ソフィーはちゃんと、待っているだろうか。  
 風呂を済ませたハウルは、緊張のあまり殆ど感覚のない手でノブを掴むと、寝室のドア  
をそっと開けた。  
 いつもはベッドの脇に置いてあるランプが、ドアの近くに移動している。明るさの向こ  
う、薄暗いベッドの中に、銀色の髪と白い肩を見つけると、心臓の鼓動は一層早くなった。  
 
 
 風邪が治ってから数日後、  
「呪いを解いて欲しいの」  
 ソフィーにそう言われて、ハウルは思いきりうろたえた。  
「あ…の、――ソフィー?」  
「……難しい?」  
 ハウルにとってはまったく難しい呪ではない。解呪の呪文の組み立ては、呪を受けて数  
時間後には出来あがっていた。  
 しかし、それから数週間もの間、その呪を解かずにいるのには、それなりの理由があっ  
た。すなわち、図らずも同じ呪を分け合ってしまった人物の『協力』が得られないからで  
あり、その協力者たるソフィーが、それを拒み続ける原因をハウル自身が作ってしまった  
手前、あからさまに彼女にそれを要求することができなかったからである。もちろん、あ  
からさまにならないようになら、求めていることはいる。彼女を追い詰めて嫌われないよ  
うに、表現はぼかして冗談を織り交ぜながら。  
 それでも、ようやく軟化してきた彼女の態度を、もう一度硬化させるようなことはでき  
ない。たとえ、彼女に好きだと言ってもらえるようになったとしても。細心の注意を払っ  
て、もっともっと気持ちの距離を縮めるのだ。間違っても即、押し倒すような真似をして  
はならない。――そんな決意をしていたのに。  
 
「解くこと自体は、そう難しくないよ」  
 気を取り直してハウルは言った。  
「呪文をきちんと唱えればいい。――ただ……」  
 頬を赤くして、ハウルは言いよどんだ。目の前の彼女は風呂上がりで、髪をラフにまと  
めていた。後れ毛がひとすじふたすじ貼りついた首筋が妙に目に付いて、ハウルは視線を  
泳がせる。喉の乾きに似た何かを感じていた。  
 ソフィーは恥ずかしそうに肩を縮めて、手にしたタオルをぎゅっと握り、うつむきなが  
ら言った。  
「――わたし、協力、するから……」  
 それは、ほとんど囁き声のような、小さな声だった。  
 
 
 彼女の白い肢体は、ほの暗い中に浮かび上がって見えた。ベッドサイドにあったランプ  
を、わざわざベッドから遠く、ドア近くに移動させたのは、裸で待つのが恥ずかしかった  
からだろう。 ハウルはベッドに腰掛け、シーツの上に片手を突いて自分の体重を支えな  
がら、上半身をソフィーの方へ捻る。空いてる方の手を彼女の方へ伸ばし、背を向けて横  
たわっている彼女の肩にそっと触れた。途端にその身体がびくりと震えた。  
「ソフィー、こっちを向いて」  
 声を掛けると、ソフィーはシーツにしがみついて縮こまってしまった。ハウルは彼女の  
身体を覆っている上掛けを少しだけずらした。彼女の緊張を解くように、その腕に沿って  
掌をゆっくり撫で下ろし、また撫で上げる。しばらくそれを繰り返した後、撫で下ろした  
手で彼女の掌を捉まえて、  
「……怖い?」  
 訊くと、彼女は向こうを向いたまま、首を振って否定した。耳朶が赤い。ハウルは微笑  
んだ。  
「ぼくはちょっと、怖いかな。ドキドキしすぎて」  
 ――壊れそう。  
 彼女の耳元に顔を寄せてそう囁いた。  
 それから、その耳朶にキスをした。  
 
 ハウルは自分も服を脱いで、ベッドの中、ソフィーの隣に滑り込むと、彼女の背に自分  
の胸をぴったりと摺り寄せた。触れ合った肌が暖かい。  
 心臓の鼓動が、彼女に伝わればいい。そう思いながら、後ろから回した手で、彼女の腹  
部を撫で回した。しばらくそうしてから、撫で上げた掌で、彼女の胸の膨らみを包み込む  
と、やわやわと揉んだ。  
「……柔らかい」  
「っ、なに言っ」  
 顔を赤くして振り向いた迂闊な彼女の肩を捉まえる。身体の下に抱き込んで覆い被さり、  
その唇を貪った。舌を差し入れ彼女の舌を探り出す。唇と舌で彼女の柔らかなそれらを、  
思うままに味わった。  
「……ん」  
 小さく開いたままの唇から覗いた彼女の舌をぺろりと舐めてから、ハウルは唇を離した。  
ソフィーは大きく息をついた。吐息が熱く湿っている。ハウルは彼女にに再びのしかかる  
と、ずっと彼を誘っていた滑らかな首筋に顔を埋めた。  
 白い肌に唇を触れさせる。場所を少しずつ移動させながら、何度も肌の上にキスを繰り  
返すと、いちいち唇を離すのがもどかしくなった。喉元に、鎖骨に、唇でその肌を辿る。  
ちゅっちゅっ、と音を出して吸い付き、舌でちろりと舐める。もう、夢中だった。  
「……っ」  
 びくっと震えて肌が粟立つ。乳房の先端がきゅっと尖ったのを見つけて、ハウルはそれ  
を口に含んだ。溶かすように舌で丹念に舐めると、彼女の喉の奥から声が漏れた。  
「ん、んっ――あ……っ!」  
 わき腹を掌で撫で回すと、さらにぞくりと肌が震えた。  
 
 ハアッ、ハアッ、と熱い息がこぼれる。ん、んっ、と苦しげな呻き声が漏れる。もっと  
もっと彼女を苦しめたくなって、ハウルは執拗に愛撫を施した。髪の毛先から足の指先ま  
で、唇で彼女の全てに触れた。秘められた場所の奥の奥まで。そうして、彼女の声をどん  
どん追い詰める。  
「あっあ……ん、んんっ、ンッ!」  
 一際高い声を上げて、ソフィーは身体を強張らせた。その時ハウルが触れていた場所が、  
ヒクヒクと震える。ハウルは舌をやわらかく押し付けて、その動きを感じ取った。  
 少しの間を置いて、彼女の体がゆっくりと弛緩していく。ハウルは、自分の口の周りに  
付いたものを舌で舐め取りながら身を起こした。それから、目を閉じて大きく息を吐く彼  
女を抱き起こした。  
 
 
 身体中が痺れて、溶け出しそうだった。身を捩っても止まない愛撫は、彼女を喘がせ苦  
しめたが、彼女はそれを止めて欲しいとは思わなかった。その身体に絶えず熱を与えてい  
るのは確かにハウルなのに、彼を探して視界に入るのは、見慣れた部屋の壁と、彼の手に  
捕えられた自分の片方の膝頭。その膝頭も、与えられ続ける熱に思わず身を仰け反らせる  
と見えなくなっってしまった。  
 ソフィーはぎゅっと目を瞑った。見えない彼を探すよりも、その方がもっと近くに彼を  
感じられた。ぴちゃ、と水音が聞こえる。そしてそのまま、あまりに容易く絶頂に導かれ  
た。全身がぞくりと痺れ、肌が粟立つのがわかった。  
(さ、むい……)  
 熱く熱く息を吐きながらも、何故かそう思った。それは、汗ばんだ肌が空気に触れてい  
るからかもしれないし、与えられていた愛撫が止んでしまったからかもしれない。あるい  
は、他に何か理由があったのかもしれない。  
 と、シーツと背中の間にハウルの腕が入りこんだ。そのままふわりと上手に抱き起こされた。  
 キスは、涙に似た味がした。彼の舌は暖かかった。  
 唇はすぐに離れたが、かわりに彼の額がソフィーの額にくっつけられた。  
 
「……ソフィー、目を開けて」  
 記憶を閉ざされたソフィーが想像していたよりも、もっとずっと濃密な夜を自分たちは  
過ごしてきたらしかった。頬に手を添えられ、熱っぽい眼差しに見つめられたただけで、  
こういう時に自分がどうしていたかがわかってしまった。するりと頭の後ろに回った手が、  
彼の胸にソフィーを引き込む。ソフィーはそのまま身を屈めた。自然な動作だった。  
 ごく浅く、唇で挟んだだけのまま、軽く吸うと、ちゅっと音が鳴った。ハウルが自分に  
『何か』していた時も、こういう音がしていたわ、とぼんやりソフィーは思った。口の中  
に含んで強く吸いついてみると、ソフィーの頭の上でハウルが息を詰めたのがわかった。  
 ソフィーの頭に添えられたハウルの手が、一瞬、彼女の髪を掴む。しかし、その手はす  
ぐに気付いて離された。ソフィーはむっとした。彼女を気遣う余裕がある彼が癪に障った。  
(だってさっき、わたしは翻弄されたんだもの)  
 ソフィーは一層丁寧に、ハウルを愛撫した。添えた手で撫で擦り、舌でねっとりと舐め  
上げ、先端に滲み出た液を唇で吸い取った。  
「……ッ、くっ……ゥ」  
 ハウルが声を漏らす。それを聞いて、ソフィーの身体がヒクリと疼いた。足の付け根に  
ぬめりを感じる。夢中で彼を舐りながらも、自分の身体の反応がつまりどういうことなの  
か理解して、ソフィーは頭がクラクラするのを感じた。恥ずかしさに身体中が熱くなった  
が、彼への愛撫を止めようとは思わなかった。口一杯に頬張り、頭ごと大きく振って動か  
すと、ハウルが「ああ…」と熱い息を漏らす。  
「ソフィー……、も……離……」  
 喘ぎ混じりの上擦った声を上げ、ハウルはソフィーを引き剥がそうとした。ソフィーが  
両手で包んでいる彼の根元の周囲がピンと緊張していた。離されまいと深く呑みこんで、  
強く吸う。  
「ゥ……ア、ダメ……、――っく……!」  
 
 生暖かいものが、ソフィーの口内にピュピュっと迸った。ソフィーはそれを漏らさずに  
受け止めた。と、唇から彼が抜き離される。ソフィーは受け止めたものを吐き溢すまいと、  
思わず手で口元を抑えた。ハウルの手がソフィーの肩を掴み、屈んだ上半身をぐいっと引  
き起こした。  
 ハウルは慌てた様子で「ごめん」と言うと、シーツを引っ張り、ここに出して、とソフ  
ィーの口元に寄せた。しかし、ソフィーは口元を抑えたまま首を振り、飲みにくいそれを  
ゆっくりと少しずつ喉の奥に落としていった。  
 コクン…、コクン…、と小さく動く彼女の喉を、ハウルはじっと見た。いたたまれない  
ような気分になって、ソフィーは目を瞑る。喉元に何かが触れるのを感じた。ハウルの唇。  
ソフィーが口に含んだものを全て飲み込むころには、押し当てるだけだった唇は、はっき  
りとした愛撫に変化していた。  
 
 
「あ……っ、あっ、あっ」  
 ぐちゅぐちゅと濡れた音が、とぎれとぎれに意識の遠くから聞こえてくる。絶えず聞こ  
えるのは、呪文を唱えているらしいハウルの低い囁き声。  
 二人はベッドの上に身を起こしたまま、向かい合って繋がっていた。ソフィーの背中と  
腰を抱いたハウルの腕が、彼女をしっかり支えて、シーツの上に崩れることを許さない。  
 腹部の圧迫感に耐え切れず、縋り付くものを求めたソフィーは、ハウルの頭を胸元に抱  
きかかえた。ぞくりとした震えが沸き立っては消え、また沸き立つ。仰け反って露わにな  
った首元を、呪文を唱え続ける口に柔らかく食まれた。こめかみを涙が濡らすのがわかっ  
たが、止められない。そもそも自分が何故泣いているのかもわからなかった。  
「んッ、んッ、んッ、――ん、んン!あ、あああッ!」  
 
 大きくのけぞったソフィーの背を、ハウルの腕がシーツに着地させた。一人、昇りつめ  
らされたソフィーは、呼吸を止めて全身を緊張させている。一拍遅れて彼女の身体が、ビ  
クリと痙攣した。しかしその時、締め付けようとしたハウルのソレが、抜き出されてしま  
った。  
「……あ、あ、ああ……、あ、や、いやぁ……ハウ……、こん、な、ひど、い……」  
 しっかりと抱きこんだはずのものを奪われて、彼女の最奥が、虚しくヒクつく。何度も、何度も。  
「んっ……んっ……んっ……う、んっ……ぁ……あぁ……」  
 収縮を繰り返した後、彼女の身体からぐったりと力が抜けた。それを待っていたように、  
ハウルは細い腰に手を掛けた。ソフィーの身体の内側をなぞりながら、それはまたゆっく  
りと遡って行く。僅かな時間だけ中断していた呪文が再開された。身体に熱を与える行為  
も再開されたが、今のそれは緩やかなものだった。  
「ハウ、ル……っ」  
 ソフィーは涙を拭おうともせず、掠れた声で彼を呼ぶと、震える両手を彼の方へ向けて  
差し出した。また、つきはなされてしまうのは、嫌だった。  
 ハウルは彼女の腕の中に、簡単に落ちてきた。呪文を紡ぐ唇を、軽くソフィーの眦と頬  
に触れさせた。それから、首筋と乳房と、その先端に。そのじれったい愛撫に「呪文を唱  
え終わるまで終わりにできない」と言われたことに思い至る。さっきソフィーを一人で到  
達させながらつきはなした理由も。  
 彼は、優しい人。いつでも。今も。ソフィーはその優しさを、  
(壊してしまいたい……)  
 そう、思った。もどかしくてたまらなかった。  
 
 絶頂を迎えたばかりの身体など、気遣わなくていいのだ。強く強く揺さぶって、鈍った  
感覚を突き破り、何度でも彼女の身体を目覚めさせてしまえばいい。自分本位に滅茶苦茶  
に抱いてくれたっていい。快楽を教えられた若い身体は、与えられれば与えられるだけ貪  
ってしまうのだから。  
「お願い、もっと……」  
 忘れた呼吸が、戻っていく。吐息には甘ったるい呻きが混じる。けれど粟立つ肌が快感  
によるものなのか、彼の優しさがもどかしくてせつなくて仕方ないからなのか、分からな  
かった。溢れつづける涙も。  
 呪も記憶も、もうどうでもよかった。早口に呪文を唱えるハウルの端正な顔は、今は激  
情と忍耐の間で酷く歪んでいた。ソフィーはその歪んだ顔が、たまらなく愛しかった。  
「ひとりで…くのは、嫌……」  
 ハウルはソフィーの両の掌に、自分の掌を合わせた。指と指を絡ませ、手を繋ぐ。その  
ままぐいっと腕を持ち上げ、彼女の手をシーツに押し付けた。それから、呪文の最後の一  
節をその口から搾り出した。  
 
 その時二人は一瞬目を見開き。ハウルは泣きそうな顔で、ソフィーは泣きながら、微笑んだ。  
 
 その後はもう、ただ欲しいままに。  
 
 ランプの灯りは何時の間にか消えていた。窓の向こうに、遅くに昇った折れそうに細い  
月が見えた。  
(呪文が間に合ってよかった)  
 耐えるのも限界だったから。ハウルは、腕の中に閉じ込めたソフィーを見ながら思った。  
 眠るソフィーは、ただ清らかなばかりに見えた。さっきまで、その瞳で、顔で、全身で、  
ハウルが欲しいと泣いていたのに。  
 眠りに落ちる直前、ソフィーが「ごめんね」と呟いたことを思い出す。それが何に対し  
てのことなのか、ハウルにはよくわからなかった。一人でイかされて「ひどい」と言った  
ことなのか、あの朝「大嫌い」と言ったことなのか、このぎくしゃくした数週間のことな  
のか。あるいは、彼を思い出せなくなってしまったこと自体なのか。もっとほかのことな  
のか。  
 起きたらちゃんと聞いてみよう、とハウルは思った。次に、怒られるかもしれない、と  
思って、クスリと微笑んだ。ソフィーは閨でのやりとりを翌朝に持ち出すことを嫌がるか  
ら。照れて怒って恥らって、真っ赤になった顔を思い出す。これも、愛しい大事な記憶。  
(叱られるかな……)  
 トロリとした眠りに目蓋を支配される。恋人同士になってからよく「もう起きなさい」  
とか「散らかさないで片付けなさい」とか、他愛もない叱り事を言われた。叱られるのが  
嬉しくてわざとそうしたことは、彼女には内緒の話。  
 ハウルは細く息を吐くと、眠りの支配に身を委ねた。  
 
 叱り声の彼女に、起してもらえることをを確信しつつ。  
 
 
<了>  
 

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