一体どうしてまたこんなことになったのか、自分でもよく分かってはいない。  
この場所にいることも目の前の光景ですら嘘のよう。これは不可抗力だったの  
だ。仕方ない仕方ない仕方ない。そうだ、仕方がないのだ。  
「あなたの目って何かいやらしいわね」なんて軽口叩かれることはあった。今  
はその言葉が胸にふかぶかと突き刺さる。その私のいやらしい目は言葉どおり  
にきっといやらしく、広がる光景を見ていることだろう。認めたくはないこと  
だがこれもまた仕方がなく、しかしこれはどこかしら目を離せない程の力を持  
つものであり、従って、私はその力に屈しているだけのこと。仕方ない仕方な  
い仕方ない。これは不可抗力だ。無様にも心の中で呪文の様に何度も唱えては  
いるが、実際私は魔法を使うでもなく、この反芻する言葉には何の意味も無い。  
無意味な呪文の効果といったら、焦りと密かな興奮が募るばかりだった。  
 
そもそも魔法使いの寝床なんぞに侵入したのが間違いだったのだ。そうだ間  
違いと言えば、部屋の扉がさり気なく半開きだったのがそれだ。あんな中途半  
端に開いていては、探究心だとか好奇心だとかそんなものをそそられてしまう  
ではないか。入ったら駄目なんて言われていたら尚更。人の部屋はその人の心  
を表すと昔から言う。あの魔法使いの心を見られるものなら、見てみたいと思  
ったのがこの災いと言えば災いの始まりだった。  
 入ったら入ったで私はまずその部屋の雑多ぶりに驚いた。魔法で部屋を元通  
りにしたとは聞いていたが、ぶら下るマンドラゴラに、変な生き物のぬいぐる  
み、古い本、絵の収まった額縁の上からダーツがかかっており、それには忌々  
しげにナイフやらで書面が貼り付けられていた。よくもまあこれ程までに散ら  
かしたものだと思う。けれどもそこには不均衡な美しさがある。散らかしてい  
るのに綺麗だ、という矛盾を孕んだ部屋だった。  
 
夕べもなにやらあったのか、床には走り書きのされたメモが散らばっていた。  
メモに書かれていたのが色気のあるものなら、私は全て読み上げたかったとこ  
ろだったが、書かれていたのは見覚えのある文字の羅列…呪いの材料だったた  
めに、私はすぐに興味を失った。面白くもなんともない。そして部屋にどっか  
り腰を下ろしているベッドを見やった。ふむ、中々に豪華。上質なものだとい  
うことは見て分かる。だてに王宮で暮らしてきたわけではない。と、規則的な  
靴音が聞こえてきた。私の探検を邪魔をする音だ。あの軽やかな細い靴音はソ  
フィーしかいない。  
 
いつも通りこの部屋の掃除にでもしに来たのだろう。真面目で働き者なのは  
美徳だが、こんな時にまで来るのは止してほしかった。私の興味はこの部屋の探  
索に向いているのであり、もし見つかったら摘み出されるのは目に見えていた。  
 よし、ならばと咄嗟に棚の下に隠れた。大き目のこの棚の下になら入れたし、  
運が良かったのか丁度陰になっていたため、音を立てたりしない限りは彼女に見  
つかることは無いだろうと踏んだのだ。そうして彼女が入ってきた。  
 やはり掃除のようだ。棚の下まで掃除はしないでくれよ、と祈りながら私は彼  
女の行動を観察した。このまま掃除を終えれば良かったのだが、今日に限って  
その通りにはいかなかった。  
 彼女は掃除しようとし、床に散らばった紙切れが目に入ったのか、いそいそと  
それを片付け始めた。ここまではまあいい。問題は次からだ。彼女は集めた紙切  
れを机の上に置こうとし……なぜか顔を赤くした。  
 
散らかった床を片付けようと、まず先に紙切れを拾おうとしたのが不味かった。  
夕べのことが否応なしに蘇ってきて、拾い上げて机に戻そうとしたところで思わず  
顔に熱が集まってきた。  
 バラバラに床へ散らばったメモ。拾おうと屈みこんだ自分を捕らえた腕。  
 それを思うと恥ずかしさと愛おしさが胸へといっぱいに競り上がってきて、口を  
開けばそれが出てきてしまいそうで、ぎゅっと口を結んだ。胸に湧いた感情にそわ  
そわと落ち着かなくなってくる。押さえ込もうと彼のベッドに倒れこんだけれど、  
それが逆効果だったと気づくのは後になってからのこと。布団に顔を埋めれば、  
ハウルの匂いがした。  
 
こんなに切ない気持ちに追いやられるのは、わたしがやっぱりハウルを好きだと  
いうことなんだろう。唇に、首筋に、胸にキスされる回想の中のわたし。それだけ  
でそこは湿り気を帯びてくる。こんなになるなんて、わたし、おかしくなってし  
まったのかな……。  
 部屋にはわたし一人しか居ない。誰も、居ない。少なくともわたしから見ればそ  
うだ。頭が熱病にかかったみたいにぼんやりとする。夕べのことを思い出すとまた  
股間がひくりと疼いた。誰もいない、誰もいないのなら誰も見ていない。女の人ば  
かりだった帽子屋で働いていたせいか、確かにわたしは奥手だ。けれども。  
 わたしはベッドに座り込むとそっとスカートをたくし上げた。  
 この行為は初めてじゃない。どこかあそこが疼く夜はこの行為に浸った。帽子屋  
で働いていた頃から馴染みのあるこの行為はハウルとの関係を結んだその後も時折  
続いている。こんな事するなんて、おかしいのかもしれないけれど、止められない。  
 存在を確かめるように、下着越しに割れ目をなぞる。  
あ、もうこんなに濡れて……。  
服の合わせ目からもう片方の手を進入させ、胸に触れる。突起を彼がする様に優しく  
摘むと、肌が粟だった。  
「……ぁ…はぁ……」  
 自分のものとは思えないくらい水気を含んだ声が漏れた。  
 
「…ハウ、ル……」  
 下着の上からでは物足りなくなってきて、横から指を滑らせる。蜜で滑るそこは  
指を簡単に咥え込んだ。胸を撫でながら指で中をかき回す。内壁を優しく引っかく。  
「…あっ……あぁ……ん…」  
 つづき、このつづきがもっと欲しい。  
『ソフィーってば結構えっちなんだね』  
「……あぁっ…んっ…んんっ……」  
 たまらず体を倒して指を往復させる。彼が触れるように、思い出しながらその触れ  
方を辿った。回想の中での彼に犯されている。  
『ほら、もうこんなに硬く尖ってる』  
「……っは…あ…あ…!」   
 堅くなった乳首を指の腹で転がす。噛み締めた唇から声が零れている。  
やだ、聞こえちゃ…う……。  
「……ああ…っ…ふ……」  
 乱暴に下着を取り払う。  
 ぬめぬめの指は休めないまま、乳首を弄った手で片腿を広げる。蜜の溢れるそこを  
回想の中のハウルにわざと見せ付けるように。  
  手は止まらない。腰は欲しがって疼くばかりで、内腿はもうべしょべしょだ。濡れた  
指で左右に開き、その芯を再び擦ると、爪先まで快感が隈なく走る。  
…はあ……あっ……気持ち、よくて、指……とまらな、い……。  
 
涎を垂らしながら、あそこを弄るソフィー。少し首を上げれば、ソフィーの濡れ  
そぼった股間は丸見えだ。  
 危険信号を感じている。なんとかして逃げ出せ、と。せめて目を瞑ってしまえと。  
 けれども何とも言いがたい感情が、瞼を閉じさせてはくれない。  
 ソフィーの秘密に触れている。そう思うだけで、モヤモヤとする背徳感とそれを  
見てしまっている興奮にくらくらする。  
「……あっ…ん、ん、んっ……」  
 ふるりと揺れる胸。透明な液体でてらつく指が、快楽を貪る淫らなそこから音を  
たてて蠢いている。やらしい匂いが鼻を擽っている。  
 くち、くちゅ、と音が音が音が。  
「ん……ぁ…ハウル……!」  
 あ、ああ、もう、駄目、だ。  
「ヒン――?!」  
 目を丸くするソフィーなど目に入らない。積み重なった本を足場に、私は一息に  
ベットへと至り、涎を垂らすソフィーのそこに鼻面を寄せる―――。  
 言い忘れていたが、私はヒンと呼ばれている。鳴き声がヒンなのでヒン。実に  
単純な名前である。長年サリマン様の使い犬をしていたせいか、老いた外見をしてい  
るものの普通の犬より少しばかり賢い。賢いせいか私の感覚は犬よりもヒトのそれに  
やや偏っているきらいがある。そういうわけで私はわざと普通の犬が好奇の意味合い  
でそうするかの如く、鼻面を寄せてその匂いを吸い込み、唾液に濡れる舌でべろんと  
どこか気の抜けたようにだらしなく舐めるのだ。何時もどおりの顔のまま、ソフィー  
を心行くまで味わう。  
 
 ヒンが出てきたのは予想外のことだった。その上私のそこを舐め、て……。  
「っ!はあ…っ…」  
……や……そこ、いい……。  
 駄目よなんて言ってすぐに止めさせるのは簡単だった。でも。  
「……あ…ぁ……」  
 止めさせることなんてできない。もっと舐めて欲しい。  
……わたし、犬に舐められて……  
 それでも、こんなに気持ちいいなんて。  
 いつのまにかわたしはヒンの舌がもっと当たるように腰を動かしていた。  
空いた手で胸を掴み、指先で乳首に触れる。  
「やぁっ……んっ……」  
 絶頂まで押し上げられる。その終わりが来るまで一気に上り詰めていく。次から  
次にやって来る快楽の波にわたしは揺さぶられている。  
「……ん、ふ……ヒ…、ヒン。もう……」  
 しばらく続いた行為に終わりが見え始めた。   
 いきそうだから、やめて。そんな言葉は喉の奥に隠れてしまって、頭さえ出しそうに  
なくて。いってしまえと言ってるみたいにヒンの舌が激しさを増した気がするのは、  
私の思い込みのためなのかしら……は、あ…ぁ…んっ……。  
……ダメ……もう、あ、あっ……やだぁ……  
「ん……ふ……ああああああっ」  
 
 体を仰け反らせると、ソフィーはぐったりと倒れこんだ。私はソフィーの股間を一舐め  
すると、じっとり汗で湿った肌をも舐めた。首、はだけた胸、太腿を舐め、再び元のところを舐めた。  
ソフィーは息を荒げ、潤む双眸を天井に向けたまま行為の余韻に浸っている。  
 それにしてもこんなことになるとは思ってもみなかった。これは秘密の出来事だ。秘密。  
だからハウルには見られてはいけない出来事なのだし――――  
「ソフィー?何してるの?」  
――体の凍りつく音が聞こえるようだった。  
「あ、ハウル、これ……は……」  
 ハウルを見るなりソフィーは慌てて捲りあげたスカートを元に戻した。  
 はた、と私と視線がぶつかる。見つかった、完全に見つかった。秘密の行為はすぐにばれた。  
まさに儚い秘密だった。哀れ、秘密は5秒もしない内に現場を押さえられ暴露。  
 もう一度言うが、私はヒンと呼ばれている。鳴き声がヒンなのでヒン。実に単純な  
名前である。長年サリマン様の使い犬をしていたせいか、老いた外見はいるものの普通の  
犬より少しばかり賢い。賢いのでこの二人がどんな関係であるのか理解して  
いるし、自分の身に置かれた現状の立場も分かる。これはヤバイと。  
 ハウルが驚いた顔をしたのは一瞬のこと。にこりとその青い目は笑みを含んだ。  
 
『どうやら、サリマン先生の躾が行き届いていないようだね』  
 こちらを向いた目がそう雄弁に物語っている。  
「ヒン、どうやら君はサリマン先生の躾が行き届いていないようだね」  
 あ、ほらやっぱり当たった。ウワーイ。ではなく嗚呼腰が引けるくらいに笑顔  
ヤバイヤバイこれはヤバイ部屋の入り口でゆらぐ微笑みは時の始めからのデスト  
ロイの約束流石だな流石すぎる流石魔王に成り得る素養のある男笑顔のうちに宿  
る黒さはサリマン様のそれより遥かにすごいんですけど殺りたい奴ができたんだ――君だ  
と言わんばかりにこっち見ないであああああ本当どう逃げ出せばいいのかわかん  
ないどうしよどうしよ逃げ場ない。ちょ、ちょ妙な魔法だけは勘弁  
ああああ亜w背drftgyふじこlp;@:  
「……ちょっと、ハウ―――」  
 とりあえず大きな枕の下に隠れて丸まってみたが、それは無駄な足掻きだった。  
 ソフィーを抱きしめたまま、彼は笑顔で私に向かって腕を伸ばし、くい、と手  
首を動かした。視界は暗転し、無重力に体が投げ出される。  
「ソ■ーも、■の躾■■要■た■■■」  
 ぶつ切りに耳に入るハウルの言葉を最後に、部屋とは別の空間に放り出される。  
   
 その後のことは……まあ、省略しておく。これからは危険信号を感じたら、  
即効逃げることだと肝に銘じておこうと思う。でもまたあの逆らいがたい  
誘惑を目の前にしては、私の誓いは多分意味を成さないものになるのだろう。  
魔法使いの復讐が怖いところではあるが―――。  
   
おわり  

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