いたときだった。  
 
――――ねぇ、僕を喜ばせるものを自分で選んでみてよ  
――――あなたの一番嬉しい物を自分で考えるってこと?  
――――そうだよ。僕の事を解ってるいるならわけもないだろう?  
 
ハウルの提案により、ソフィーはハウルためのプレゼントを内緒で選ぶ事になった。  
望む事は唯一つ、彼がもっとも驚いて、彼が一番喜ぶプレゼントを!  
 
「……という訳なんだけど、私、どうしたらいいのか解らなくて」  
チェザーリの店の裏に設置された簡易テーブルに肘をついて、ソフィーは大きな  
ため息をついた。レティーが冷ややかな一瞥を姉に注ぐ。  
「久しぶりに来たと思ったら、旦那様の話ばっかりね。ご馳走様」  
「そんな事言わないでレティー。私、真剣なのよ」  
ソフィーが拗ねたように唇を突き出して言った。そう言った顔があんまりにも  
可愛らしくて、レティーと二人を遠巻きに見ていた男性客と男性店員達の頬が緩む。  
「んもう、しょうがないなぁ。いいわ、大事なお姉ちゃんのためだもの、協力しましょ」  
高らかに宣言し、レティーが胸をはった。ソフィーが妹に飛びつき、そうされた  
レティーに羨望の眼差しが突き刺さる。レティーは周囲をひと睨みすると観衆を蹴散らした。  
「ところでお姉ちゃん、義兄さんの欲しがりそうな物ってどんな感じ?」  
「欲しがりそうな物?」  
抱きついてきた姉を引き剥がしてから、レティーが改めて聞いた。  
レティーの知っている義兄に関するデータは王宮付きの魔法使いで、物凄い美貌で、  
少し子供っぽいけど明るい性格で、何よりも姉にベタ惚れ。それこそ、見てるこっちが  
恥ずかしいほどに。そんな所だった。そんな義兄の欲しい物など、レティーには想像もつかない。  
 
「んー……解らないわ。あの人、何でも持ってるもの」  
……のろけてるの?  
レティーは頭の中に浮かんだ言葉を瞬時に追い払った。姉は少し鈍感で天然なだけだ。  
別に悪気があって言っているわけではないのだろう。それに、姉の台詞もあながち  
間違っていない。義兄は恵まれた容姿をしているのは元より、上等な魔法使いである以上  
聡明である事は確かだし、才能もずば抜けている。お金に困っている様子もないし、  
多少変わってはいるが素晴らしい家族と、こんなにも可愛い奥さんがいるのだ。  
これ以上何を望むというのだろう。  
「そうね……あたしにも想像がつかないわ。」  
なんだか考えるだけ悲しくなって、レティーが紅茶をすすった。ソフィーは首を傾げながら  
うーんうーんと唸っている。  
「じゃあ、質問を変えましょう。義兄さんの趣味って何?」  
「……読書かしら?でなきゃ入浴?」  
「一日で何をしてる時間が一番長いの?」  
「仕事かしら………あ、私をからかってる時間の方が長いかも」  
………おいおいおいおい、のろけるなって―の。  
口の端に浮かびそうになった言葉を何とか飲み込み、レティーが姉を凝視した。  
ソフィーは真面目くさった顔で妹をみつめている。レティーはとほほ、と呟いてから息を吐いた。  
「じゃ、本とかでいいんじゃないの?」  
「んもう!真剣に考えてってば!」  
 
面倒臭そうに頬杖を突いたレティーに、ソフィーが喚いた。内心惚気はもう結構だが、  
姉が急に心細そうに視線を下げたのが気になって慌てて微笑を浮かべる。  
「えーと、じゃあ義兄さんが最近何か欲しいとか、どこかに行きたいとか言ったりしなかった?」  
「欲しがってるのは………無いわね。あぁ、私が欲しいってよく言ってる。変な冗談よね」  
「……他には?」  
「特には。行きたい場所もないみたい。寝室にはしょっちゅう行きたがってるけど」  
おいおい、ぶっちゃけすぎてないかね。  
レティーのふっくらした頬が引きつった。ソフィーは大真面目な顔で顎に指を添えて  
考え込んでいる。レティーは大きなため息を一つ吐くと、軽やかな足取りで倉庫に入り、  
そしてまた戻ってきた。  
「はい。これはあたしから義兄さんとお姉ちゃんにプレゼント」  
どさどさどさっ。  
レティーがテーブルの上に落としたのは、品のいい青いリボンだった。大層な長さの  
シロモノで、重なり合ってテーブルの上でのたくっている。  
 
「………?」  
「解ったわ。義兄さんの一番ほしいもの」  
「本当?なに?」  
ソフィーがぱっと顔を輝かせる。レティーは実におもしろくなさそうに眉をひそめると、  
姉の華奢な腕を取ってそこにリボンを巻きつけた。  
「はいできた。これ」  
「……は?」  
素っ気無く言ったレティーに、ソフィーは思い切り怪訝そうな顔をする。レティーは  
ため息とともに姉に人差し指を突きつけた。  
「体中にリボン巻きつけてあげるから、そのまま帰ったら?それをほどく権利が、  
今回の贈り物。どう?名案でしょ?」  
「真剣に考えてってば……」  
「真面目も真面目、大真面目よ。これ以上のものは考えられないわね。なんなら  
試してみるがいいわ、あたしからのプレゼントってことで」  
「………私の体中にリボン巻いて、ハウルがそれをほどくの?」  
レティーが厳かに頷いた。ソフィーは相変らずきょとんとしたまま、リボンを見つめている。  
「……解った、とりあえず試してみるわ。でも、本当に喜ぶ?」  
「大丈夫、絶対大喜びよ。あたしが保証する」  
ぱちんとウィンクを一つ残して、レティーが茶器を片付け始めた。どうやら、休憩時間は  
終りらしい。ソフィーも慌ててリボンを回収しながら、それでも釈然としない気持ちで首を傾げた。  
「…………本当に、そんな物欲しがっているのかしら?」  
 
それから二日後、店番をしていたレティーの元をひどく浮かれた様子の義兄が訪ねて来た。  
肌艶がいやに良く、見るからに生き生きしている。  
「こんにちは、お義兄さん。ご機嫌ね」  
「あぁ、レティー!信じられるかい?僕は昨日、人生の中で一番素晴らしい  
プレゼントを貰ったんだ!」  
何時にも増して輝かしい美貌をひけらかしながら、ハウルがうっとりと目を閉じた。  
レティーは明後日の方向を向いてから、小さく笑う。  
「お気に召した?リボンのロゴでわかったのかしら?」  
「もちろん。なかなか素敵なリボンだね」  
その言葉を聞き、レティーがチョコレートの小箱をショーケースから出して  
ハウルに押し付けた。ハウルは不思議そうな顔でそれを見つめている。  
「レティー?」  
「疲労回復には甘いものが一番よ。どうせ、お姉ちゃんは寝込んでるんでしょ?」  
レティーが照れも遠慮もなく言い放った。ハウルはかすかに苦笑するとレティーに  
代金を握らせる。  
 
「ご名答。奥さんにはもう少し体力をつけてもらわないと。あれ位でへばってたら、  
この先いろいろ困るからね」  
チョコレート代にしては多すぎる現金にレティーが戸惑って義兄を見上げた。  
背の高い魔法使いは悪戯っぽく片目を閉じると、彼女の差し出した手をひっこめさせる。  
「鈍感な奥さんに、いいアドバイスをありがとう。君がいなかったら、きっと僕は  
一番ほしいものを贈ってもらえなかったんだろうね」  
チョコレートは美味しく頂くよ、とだけ言い残し、ハウルが店を出て行った。  
鮮やかな残像が瞼に残り、レティーはため息をつく。  
 
お姉ちゃんも、いろいろ大変だわ。  
でも、まさか本当にやるだなんてね。  
   
チョコレートの代金をレジに突っ込み、余ったチップを数えながらレティーは苦笑した。  
きっと、あと二日三日したらまた姉が会いに来るだろう。そうしたらこのお小遣いで  
お茶でもしよう。その時に自分は責められるかも知れないけど、でもそれすらも楽しみで。  
レティーは込上げてくる笑いをこらえられず、ちいさく声を上げた。  
 

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