ただ何となく目が覚めた、それだけだった。力の抜けた身体を起こして、密やかな  
闇の中を息を詰めて歩く。それから身長に階段を下った。口の中が渇いていて、舌が  
張り付いていていて気持ち悪い。唾を呑み込んでも、ひりひりとした喉の痛みが取れない。  
 
台所にいって水を飲む頃には、痛みもだいぶ引いた。ほっとして小さく息を吐くと  
ぎしりと木の軋む音が聞こえてきた。  
訝しく思って上の階を睨みつけると、ぎし、ぎしと言う音が大きくなったようだ。  
背筋を悪寒が走り、冷や汗が一筋伝った。  
 
慌てて階段を駆け上り部屋に引き返そうとしたが、好奇心にかられて足を音のした  
部屋へと向ける。着いたのは城で一番大きな部屋の前だった。ぎし、ぎし、という  
音の隙間から、くぐもったうめきが漏れてくる。扉に耳を押し当て細い呼吸を  
繰り返していると、中から突然甲高い動物の鳴き声があがった。  
驚いて扉から跳び退る。どきどきする心臓を押さえながら、今度は扉を細く開いた。  
がちゃ、というわずかな音がたったが、中にいるはずの部屋の主からのお咎めの声は  
聞こえてこない。そのまま廊下と同じだけ暗い部屋の中を凝視し続けた。  
 
真っ暗な部屋の中に、薄ぼんやりとした明りが見える。ベッドサイドについている  
ランプが光ってるのだろうか。ぎし、ぎしという音は絶える事がない。  
薄明かりの中に、白い「なにか」が見えた。「なにか」は上下左右に揺れ動きまわり  
その度にぎしぎしという音が付いてくる。どうやら軋んでいるのはベッドのようで  
「なにか」はベッドの上にいるらしい。  
そして、その「なにか」の動きに連動するように鳴き声が聞こえた。甲高い、犬か  
猫の様な鳴き声は時に悲鳴のように突き抜ける。  
そのとき初めて気付いた。否、気が付いてしまった。鳴き声だと思ってたのは、人間の  
声だと言うことと、女の声だと言うことに。  
ここに暮らす人間の女、しかもこの部屋に出入りを許されているのはただ一人だ。  
そう思うと全身を戦慄が走った。目を背けたかったのに、身体が動かない。   
ただの白いものと漠然と捉えていただけのそれは、闇に慣れてきた目には人間の背中  
として映った。月の色にも似た真白いそれは踊るように軽やかな調子で動き続けている。  
その度に音と声が溢れる。  
背中の上で揺れる金糸は月明かりを梳いた様で、砂金じみた輝きを誇らしげに示している。  
その背中を牛乳か淡雪ほどに白い腕が捕え、絡みつく。  
響いてくる高い声は耳に痛いが不思議と嫌ではなく、時々聞こえるくぐもった声は  
胸をざわめかす。何が行われているかは予測できないが、おそらくそれがとんでも  
ない事なのは肌で感じらた。  
 
ふわり、と急に金糸が舞いあがった。白い身体が立ち上がり、一緒にミルク色の  
身体が引き上げられた。わずかに色味の違う二つの身体が絡み合い、手前に腰掛けて  
いる小柄な方の身体がよじれる。その身体についている琥珀色の瞳が時々まぶしそうに  
細められ、あの不思議な、強いて表現するならば甘味を含んだ声が漏れた。  
その後ろから長くて意外としっかりしている腕が伸びて、身体を蹂躙していく。  
のけぞった華奢な首だけが闇夜と分離してしまったように白いままだった。  
 
その時にガラス球の様な目は視線を動かしてこちらを見つめていたようだが、そんな  
ことにさえも気付けていなかった。ただ凍りついたようにその場に固まり、身体に  
感じる炎の様な灼熱に意識が飛ばないようにするので精一杯だった。  
猫の目のように光っているガラス球がすうっと細められた。まるで、微笑を浮かべる  
ようにして。それと時を同じくして、ミルク色の身体が弓なりにしなった。  
その時、薄明かりに輝いているのが住人全員が褒め称えるあの長い髪なのだという事を  
初めて理解した。  
 
闇夜を劈くような声が上がり、のけぞっていた身体が前のめりに倒れた。  
廻されていた腕があわててそれを引き寄せる。ガラス球がまた嬉しそうに細められ  
それからこちらに視線を移した。それにつられるようにして、伏せられていた琥珀も  
同じ動きを見せた。闇夜に光る四つ目は人間離れした光を湛えていて、何故だかは  
わからないが悪寒が走った。  
 
がくがくとなっていた脚から遂に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。  
下半身に冷たさを感じ、驚いて視線をやるとそこがシミになっていた。  
慌てて洗面所に駆け込み、脱いだ下着と夜着を洗った。手に滴る水の冷たさが  
身体の火照りを冷やし、猛烈な羞恥と眠気が全身に走る。  
そそくさとそれを持ち帰り部屋に干すと、新しい下着と夜着に着替えてベッドに  
もぐりこんだ。興奮する胸を押さえ、瞼をしっかりととじて眠りに向かう。  
今夜見た光景は夢だったんじゃないか、などと考えながら。  
 
「あの……ハウルさん。聞いてもいいですか?」  
おずおずと言った言葉に、魔法使いは答えられる範囲でならね、とだけ言った。  
まじない作りに集中しているようで、振り向きもしない。  
「あの、じゃあ、その……昨日の夜は……あの、何を?」  
呼びかけると、きつい瞳でまじないを睨んでいた魔法使いがふっと顔を上げた。  
言いたい事は山ほどあるのに、上手く口がまわらない。  
「昨日?部屋で寝てたよ。どうして?」  
そういうと、彼は首を傾げた。色素の極めて薄い瞳が細められる。  
「いいんです………ただ、変な夢を見たみたいで」  
「夢?どんなの?」  
仕事に飽きてしまったのだろうか、魔法使いは屈託のない笑顔を浮かべてこちらに  
向き直った。言いようのない気まずさを感じて思わず視線が下がってしまう。  
「……よく覚えてないです。でも、なんていうか……とにかく変な夢でした」  
「ふぅん?」  
「ごめんなさい、もういいです」  
へへ、と苦笑いを浮かべて首を振ると、彼は上目遣いになって猫の様な微妙な  
顔をして見せた。その笑顔のままぐいと腕を引かれて、耳元に口を寄せられる。  
 
「………!!」  
 
頬に炎が灯ったのかと思った。いきなり熱を持った全身に驚いて口をパクパクさせて  
いると、魔法使いはあの怪しい笑顔を浮かべて手をヒラヒラさせた。  
そしてそれから、彼の愛する伴侶に会いに、もといからかいに部屋を出て行った。  
 
『――――いくら君でも、許せないな。あれは僕らだけの秘密なのに。  
でも、ちょっと興奮した。僕も、もちろん奥さんもね。どうせ君もなんだろう?』  
   
あぁ。  
その時、ようやく悟った。  
下手な好奇心には従わない方がいい、と。だって危険すぎるから。  
とほほ、と口の中でだけ呟くと片付けに取り掛かることにした。散らばった本を棚に  
戻していると台所から色気の欠片もない、それこそ子供のけんかの様な喚き声が  
聞こえてくる。やっぱり、昨日見た光景は夢だったんだとなんだか泣きそうになりながら思った。  
 

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