「――。」
ふと、目を覚ました。
しん、と張り詰めた静寂、冷気とその匂いからなんとなく夜明けが近いことがわかる。
鼻腔から入り込んだ空気の冷たさに驚き、ソフィーはぶるっと身震いする。
ふいに喉の渇きを覚え、ちょっとだけ意を決してベッドから降りた。
暗やみに目が慣れるのを待ってソフィーは軽く落胆した。
ガウン――ハウルの部屋に置いたままだったわ…
昨夜は昨夜でふざけながらここまで運ばれて来たので、枕元の水差しも空のままで。
記憶に頬を赤らめつつ、ソフィーは忍び足でキッチン兼居間へむかった。
ほの青い闇の中、カルシファーを起こさないように慎重に事を行ない、人心地つく。
部屋へ戻ろうと向き直ると、窓辺に人影を認めて飛び上がった。
『ハ…ハウル!』驚くにも声をちゃんと抑えている所がソフィーらしい。
窓からは星も月も無い頼りない夜空の明かるみが差し込み、ハウルのシルエットをおぼろげに描き出していた。
見まごうはずもない愛する恋人の、それでいて普段とちがう様子の影型に驚いて走り寄る。
「どうしたの、ハウル。」
窓下の壁に寄せた椅子の上に、子供のように膝を抱えて蹲る恋人。
その彼は音もなく泣いていた。
ソフィーを見上げるの顔には涙の跡が光り、いつもの精悍さは見る影もなくあどけなく頼りない。
一回り以上も年の離れた弟子と、いまこの瞬間の彼はさして変わらなく思えた。
変容ぶりに驚き、頭を胸に抱く。
腕の中でしゃくり上げはじめた恋人に、夜気で冷えきったはずの体が、芯から熱を生み出すのを覚えた。
丁寧に髪を梳きなぜていると、腕の中から消え入りそうな声が聞こえた。
「…夢を、見て…」
「ん…?どんな夢…?」
いつかの、あの湿原。
次々に降る流れ星を、手ですくおうとするのだが悉くすりぬけてゆき、全員を死なせてしまう。
それでもまだ、星は墜ち続ける。
救えないのがわかっているのに、果てなくその行為を続けるしかなくて…
ソフィーが聞き出せたのはここまでだ。
魔法使いと流れ星だった相棒の関係を知るソフィーには、それでも十分だった。
「…か… …かないで…、ソフィー…、…っ…。」
「ええ、行かないわ。どこにも。あなたのそばを離れない。絶対、どんなことがあっても一緒にいるわ…いつまでもよ…」
ソフィーの目尻にもあたたかいものがにじんだ。
でもその日の切なさにはどこかやすらぎがあった。
「私の部屋へ行きましょう…歩ける?」
恋人が腕の中で眠りにつくのを見届けると、今までで最高のいとおしさに包まれながら自分もまぶたを閉じた。
自分からあふれるこの感情が、彼を温かく包み、安らかにやすませてくれますように…
カーテンの隙間から朝の陽光が差し込んできても、ソフィーはぐっすり眠っていた。
すっかり悪戯心を取り戻した魔法使いが彼女を狙ってるとも知らずに―
END