とくん、と胸の奥が疼く。  
これまでも、堪えられないくらい(恥ずかしくて)近くから見つめられたり、愛の言葉を囁かれたりして、心臓が破裂しかねないほどときめいたことはあったけれど、何かが起こる予感にざわつく感じ――は初めてだった。  
 
“隠れ家”までは少しあったのだけれど、どうやってそこまで辿り着いたかは覚えていない。  
ハウルに手を引かれて歩いていったはずなのだが、宙を駆けて行った気になるほど、夢見心地だったようだ。  
思い出せるの最初の光景は、上等なリネンで覆われた広々とした寝台。  
勉強机を兼用したテーブルと小さなベッドだけがある部屋だったはずなのに。  
ハウルが手を入れていたのか咄嗟に魔法で用意したのか、―それとも自分が夢を見ていたのか?―まだ日は高いのに、室内はぼんやりほの暗く、静寂に包まれていた。  
 
ふわり、と不思議な浮遊感で寝台へ寝かせられ。  
そのままハウルの口唇が柔らかく覆い被さってきた。  
上唇をついばまれるうちに熱い吐息がこぼれ始める。  
はっ、はっ、と聞こえる吐息は自分のものだけだろうか?  
 
不意にブラウスの前合わせからハウルの手が侵入して来た。  
ささやかなふくらみをまさぐる、熱い掌。  
ドキドキと早鐘を打つ鼓動は果たして今のハウルに伝わっているだろうか――  
 
唇を離すごとにまなざしを交わす。  
熱にうかされたような、今までのハウルには見たことのない目付きが、わずかにソフィーを脅かす。  
 
そして魔法使いは頭を少女の首筋にうずめると、せわしなく舌を這わせはじめた。  
荒い息遣い。  
視界から恋人が消え、知らず知らずソフィーは一心に天井を見つめていた。  
ドクッ、ドクッ…  
自分の心臓の音が聞こえる気がする。  
 
―― こ わ …い。  
 
突然、胸を揉みしだいていたハウルの右手が、なだらかなくびれに沿ってすべり下ろされ、スカートの腰をも押し下げ一気に下着の縁まで到達した。  
「…ゃ、ぃやぁっ!」  
 
強い勢いではなかったものの、半身をくねらせたソフィーの反応に、ハウルの動きが止まる。  
 
一瞬の間を置いて、ゆっくりと上半身を起こして少女の表情を伺う。  
それと同時に、おそるおそる向きなおった少女は、両手で顔を覆い、指の隙間から涙目をのぞかせた。小さく、震えている。  
 
大好きな、ハウル。  
たったひとりの、かけがえない、愛するひと。  
彼からの愛を享けようとするこの瞬間、自分を支配する恐怖の感――  
この期に及んで、まさか自分がハウルに怯えるとは。  
それ自体がショックで、後から後から涙があふれてくる。  
そして、次の瞬間、思い当たる。―ハウルを、傷つけてしまった?  
 
―だめ。どんどんハウルを傷つけちゃう。  
いや。泣きたくない。  
なんで。なんで止まらないの、涙――  
 
にこりと優しく微笑んで、『大丈夫。気にしないで、ソフィー。』大きな手が頭を撫でる――とばかり思ったが、実際にソフィーが目にしたのは、無表情になった恋人がそのまま上半身を起こし、自分の足先、寝台の端へ腰掛ける仕草だった。  
 
ずきん、と、今度は痛む疼きだった。  
「は…、はう…る…」  
極力しゃくり上げる声を抑えて呼び掛けてみるが、返事はなく。  
そして無言の背中は、はぁーーっと、深い嘆息をついた。  
一瞬で頭から爪先まで凍り付くように動揺する。  
 
ハウル、ハウル。  
ごめんなさい。  
ごめんなさい。  
 
涙はつぎつぎあふれ、しゃくり上げる声は次第に漏れるのだった。  
 
 
絶え難いほど長く感じる間がすぎた。おそるおそるハウルの肩に後ろから寄り添う。  
力なく、でも十分ふてくされた声でハウルが口を開いた。「…ソフィーがいいって言ったんじゃないか…」  
溜息を聞いて、怒らせたのかもしれないと覚悟したものの、実際になじる言葉がでてきたのには…正直、呆気にとられた。  
すっと涙が引き、慌ててしがみつく。「うん…。ごめんなさい…」  
前髪に隠されて半分しか横顔は見えないが、口元を尖らせているのが確認できた。  
「…そんなにイヤだった?」ふるふる、と首をふり、イヤじゃないけどびっくりして恐くなって、―と言い終える前に  
「僕だってびっくりしたよ! ソフィーに拒まれるなんて! 傷ついたんだ!  
 もう、出て行ってもよかった!」顔を下に向けたまま、ハウルが吐き捨てた。  
びっくりして言葉を継げずにいると、すがるような目をソフィーへ向けてきた。  
「…ソフィーが好きなんだ。  
 一番大切なのがソフィーなんだ。  
 だから、一番僕を傷つけられるのもソフィーなんだよ?」  
 
それを聞くと胸がいっぱいになり、引いていた涙がまた込み上げてくる。  
自分を一心に見据えてくる彼から目をそらさないよう、まばたきもせずに何度もうなずいた。  
ごめんね。だいすきよ。愛してる…伝わるようにありったけの気持ちを込めて。  
 ――と、涙目で自分を見つめていたハウルが、不意にきょとんとした顔で呟く。  
「――それは…ソフィーだって同じじゃないか…」、砕きつぶす勢いでソフィ-を抱き締める。  
「あぁ、ごめん、ソフィー!!! 僕はなんて酷い事を…!! 僕としたことが…」  
ソフィーは息を継ぐのがやっと。  
「ごめん!ごめん!ごめん!!」  
まだ続けている。  
「なんか、わかんなくなっちゃったんだ、結局ソフィーを恐がらせるようなことをしちゃった自分に腹が立って、でも、それでなんかソフィーも腹を立てちゃって…もう、なんか、わかんなくなって。」  
両手でソフィーの両頬を挟んで優しく引き離し、覗き込んできた顔は、国でも名高い魔法使いという高潔さはどこへやら…何とも情けなく頼りなかった。  
 
百面相に付き合わされた最後に、ソフィーは満面の笑みを浮かべた。彼が愛しくて愛しくて。ハウルが。すべてが。  
 
じゅわっ…と、自分の中の、奥まった深いところで何かが灯った音がした。  
たまらず、自分からハウルの胸に飛び込む。胸板から首へ、いやいやをするように顔を擦り付け、ハウルの香りを胸いっぱいに吸い込む。今度は優しく腕が覆ってきた。  
「大切なはずのソフィーに、酷い事言っちゃった…。赦してくれる?」  
「…さっきはね、貴方が知らない人みたいに思えて…それで恐かったんだと思う。あなたが恐かったんじゃないの…」  
ふーっ、とソフィーの頭の後ろで息が吐かれた。また何か溜息をつかせたのかと不安になり、顔を引いてハウルを見やる。  
ソフィーと目が合うと、きまり悪そうに眉を寄せ、口をへの字に結んで頬が赤くなった。  
「かっこ悪い。  
 僕としたことが。…がっつくなんてさ。」  
ふふっ、と思い切り優しく微笑って、ハウルの頬に手をそっと当てる。  
「もっとスマートかと思ったわ」  
「あー、もう。言わないでよ。あんなの無しだよ。」  
投げやりな言葉とは裏腹に、やさしく横たわるよう手で促す。  
くすくすと笑いながら、ハウルの方を向いたままになるように左側を上にして身体を横たえた。  
親が子供を寝かしつける時のように、添い寝したハウルがぽんぽんとソフィーの左腕をたたく。  
 
さっきの出来事が嘘のように穏やかで満ち足りた気持ちが訪れた。  
愛しい恋人と添い寝していると言うのに男女の恋情など超えて血の繋がった家族か自分の半身をでも慈しんでいるような気持ちだった。  
 
――ソフィーは、今日はこのまま静かな時間をすごすのでもいいと漠然と思った。  
ただ、目を閉じるのが勿体なくてハウルを見つめていた。  
 
いつしかハウルの手は拍子を取るのを止めていて、ソフィーの左腕を優しく撫でていた。  
――すっ、とハウルの眼差しが引き締まる。視線はソフィーの双眼から外れない。  
撫でていた右手が、つつーっと滑り下ろされる。触れるか触れないかの加減で、指先がゆっくりとソフィーの左のふくらみを辿り始める。  
ソフィーは一瞬、事態が飲み込めなかった。三本の指がブラウスの上をすべっていたが、もどかしくなったのか、不意に軽い力を込めてふくらみを押さえてきた。  
「っ…」声にならない声が思わず洩れ、きゅっと目を瞑った。それが合図となり、ハウルは少女を抱き寄せ、薄く開いた唇に自らの暖かい舌を滑り込ませた。  
 
互いが上になり横になってくちゅくちゅと潤んだ音を響かせながら無心に口唇を貪り合った。  
次に目を開けて熱っぽいまなざしの恋人を認めた時も、彼女はもう怯むことはなかった、熱に溶けていたのは彼女の瞳の方だったから。  
 
離した唇から滴り落ちる雫さえ惜しく思った。彼の身体を湿らす一滴一滴をも、欲しかった。  
 
――彼が、はだけたブラウスの隙間に唇を落とした時、吐息と一緒に声がこぼれた。自分が発したとは思えない甘さが恥ずかしかったが、なぜかその羞恥が心地よかった。  
体温が上がる。  
肌を這う唇の熱さと柔らかさを感じて泣きそうになる。  
「――こわい?」ちょっとの表情も見逃さず、ハウルが耳元に口を寄せて囁く。  
 さっきまで拗ねていた少年はどこへ行ったのだろう?  
いま少女を優しく抱き、案じてくれているのは一番彼女が時めかされる、紳士然とした恋人。  
――このひとは、ずるい――  
効かんぼうだったり紳士だったり、魔法でころころ人格まで変えてるのかしら――だから自分は“たまらなくなる”のだ――  
 また、鼓動が強くなる。  
これ以上ないくらい早鐘を打つ心臓を思い知らせるように、しがみついて胸を押しつけた。  
「――! あぁ、ソフィー…!」  
 
 
あくまで優しく、しかし激しさを持って少女の乳房を揉みしだく。同時に、耳が弱いことを見抜いて念入りに耳を舐め上げる。彼女の耳腔いっぱいに、ぴちゃぴちゃという音がいやらしく響いているはずだ。  
「―んっ、んん――っ…」少女は唇の下で歯をくいしばっているらしい。  
「声、出しちゃいなよ」  
愛撫の手は休めずに、唇で唇を優しくこじあけ、「ふあぁ…っ」漏れた声ごと舌で絡めとる。  
 快感をこらえようとする身体のうぶな反応と裏腹に時折自ら舌を絡み付かせてくる少女の変貌に、魔法使いは嬉しそうに目を細め、紅潮した表情を眺めながらさらに激しく舌を吸い上げた。  
 
片身でもどかしく着ているものを脱ぎ去る。さんざんいじられた乳房の先端が堅くとがり、ブラウスの布地を持ち上げている。先端に食らい付くと「はぁ…あんっ!」、一段と高い声があがった。  
布地越し故に激しくじゅっじゅっと吸い上げ、舐めたくる。真っ白な服地がじゅっくりと湿って紅い果実が透けて見える。  
少女の襟元に残るボタンを慌ただしくはずし、ブラウスを開いた。闇の帳が降りかけた部屋の中で白磁のような肌がほの白く輝いていた。  
ふるふるっと揺れたささやかなふくらみにたまらずむしゃぶりつく。上ずった喘ぎ声の甘さも愉しみながら、くまなくソフィーを味わい、まとっているものをすべて取り去っていった。  
 
 
突然襲われた未知の刺激に、ソフィーは恥じらう余裕もなく声がだんだん甲高くなる。「ぁあっ、ん、ハウ…っ、ハウルっ、!」  
堅く瞑った目蓋の裏になお眩暈を感じた。ぼうっとなる身体の奥で、あつく熱を持った芯が出来ているのを感じた。その芯からとろりと流れる感覚。  
不快なものなら何度となく――否応なく女に課せられた習慣としてしょっちゅう経験しているが、それと似て非なる、まったく真逆の感覚に驚く。  
その現象自体が彼女の身体に快感を及ぼすわけではないのに、確実に神経までもが蝕ばれて――じわりとこぼれる度に、すべてがどうでもよくなってゆく。そして何かが、何もかもが貪り欲しくなる。  
 ―ああ、熱い…  
自分自身が熱を放ち、発光しているような気がした。  
 
唇が薄く開き、ごく自然にねっとりと舌がうごめく。  
その動きが、あまりにもいやらしく煽情的で、ハウルは昂ぶりに突き上げられ、再び口を吸う。  
彼女を貪る、それ以上にどうしろと言うのだ、とはがゆく思う。もっと、もっと――。  
がむしゃらに彼女を貪れば本当に一つに溶け合えるかもしれない気がしてくる――さらにその先があるような錯覚さえ起こる。  
 
 
また体温が上がる感覚に襲われて、ソフィーはその波に身を任せた。ハウルにその肢体をくねらせて押しつける。  
今や厭らしく堕ちてしまった自分、しかし姿態を愛する人に見られたい自分がいて。そんな自分に驚きつつも、それでいいのだとわけもわからずとろんと思う。  
もう、どうなってもいい――行き着くところまで、辿り着きたい――  
 
 
――ハウルは、くらくらする思考の中でこれが夢のような気さえし始めた。  
この腕の中の彼女に、自分は本当にまじないをかけていないのか? 馬鹿馬鹿しいけれどかなり本気で疑ってしまうほどに、彼女はなまめかしく、そして、求めている。  
臀部の柔みをまさぐっていた魔法使いの手を力なく引き寄せたかと思うと、少女は自ら深部へと導いた。  
そこは滴る寸前までに潤んでいて、「ぁあっ、ー…。」触れられたのは彼女の方なのに彼の方が思わずうわずった声を洩らした。  
あれほどに恐がらせ、拒ませたのに。今や愛しい少女はこんなにも自分を欲してくれて。  
もう夢中で指先を蠢かした。脅えさせないように抑えるつもりだったのにそんな殊勝な誓いは真っ白に吹き飛んだ。  
 
少女が、脚をしっかり閉じてくる。挟み込まれた手は小刻みに動き、少女を徐々に壊してゆく。「あっ、あっ、っ……」  
蜜がぬるぬると指を濡らす。  
「ソフィー…あぁ、こんなに溶けちゃって…。可愛い、可愛いよ、ソフィー」  
「んん…、んっ…」  
締め付けていた力が尽きて、ふっと脚がゆるんだ。すかさず魔法使いの指がしなやかな動きで花弁を拡げ、中に潜り込んだ。  
同時に突起を転がされ、少女は悲鳴に似た叫びをあげた。  
 
喘ぎ疲れたのを認めるといったん動きを止めてハウルは身体を起こした。足下にまわってピンク色に染まったつま先にそっと手をそえる。  
「ソフィー…大丈夫…?」はっ、はっ、と肩で息をしながらうっすら目を開けてうなずく。  
「…いいかい…?」ゆっくりと少女の膝を折り曲げさせつま先を自分の口元に寄せて口づける。  
「ハウル…」身体も顔も紅く染めながら、目を閉じて少女がつぶやいた。「…あたしを…連れて、いって…。」  
 
つま先から足首にキスを落とし、脛に唇を這わせ、膝の裏を舐めきった後、内腿、そしてその奥へ――  
そこはもう湿らす必要はないほどに潤っていたが、ハウルが舌を蠢かして啜るたびにひくつく花弁の奥からさらに次の蜜があふれた。  
 
「ソフィーはどこもかしこも甘いけど、やっぱりここが一番甘いね…」  
舌を指に替え、くちゅ、くちゅ、とゆっくりかき回しながら耳元に熱い息を吹きかけた。  
これから襲う儀式の痛みから気を逸らさせるためにささやきを継ぐ。  
「濡らしすぎかもよ…?溶けすぎてなくなっちゃうよ…」「ゃん…っ」  
「いやらしくて、たまんないよ…ぼくも…とろけそうだ…」  
入口に手を添え、そっと自分をあてがう。その熱さに?、ひときわ大きくひくつく感触がした。そのままゆっくりと割り入る。  
そこは強く固く閉じているようでいて、ハウルを確実に呑み込んでいく。いつのまにか強く瞑っていた目蓋の裏がちかちかと点滅した。  
 
 
――痛みは、相当なはずだった。  
彼女の負担をできるだけ軽減しようと、失いかける理性をなんとか持ち堪え、ごくごくゆっくり入っていったのだった。しかし堪え難い痛みには違いない。  
それでも健気にもわずかに顔をしかめただけで。知らず心配げな表情を浮かべていたらしい自分を、安心させるように薄く笑顔さえ浮かべてみせる。  
そんなソフィーがたまらなく愛しく、華奢な身体を抱き締めた。  
 体温と、鼓動。汗。感じるすべてが、愛しい。こうやって繋がって、食らい尽くしたはずなのに、まだ足りない。合わせた肌さえがふたりを隔てるようでもどかしくて、せつなくて―。  
 
「は、うる…?」  
いつしか彼女の頭を抱えたまま宙を仰いでいたハウルに、少女が呼び掛ける。  
「…うん…?」  
「もう…だいじょうぶだから…」  
「え‥?」  
意図したことが理解されなくて少女は押し黙り、次の瞬間真っ赤になる。  
「…なになに? 何が大丈夫なの? 教えてよ、ソフィー」  
真意が掴めた魔法使いは意地悪な笑いを浮かべて迫った。  
「や…もう…!」  
身をよじって腕から逃れようとするが、それは許さない。反らせた首筋を唇が捕らえる。  
「…いいよ、ソフィー。…してほしいんだね?」  
かああ、と再び顔が紅潮し、ハウル自身を銜え込んだ処が、きゅ、と締まる。  
「…っ!」  
不意打ちを受け、一旦息をつくと、少女の耳元に低く囁いた。  
「…いけない子だ…」  
ゆっくりと繋がりが外れる寸前まで一旦腰を引き、魔法使いは反撃を始めた。  
 
 
すっかり闇が落ちた部屋の中に、星の頼りない光だけが窓から射し込んでいる。  
――果てる直前に、少女は上気した頬で瞳を眩ゆそうに細めて微笑んだ。  
達する寸前に、どこにそんな余裕があるのか、この少女は無垢にして自分の考え及ばぬほどに淫媚なのか…  
しかしそう告げるとまた無意識の淵へ墜ちてゆき、ついには声にならない叫びを発し小さく痙攣して、くたりと果てた。  
そんな恋人を目の当りにし、ハウルは、行き場なく身体中にぱんぱんにこもっていた熱い蒸気をようやく破裂させた――  
 
 
目を覚ますと、息がかかるほど近くにハウルの顔があった。彼の腕に頭を預けて抱かれている状況にドギマギし、…コトを思い出してさらにドギマギしてしまった。  
 
「あ、起きたね…」伏していた長い睫毛は眠ってたわけではないらしい。――ちゅ。額に唇を受けた。  
慣れてるはずもないのに、よく知った感触と温度。  
どうやらほんの一時の間に、相当な経験を積んだようで…じわじわこみ上げそうになる艶めかしい記憶を、無理矢理封じ込めた。恥ずかしくて、いたたまれない。  
 
もじもじと身じろぎするも魔法使いは逃してくれなくて、かえって強く抱き締められる。  
「…ソフィー。ありがとう。すっごい、可愛かったよ…」  
それだけ言われるのすら恥ずかしく、必死に首をイヤイヤと振るのだが、そのたびに感触が蘇ってきて。――何しろ、今この瞬間も一糸まとわず脚を絡ませ合っている。  
 
「何? どしたの? ――やっぱり、イヤだった?」途端に、恋人は心細げな声を出す。  
ソフィーがこれにイチコロというのをわかってやっているのだろうか?  
観念して、視線に向き合う。同時に、生々しくよみがえる身体の記憶とも。  
 
「―そんなことないわ、あの――なんか、とても、嬉しかったわ」  
自ら意識を手放してしまい、すごく卑しく淫らになっていたような気がする…否、気のせいどころかしっかり覚えている。  
恥ずかしくてたまらないが、同時に胸いっぱい、身体の端々まで甘く満たされたのを思い出して、じわじわと幸福感が満ちてきた。  
 
ソフィーの返事を聞いて、ハウルがひときわ大きな安堵のため息をついた。  
「よかった。もしかして、嫌われちゃったかなぁって心配だった…。」  
そんなこと無いわよと軽く流してもよかったのだが、殊更安心したような口振りだったのでなんとなく“どうして?”と返してみた。  
 
予想に反して、ハウルが一瞬押し黙る。そして、ボソボソと恥ずかしそうに打ち明けた。  
「情けないけど、途中からもうわけがわかんなくなってきてさ――たぶん効いてなかったんだと思う……大丈夫だったかな?僕。」  
 
 ――効いてなかった? なにが?  
怪訝な顔をハウルに向ける。  
「あ、いや、その…。ソフィーを恐がらせないようにさ、乱暴になっちゃわないように…、あの、ちょっと、まじないをね。」  
 ――まじない。ああいうコトに及ぶにあたって、 ま じ な い ですって?!  
 
ぼすっ!!  
 
「いてッ!」思いきり振り下ろしたせいで、最初の一撃で枕から詰め物の羽根が飛び散った。  
――ぼすっ!ぼすっ!!  
「いやらしい! そんなにまでしてしたかったの?! 馬鹿じゃないのッ!」  
少女が真っ赤な顔で繰り出す制裁もものともせず、魔法使いはあはははと屈託なく笑う。  
「ソフィーのためにって思ったんだけどね。ソフィーのことなら、どんなに馬鹿でもいいや。」あははと笑い続けながら、難なくソフィーを抱きこむ。しっとりと汗ばんだ名残のある肌と彼の匂いに包まれて、振り上げる腕から全身から、力が抜けてしまう。  
「もう…!、ばか…」  
「うん、ばかだね。ソフィー馬鹿だ」にんまりと、子供のように邪気のない笑顔。そんな顔を見せられるとなんだか落ち着かなくなり、きゅっと目を瞑ってしまった。まだ頬が火照っている。  
――ああ、また、あたしの負け…。  
 
空中に舞い残っていた最後の羽根が、フワリと重力を感じさせずにソフィーのむきだしの肩に乗った。  
それを細長い指でつまみ上げると、ハウルは流れるように美しい仕草でその場所に口唇を寄せ、ばら色の印をつけた。  
「ん…っ」  
 
――お詫びに、キスをひとつ落とすだけのつもりだったのだけれど。つい味わってしまった肌の甘さと、歓びを含んだ彼女の声が艶っぽくて。  
むくむくと沸き上がってきたものがもう抑さえられない。黙って彼女を仰向かせ、唇をふさいだ。たっぷり潤ませて応えてくる反応に確信を持つ――ほら、ソフィー、君だって…。  
 
――魔法使いのキスには、絶対に魔力があるんだわ。  
ソフィーはいまいちど恨めしく思った。ついさっき平静を取り戻したはずの自分が、もう溶けはじめている――意識も、身体も。  
 
 これから、どれだけの愛を重ねて行くんだろう。甘く痺れる身体をもてあまして、腕が、脚が勝手に彼を絡め取り始める。  
覚えたばかりの快楽に溺れてしまいそうなことだけが不安だった。でもそんな不安もやがてすぐ意識の彼方に去ってしまうこともわかっている。彼と一緒なら、どんな自分でもかまわないと思った。  
 
「ね…」  
「うん…?」  
熱くついばむ唇の狭間で恋人を呼ぶ。  
「時間を止める、魔法はないの…?」  
 そんなことを言う少女が無性に可愛くて、ドクンと血流がひとところに集まり始める。貪りたくなる衝動をなんとか抑えた。  
「止めるよりも…、時間を戻す魔法を使おうよ」ふたりで。こうやって――、  
 
濡れて光る紅い唇をそっと指で辿る。なぞるだけの指先で犯されて、唇はハァ、と熱い息をはかなく漏らす。その小さな吐息さえ逃がさず唇と舌でからめ取る。。  
 
指を絡めあった掌がシーツをすべる音と二人分の熱い息づかい、やがて潤った水音が、ゆっくり白み始めた空気と融け合って部屋を満たしていく。  
 
隠れ家の外では、夜の名残の露を乗せた花びらが、微風にそよいでいた。しっとり濡れる緑の葉も、草も、こうべをもたげた花々も、新しい陽射しを待ちわびている。  
新しい朝。  
新しい日々。  
また、今日から紡がれる、新しい幸せ。  
 
あとからあとから溢れる至福感が、ふたりをとらえていつまでも離さなかった。  
 
END  
 
 

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