いつもと変わらぬ、暖かな日差しが偉大な魔法使いの城を照らす午後。  
魔法使いの弟子マルクルは、お師匠様の出した宿題に四苦八苦しておりました。  
窓の外には花々が日差しを受けて生き生きと、マルクルを遊びに誘うようです。  
「あーもう、ソフィ、僕分からなくなっちゃったよ。勉強すべきか、遊びにいくべきか」  
ため息混じりに、マルクルが食器棚を整理している少女に声をかけると、彼女はくるっと振り返りざま、腰に手を置き、笑い出しながらマルクルを軽く睨むのでした。  
「なあに、マルクル!今の言い方ったら、まるでハウルよ!そんなところはお師匠様を見習わなくていいわ。」  
「だって、ソフィ!これでいいかちっとも分からないんだもの!」  
「早く一人前の魔法使いになりたいんでしょう?お勉強をすべきよ。がんばって。」  
くすくすと笑いながら、ソフィがたしなめます  
 
ふう、とため息をついてマルクルが手元のノートに目を戻すと・・  
 
ヒンッ  
 
「ああ!涎でベタベタだよー!ヒン!・・・・・て、そうだ!ヒンだ!」  
ノートの上に顎を乗せ、見上げている老犬を見て、マルクルは目を輝かせました。  
「何?マルクル?」  
「今日はね、若返りの魔法の宿題だったんだ!ヒンだったら試してもいいよね?!」  
驚いたソフィは、取り落としそうになったカップを慌てて受け止めて、息をつきました。  
「マルクル。ヒンは・・ヒンの人生があるのよ?・・ん?人生じゃなくて犬生かしら・・まあいいわ、【これでいいか分からないような魔法】をヒンにかけるなんて、とんでもないわ」  
食器棚に向かい、くるっと背中を向けてしまうソフィに、マルクルは食い下がります。  
「大丈夫だよ!分からないのは、効力の時間なんだもの!一日以内なのは確かなんだけど、それが1時間で切れちゃうか半日か・・すぐに戻るのは確かなんだもん」  
それでも、顔だけこちらに向けて首を振るソフィに、マルクルは肩を落としました。  
「やっぱり駄目かあ・・今日中に仕上げろってお師匠様にきつく言われてたんだけどな・・」  
そこで、ソファからしわがれた声がしました。  
「24時間できっちり終わる魔法ならいいじゃないか?ヒンだって元気になれて喜ぶよ。大体ハウルがそんなきつく宿題を出したのは、昨夜あんたが」  
「おっおばあちゃん!!何言うの!」  
「何なら、あたしが魔法をかけられてもいいんだよ?」  
「え・・いえ、それは・・」  
昨夜の、些細な喧嘩でハウルを寝室から追い出してしまったことを知られていた・・恥ずかしさでソフィの頬が染まります。  
 
「しょ、しょうがないわね、マルクル。ほんとに危険はないわね?」  
マルクルはよく分からないながらも目を輝かせて叫びます。  
「うん!大丈夫!」  
 
「じゃあ魔法をかけるよ・・1.2.3..」  
・・「きゃっ!」  
 
・・ヒンが椅子を降りてソフィのエプロンにしがみ付くのは、マルクルが魔法をかける、ほんの一瞬前でした。  
 
その夜。魔法使いのお城に夕闇が訪れ、ランプの明かりが薄く影を作る頃、城の主が花束を手に魔法のドアを開けるのでした。  
「ただいま・・あれ?」  
そこにいるのはカルシファー、元荒地の魔女、ヒンの三人。  
いつもなら、「おかえりなさい!」と声を掛けるはずのマルクル、そして、ハウルの愛しの恋人、ソフィの姿が見えません。  
「お、おかえりハウル。風呂ならすぐ沸かすぜっ」  
何故か目は会わせないカルシファーに、ハウルは不審を覚えます。  
(まさか、またあの案山子がきたのか?)  
「マダム、ただいま帰りました。ソフィとマルクルは?どうしたんですか?」  
 
・・・・・・・・・・・。  
 
沈黙が暖かな居間を覆い、カルシファーのパチパチという火が小さく燃える音だけが響きます。  
「カルシファー、僕の可愛い恋人と弟子がどうしたっていうんだい?」  
不審が心配に変わり、ハウルはカルシファーに厳しい視線を向けます。  
「どうってどうって・・ええい、俺はもう知らないよ!部屋に行けばわかるさ!」  
「部屋?ソフィは部屋にいるのかい?わかった、何も言わずに出て行ったから怒ってるんだな!よし、お姫様のご機嫌をとってこよう!」  
ともあれ、隣国の王子は関係ないのだと安心し、ハウルはソフィの部屋に向かいました。  
その背中に、忍び笑いをもらしながら、元荒地の魔女が声をかけます。  
「ハウル、子供たちをあんまりいじめるんじゃないよ」  
 
ソフィの部屋に一目散に向かうハウル。  
僕の可愛い可愛い恋人、今日は何を拗ねているんだろう?  
 
 
コンコンコン・・。  
ハウルがソフィのドアをノックすると、誰、と小さな声で返事が返ってきました。  
「君の魔法使いだよ!ソフィ、どうしたんだい?具合でも悪いの?よし僕が治してあげよう!」  
・・・・・。  
返事はなく沈黙が返ってきました。  
「ソフィ?入るよ?!」  
不意に心配になったハウルがドアを大慌てで開けると・・  
「だっ・・駄目!」  
ベッドの上にちょこんと座っていたのは、星色の髪の少女・・でした。  
・・おそらく5歳前後の。  
ハウルを見つめ、顔を真っ赤にした、可愛らしい少女。  
間違いない、ソフィだ・・・。  
ハウルはめまいを覚えながら、ベッドにあがり、小さいソフィのぷくんとした薔薇色の頬に手を添えました。  
「僕が出かけている間に、また一段と可愛らしくなったね、ソフィ。」  
「ハウル、わかるの?私がソフィだって」  
「当たり前だろう、僕は君の魔法使いなんだから」  
驚きこそしたものの、この偉大な魔法使いには、事の顛末が目に浮かぶようでした。  
(昨日のマルクルへの宿題、あれが原因なんだな。僕のソフィに魔法をかけるなんて!僕の可愛いソフィにこんな不安な顔をさせるなんて、マルクルでも許せないぞ?)  
 
こんなハウルの気持ちが顔に表れたのでしょう、ベッドで小さくなっていた小さなソフィは、いきなりハウルの両腕を握り締めて立ち上がって、宣言しました。  
 
「駄目よ、ハウル!わざとじゃないの。そもそもマルクルに難しい宿題を出したのは、あなたでしょう?  
・・・と、言うはずでした。  
魔法がかかり、ソフィが困ったのは、ハウルにマルクルが叱られるんじゃないかということ。  
でも、許可したのは自分です。怒られては可哀想、でも、あの気分屋のハウルにどう言えばいいのか、ベッドに座りこんで考えていたのでした。  
けれども、ソフィの思い、もとい、小さなソフィの腕の長さや身長は彼女の思惑を裏切り・・  
 
ハウルの腕をつかもうとして、すっぽり、ハウルのうでの中に転がりこんでしまいました。  
「ソ、ソフィー・・?」  
「ち、ちがうの、ハウル、聞いて?」  
「分かったよ、ソフィ、僕が居なくてこんな姿になってしまって、不安だったんだね?」  
「ち、ちがうわハウル。そうじゃなくて」  
「ごめんよソフィ、僕の帰りが遅くて不安だったんだね」  
そこでハウルは、小さなソフィの柔らかな頬にキスを落としました。  
「ハっハウル、そうじゃないの、あの・・」  
幼いせいか、まん丸の潤んだ瞳のソフィがあんまり可愛らしくて、ハウルはソフィを抱きしめました。  
「・・ソフィ。君がどんな姿でも、僕は君のことが大好きなんだ。信じられないの?お婆さんの君だって、僕には小さなムクドリみたいに可愛く見えたんだ。今の君は、いつもにまして可愛いよ。可愛らしくて食べちゃいたいくらいだ」  
そのままハウルは、いたずらに小さなソフィの細い首を軽く噛みました。  
「いやぁっ・・んっ」  
口をついて思わず出た、いつもよりも少し高い甘い叫びに、ソフィ自身よりも、ハウルのほうがびっくりしました。  
目の前の幼い少女は、赤くなった顔を精一杯そらしています。  
そう、まるでいたいけな首筋を誇示するかのように・・。  
 
細い首筋を小さく舐め上げると、「やんっ」という小さな幼い声が聞こえます。  
ハウルは、ソフィの頬を両の手のひらで押さえ、ささやきました。  
「ソフィは、僕をとりこにする魔法使いだよ・・こんなに小さな姿でさえ、僕をこんなにドキドキさせるんだから・・。」  
そう、ため息まじりにつぶやいて小さなソフィの小さな唇に口付けます。  
「ん・・んふっ」  
小さなソフィが口付けの最中、声にならない声をあげたのは、ハウルが小さなソフィの洋服の下、しっとりと汗をかいた柔らかな素肌に触れていたからでした。  
「い・・いや、だめよ、ハウル・・」  
「だめだよ、ソフィ、こんなに可愛い君がいけないんだ」  
小さなソフィの柔らかな胸元にキスを繰り返しながら、かすれた声でハウルはつぶやきます。時々、甘噛みを繰り返し、小さなソフィは細い声をあげ、その白い胸元はハウルの唇に沿うように染まっていきます。  
 
そしてハウルが小さなソフィの襟元をさらに広げようとした、その時。  
「子供 た ち をいじめるんじゃないよ、と言ったが・・」  
元荒地の魔女の声!なんてこと、僕としたことが、驚きのあまり、この部屋の音を閉じる魔法もかけていない!  
廊下から元魔女の声は続きます。  
「相手は、5歳、まさか傷つけるような真似はあの色男のハウルならすまいが、ハウルときたらソフィには暴走列車だからねぇ・・どうだい?ヒン」  
「・・・ヒンっ」  
 
・・やられた・・。  
すっかり、顔を赤くして頬を抑える小さなソフィと、舌打ちしてすっかり不貞腐れたハウル。  
ハウルは、ベッドにもぐってしまった小さなソフィの横にすべりこみ、柔らかな髪をなでながら、ささやきました。  
「どんなソフィでも愛しているよ。でも、早く明日になって、キスをしてよ。僕、ソフィが欲しいんだ・・いつだってね」  
 
布団に真っ赤な顔を隠しながら、まさか全てはハウルのいたずらなんじゃ?と首をひねるソフィでした。  
 
 

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