夕食を共にするうちに解ったのですが、ハウルは無駄に陽気で調子が良く、
しかも子供っぽい男でした。その上、人前にもかかわらず姉に甘えたりわがままを
言ったりとやりたい放題で、レティーはほとほと呆れてしまいました。
「変わった家に住んでいるのね……」
皿洗いの手伝いをしながら、レティーはソフィーにこっそり耳打ちをしました。
奥の暖炉の前にはおばあさんと老犬が座っていて、燃え盛る炎に向かって
話し掛けています。ハウルはといえばのんびりソファーに座り、
膝に小さな男の子をもたせながら本を読んでいます。
「そうね、確かに変わってるわね」
そう言われ、ソフィーは少しばかり得意げに答えます。
「姉さん、本当にこの家にいて大変じゃない?だって、全然知らない人たちと
暮らすわけでしょ?」
「いいえ。だって、みんな私の家族だもの。血は繋がってないけれど、でも家族だわ」
そういってソフィーは微笑みました。その顔があまりにも幸せそうだったので、
レティーはなんとなく俯いてしまいました。
「……姉さん、変わったわね」
「そう?」
きゅっと蛇口をひねり、ソフィーが首を傾げて笑いました。かつてのソフィーからは
想像もつかないくらいに、綺麗な笑顔でした。
「だとしたら、ハウルのおかげね」
眠たくてぐずついているマルクルを寝かせつけるためにソフィーが席を立ちました。
レティーはなし崩しにハウルと向き合う形になります。
「あの……」
「ん、なんだい?」
「……ソフィー姉さんのこと、本当に好きなの?」
ハウルが面食らったようにレティーを見つめました。しかし、レティーは
怯んだ様子もなく落ち着いて言葉を紡ぎます。
「だって、姉さんは今はあんなだけど、昔はつまんない人で、暗くて地味だったし……」
「それは昔の話だろう?今のソフィーが素敵なんだから、いいじゃないか」
「でも、あなた位素敵な人なら、姉さんより綺麗なひととだって結婚できるじゃない」
少しばかり棘の含まれた言葉に、ハウルが片目を閉じました。
そうだなぁ、と小さく呟いてから時間をかけて言葉を選び、レティーに語りだします。
「きっと……君みたいな美人に優しくされたら嬉しいけれど、でも、それだけだろう?
結婚したいと思ったり、ずっと一緒にいたいと思えるほどは愛せないはずだ。
それに、ソフィーは他の誰にも負けないくらい綺麗だよ」
子供を諭すような言葉の響きに、レティーがむっと眉根を寄せます。
しかし、どうにか苛立ちを隠すと、落ち着き払って答えました。
「あたしは、まだあなたを信じてません。姉さんは優しい人なの。優しすぎる
くらいに、優しい人なの。あなた、きっといつか姉さんのこと傷つけるわ……」
「……君は、本当にソフィーが好きなんだね」
しみじみとハウルが呟きました。レティーが反射的にきゅっと目を瞑ります
「……忘れて下さい、ごめんなさい…あたし、どうかしてる……」
「………僕は、ソフィーを愛してる。これは本当。覚えていて」
ハウルが良く響く声で、はっきりと言いました。レティーが顔をあげ、
わずかに口元を持ち上げ、取り繕うような笑顔を浮かべます。
「あたし、もう帰らなきゃ……姉さんによろしく。それじゃあ、お邪魔しました」
ぺこりと頭を下げ、レティーは素早く立ち上がり、家を出て行きます。
ハウルは一瞬腰を浮かしましたが、何をする訳でもなくソファーに座りなおしました。
次の日、レティーは仕事に身が入らない自分に苛立っていました。
目も虚ろで覇気がない彼女を気遣い、おかみさんが今日は休みなさい、と言ってくれました。
その申し出をありがたく受け取り、レティーはベットの中にもぐりこみました。
胸がずきずきします。一瞬、何かの病気かとも思いましたが、そうでもないようです。
「姉さんに、会いたい……」
口にすると、何となく心が休まりました。息も心なしか楽になったように思えます。
「会いに、行こう」
ベットから抜け出すと、レティーは身支度を整え、部屋を飛び出しました。
姉さんに会いたい、姉さんの声が聞きたい。
今のレティーの頭には、それしかありませんでした。
裏口の戸を叩くと、見たことのない老人が出てきました。
背が低く、顎や鼻のあたりに灰色の髭をたっぷりと蓄えています。
「………あっ!あなた、ソフィーの妹でしょ?」
見た目に似合わぬ甲高い声で、老人が言いました。ぽかんとしているレティーに
老人はフードを取って見せます。
「あっ!」
フードの下には、昨日の子供の顔がありました。にこにことさも嬉しげに
笑っている姿が可愛らしく、レティーも思わず笑み返しました。
「こんにちは。えーと……」
「マルクルです。レティー、また来てくれて嬉しい!」
昨日が初対面とは思えないくらいの人懐っこさで、マルクルが
レティーの腕を取りました。はいってはいってー、とレティーをひっぱって
家に招き入れます。
招き入れられた家の中は静かで、そこにソフィーはいませんでした。
「マルクル、姉さんはお店?」
「そう。レティーはソフィーに会いに来たの?」
明るい調子でマルクルが訊ねました。レティーの足元には老犬が近寄ってきて、
かすれた鳴き声を上げています。
「ええ、まあね……マルクルは一人でお留守番?」
「うん。だから、ハウルさんに出された課題をやってるの」
そういうと、マルクルはテーブルの上に広げられた本やらメモやらビーカーやらを
示しました。どうやら、この子供も本当に魔法が使えるようです。
「へぇ……すごいわね」
「簡単な魔法だよ。あと少しで完成するんだ!」
レティーに向けて、マルクルは得意げに胸を張りました。しかし、その表情は
どこかそわそわと落ち着きがありません。きっと、課題の続きに取り掛かりたくて
たまらないのでしょう。
「あぁ、邪魔してごめんなさいね。あたし、一回お店に顔出してくるから
完成したらまた見せてね」
「うん!約束だよ、絶対見てね!」
レティーがいい、マルクルも嬉しそうに頷きました。レティーは彼の柔らかい栗毛を
くしゃりと撫でてやると、ドアを開けて中庭を横切りソフィーの働く花屋へ向かいました。
店先では、ソフィーが若いカップル相手に商売している最中でした。
少年は可愛い恋人のために花束を買った様子で、ソフィーに代金を支払っています。
恋人からの贈り物を受け取った少女は花束に鼻先を埋め、幸せそうに微笑んでいました。
邪魔しちゃ悪いな、とレティーは柱の陰に隠れて様子を覗っていましたが、
二人が立ち去ったのを見届けるとソフィーに近寄ろうと足を踏み出しました。
しかし、すぐに足は止まり、その場に凍り付いてしまいました。
嬉しそうに手を振っていたソフィーを、背後から伸びてきた腕が捕えました。
驚いて振り返ったソフィーの唇を、その腕の主の唇が塞ぎます。
思わず真っ赤になるソフィーに、腕の主である男、ハウルが微笑みかけました。
派手な服を着てしゃんと立っている姿はとても恰好よく、レティーですら目をそらしてしまう程です。
その笑顔に、ソフィーが照れたような呆れたような、でも幸せそうな表情で
何かを囁きかけました。
少し離れていたのでレティーには二人の会話の内容は聞こえませんでしたが、
ハウルが楽しそうに言葉を返すと、ソフィーが花の様な笑顔で答えます。
しばらく会話は続きましたが、ハウルが唇をとがらせたのを境に言葉は途切れました。
少しの沈黙の後、ソフィーは呆れたような笑顔を浮かべ、背伸びして彼の頬に
キスをひとつ落とします。
その瞬間、ハウルがぱあっと輝くような表情を浮かべました。そして、もう一度
ソフィーを抱き寄せてキスを送りました。ソフィーは慌てて腕を振り解きましたが、
ハウルは浮かれきった様子で何かを言い、手を振って店を出て行きました。
ソフィーも手を振りながら彼を見送っていましたが、不意にとろけるような笑顔を
浮かべると唇に指を当てて目を閉じました。
その仕草に、レティーの胸が引き裂かれたように痛みました。
いまレティーが見つめているソフィーは、ハウルのためだけのソフィーです。
今のソフィーの頭の中にはハウルの事しかなく、レティーのことなど
これっぽっちも考えていないのです。
たまらなくなり、レティーは踵を返しました。そのまま立ち去ろうとも
思いましたが、マルクルとの約束を破るのは心苦しいので、家に入っていきます。
「お帰り!レティー見て、魔法が出来たんだ!」
そういうと、マルクルはテーブルの上のビーカーを示しました。
なるほど、青かったビーカーの中の液体は今は深い緑に変わっています。
「おめでとう!マルクル、すごいじゃない!」
「うん!初めて一人で出来たんだよ!」
レティーはテーブルの上のメモを何気なくとり、目を通しました。
見たこともない単語や文字や数式に、思わず天を仰ぎます。
「難しいわね。あたしには解らないけれど、何の魔法?」
「姿形を変える魔法。これを使えば、どんな形のものにもなれるんだ」
マルクルは興奮した面持ちでまくし立てます。どんなことでも?とレティーが
問うたので、ぼくがハウルさんになることも、レティーをおばあちゃんに
することもできるんだよ、と答えます。
「凄いわ……それは、ずっとそのままなの?」
「ううん、一日だけ。永遠に形をとどめておくのは呪いの分野だから、
ぼくはまだ習えないんだ」
「そう……」
レティーはそう言ったきり黙りこんでしまいました。マルクルは呪い、という
言葉が怖かったのかなぁ、と考えていたのですがレティーには別の思惑があって黙っていたのです。
「………ねえマルクル、その魔法、あたしに少し分けてくれない?」
店の男達だったらたちまち腰砕けになってしまう様な極上の笑みを浮かべ、
レティーがマルクルに向けて小首を傾げました。
唐突なレティーの一言に、今度はマルクルが黙ってしまう番でした。
小さく首を振り、マルクルがレティーをたしなめるように言います。
「だめだよレティー。魔法はハウルさんが管理してるんだ」
この魔法使いの弟子はなかなかの堅物なようで、レティーの微笑みにも靡きません。
どうしたものかしら、とレティーは考えを巡らせ、目を伏せました。
「お願い、ほんの少しでいいの!」
何かを決断したように頷いてから、レティーが指を組み頭を下げました。
困惑して固まっているマルクルに、哀れっぽい調子で続けます。
「マルクル、内緒なんだけれども……あたしね、最近男の人に付け回されてるの……
…毎晩毎晩よ……本当に怖くて怖くて、このままじゃ胸が潰れてしまいそう……!!」
「れ、レティー?それ本当?!」
キングスベリーの劇場の大女優もかくや、と言ってもなんら遜色ないほどの名調子で、
レティーは胸を押さえてへたり込みました。その仕草は少しばかり芝居がかっていましたが、
幼いマルクルはいとも簡単に言葉を信じたようで、おろおろしています。
しめたとばかりにレティーは口の端を持ち上げ、儚げな笑顔を浮かべながら言葉を続けます。
「……あぁ、本当に辛いわ……!本当なら、誰かに頼めばいいんだけれども、
そんな恐ろしい目にはあわせられないじゃない……だから、あたしが男なら、って……」
そこまでいくと、レティーは手の平で顔を多い、肩を震わせました。正真正銘の嘘泣き
ですが、可愛そうなマルクルはレティーに同情してしまったようです。
「そんな事があったんだ……レティー、泣かないで!大丈夫だよ!」
「本当?」
レティーが上目遣いにマルクルを見やりました。
マルクルは壊れたおもちゃのように何度も何度も頷くばかりです。
「うん……あの、本当はいけないんだけど………でもね、これは人助けだから
ハウルさんは怒らない気がするから……その……」
「分けてくれるの?」
レティーがぱっと目を輝かせ、顔をあげました。
マルクルが視線を流して頬を掻きながら、かすかに頷いて見せます。
「約束して、これは、僕とレティーだけの秘密。いいね?」
マルクルの言葉に、レティーはもう一度砂糖菓子の様な微笑を浮かべて、頷きました。
マルクルから受け取った小瓶の中には、深緑色の液体が入っています。
レティーはそれを手の中で弄びながら、一人、笑いを噛み殺しています。
レティーの最近の楽しみといえば、こうして小瓶を眺めている事でした。
お店が忙しいのですぐには実行に移せませんでしたが、変わり行く自分の姿を
想像するたびに、レティーは口元が緩むのを止められません。
ここ数日、お店にくるレティーに熱を上げている達は、レティーがいつもより
数段美しくなったと口をそろえて言います。レティーも鏡を覗き込むたびに自分の
表情が明るくなっていくのを感じ、満足げに笑いました。
もともと自慢だった金髪はさらに艶やかに輝き、豊かに波打っています。
瞳は熱っぽく潤み、唇は柔らかに色付いています。
恋の魔力はこうも偉大なのか、とレティーはまたくすくすと笑いを漏らしました。
レティーの知っているソフィーは、いつでも何かを諦めたように笑う人でした。
幼い頃から自分の意見を主張する事もなく、小さな世界に生きることを受け入れた人でした。
そんな姉がレティーは疎ましくもあり、また気がかりでもありました。
父親の死後、レティーは外の世界へと飛び出していきましたが、ソフィーは
ますます閉じこもるようになっていきました。たまに家に帰れば、母の身なりが
派手になるのと反比例して、姉は暗く大人しくなっていきます。
おまけに、ソフィーのその青白い顔には微笑みすら浮かぶ事もなく、
表情は固くこわばっていきました。
その事に気付いた瞬間の悲しさと悔しさを、レティーは忘れた事はありませんでした。
大切なたった一人の姉が、笑わなくなってしまったのです。レティーには優しい、
かけがえのない姉が、誰に対しても遠慮がちに口の端を持ち上げるだけで、人から
遠ざかる事ばかりを求めているのです。その事実が辛く、悲しくて仕方がありませんでした。
だからでしょうか、ソフィーと再会した時の喜びと戸惑い、そして驚きは大きなものでした。
姉はもう人と関わるのを嫌がらない、はつらつと笑う人になっていました。
レティーはその事実が嬉しく、そしてショックでもありました。
レティーが救い出したい、助けてと願っていたソフィーは、まったくの
他人の手で変わっていたのです。
ソフィーが幸せなら構わないのだ、と思い込もうとしましたが、無理でした。
なぜなら、あんなに優しく、臆病だった姉を手に入れた男は、姉に相応しいとは
いえない人間だったからです。姉を傷つけるに違いない、軽薄な人間だったからです。
だから、レティーは決めました。今度こそ、ソフィーに自分が笑顔を与えてやろうと。
意中の相手が人妻だろうと実の姉だろうと、今のレティーにはそんな事は関係
ありませんでした。ただ、ソフィーを助けたい、その一心でした。
今までの関係が壊れるんじゃないかしら、と一瞬考えましたが、
そんなわけがないと考え直しました。不幸な結婚生活を送らせるくらいなら、
二人で過ごすほうがいいとレティーは強く信じているのですから。
迎えた休日、レティーは朝から浮かれきっていました。白く小さな顔は喜びに輝き、
生き生きとしていて目も眩むほどです。
シャワーを浴びて、濡れた髪のまま鏡の前に立ち、変わり行く自分の姿を
想像してみました。自慢の金髪や透きとおるような青い目がそのまま残るといいな、
と呟いてみます。今より美しい、ソフィーが一目で恋に落ちるような、そんな男の人に
変われたらいいな、とレティーはうっとりと考えました。
「何しようかな……」
姉さんの店に行って、全くの別人―――しかも異性として振舞って。
上手く行けばデートに誘えるかもしれない。そうして、思いを伝えて。
ソフィーに拒絶されればそれまででしたが、それでもこのまま立ち止まって
いるよりはましなはずです。少なくともレティーはそう考えていました。
「ま、ここまでやって駄目なら諦めも付くでしょ」
気楽な調子でそう言うと、レティーは小瓶の蓋をあけ、液体をあおりました。
喉を滑り降りる酷い苦味と酸味に顔をしかめていると、身体がかぁっと
熱をもち始めます。体の芯が焦がされる感覚に、レティーはへたり込んでしまいました。
頬が燃える様に熱く、心臓がばくばくと鳴っています。
「や……え、ぁ、何、これ………っっ?」
呼吸が乱れ、目をあけておくことさえ困難なほどです。頭を揺さぶられたように
視界が歪み、内腿が震え出します。下腹のあたりがきゅんとなり、なんだか
切ないような、不思議な感覚です。その感覚がいつの間にかレティーを蝕み、
溺れさせてゆきます。レティーは息も絶え絶えに声を上げました。
「あ…っ……うあっ!!やっ、やぁっ……あぁ!!」
びくり、と全身が痙攣してレティーの全身から力が抜けました。
「……ちょっと、これ、どうしたん…だろ……」
だるい身体を何とか起こし、レティーは小さく呟きました。身体に起きた異変のせいかと
思い立ち上がって鏡を見てみましたが、姿は全くといっていいほど変わっていません。
大きな目も、ふっくらとした頬も、赤い唇も。レティーは合いも変わらず少女のままです。
「んもう!全然だめだったじゃないの!」
頭をかきむしりながらレティーが喚きました。悔しさに身をよじった拍子に、身体を
覆っていたタオルが外れて裸が鏡に映し出されます。
「………っ!!」
鏡に映った自らの姿に、レティーは目を瞠り、固まってしまいました。
そのままぐらりと体が揺らぎ、レティーは哀れにも気を失ってしまいました。
「………姉さん」
今日も花屋の店番をしていソフィーの元に、黒いワンピースを着た少女がやってきました。
今にも泣き出しそうな顔をした少女は、間違いなくソフィーの妹、レティーです。
「まぁレティー!あなた、どうしたの?」
思わず、ソフィーは上擦った声を上げてしまいました。それもそのはず、レティーの
溌剌としていた表情は翳り、唇は真っ青になりかすかに震えています。
いつもはまとめられている長い髪はだらしなく流され、素顔のままで頼りなさげに立っています。
「姉さん……あたし、どうしよう………!!」
レティーのか細い呟きに、ソフィーはその身体をぎゅっと抱き締めました。
それから、力強い調子で言います。
「大丈夫よ、レティー。私がついているわ。さ、入って。訳をきかせてちょうだい」
ソフィーの優しい言葉に、レティーがわぁっと泣き出してしまいました。
通行人たちがレティーをじろじろと眺めていきます。ソフィーは居心地の悪さを
感じつつ、妹を庇うように家に招き入れました。
ソフィーの部屋についても尚、レティーはぐずぐずと泣きじゃくっていました。
とりあえずベッドに腰掛けさせ、様子を覗います。
気丈で、昔からソフィーよりもずっと気位の高いレティーがこんなにも頼りなく
泣くだなんて、とソフィーは一人途方にくれてしまいました。
「ねぇレティー……何があったのか教えてくれない?何も言ってくれないんじゃ私、解らないわ」
ソフィーがつとめて優しく言いました。しかし、レティーは一瞬目を上げただけで
泣き止みません。
「レティー」
ソフィーがレティーを引き寄せ、抱きすくめました。ソフィーの肩に顔を当てさせ、
その背中を叩いてやります。
「レティー、いい子だから泣かないで。あなたが泣くと、私も悲しくなっちゃう」
優しいばかりの調子に、ようやくレティーが顔をあげました。涙で濡れた目で、
ソフィーをじっと見つめています。その表情がひどく大人びて色っぽかったので、
ソフィーは思わず頬を赤く染めました。
「………見て」
レティーはか細い声で呟くと、ショールとソフィーに渡しました。
そのままするするとワンピースを脱ぎだします。
「ちょっと、レティー?!」
レティーの突然の行動に、ソフィーが慌てて彼女を止めにかかります。しかし、
レティーはそんなことお構いなしでキャミソールやドロワーズを脱いでいきます。
「見て」
現れたレティーの豊かな身体に、ソフィーは目を背けました。
しかし、レティーの切羽詰ったような声がそれを許しません。
「見てくれないとだめなの、助けて………!」
ソフィーが覚悟を決めたように、レティーを見つめました。
彼女のたたまれた膝に乗っている異物に、ひぃっと怯えたように息を呑みます。
「レティー………あなた……」
それだけ呟くと、ソフィーはぐらりと天を仰いで気を失いました。
レティーは涙を流しながら姉の頬をたたきます。
「起きて、姉さん……あたしを一人にしないで!」
レティーが悲鳴をあげ、泣き喚きました。
そう、レティーの身体には、男性の生殖器がついていたのです。
あどけない泣き顔の少女には似つかわしくない程に、見事な男性の象徴が。