その夜、空はとても静かで、濃藍の天蓋には真白い満月が座しておりました。
広くどこまでも澄みきった大気は偉大な魔法使いの居城をその胸に抱き、戸張を走ります。
空を駆けるお城から時折立ち上る蒸気は、冷えきった夜気に触れるとすぐさま凍え、小さな水の結晶となり、
月の優しい光を受けて夜の闇をキラキラと輝きながら消えていきました。
暖炉の火さえも眠ってしまい、シンと静まりかえったお城でしたが、こんな時間になっても一人だけ、まだ眠っていない者がおりました。
偉大な魔法使いの妻、ソフィです。ソフィは窓縁に腰掛けて、窓に差し込む月明かりを楽しんでおりました。
ソフィの銀色をした髪はまるで月明かりをそのまま櫛ですいたかの様に美しく、
その光景は窓枠を一枚の額に見立た幻想的な絵画のようでした。
ソフィはこんな時間まで起きているのはきっと自分一人だけに違いないと思っていましたが、
実はそうではありませんでした。目を覚ましていた者はもう一人居たのです。
それはソフィの夫、偉大な魔法使い、ハウルです。
ハウルはソフィに気付かれぬように毛布をはおったままそっとベッドを抜け出すと、
月を眺めるソフィの忍び寄り、そのまま細い背中を包み込むようにして抱き締めました。
ソフィはキャっと小さな悲鳴をあげましたが、それがハウルだと分かると安心してその腕に身をゆだねました。
「危ない危ない、月に君を盗まれるかと思ったよ」
「私は貴方が拐われてしまうのかと思ったわ。だからこうして見張っていたの」
「そうだ、月に僕達の仲を見せ付けよう。いくら光の悪魔でも僕達を引き離すなんて出来ないって事を思い知らせてやらなくちゃ」
それから二人は仲睦まじく、互いの身体の温もりを感じながら、空がやがて白み始めるまで、月を眺めておりました。