招集からやっと開放されて戻ってきた部屋の雰囲気は、どこかいつもと違っていた。  
まだ月が出始めたばかりだというのに、妙に静かだ。真っ先に口を開くはずのカルシファーは  
暖炉の奥に縮こまって微かにパチパチと音を立てているだけだし、マルクルはソファーの上ですやすや眠っている。  
魔女ももう部屋へ退散したようだ。  
それに…ソフィーがいない。  
首をかしげながら階段を上ると、微かに、優しい旋律が耳に流れ込んだ。  
異国のもののようだが、どこか懐かしい。  
 
『  ―― sch――fe, h―lder, s――er Kn――be,  le―e w――t dic  』  
 
声は表から聞こえるようだった。辿っていくと、白い月に照らされた湖畔の前で、  
小さな影がひとつ、ぽつんと草原にたたずんでいた。  
銀の髪の端はさらさらと夜風にあおられてなびき、水面の一部に溶け込んだかのようだ。  
よく徹る美しい声が、ふいにやんだ。  
「…ハウル?どうしたのこんなところに」  
「ソフィーこそ…」  
言葉を紡ごうとして、思わず息を飲んだ。振り返ったソフィーは、確かにいつも通りだ。  
無邪気な瞳に愛らしい唇。なのに逆光の中の彼女は、一瞬そうとは思えないほどに艶かしかった。  
「ハウル?」  
「…こんな寒いのにそんな薄着じゃ風邪引くよ…外国の歌?」  
気を取り直して近寄ると、ソフィーの頬がやんわり赤く染まっていた。  
「思いっきり聴かれちゃったわね」  
「…歌上手いんだね」  
「お世辞?」  
「本当のことだよ。子守唄か何か?」  
「そう。昔から知ってるのよ。死んだ母さんがよく歌ってくれてたんだって父さんが言ってた。  
おかげでレティーの子守りに大活躍だったわ。なかなか眠ってくれないのに歌を歌いはじめると  
すぐ寝ちゃってなかなか起きてくれないのよ」  
ソフィーは懐かしそうに遠目で湖畔を見つめた。ようやく合点がいった。  
彼女の言霊がマルクル達を眠らせたのだ。ソフィーはもともと口数が少ないので  
ほとんど気付かないまま今にいたっているが、その言葉には力がある。  
カルシファーに新しい命を吹き込んだように。  
 
「…ほら、こんなに冷えちゃって。あっためてあげる」  
抱きしめた体は夜の外気に冷やされてつめたかった。  
「だ、だいじょうぶだからはなしてってば」  
「駄目。風邪引いたらどうするの」  
胸のあたりに抵抗を感じたが、気にせずぎゅっと抱きしめた。しばらくするとソフィーも諦めたようで、  
細い体を完全に腕にあずけていた。  
「ねぇ、もう一度歌ってくれない?」  
「え?」  
「子守唄だよ。さっきいきなり途切れてちょっと残念だったんだ。ちゃんと聴かせて?」  
おしには弱いソフィーは、いったんは嫌がったがすぐに折れた。  
「…一回だけよ?」  
「お願いします」  
ソフィーは深く冷たい空気を吸い込み、可愛らしい歌声を空に響かせた。  
 
 
『―――Schlafe, schlafe, holder, suser Knabe,       
    
     leise wiegt dich, deiner Mutter Hand;       
 
     sanfte Ruhe, milde Labe                
 
     bringt dir schwebend dieses Wiegenband ―――』  
 
 
「…これでいい?」  
「…ありがとう。夢みたいだったよ。すごく綺麗で」  
「おおげさよ。さ、早くしないとみんな中で待ってるわ」  
立ち上がろうとしたソフィーの腕を、ハウルはしっかりと繋ぎとめた。  
「ハウル?」  
「みんなもう寝てるよ。それに…もっと聴きたいんだ」  
「え…きゃあっ」  
その言葉の真意がつかめないまま、ソフィーはハウルの手にひかれるままに膝の上に跨るように座った。  
 
「っ…もう…あっ…ああ!」  
淫らに響く、甘い声。  
「…ソフィー、もっと声聴かせて」  
繋がる部分がずれるたびに、ソフィーの唇からは甘美な旋律とも取れる喘ぎがもれ、耳を掠める。  
粘着質な水音も加わって、淫猥な音楽がソフィーの身体から奏でられているようだ。  
「ふ…っ…あんっ……ハウル…気持ち…い…いっ」  
「僕も…ソフィーの中、すごく気持ちいい…」  
ソフィーの唇が降ってきて、ためらいがちに舌を伸ばしてきた。  
彼女なりの精一杯の愛撫に、ハウルも応える。  
「あ…あ…うぁ…ハ…ウル…ハウル!」  
「ソフィー…」  
背中にしがみつく掌に一層力がこもり、膣の内壁がハウルを強く締め上げる。  
とろけるような快楽に、ハウルも一瞬本当に体が溶け合ったのかと錯覚した。  
このままずっと繋がっていたい。2度と離れたくないない。  
「ハウル…す…きっ…大好き」  
ソフィーが、ハウルと同じ想いを抱いたかのように手足をよりきつく絡めた。  
「…愛してるよソフィー…」  
夢のような時間へ誘うソフィーの歌声が、静寂の中に何処までも響いていく。  
今はただ歌い明かそう。  
この滾る情念の炎に身を任せて。  
                          
 
 
 『 ―――眠れ眠れ 可愛し緑子  
   
       母君に 抱かれつ  
   
       ここちよき  歌声に  
    
       むすばずや  美し夢――― 』  
                              
   

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