「…ソフィー…」
心地のいいまどろみと温もりの中、自分の名を呼ぶ微かな声にソフィーは目を覚ました。
身体には、自分を後ろから抱きこんで寝入っている男の腕が廻されている。
すうすうと規則正しい吐息が、耳にかすかに聞こえてくるのと、
発されている気配からして、どうやら今の声は単なる寝言だったらしい。
少しだけ振り返ると案の定、彼は長い睫を伏せて眠っている。
どこからか漂う甘いヒヤシンスの香り。
それに誘われるよう再びソフィーも目を閉じたのだが、彼の眠りの中にも自分がいるのかと思うと、
妙にこそばゆくも嬉しい気持ちが沸いて、胸が柔らかに満たされる。
と。
「…っ?」
もぞ、もぞもぞ。
寝ぼけているのか、不意に後ろの男がもぞもぞ手を動かして、ソフィーの胸に触れてきた。
ありていに言ってしまえば、掌で胸のふくらみを
男がすっぽり覆っているというか、揉む一歩手前というか。
そしてそんな状態のまま、手は止まり、またすーすーと寝息が響く。
断言するが起きていない。
ぐっすり寝ているのだ。
「…全く」
笑い混じりのため息を吐く。
この男…自分の恋人である魔法使いのハウルが、胸を触るのが大好きだと知ったのは、
確か身体を重ねるようになってすぐの頃だったか。
世の男全般がそうなのか、そうじゃないのかはなにぶん、
この男が初めての相手であり、それ以外の男は相手にしたことがない自分には良く解らない。
だけれど、胸を触るのが嫌いだという男はいないというのが世間的な一般論らしいから、
やっぱり世の男はほとんどそうなのだろうか。
とはいえ、嫌というほどのものではないので、したいようにさせておいてやる。
どうもこの男は自分をこうして抱きこんでいると非常に精神が安らぐらしい。
君がそばにいると安心して眠っちゃうんだ、
なんてへらへら笑いながら言っていたのをよく覚えている。
さして勝気で少々女らしくない自分が唯一女らしいといえる箇所で
安らいでくれるというのなら、それも悪くない気はする。
初めてこうして寝ぼけたこの男に触れられたときは驚きあわてて、
相手を叩き起こしてしまったものだが、自分達はもう結婚までしているのだ。
身体を重ねるようになって大分たつし、触れられて恥らうような関係というのも今更な気がする。
今や、もうこれはコミュニケーションのひとつと感じるし、むしろ大の大きな男が
胸ひとつで安らいでこうして甘えてくるのは、微笑ましいとすら思うほど。
それに、寝ぼけ状態のこの男が触れてこないと、却って、おかしいなとか、具合でも悪いのかとか、
よもやまさか浮気してるのではとか、自分は考えてしまうに違いない。
だからやっぱりこれは必要なスキンシップなんだろうと考える。
なんだかんだいって、自分も心が満たされるのだから。
身体を伝わって、とくとくと心臓が温かな鼓動を伝えてくる。
ついこの間まではそこにあるべきものがなかっただなんて、実は今でも信じられない話。
そんなことあるわけないのに、不意にまたなくなってしまうんじゃないかという気になって、
だしぬけにハウルの胸に手を当ててみては当の本人に笑われる。
そしてその度に確かな音を伝える心臓に安心するのだ。
愛しているからこそ心配するのは当然なのだから。
「ふぁ…」
生あくびがでた。
やっぱり、目が覚めてしまったものの、眠い。
ソフィーは瞳を伏せると、未だすうすうと寝息を立てて熟睡している様子の男の身体に寄り添うようにゆっくり頭を後ろに摺り寄せた。
――もう少し。
さすがに昼まで寝る気はないが。
今はまだ起きなくて、いい。
ややしばらくの眠りに、身を任せるとしよう。
やがて訪れたまどろみは、温もりと同じ優しかった。