「本当にありがとう。心からお礼を言うわ。カブ。」  
心からの感謝の言葉を述べ、ソフィーはにっこりと微笑みます。  
ここは隣国の城の庭園。カブ王子の熱心な言葉に負け、ソフィーはわざわざ隣国まで遊びに来ていました。  
「いえいえ、あなたの為なら何て事ありませんよ。そういえば、ハウル・・さんもお元気ですか?」  
「ええ、元気よ。相変わらずだけどね。」  
勿論、このソフィーのお出かけにハウルが良い顔をする訳がありません。ネバネバを出すまでにはいかなくても、ずっと子供みたいにむくれていたのですが、ソフィーの「戦争を終わらせてくれるお礼を言いたいの」の言葉に、しぶしぶこの外出を許可しました。  
そう、この戦争を終わらせる為にカブがどんなに奮闘してくれた事か・・・その事に関してハウル含む城の家族も心から感謝していました。  
「あなたに感謝しているのは私達だけじゃないわ。きっと国中の人達が喜んでいるはずよ。」  
椅子にちょこんと腰掛けて、ティーカップを両手で包み込むように持つソフィーは本当に嬉しそうです。  
「でも、まだ戦争は終わった訳じゃありませんよ。完全・・にはね。」  
「そうね。これからが本当に大変かもしれないわね。ごめんなさいね・・。」  
少し苦々しく笑うカブを見て、ソフィーは浮かれすぎた自分を恥じました。  
「いえいえ、ソフィーさんが何も謝る事ではありませんよ。ただ・・・」  
「ただ?」  
「・・いえ、遠回しに言うのはやめましょう。ソフィーさん、あなたにお伝えしたい事があるんです。」  
言ってカブはソフィーの手をとると、まっすぐ彼女の目を見つめました。  
 
その夜。  
「ソフィー・・・大丈夫かなあ?」  
食後の洗い物をしながら、マルクルが不安そうにカルシファーに話しかけます。  
「帰って来て夕食作るなり、『ちょっと具合が悪いから、部屋で休んでいる』っていなくなっちゃって・・・カブの所で何かあったのかなあ?」  
「うーん・・。ったく、こんな時に限ってハウルは何やってるんだよ!?」  
「今日は遅くなるって・・・あ、帰って来た。」  
ただいまも言わずによろよると帰ってきたハウルを、マルクルは慌てて抱き止めます。  
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」  
「うん・・・・今日はちょっと疲れた。ソフィーは?」  
「それが・・・」  
マルクルが事情を話すと、ハウルはがばっと起き上がりました。  
「何だって!ソフィーが・・!?」  
「ええ、一体どうしたんでしょうか?」  
「畜生!あの野郎め・・・」  
「お待ち!色男。」  
血相を変えてソフィーの部屋に向かおうとするハウルを、いつの間にやら台所に入ってきた荒地の魔女の一言が止めました。  
「こういう事は女同士の方がいいんだよ。あんた達はカルちゃんの前で待っていなさい。」  
「でも・・・。」  
「いいから!」  
ぴしゃりとした一言に、仕方なくハウルは暖炉の前の椅子に座り込みました。  
 
「・・・どうでしたか?」  
聞きたいけれど聞きたくない、と言った複雑な表情でハウルが戻ってきた魔女に問いかけます。  
「それがね・・・・」  
 
やはり原因はカブにありました。  
戦争を完全に終結させる代わりに、なんと自分と結婚しろとソフィーに言ったらしいのです。  
「それとこれとは話が別でしょう!」  
「まあ、黙ってお聞き。」  
青ざめて立ち上がったマルクルを、魔女が静かに手で制します。  
「勿論、戦争は完全に終わらせる。ただ、この戦争はカブの国とソフィーの国が始めた戦争だろ?戦争を終わらせ、2つの国が仲良くなった事をアピールするには、自分とソフィーが結婚するのが1番いいって・・・」  
「手っ取り早く言えば、一種の政略結婚だね。わかった。」  
1番取り乱すと懸念されていたハウルが、思いの他冷静な口調でそう言い放ちます。  
「いいんですか!?ハウルさん!?」  
「いい訳ないだろ。まあ、ここは僕に任せてよ。君達にも悪いようにはしないから。」  
そう言ってハウルは立ち上がると、ひらひらと手を振り台所を出て行きました。  
 
「ソフィー・・・入るよ?」  
返事を聞かずにハウルは真っ暗なままの部屋に入ります。  
「おやおや、明かりもつけずに泣いていたのかい、僕の可愛子ねずみちゃんは。」  
「ハウル・・・。」  
恋人の言葉に、ベッドの上でうずくまっていたソフィーはやっと顔を上げます。目も真っ赤で今まで泣き腫らしていたのは暗闇の中でもわかりました。  
「ハウル…私…私…」  
「君の気持ちが僕にわからないと思う?君としては、カブに感謝しているし、2つの国の人達を安心させる為にも、彼と結婚するべきだと思っている。でも、僕を愛してるから本当は結婚したくない…・そうだろ…?」  
「うん…。」  
「君は優し過ぎるんだよ・・ま、君のそういう所が僕は大好きだけどね。」  
優しくそう言って、ハウルはソフィーを優しく抱きしめるとそっと額に口付けます。  
「大丈夫、僕が必ず君を守ってあげる。だから泣かないで。」  
「ありがとう・・ハウル…。」  
「僕が全て解決してあげるから。君がする事はただ1つ…喜んでカブのプロポーズを受けるんだ。」  
「…!」  
「大丈夫、大丈夫。僕にいい考えがある。だから・・ね?」  
ハウルはにっこり笑うと、今度はソフィーの唇をそっと引き寄せました。  
 
 
そして1ヶ月後の大安吉日。  
「ソフィーさん!…素晴らしいですよ!」  
花婿姿のカブは、部屋に入るなり感嘆の声をあげました。  
屈指のお針子を総動員させて作らせた豪華な純白のドレスに身を包み、恥ずかしそうに俯くソフィーの姿は神々しくさえ見えます。  
「いいのかしら…私なんかがこんな贅沢なドレス…・」  
「いえいえ!これほど美しく着こなせるのはソフィーさん以外にいませんよ!でも、本当は何も着ていないのが1番…いや、ゴホン。さ、式場に行きましょう!」  
「ええ。でも、ちょっと待って。」  
「何でしょう?」  
「私達夫婦になるのよ?それなのに、その言い方は他人行儀じゃなくって?」  
「え?…・ま、まあ、それもそうですね。じゃ…ソ、ソフィー、行こうか?」  
「はい・・」  
お互いにほんのり顔を赤らめ、手に手をとって依り添うように2人は歩き始めました。  
 
 
本当にいい式だった…。  
カブは心の底からそう思いました。  
動く城の家族こそ出席しませんでしたが、2つの国の国民が心から祝福してくれたのです。  
それに、誓いの言葉に頷くソフィーの声の甘さ、誓いのキスの時の唇の柔らかさといったら…もしかしたら、あの横柄な魔法使いに惚れていたのは一時の気の迷いで、本当は自分の事をずっと慕っていてくれていたのではないか…・そんな考えがついついよぎります。  
しかも、今夜は…・・  
「ソ、ソソソソソフィー?は、入るよ?」  
「ええ。」  
薄暗い部屋の中で、ドレス同様の純白のネグリジェがほんのり光っています。  
勿論、そのネグリジェに身を包んでいるのは新妻になったばかりの…・  
「い、いい式だったね。」  
「本当。私もそう思うわ。」  
やや緊張しながら隣に腰掛けたカブを、ソフィーは優しく見つめます。  
「せ、戦争も完全に終わったし、こ、これからは平和に暮らせるね。」  
「あなたのおかげよ。…・愛してるわ、カブ。」  
「僕もだよ!…ソフィー!」  
潤んだ熱い眼差しに我慢出来なくなったカブは、がばっとソフィーを押し倒しました。  
 
(ああ、ソフィーさんって結構胸が硬いんですね・・・肩幅も広くて・・・って・・え!?)  
「ふふふ・・・ひ〜っかかった〜な〜あ・・・・」  
そう、この低い自信に満ちた声は・・・・・  
「おおおおおお前!?」  
「どうだ!びっくりしただろ!?」  
・・・・・・びっくりしない人間がいないだろ!とカブは心の中で必死にツッコミ入れました。  
そう、目の前で薄地のネグリジェ姿で立ちはだかっているのは・・・愛しの新妻などでは勿論なく、あのふてぶてしい・・・・・。  
「な、なな何でお前がここに!?」  
「決まってるだろ!僕はこの城に来る直前からソフィーに変身していたんだよ。まあ、案の定引っかかってくれたけどね。間抜けな王子様。」  
「じゃじゃじゃあ・・・式の時も・・・」  
「そう、僕。」  
「あっさり言うなあ!!」  
言ってカブはその場に崩れました。  
「そそそその・・・ぼ、僕はおおおお前と誓いの言葉に・・・・キキキスに・・・」  
「僕は、可愛いソフィーの為なら、あんたと誓いの言葉でもキスでも何だって出来るさ!」  
大胆な事をさらりと言って、ネグリジェ姿のハウルはどっかりベッドの上であぐらを書きました。  
カブのほうは、床に崩れ落ちたまま瀕死の虫のようにぴくぴくしています。  
彼の気分を幸福で満たしていたウエディングドレスの思い出も、今となってはこのうえない悪夢でしかありません。  
「大体なあ!ソフィーの純粋な心を利用しようとする了見が気に食わないんだよ!なーにがソフィーだ、何も着てないのが一番だ!人の恋人に手を出すな!魔法使い馬鹿にするなよな!」  
「な・・・んだって・・・」  
ハウルの容赦ない挑発に、カブもやっと我を取り戻しました。  
 
その頃。  
「ねえ、カルシファー。大丈夫かしら?」  
ソフィーはカルシファーの横で編み物をしながら、愛しい恋人の身を案じていました。  
「ハウルったら、『僕が全て解決してあげるから、何も心配しなくてもいいよ』って言って朝出てったきりで・・・」  
「おいらにも教えてくれなかったしなあ・・・・今回ばかりは誰にも教える訳にはいかないって言ってたんだよな。」  
「まさか・・・ハウル・・・」  
(カブに決闘でも申し込んだのかしら・・・彼と刺し違えても戦う気じゃ・・・)  
2人の美青年が自分を巡って戦う、そんなちょっとおいしい妄想をしてしまうソフィーでしたが、すぐにぶんぶんと頭を振ります。  
(大丈夫よね、ハウル、帰ってくるわよね・・・・いいえ!お願い、帰って来て!・・・ハウル!)  
ソフィーは編み物の手を止めて、祈るように手を組んでいました。  
 
その頃、ハウルは一応闘っていました。そしてとりあえず無事でした。  
「君に邪魔される筋合いはないね!大体、僕の純粋な気持ちを利用して、こんな馬鹿けた真似をしてただで済むと思ってるのかよ!この性悪魔法使い!」  
「性根が腐ってるのはあんたの方だろ、王子様!案山子は案山子らしく間抜けっ面さらしてぼけっとしてればいいんだよ!」  
「なんだとー!この××××!」  
「言ったな…・・お前なんか〇〇〇〇!」  
とてもじゃないが、大物魔法使いと一国の王子の口論とは思えません。  
そして…・・  
「はんっ!相変わらず態度だけはでかいな、三流魔法使い!自分のその間抜けな格好を見てみろよ!ソフィーさんも絶対に愛想つかすよな。」  
「ほーう」  
捨て台詞のようなカブの言葉に、ハウルは得てやったりとばかりに、にんまり笑いました。  
「言っただろ?僕はソフィーの為なら何でも出来るって。ドレスやネグリジェが何だってんだ、僕は彼女の為ならバニーガールだろうが、裸エプロンだろうがどんな格好だって出来るさ!」  
「はっ・・!?」  
突然落雷に撃たれたかのように、カブはその場に崩れ落ちました。  
「バ、バニーガールならともかく、ははは裸エプロンまでは僕には…・いや…でも…いくらソフィーさんの為とは言え…」  
目の前の魔法使いの言葉にショックを受けると同時に、ついおぞましい想像をしてしまったカブは真っ青になってがたがた震えるばかりです。  
「わかっただろ?君が僕達の間に入りこむ余地はまるで無いんだ!もう2度とソフィーに手を出すんじゃ無いぞ!」  
訳のわからん自信たっぷりにハウルはそう言い放つと、ネグリジェの裾を翻しながら窓から飛び出していきました。  
 
「ん…?」  
やだ、いつの間に眠っちゃったんだろ・・?あたし…・  
見れば台所は真っ暗。一緒にハウルを待っていてくれたはずのカルシファーも眠ってしまったようです。  
「ん…ちょっと、起きてくれる?カルシファー…」  
「起こさなくていいよ。」  
火の悪魔を起こそうとするソフィーの背後で、愛しい人の声が聞こえました。  
「ハウル…おかえりなさい!」  
「ただいま、ソフィー」  
暗闇なのでぼんやりとした輪郭しか見えないのですが、この声は確かにハウルです。  
「良かった…あたし、あなたが無事で戻って来られないんじゃないかと思って。」  
「まさか。僕が君を悲しませるような真似をする訳ないだろ?」  
いつものように優しくそう言って、ハウルは泣き出しそうなソフィーの頭を撫でます。  
「君も眠いだろ?今日はもうゆっくり休みなさい。全て解決したから安心していいよ。」  
「うん…」  
「僕も疲れたからもう休むよ。お休み。」  
「おやすみなさい…・ありがと、ハウル。」  
そう言って台所を出ていくハウルの後姿に、ソフィーはそっと感謝の言葉を呟きました。  
「でも…」  
ハウルの服装が何となくおかしいような気がしたのは気のせいでしょうか?  
 
「いらっしゃいませー・・・って、あら?」  
のどかな昼下がり。  
いつものようにソフィーがテキパキ取り仕切る花屋の店先に現れたのは、何故か目の下に大きなクマを作ったカブでした。  
「カブ・・・」  
「いいんです。わかってますから。」  
「ごめんなさい・・・私・・」  
「いいんです。僕はハウルさんに負けました。僕もあれからよく考えたんですが・・・あなたの為とは言え、やはり・・やはり・・・裸エプロンまでは出来そうにありません!」  
「そう・・って・・・裸・・・えぷろん!?」  
「さようならっ・・ソフィーさん!」  
ソフィーが聞き返すより先に、カブは踵を返し、足早に店を出て行きました。  
「何だったのかしら・・?」  
「お客さん?」  
入れ違いに、ハウルが店の奥からひょこっと顔を出します。  
「ええ・・・まあ・・」  
「ふーん。ねえ、そろそろおやつにしない?今日はマドレーヌ焼いてくれる約束だったよね?」  
「あ、そうだったわね。」  
頭に浮かんだ大きな疑問符が消えないまま、ソフィーはハウルに抱きすくめられるように店の奥へと消えました。  
「ソフィーの作るマドレーヌは美味しいんだよね〜。君の作るものは何だって最高だけどさ♪」  
「もう、ハウルったら・・・」  
ハウルとぎゅっと手をつなぎ、ソフィーはほんのり顔を赤らめて幸せな気分に浸っていました。  
 
まさか裸エプロンで愛が証明されたともつゆ知らずに・・・・。  
 
END  
 

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