「僕のかわいいめんどりさん♪」
ソフィーが昼食を作るために,カルシファーとおしゃべりしながらフライパンをふるっていると、
背後からいきなり誰かがガバリと覆い被さってきました。
「きゃっ!」
「わぁっ!」
ソフィーとカルシファーは驚いてお互いに身をすくませました。
こんなことをするのは一人しかいません。後ろを振り向くと、案の定。
「やっぱり!」
カルシファーもボウボウと身体を膨らませて怒っています。
「せっかくソフィーと楽しくやってたのによぅ!チェッ、ぎゃあっ!」
カルシファーはハウルが力いっぱい投げた、まだ割られていない大きな薪の下敷きになってしまいました。
「これで邪魔者はいなくなったね。ご機嫌麗しゅう!どこのだれよりも愛らしい、僕のめんどりさん♪」
ハウルはニコニコ笑顔を浮かべ、ソフィーのほっぺたにキスをしました。
(いつものアレが始まった…。)ソフィーはため息をつきハウルに言いました。
「ご機嫌麗しくないわよ、ハウル。カルシファーをいじめるなんてひどいじゃない。
それに、お料理してる間は危ないから急に抱きついたりしないでって、何度言ったらわかってくれるの?」
薪の下から「そうだそうだ!ハウルのわすれんぼ!」とカルシファーも、ハウルに聞えないようにこっそり小声で非難しました。
しかし、悪びれもせずに、
「ええ?今日はちゃんと声をかけたよ?『僕のかわいいめんどりさん♪』って!アハハハッ」
と言い放つハウルに、ソフィーは呆れて物も言えません。
ハウルはそんなソフィーにお構いもせず、ソフィーの手からフライパンを奪い取ってかまどの脇へ置き、
手をとってくるくるとダンスを踊り始めました。
「だって幸せだなぁって。もっとソフィーとくっついていたいんだもの。もっともっとね!」
くるくるくるくる。右へ左へ。
「パンを焼くのも僕のため、ベーコンエッグつくるのも僕のため〜♪」
くるくるくるくる。左へ右へ。
「あ、あ、ちょっと、ハウルったら!」
ソフィーはハウルの足を踏まないよう、ハウルについていくので一苦労でした。
一緒に暮らし始めてからというものの、ハウルは地に足がつかない状態で、毎日がこんな調子でした。
最初のうちはハウルに付き合っていたソフィーも、流石に困り果てていました。
ハウルが以前よりも元気になってくれて、ソフィーはとても嬉しく思っていましたが、毎日毎日こんなふうではろくに家事もできません。
(洗濯物も二日分、お掃除もあの部屋とこの部屋と、庭の草むしりも、…ああ、マルクルとも昼食のあと一緒に遊ぶ約束をしたんだった…。)
元掃除婦としては、これだけの仕事を残して今日を終える事はもはや我慢なりませんでした。
「……ひぐれてぬくぬくベッドの中で、ささやきひとつ僕のため…。今夜、いいよね?」
「…え?」
いつのまにかダンスのステップは止まり、ソフィーはハウルにぎゅっと抱きしめられていることに気がつきました。
掃除や洗濯のことで頭がいっぱいになってしまっていたソフィーは訳がわからず、きょとんと立ち尽くしていました。
「ソフィーったら僕に見惚れて聞いてなかったの?こ・ん・や。仲良くしよう?」
ハウルは耳元でそっと囁きました。
その言葉の意味を悟ったソフィーは、顔を真っ赤にしてハウルから顔を逸らしました。
「! ハウルったら、こんな真昼間から何を言ってるのよ。カルシファーだってすぐ近くにいるのに…」
「大丈夫さ。あいつとは長い付き合いだから、ちゃーんとそこのあたりは心得ているもの」
恥ずかしがるソフィーをよそに、ハウルはカルシファーのほうを見てニヤリと邪悪な笑みを浮かべました。
パチリ。ずっと薪の下から様子をうかがっていたカルシファーは、ハウルと目が合うや否や
ぎゃあっ!と叫んで、かまどの奥へ奥へと隠れてしまいました。
それほどまでに、ハウルの目は恐ろしい光に満ちていたのです。何をされるかわかったもんじゃありませんでした。
その様子をみてソフィーは、ちらっとハウルに目をやった後怒った様子で言いました。
「もうっ、カルシファーをいじめるのはよして!あとね、一体何を心得るのよ?あなたがこんなだから、
やらなきゃならないことがたっっっくさんあるのよ、私。だから駄目。
それに今夜はマルクルと一緒に寝る約束をしてしまったわ!」
ほっぺたを風船のようにふくらませて、プンプンおかんむりです。
「むっ、それは聞き捨てならないな。マルクルと一緒に寝るだって?
一体全体どういうことかご説明願おうじゃないか。」
ソフィーの言葉にハウルも怒った様子で聞き返しました。
「言葉どおりの意味よ!眠る前におしゃべりをして、一緒のベッドで寝るの」
「だっ、だめだめっ!一緒に寝るなんて!!ソフィーは僕とだけ一緒のベッドで眠るんだからっ、…あたっ!」
ソフィーの答えに、ハウルは首がちぎれそうなくらい横に振って反対しました。
あまりにも勢い良く首を振りすぎたせいで目が回り、よろりとよろけて床に尻餅をついてしまうくらいに。
そんなハウルを見て、ソフィーは怒っているのも馬鹿らしくなり、呆れてハウルを抱き起こすために手を差し出しました。
「なぁに、マルクルにやきもち焼いてるの?ハウルったら大人気無いわね。
あなたのほうがうーんと年上なのに。カルシファーにだってやきもち焼いて」
ちゃんと後で謝るのよ、と念を押して付け加えます。
「ありごとうソフィー。カルシファーのことはわかってる。後でちゃんと謝りにいくって。
…でもね、やきもち焼いちゃうのはどうにもならないよ。
僕だって腹を立てたくないけど…、ソフィーのことみんなが好きになっちゃうんだもの。
マルクルとだってすごく仲がいいじゃないか。カブにだって求婚されるし…」
しかも港町の魚屋の親父さんとも仲がいいっていうじゃないか。
最近魚料理が多いなと思ったら…あ、あと市場の左側から3番目の……。
先ほどの陽気な様子はどこへやら、みるみるうちにいじけた様子で眉をしかめ、
うっすらと目に涙を浮かべ、ぶつぶつと呟きだしました。
ハウルのやきもち焼きがここまで酷いなんて…ソフィーはびっくりしすぎて言葉も出ませんでした。