ソフィーは、星のようなきらきらの髪をちいさく揺らして
ふう、と一つ息をつきました。
気付けばもう空は赤く染まっています。
あの時の言葉通り、みんなで花屋をして。
戦争のない平和な街のなかで、小さな幸福の為に花束を作る。
笑顔で受け取るお客さん達の手のひらの温かさは、
本当に幸せで平和な日々が帰ってきたのだと、ソフィーに教えてくれます。
まだ街は直しきれていない部分も多々ありましたが、
人は街よりも、早く元気になっていきました。
生きることや、暖かい家族の大事さをかみ締めるように
街を歩く人達の足取りも緩やかで、ソフィーには幸せそうに感じられました。
気付けばもう店を閉める時間。
何時もお手伝いをしてくれるマルクルは、
荒地の魔女のおばあちゃんと散歩ついでの買い物です。
中々に店じまいは骨が折れますが、お婆ちゃんの時もあれだけ
元気いっぱいだったソフィーです。ちょっぴり時間はかかりましたが
綺麗に店の中を片付けて、よし、と満足げに店を閉めるのでした。
今日の夕飯は作り置きのシチューに、マルクル達が買ってくるパン。
帰ったらカルシファーにおなべを暖めてもらわなきゃ…
ソフィーの毎日はとても忙しいものでしたが、決してそれは
嫌であったり、苦しい物であったりはしませんでした。
ソフィーはみんなが大好きだったし、何よりも
ハウルが嬉しそうに皆と微笑む姿が、好きだったからです。
そんなソフィーの大好きな魔法使いさんは、
今日は前日の徹夜が響いて1日寝ている筈。
ちゃんと置いておいたご飯は食べてくれたかしら?
流石にもう起きてるわよね?
そんなことをつらつら、と考えながら
数段の石階段を上って、そっと入り口の扉を明けたソフィーの目の前には
カルシファーの前で小さくうずくまった…何かでした。
帰ってきたソフィーを見やるカルシファーは
「ふーやれやれ」とでも言いたそうな顔をしています。
あとは任せた!と目線で訴えると、知らん振りで大きな薪に
自分から隠れてしまいました。
「…ただいま…ハウル?」
近寄れば小刻みに震えたハウルが、ぽたぽた床に水滴をたらしながら
小さく縮こまっていたのでした。
「や、やだ!どうしたのハウル!?びしょ濡れじゃ…」
ソフィーが言うが早いか、ハウルはがばっと立ち上がりました。
巻き付いていたタオルが拍子に取れてしまいましたが、些細なことです。
「ソフィー!今日帰ってくるの遅かった!」
そのひねくれた言い方は、彼がちょっぴり拗ねている時のもので
ソフィーはぎょ、っとしました。
彼はムリに起こしてもご飯を食べながら寝てしまうし
ご飯を取っておかないとやっぱりすねてしまう、大きな子供みたいな人
だったので、普段から訳がわからないすね方をすることはありましたが
今日のソフィーには思い当たるところがありません。
「…今日は、一人で店じまいをしていたから…遅くなったの」
ぐ、と顔をしかめているハウルを更にひねくれさせないように
優しくソフィーは微笑みます。ごめんね と小さくつけたしながら。
「もうすぐソフィーが帰ってくると思ったから、お風呂から出て待ってたのに。」
中々帰ってこないからすっかり冷えてしまった!と、
彼は随分臍を曲げていました。
ソフィーは更に訳がわからなくて、首をかしげてしまいます。
「ソフィーに髪を拭いてもらうのが好きなんだ。だから待ってた。」
「もうちょっとソフィーが帰ってくるのが遅かったら、僕は風邪を引いてたよ!」
「ソフィーのせいで体も全部冷えてしまったんだ、暖めてよ」
まるで体だけ大きなだだっ子のように、彼はむずがります。
ソフィーは思わず吹き出してしまいました。
あんなに綺麗で、素敵な魔法がたくさん使えて。
なのに目の前の彼ときたら、ただの大きな甘えん坊さんなのですから。
あきれちゃう、といえばそうなのでしょう。
でも、ちっとも嫌じゃない。甘える彼の目は、何時もより自分を見据えていて
本当に自分に甘えたいのだと、ソフィーに自覚させてくれるからです。
「解ったわハウル、でも…私一人の力ではその冷たい体を暖めきるのは無理ね。
そこまで冷たくなったらあったかいお風呂につかるのが一番だもの。」
カルシファー、もう一度お風呂にお湯をお願いね、と微笑んで
薪の後ろの小さな炎の悪魔にお願いすると、ソフィーは冷えたハウルの
額に軽く唇を落としました。
「私は暖かいシチューを用意するから。ね?ハウル」
額に手を当てながら、ハウルは恨めしそうにソフィーを見やります。
「…一緒に入ってくれないかな」
敵もさるもの、一筋縄では行かないことはソフィーも判っています。
「ご飯が遅れちゃうわ!皆お腹をすかせてるんだもの」
「もう…ソフィーはいつもそうだ、僕より皆が大事なんだから!」
何時もより悲壮感漂う声色に、ソフィーはぴくりと反応します。
「皆はお腹が減ってるかもしれないけど、僕は心がペコペコだよ
ソフィーが甘やかしてくれないから!ソフィーが足りないんだ」
塗れた髪もかまわずにソフィーの胸に顔をうずめると
ハウルは言葉を続けます。
「だからたまには、僕にソフィーをお腹いっぱいくれても良いと思うんだ」
素っ裸の良い男が、女の子の胸に顔をうずめて泣き言を言うのは
ハタから見たらどんなにおかしな光景だったでしょう。
けれどソフィーには、溜まらなくそんな彼がいとおしく映りました。
それが恋故の色眼鏡でもかまわないのです。
人より強い魔力を持って、けれど臆病で、でも私を守ってくれて。
そんな彼が、いっぱいいっぱいみっともない姿を見せてくれることが
だらしの無い甘え方をしてくれることが、ソフィーにはとても幸せでした。
こうなってしまうと、もうソフィーに勝ち目はありません。
「…じゃあ、早めに出ましょうね、約束よ?
2人が帰って来たら、すぐご飯の準備をしなくちゃ」
相変わらずソフィーの胸から離れないハウルは、
ぱああ、と顔を輝かせます。
「わかった!約束するさ!」
落ちたタオルもなんのそのです。気にせずソフィーの手を取って
お風呂へ直行した2人なのでした。
その後荒地の魔女とマルクルが帰ってきても
暫くは二人の姿は湯気の向こうで
ご飯は随分夜遅くになってしまったのは、
言わずもがな な事。