「ハウルさんならひょっこりそのうち帰ってきますよ!」
ハウルがいつものように扉から出て行ったのは1週間前。
心配で心配で家の中を行ったり来たりしては
溜め息をついていたソフィーを気遣ってマルクルが声をかけました。
「大丈夫ですって!前なんか10日くらいいなかったんですよ!聞いてください、それがハウルさんたら…」
マルクルはまるで独り言のように、前回ハウルがなかなか帰ってこなかった話をしていました。
幼いながらにソフィーを元気付けようと必死で面白おかしく話しています。
けれど、ソフィーの耳にはマルクルの必死の声は届きません。
「少し横になるわ、ごめんねマルクル…おばあちゃんをお願いね、あとカルシファーの薪も」
それだけ言うと、ソフィーは寝室へ向かいました。
くすん、ひっく…くすん、くすん…ひっく。
本来なら主は2人いるべきのだだっ広い寝室に、
たった1人のか細いしゃくりあげる声が響きます。
ソフィーは、特にこの3日間ずっと眠ることもままならず、睡眠不足でした。
でも、目を閉じれば傷ついて血を滴らせたハウルが目の内側で浮かぶのです。
ソフィーは限界でした。「ハウル…」そっと恋しい恋人の名前をつぶやき、
もう一度ひっく、としゃくりあげたとき。
「ご機嫌よう、僕の可愛い可愛い仔ネズミさん!」
聞き慣れた、でも懐かしい声がしました。
ハウルです。ハウルが寝室のドアの前に立っていました。
手にはいっぱいのヒマワリを抱えています。「ただい…」
ハウルが言い終わらないうちにソフィーはハウルに抱きついていました。
ハウルは一瞬怯んだものの、ソフィーを片方の腕でそっと抱き寄せ、
もう片方の手でぽんぽんと愛しい恋人の星色の頭を、軽く叩きました。
「ソフィーの方から抱きついてくれるなんて嬉しいなあ。
でもせっかくのお花が潰れちゃうよ。…ね、仔ネズミさん?」
その「仔ネズミさん」の顔をそっと覗き込んだ、
背の高い夜色の頭をした魔法使いはびっくりしてしまいました。
仔ネズミさんは瞳を真っ赤にして大きな滴を溢しながら震えていたのです。
そしてその真っ赤な瞳と目があった瞬間――
…ぺちん!ソフィーの突然の平手打ちに、今度こそハウルは怯みました。
「ソフィー…?」「ハウルのバカ!私がどんな思いで待ってたと思う?!
なんで黙ってどこか行っちゃうの…心配するでしょ…う…?」
勢い良くこれだけの言葉を吐くと、
ソフィーはへなへなと力なく床に座り込んでしまいました。
「ソフィー…」ハウルは平手打ちされて、まだじんじんと痛みの残る頬に手をあてました。
頬の痛みは柔らかく、暖かく、その平手打ちには憎しみや悪意などなく、
ただソフィーの愛情だけがこもっているのを感じました。
「ごめん、ソフィーごめん!」ソフィーと同じ目線になるように
ハウルもかがみこみ、ソフィーをそっと抱き締めました。
ハウルの腕から落ちたヒマワリがパサパサと音を立てて2人の周りに散らばります。
「僕はいつだって空回りだな…心配させるつもりなんかなかったんだ、ほんとだよ!
遠い南の国にこの国ではみられない、珍しい花があるって聞いたんだ。
ソフィーにぴったりだと思って…ほら!綺麗だろ?」
ソフィーの目の前に差し出されたヒマワリは地面から切り離されてもなお美しく、
精悍に咲き誇っていました。これもハウルの魔法なのでしょうか?
「バカね…本当におバカな魔法使いさん!」
ソフィーが涙を拭いながら笑って言いました。
「僕はソフィーの嬉しそうな笑顔が見たかったんだ…」ハウルがしょぼくれたように言います。
「私はあなたがいてくれれば十分嬉しいわ。ハウルと一緒ならいつでも笑顔でいられるもの」
「ソフィー…ほんとにごめん」次の瞬間、2人の唇は重なっていました。
深く激しく求め合うキスではなく、軽く触れる程度のキスでしたが、
2人の気持ちは幸せでいっぱいでした。
「ハウル、もうどこへも行かないでね…ずっと一緒よ」
「おやまぁ、一段落したみたいだね」寝室の扉の外には
荒れ地のおばあちゃんとマルクルが心配半分、好奇心半分で立っていました。
「おばあちゃん、ヒマワリってどんな花なの?」
「ヒマワリはねェ、いつでもどんなときでもいつも太陽を向いて咲いているのさ。
まるで誰かさんみたいだねェ…ふふ」
その後、ソフィーによって大切に育てられ
殖やされたヒマワリが、お店で大繁盛したとかしないとか。
おわり