寝起きのベッドの中でハウルの顔を見て、
ソフィーはうふふ、と気持ち悪いくらいに笑顔を作った。
この人が大好きで、大好きで、たまらなくて。
それで、笑った。
傍に居るととても落ち着く。
恋人が出来たのも、こんな気持ちになったのもハウルが初めての事で、
最初はとまどいもあったけど、今はそれに段々慣れてきて、
この場所が凄く居心地良く感じられてきた。
まだ瞼を閉じて眠っているその人の顔をじっと見て、ソフィーは顔を近付ける。
逞しい男の人を、どうしてこんなに可愛いって思うんだろう。
ただ目の前で寝ているだけなのに。
ソフィーは心の中で思うと、その鼻先にチュと唇をつけた。
ハウルは一瞬顔をしかめて、だけど起きることはなく少し身じろぎしただけだった。
時計をちらりと見ると、まだ目覚まし時計も鳴らない時間。
こんな時間に起こしちゃ可哀想だなあ、と思ってソフィーはそれ以上イタズラするのをやめた。
やめて、ハウルの顔を熱心に見ることにする。
以前は考えもしなかった、決してこんなに近付くことのなかった、ハウルの顔。
安心しきった様子で、何も疑うことのない寝顔をさらけ出している、ハウルの顔。
じっと見ていると、やっぱり見ているだけなんて勿体ないなあ、って思ってしまった。
こんなに、
こんなに、
大好きなのに。
見ているだけなんて、勿体ないなあ。
ソフィーはふと、おばあちゃんだった時の自分を思い出す。
あの頃は、掃除婦として置いてもらえるだけで本当に満足していた。
自分の中の欲望になんて、気付かないでいた。
いや、そんなふりをしていただけかもしれない。
触れたいと、何度か思った事も全部心の中に閉じこめて、そうしてこの人を忘れようとまで思った。
だけど無理だった。
そうして自分は今、ここにいる。
「ハウル、」
結婚して、以前よりもっと、愛しい人を呼ぶ響きが込められている。
ソフィーの小さな声に、ハウルが目を開いた。
まさかそれだけで起き出すなんて思っていなかったソフィーは少しびっくりして、動けなくなる。
せめて寝たふりでもできれば、この状況を誤魔化すことだってできたのに。
目覚めたハウルの目がこっちをじっと見ているのを見て、ソフィーは呼吸を止めた。
「……ソフィー、」
ハウルが、小さな掠れた声で名前を呼ぶ。
それだけで。
ただ、それだけで。
ソフィーの胸は大きく跳ね上がり、顔は真っ赤になる。
だけど寝起きのハウルは何も気付いていないみたいで、
ソフィーはどきどきする赤い顔を半分、ふかふかのまくらに埋めて隠した。
半分隠したのは、それでもハウルの顔を見ていたかったからだ。
ソフィーがまくらに顔を埋める仕草を見て、可愛いと思ったのかハウルが手を伸ばしてきた。
ゆっくり上体を動かして、ソフィーに覆い被さろうとする。
(…うわぁ)
ハウルの顔が近付いてきたので、ソフィーは目を閉じた。すると思った通りに唇にキスが落ちてくる。
(ハウル、……)
ぎゅっと目を閉じた、顔の真っ赤なソフィーは、微かに震えている気がしていた。
凄く、どきどきする。
朝っぱらからハウルがこんな事を仕掛けてくるのは結婚してから初めてだった。
ソフィーはキスされた唇をぺろっと舌で舐めた。
他人の温度が残る唇が、少し痺れている気がするのは気の所為かな。
ソフィーは、今度は自分からハウルにキスをした。
ハウルの顔は、笑っている。
「ハウル、おはよう」
「おはよう。ソフィー」
そのやりとりに、ほんとに新婚の夫婦になったのね。と、思ったソフィーは少しだけ笑った。
今日は、良い日になりそうだな。