気がつけば、ひどくいがらっぽい空気の中にいた。  
 目を刺す硝煙。喉を通り過ぎ、肺を満たす黒く澱んだ空気。  
 
 ―――――戦場か。  
 
 黒く染まった魔法使いは、そう、周りの状況を判断した。  
 何故こんなところにいるのか、とか、どうしてこんな風になっているのか、とか、  
そういうことは考えなかった。  
 今の彼はここで、こうして息をするのがなによりも相応しい存在だったからだ。  
 かの王室付き魔法使いが今の彼を見たらこう呼んだことだろう。  
 『魔王』と。  
 
 
 
 彼女は遅かった。  
 ほんの少しだけ。  
「ハウル……」  
 星の色の髪の少女は目の前に広がる光景に、泣くことも出来ずに呆然と呟く。足元で、  
犬がヒン、と小さく鳴いた。足元に視線を落とした少女はこわばる口元に固い笑みを浮かべる。  
「ヒン、ありがとう。もう行って」  
 パタパタと尻尾を振って見上げる老犬に、ソフィーは崩れそうな笑顔で同じ言葉を  
繰り返した。  
「ここから先は、わたしが一人で行かなきゃいけないから。ね、行って」  
 それでもしばらく、ぐずぐずと少女の足に纏わりついていたヒンは何度目かの促しにようやく  
その場を離れていった。  
 少女は視界から消えていく後姿を最後まで見送って、ゆっくりと振り返る。  
 
 ――――――目を覆いたくなる惨状、というのはこういうときのために  
生み出された言葉に違いない、と少女は思った。  
 そこにはなにもなかった。  
 生きて、動いているものは。  
 瓦礫の山。黒く焦げた何か。そして、ひどい悪臭のする空気のほかは  
―――ただひとつ、赤く沈んでいく夕日に黒く塗りつぶされた影があるだけ。  
「ハウル」  
 黒い砂を踏みしめ、破壊しつくされた、かつては街だった場所の中心に歩み  
寄りながら、少女は愛する人の名を呼ぶ。  
「ハウル」  
 逆光に沈んでいたその姿をようやく捉えた途端、少女の瞳に涙が盛り上がった。  
「ああ……ハウル……!」  
 それはいつか見た夢のようだった。  
 あのがやがや町の中庭で抱きしめられたときよりももっと、黒く巨大な羽毛の山。  
 微動だにしないそれは間違いなく、彼女の愛した優しくて臆病な魔法使いだった。  
 そう思うともう体を止められず、ソフィーは足をとられる瓦礫の山にもかまわず  
小高い丘を駆け下りる。  
 がらがらと崩れる音に、黒い怪鳥はびくりと体を震わせた。  
 
 シャァッ。  
 
 鋭い威嚇音に一瞬少女の勢いが緩まる。  
 それでも足は止まらない。  
「ハウル、ハウル……っ」  
 吹き寄せるような殺気ですら、少女はすくませはしなかった。  
 その腕の一振りが戦艦を墜とし、兵士たちを黒炭に変えたのだと理解っていても、  
彼女は足を止めることなくまっしぐらに走る。  
 もうなにも見えていない目で、魔物は太い腕を振る。  
 それをかいくぐって、少女は彼女の魔法使いの胸に飛び込んだ。  
 その腕の中は血の匂いがした。死の匂いがした。  
 スミレの匂いも、ヒヤシンスの匂いも、遠かった。  
 
 彼は近寄ってくる小さなものを捉えていた。  
 生きて、動いている。  
 そう感知して、敵だ、と結論を下す。  
 敵は滅ぼさなければいけない。  
 【 】の脅威となりそうな総てのものは、排除されなければいけない。  
 彼の行動原理はシンプルで、それに従って、大きく腕を凪いだ。  
 けれども小さなものは消えなかった。  
 彼の腕をかいくぐって、懐深くに潜り込んでくる。  
 傷つけられる、と、彼は覚悟して全身の羽を毛羽立たせた。  
 彼の羽は鋼鉄のように強靭で柳のようにしなやかだった。  
 どんな攻撃であろうとも、一撃が致命傷になることはないだろう。初撃  
を耐え、そのあと反撃すればいい。  
 そう思って全身に力を込めても、いつまでたってもナイフも銃も  
振るわれなかった。  
 なぜだと思う。  
 はじめてそう思う。  
「……ゥル、ハウル、ハウル…っ」  
 胸の中にあるモノが、ずっと、そうやってなにかを呼んでいるのに  
そのときようやく気づいた。  
 
 ―――――――は・う・る?  
 
 なんだろう。ひどく懐かしい響きだった。  
 
「ごめんなさい、ごめんなさい。遅くなってごめんなさい…!」  
 毛羽立てた羽が、腕の中のものを傷つけていた。  
 すがり付いてくる白い細い腕が、寄せてくる蒼ざめた頬が。  
 鋭い羽に切り裂かれ、赤い血を流している。  
「待っててっていったのに……あなたはわたしのこと、ずっと  
待っていてくれたのに、わたし、間に合わなかった! ごめん  
なさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…!」  
 泣きじゃくる声。  
「わたし、あなたを守れなかった……!」  
 小さなソレは、ひどく熱かった。  
 目から滴る熱い水が彼の胸を濡らす。  
 それが心地よい、と彼は思った。  
 ぎしりと彼は体を動かす。  
「ハウ……ル?」  
 ソレは、彼の動きに青白い顔を上げる。  
 頬の横を滑っていく銀色の髪が、彼の心になにかちりちりとした  
ものを呼び覚ました。  
「ハウル……? ねぇ、わたしのことが、わかるの? ハウル、ハウル…?」  
 そっとたずねてくる声も、耳に心地いい。  
 これは、こんなに小さいのだからきっと【 】の脅威になどならない。  
 彼はそう思って、自分がこの小さなものを滅ぼさない理由とする。  
 彼はそして、胸の中の気持ちのいいモノを手放さないために、腕を閉じた。  
「きゃあ!?」  
 それが声を上げる。  
 高く清んだ声は、やはり彼の耳に心地よいものとして響いた。  
 
「や、ハウル…っ。ハウル!?」  
 びくりとも動かなかった黒い怪鳥に突然抱きしめられて、ソフィーは驚きの声を上げた。  
 もしかすると、正気に戻ってくれたのか。  
 一縷の望みをかけて愛しい魔法使いの顔を覗き込んだソフィーは、その瞳がまるで  
虚 - ウロ - のように深く昏いことに、ひっと息を呑む。  
「ハウル…!」  
 するどく悲鳴のようにその名前を呼ぶ。  
 異形に成り果てていても、彼の顔は美しいままだった。  
 美しいけれども、そこにはなにもない。喜びも、哀しみも、怒りすら。  
「ハウル」  
 もはやかける言葉を持たず、ソフィーはただ彼の名を呼び続ける。  
 ぽろぽろと零れ落ちる涙を、寄せられた舌が掬った。  
 ぺろり、と頬を舐めた赤い舌はそのまま塩気を求めるかのように零れる涙を嘗め尽くし、  
涙を嘗め尽くしたあとは自分の羽根が傷つけた痕に移る。  
 本来なら愛撫と呼ばれるはずのその行動は、ソフィーに恐慌しかもたらさない。  
 少女を思いやるような心の少しも見えないその動きに、反射的に逃げかけた体を鋼の  
ような腕ががっちりと縫いとめた。  
「いや、ハウル…いや…!」  
 ぶるぶると震えながら言うソフィーの言葉が通じないのか、そもそもソフィーがなにを  
言っているのかすら理解していないのか。怪鳥は少女の顔についた傷を丹念に  
ねぶっていき、そして、そのまま顔を下にずらしていく。  
 首筋にかかった熱い息に少女の体はびくっと硬直した。  
 
「ハ……!」  
 呼ぼうとした名前は悲鳴となって喉に張り付いて、最後まで呼ぶことが出来なかった。  
 猛禽の爪がソフィーの腕に食い込む。  
「ハウル、ハウル痛いの……!」  
 立ち上る濃厚な血の匂い。  
 滴る血を舐めようとして、邪魔をするくすんだ青い服に気づいたのか、黒く染まった  
魔法使いはいらだたしげに舌打ちする。  
「ッ…」  
 爪が服を切り裂いても、もう少女は悲鳴を上げることすら出来なかった。  
「ハウル、ハウル…」  
 もしかしたら、このまま殺されてしまうのかもしれない。  
 ふとそんな事を思う。  
 あの優しい魔法使いがそんな事をするとは、ソフィーには想像すら出来なかったが、  
今目の前にいる彼はその想像を軽く凌駕していた。  
 
 ――――――でも、ハウルはわたしのために「こう」なっちゃったんだわ。  
 
 あんなに、たたかう事を嫌がっていたのに。こうなってしまう事を、怖がっていたのに。  
 彼女の魔法使いは、彼女のために全部投げ捨てて、彼女はそんな彼を救いたかった  
けれど、間に合わなかった―――――  
 
 一度は枯れたはずの涙が溢れてきて、ソフィーはむき出しになった手をゆるゆると  
上げる。無心に片腕につけた傷から血を啜る怪鳥の頭を、自由な腕でそっと抱きしめた。  
「ごめんなさい、ハウル」  
 少女の仕種に、怪鳥の動きが止まる。  
「いいのよ」  
 囁いた声は優しかった。  
「わたし、あなたにいくら謝っても謝っても許してもらえないくらいひどい事をしちゃった  
もの。だからいいの」  
 動きを止めたままの黒い魔法使いにそういって、ソフィーはそこで自分の言葉に  
頭をふった。  
「違う。そうじゃないわ。許して欲しいからなにをしてもいいんじゃない」  
 あなただから、いいの。  
 見渡す限り瓦礫の山で、そこにはなにもない。  
 彼女が声の限り悲鳴を上げたところで、この怪鳥以外の存在に届くはずもない。  
 それがわかっていても、少女は秘め事のように、大事な告白をただ彼女の愛する  
魔法使いにだけ届くように囁いた。  
「あなたを愛しているから。だから、あなたはわたしになにをしてもいいの」  
 ゆっくりと上がる顔に静かに口付ける。  
 熱を煽るのではなくて、まるで、誓いのような静かで澄んだ口付けだった。  
「愛してるわ、ハウル」  
 
 どこか遠くで、ガラスが壊れたような音がした。  
 不意に彼の目の前の世界が鮮やかになる。  
 ハウルは目をゆっくりと瞬かせた。  
 どうしたのだろう。ひどく体中が痛み、頭が重い。  
「愛しているわ、ハウル」  
 けれども、その囁きはハウルの体に巣食った倦怠感などやすやすと吹き飛ばしてしまうだけの力があった。  
「ソフィー!?」  
「え……ハウル…ハウル、あなたなの!?」  
 自分なの、とはどういう意味だろう、そうぼんやりと思った疑問は、焦点を結んだ視界に飛び込んできた愛しい少女の姿に消し飛んだ。  
 長かった髪が、肩上辺りで不揃いに切り取られている。それは、まだいい。  
 けれども、白い頬は涙で濡れ、細かい傷がいっぱいに走っているのはなぜ?  
 そして、そして、自分の異形の姿にすがり付いてくる腕は、服の両袖がひじ先から無残に切り裂かれ、むき出しになったそこには長い爪でつけたような傷跡が…  
「―――――――!」  
 ハウルは全身の血が下がっていく音を聞いた。  
「ハウル? ああ、ほんとにあなたなのね!」  
「ああ、僕だ。僕だよ、ソフィー…」  
 よろりと倒れ掛かった体を、少女を押しつぶしてはいけないとその一心だけで押し止め、ハウルは呆然と呟いた。  
「君を傷つけた、僕だ」  
 口の中には、甘い、甘い味がまだ残っていた。  
 ハウルの視線を追って、自分の腕に顔を落としたソフィーははっとなって腕をかばう。  
「待って、ハウル! これは…違うの。違うのよ!」  
「いいや違わない! 僕は、僕は覚えている。僕は君の涙を舐めて…血を飲んだ!!」  
 僕が、君を傷つけた……!  
 血を吐くような叫びだった。  
 秀麗な美貌が、怒りと哀しみに歪む。  
「一番守りたかった君だったのに……!」  
「守ってくれたわ」  
 小さな手のひらが、再び黒く染まりかけるハウルを引き止める。  
 温かな二つの手のひらが、ゆっくりとハウルの頬を覆った。  
 
「ソフィー」  
「守ってくれた。ハウルはわたしのこと、守ってくれたわ」  
「ソフィー」  
「わたしは、間に合わなかったのに。ずっとあなたを待たせたままだったのに。なのに  
あなたはわたしを守ってくれた」  
「―――――ソフィー」  
 ため息のように、壊れたレコードのように、ハウルはただ恋しい少女の名を呼ぶ。  
 名前を呼ばれるたびに、少女の頬は上気し、きらきらと輝く瞳は涙に潤んだ。  
「間に合わなかったのに、あなたは帰ってきてくれた」  
「ソフィー。でも、僕はもう魔王に…」  
「ハウル…愛してる! 愛してる愛してる! ねえ、もう一人で行ってしまわないで。  
行くのであれば、わたしも一緒に連れて行って……!」  
 あなたが魔物になるのだったら、わたしだってなるわ。  
 一時の激情で叫ぶのではない、静かな、決意のこもる言葉にハウルは愕然とソフィーを見下ろした。  
「だめだ、そんなこと」  
「なぜ?」  
「なぜって……決まっているだろう! 君は悪魔と契約したわけじゃない! 魔女の呪いだって  
……ほら、ほとんど解けている。もう普通の女の子に戻れるんだ!」  
「戻って、どうするの?」  
「どうするって……」  
「また灰色の毎日を送るの? わたしは、そんなのはイヤよ」  
 
「ソフィー」  
「あなたのこと、好きにならなかったら戻れたかもしれないわ。でももう無理よ! わたし、  
あなたがどんなになっても、側にいたいの!」  
 先ほどまでの静謐さをかなぐり捨てて、子供のようにソフィーはハウルにしがみついた。  
「だってわたし、あなたを愛してるの!」  
 もう、遅いんだ、とハウルは言いかけて、言えなかった。  
 しがみついてくるこのぬくもりを手放さなければいけないのはわかっていたのに、出来なかった。  
 震える細い体にゆっくりと手を回す。  
 一瞬ぶるっと震えた肢体はそれでもそのまま留まった。  
「ソフィー。僕がもう、美しくなくても?」  
「ええ」  
「こんな、醜い姿になってしまっても?」  
「ええ。ええ、ハウル……わたしはおばあさんになったってわたしだったわ。あなたの姿が  
ちょっと黒くて羽だらけで大きくなったからって、あなたがハウルでなくなるわけじゃないじゃない!」  
 笑うその顔に、確かに城でともに暮らした老婆の面影がよぎる。  
「そうだね。ソフィーは、いつだって綺麗だった」  
「今のハウルだって、素敵よ」  
 クスクスと笑い声が満ちる。  
 そこが黒い怪鳥に生み出された荒野の真ん中だということは、二人とも意識して頭から  
追い出していた。  
 ただ、ただ目の前の愛しい人だけに意識を集中する。  
 互いが、世界と自分をつなぐたった一本の命綱であるかのように。  
 唇を重ね合わせたのは、ごく、自然なことだった。  
 一度目は軽く、羽のように。  
 二度目はゆっくりと互いの熱を味わって、三度目ではじめて、直接に熱を交わした。  
 
「んんっ」  
 ざらざらとした舌の感触が口の中に溢れる。  
 自分の体の中ではじめて感じる他人の体温に戸惑いを隠せない少女に、魔法使いは  
そっと唇だけで笑った。  
 物慣れない少女の様子も、それでも必死に受け入れようとしてくれる姿勢も、なにも  
かもが胸が締め付けられそうなほどいとおしい。  
「ソフィー。ソフィー」  
 名前を呼ぶ声がかすかに上ずっていて苦笑する。  
「大好きだよ、ソフィー」  
「わたしもよ、ハウル」  
 きらきらと命の色に輝く瞳がまっすぐにハウルを見上げた。  
 その瞳の中に映る黒い異形の姿に、少女に触れかけた腕が止まる。  
 いいのだろうか、と、こんな時になってまで思った。  
 こんな自分が、この星のように光る少女を穢してしまってもいいのだろうか、と。  
「ハウル」  
 恋人の迷いを見透かしたように、少女は黒く羽毛の光る胸にほおを摺り寄せた。  
 先ほどは少女の肌を容赦なく切り裂いた羽は、今は柔らかく彼女を受け止める。  
「ハウルがいいの。ハウルでなくてはイヤなの」  
 ハウルは、わたしじゃあダメ?  
 心のないこの体を満たすいとおしさの総ての元にそんな風に見上げられて、ブレーキ  
がかけられるはずもない。  
「そんなこと、あるわけないじゃないか」  
 力の限り抱きしめたかったけれど、この体でそうしたら少女を押しつぶしてしまう。  
 いっそ、押しつぶしてしまいたいと思った。  
 もう他の誰にも見られることのないよう、自分から逃げることも奪われることもないように、  
すべてを自分のものにしてしまおうかとすら。思うハウルの腕の中で、少女は桃色の  
唇から湿った息を吐いて恋人になにもかもをゆだねる。  
 ハウルは胸のそこから搾り出すように息を吐き、震える腕でゆっくりと少女の細い体を  
抱きしめた。  
 
 いとおしいのだ。  
 すべてが欲しくなるほどに。  
 欲しいと思う以上に少女はすべてを与えてくれるけれども、それでも足りない。  
 ソフィーが愛しい。  
 鋭い爪が、少女の服にかかる。  
 滑らかな肌に傷などつけないよう、細心の注意を払って服を払ってゆくその指先を、  
少女は黙って見詰めていた。  
 
 ――――――傷つけたく、ない。  
 
 もし、ここで本当の意味でソフィーを食べてしまいたいといったとしても、彼女はきっと  
うなずいてくれるだろう。  
 ハウルにはそれがわかっていた。相手の心を信じるとかそういうのではなくて、事実  
としてそうなのだと。  
 でもそうしたら、そのあとは?  
 自分は一人になってしまう。  
 愛しい人を手に入れた、一時の満足感だけを抱いて、独りでこの荒野をさまようと想像  
するのは、肌があわ立つほどの恐怖だった。  
 傷つけるのは、ダメだ。  
 少女のためではない。これは、自分の醜いエゴだ。  
 醜いけれども、だからこそ、強く、激しい衝動はハウルの体に変化をもたらす。  
 小山のようだった体が細く、小さく。  
 鋭い爪は、少女の体に傷を与えないように、もとの人間の腕へ。  
 ばさばさと抜け落ちた羽が地面に即席の巣を作る。  
 漆黒の褥へ、生まれたままの姿となった愛しい少女を静かに横たえて、「もう逃げられないよ」  
と、ハウルは呟いた。  
「僕はもう、ずっとずっとソフィーを離さないからね」  
 
「離さないで」  
 ぽろりと少女の頬に涙が伝った。  
「……ソフィー?」  
「嬉しいの。嬉しいから涙が出るのよ」  
 か細い腕が、覆いかぶさってくる魔法使いを力強く抱きしめる。  
 まだ、完全に人に戻った訳ではない。それでも、もう抱きしめても少女を害してしまうことはない。  
「ソフィー」  
「ハウル。好き。あなたが好き」  
 唇が触れる。  
 ついばむような口付けは、今まで何人もの女性と繰り返してきたそれとまったく同じもの  
のはずなのに、そのどれよりもやわらかく、暖かく、切なかった。  
 今はないはずの心臓がひどく痛む。  
 けれどもそれは、心地いい甘い痛みだった。  
「ソフィー」  
 涙の痕が残る頬に唇を寄せる。  
 ぼんやりと覚えている少し前の同じ動作は、ただ機械的に少女の涙を舐め尽くしただけ  
だった。今度は、少女に与えた痛みや苦しみを少しでも癒したいと、想いを込めてすべら  
かな頬の線を辿る。  
「あ……」  
 耐えかねたような吐息がソフィーの唇から零れ落ちた。  
「ソフィー」  
 きゅっと目を瞑ってしまった少女に微笑みかけて、深く唇を重ねる。  
 ゆっくりと舌を入れていくと、おずおずとのばされた少女のそれに触れる。絡めてみれば  
一瞬逃げるそぶりで、つい、逃がすまいと強く吸う。  
 
「ッ」  
「ごめん」  
 びくっと体を竦ませる少女に顔を離して謝ると、ソフィーはふるふると首を振って俯いた。  
「い、いやじゃないの。ちょっと、びっくりしただけよ」  
「イヤじゃない?」  
「ええ」  
「気持ちよかった?」  
「―――――――」  
 ハウルの言葉に黙り込んだ少女は、困ったように視線を空に飛ばしてから、赤くなった  
頬でこくりとうなずく。  
「もっと、気持ちよくなれるよ」  
 ね、だからこっち向いて。  
 甘い囁きに少女は戸惑いを隠さない。それでも、ゆっくりとハウルに向き直り、促される  
まま薄く口を開いて目を伏せる。素直な少女にぞくぞくとする衝動を押し殺しながら  
ビロウドのような舌で少女の唇を舐めた。  
 緊張に乾きかけているその場所を丹念に舐め濡らしてから、なにも知らない少女を怯え  
させないよう細心の注意を払って再度舌を差し込む。  
 ぴちゃ、と互いの蜜が絡み合う音がした。  
「ん、ん…んんっ」  
「…ァ、ふっ」  
 抱きしめた手をそっと背中からずらす。  
 
 白い腹の上に手のひらを置くとソフィーは一瞬目を開けてハウルを見上げたが、そのまま  
慌てたように目を閉じてしまった。  
 きっともう押さえが利いていない顔をしていたのだろう。  
 たぶん、みっともない顔だ。  
 でも、ソフィーはそんな自分でもいいと言ってくれる。絶対に、言ってくれる。  
「ソフィー。ソフィー……好きだよ」  
 角度を変え、深く貪るキスを繰り返す。  
 這わせる手のひらの下で滑らかな肌が上気していくのが感じられ、自分でもおかしい  
ほどの征服感があった。  
 偶然を装って胸の頂に触れると、面白いほど敏感な反応でソフィーは身をよじった。  
「ハウル…!」  
「なに?」  
 笑みを押し殺しながらなんでもないように答えると少女はぼっと全身を赤くして口を  
パクパクさせる。  
「ソフィーは綺麗だね。顔も髪も体も。全部、全部綺麗だ」  
 大切な愛しい少女。  
 ばさりと湿った音を立てる髪に唇で触れ、額を辿り、首筋に、白い胸に。傷つけた腕に。  
握り締められた拳に。震えるなだらかな腹に、すらりと伸びる脚に、瓦礫を踏みしめて、  
自分の下まで歩いてきてくれたその足に、口付けを落とす。  
「あ、あ、……や。んっ」  
「声を殺さないで……どうせ僕しか聞いている人間なんていないんだから」  
「ひゃっ。や、だめ、―――ハウルに聞かれるのが、恥ずかしいの…ッ」  
 なんで? と、胸の上にすべらせる唇でたずねると、「好きな人にこんな……訳のわ  
からなくなってるところ、なんてっ。見られて恥ずかしくないわけないじゃない……!」  
と泣きそうな声で答えられ。  
 そこまで言われては我慢などできるわけがない、と思った。 
 
 声を堪えることなど忘れさせてみせようと心に決める。  
「ソフィー」  
 名前を呼んで、え、と上げた顔の涙が滲む目じりにキスを落とす。  
「僕の行為で君が訳判らなくなってくれるんであれば、とても嬉しい」  
「え、え、え?」  
「覚悟してね」  
 にこりと笑ってみせると、少女はぽうっとした顔でハウルを見詰め返し、その直後はっと目を瞠る。  
「ハウル!」  
 呼ばれた名前は悲鳴のような響きを持っていた。  
 ソフィーの胸は特別に大きいわけではないけれど、少女から大人の女性へと脱皮していく移  
行期間に特有の繊細な色香がある。触れた指を拒むような硬さに、唇の端に笑みが浮かんだ。  
 全部、自分のものだ。  
「大丈夫。綺麗だよ、とっても」  
 怯えたように見上げてくる顔に何回も口付けながら、青さの残る果実を手のひらで包み込む。  
 ゆっくりと揉みしだくと、少女の眉根が寄った。  
「――――――――痛い?」  
「いいえ……」  
 震える吐息でそんな事を言われても、嘘だというのはすぐわかる。  
 痛いのは我慢して、気持ちいいのがイヤなんて変だね、と囁こうとして我慢した。  
 せっかく自分になにもかもゆだねようとしてくれている心を、無粋なセリフで閉ざしてしまう事は  
ない。  
 少女のセリフを嘘でなくしてしまえばいいだけのことだ。  
 
 硬くなった体を宥めるように、一定のリズムで背中を叩きながら、左手でやわらかく乳房を  
愛撫し続ける。空いている左胸に唇を寄せると、どきんと心臓の跳ねる音が薄い皮膚越しに  
伝わってくる。  
「ハ、ハウ…ル…ッ」  
「なあに? ソフィー」  
 唇で桜色の乳首を摘むと少女の喉がひゅっと鳴った。  
「や、それいや!」  
「ごめんね、聞こえない」  
「ハウル!」  
 泣き出しそうな声に、少しだけ罪悪感が疼く。  
 けれども、この少女のすべてを早く自分のものにしてしまいたいという欲望のほうがよっぽど  
強く、ぺろりと色づき始めた乳首を舐めた。  
「―――――!」  
 ソフィーは電流が走ったかのように身を硬直させる。  
「あ…」  
 こぼれた声にも、表情にも、まだ戸惑いの色が濃い。  
 声が濡れ始めるまで、少女の指が肩に食い込んでも丹念に舐め続ける。  
「あ、ぁあっ、ハウ、…ル…」  
 はあ、と、吐き出される息の温度がひどく上がっているのに気がついて、ハウルは顔を上げた。  
「ッ!」  
 見つめてくる潤んだ瞳に、今度は自分の方が射抜かれそうになる。  
 既に手の下では乳房は柔らかくたわみ、先端の果実は朱鷺色に染まってつんと上を向い  
ていた。  
「ソフィー」  
 名前を呼ぶ声が、喉に絡む。  
 ハウルの声に、少女は一瞬目を閉じた。  
 限界まで溜まっていた涙が一筋、頬を伝い降りる。  
 顎を落ちるその前に熱い舌で涙を舐めとり、ハウルは噛み付くようなキスをした。  
「ん、んんんんっ」  
「っは、…ソフィー。ソフィー好きだ」  
「あぁっ、あ、ふァ……ッ、ハウ、ル、ハウル、ハウ…」  
 熱に浮かされたような少女の眼差し。確かにそこに快楽の色が浮かんでいるのが、嬉しい。  
 
「ハウル…あつ、い、の……っ」  
「大丈夫。僕もだ」  
 しっとりと汗にぬれた体を愛撫しながら、徐々にその手をずらしていく。  
 かたく張った下腹部から淡い茂みに指を動かすと、少女は泣きそうな顔でハウルの腕を掴んだ。  
「だめ」  
「――――――ソフィーが欲しいんだよ」  
 真摯な魔法使いの言葉に、少女の眼差しが揺らぐ。  
「僕に、ちょうだい?」  
 君を、全部。  
 ダメだといわれても、もうとても抑えられない熱を込めて薄桃色に染まっている耳に言葉を流し  
込んだ。  
「ハウル、ずるい…、そ、んなふに、言われたら……ッ、わたし、ダメって言えない……!」  
 少女の手から力が抜けた。  
 まるではじめて女性に触れるようなせわしなさで、ハウルは指を茂みの奥へと潜らせる。こんな  
にがっついて、少女を怯えさせてはいけないと思うのに、どうしても止められない。  
 そこははじめて受け入れる他者の侵略に一瞬竦んだようだった。  
 
 それでも、少女自身の心のように、よろう壁さえ乗り越えてしまえば優しく、暖かく、ハウルを迎え  
入れる。  
「…濡れてるね」  
 そう呟いてしまったのは、別に少女を苛めたかったからではない。  
 自分が少女を「こう」したのだと、なにやら誇りたい気持ちだったのだ。  
 もっともソフィーにしてみればそんなハウルの内心など知るよしもなく、自分の異変を告げる魔法  
使いの言葉に羞恥の渦に叩き込まれたような心地で身をよじるばかりだ。  
「ごめん、泣かないで。嬉しいんだよ、とっても」  
「なんで……こんなのが、嬉しいの……っ」  
「ソフィーは、こういう風になったのはじめて? 自分でしたことない?」  
「そんなのっ、あるわけ、ない…っ!」  
 悲鳴じみた答えに、ハウルは笑み崩れてしまうのを止められなかった。  
 この少女に快感を教え込んだのは、正真正銘自分が最初なのだ。  
「これはね…」  
 ちゅく、と、ソフィーの泉からあふれる蜜を掻き混ぜる。  
「女の子が、好きな人と繋がりたいって、心でも体でも思ってくれた時に出るものなんだよ?」  
「え……」  
 ハウルの言葉に、思いつくことがあったのか、ソフィーはきょとんとなった。  
 お針子というのは基本的に噂話が好きなものだ。ソフィーは一人黙々と仕事をしていたとはいえ、  
間近で聞かされる話の全部が全部、耳に入らなかったわけでもないだろう。  
「こ、これ、が?」  
「そう」  
 思わず視線を落とした少女は、自分の下肢を濡らして光る蜜にかああっと全身を限界まで紅潮  
させる。  
「や…!」  
「どうして? ソフィーは自分の気持ちを口にするのは下手だけど、体のほうはこんなに素直に僕  
の事を欲しがってくれてる」  
 嬉しくないわけ、ないよ?  
 こつんと額を突き合わせて、秘め事のように囁いた。  
「あ、あぅ…」  
 
 あまりにもまっすぐに見詰めてくるハウルに視線を逃がす場所を探して、少女は俯く。  
「ハウル、ずるい」  
「なにが?」  
「だ、だって、わたしばっかり、ハウルのせいでヘンになっちゃっ…て、ハウルはぜんぜん…っ!」  
 ボソボソと吐き出すような言葉に思わず明るく笑う。  
「ハウル!」  
 憤然と顔を上げた少女の手をとって、魔法使いはその白い小さな手を自分の下肢へと導いた。  
「っ!!!」  
「ね。僕だって、ソフィーのせいでヘンになってる」  
 触れる熱に怯えたように手を引く少女の腕をそのまま逃がし、ハウルはとくとくと脈打つ首筋に顔  
を埋めた。  
「ソフィーが好きで。欲しくて。仕方がないんだ」  
 くぐもった声にしばらくためらってから少女はハウルの頭を両手で抱え込む。  
「あなたが…好きよ。愛してるわ、ハウル」  
 ため息のように降ってくる言葉は、人の髪に戻りつつある漆黒の頭部の上で淡く融けて消えた。  
 ハウルが無言で少女の両足を割り、その中に身を滑り込ませても、少女は頬を赤らめただけで  
抵抗はしなかった。  
 潤む蜜壷を魔法使いがかき回すたび、ぴくりぴくりと少女の体が跳ねる。  
「ん、あ、…はぁ、ああっ…」  
 荒げた息が抱え込んだ魔法使いの髪を湿らせていく。  
「あっ、やあ!?」  
 つぷ、と、長い指が少女の体の中に沈んだ。  
 驚きと僅かな恐怖に見開かれた瞳を、ハウルは苦しげに見つめ返す。  
「我慢できないんだ。ごめん……ソフィー」  
 指の腹で充血するしこりを嬲りながら、ハウルはさらに指を沈めていく。  
 
「ハ、――――――あ、や、だめっ。なにッ?」  
 強すぎる刺激に、少女はぽろぽろと涙をこぼす。自然とはねる腰をしっかりと捕らえて、ハウル  
は少女に自分を受け入れてもらうための仕種に集中した。  
 少女から立ち上る甘い匂いに、自分のほうこそ気が変になってしまいそうだった。  
 はやく一つになってしまいたい。  
 ごくりと喉が鳴る。  
 少女が一瞬身を竦ませたのに気づいて、しまった、と思ったけれどもう止められなかった。  
 指の数を増やし、潤みが充分とはいえないもののそこを濡らしきっているのを確認して引き抜く。  
「ひぁ…ッ」  
 もう自分がハウルに何をされているのかすらよくわかっていなさそうなソフィーにそっと口付け  
て、魔法使いは少女の足を抱え込んだ。  
「愛してる、ソフィー」  
 心のない自分にこの言葉を使う資格があるのかどうかはわからなかったけれど、それでも、この  
虚ろな胸を満たす暖かいものの名を『愛』だと信じて、ハウルはその言葉に万感の想いを込める。  
「ソフィーだけを、愛しているよ」  
 もうどうしようもないほど猛っている自分自身を濡れる蜜壷にこすり付ける。  
「あ、…ハ、ウ…きゃあっ!」  
 少女が自分になんと応えてくれようとしたのか、聞きたいけれども怖いような気がして、ハウル  
は無言で体を進めた。  
「くっ」  
「いた、痛い…、ハウル…ッ!」  
 はっ、はっ、はっ、と、肩で息をする少女の表情に快楽の影は片鱗もない。  
 見詰めるハウルの胸に、哀れさと、自分こそがこの花を摘み取ったのだという征服感が交錯する。  
「ソフィー。ソフィー……」  
 降るような軽やかな口付けを顔中に落としながら、ハウルはじりじりと身を進めていった。  
 少女の中はひどく熱く、狭い。  
「息を、止めないで。そう…そう、いい子だ」  
 抱きしめてくるハウルの背中にしがみつきながら、少女は魔法使いの言葉に従って浅く荒い呼  
吸を繰り返す。  
 額に滲んだ汗をハウルが舐め取ると、うっすらと目を開けて微笑んだ。  
「ハウル、――――熱い」  
 
「ぼくが? 体が?」  
「ん、んんっ…あ、りょ、りょう、ほうっ」  
 自分を拓いていく質量に少女の眉が引き絞られる。  
 それでも、ソフィーは一度もいやだ、とは言わなかった。  
 痛い、と、素直に自分の苦痛を口にしても、拒む言葉はただの一つも唇からは漏れはしない。  
 ひどく、泣き出したい気分だった。  
「ソフィー。ソフィー」  
「あ、ハウ…ッ」  
「ほら……全部、入ったよ」  
 見下ろせば、破瓜の血が少女の白い太股に不可思議な文様を描いている。  
 しっかりと繋がる自分と少女に、ハウルが覚えたのは快感よりも満足感のほうが強かった。  
「ぜ。全部?」  
 涙にしゃくりあげながら、ソフィーがハウルを見上げる。  
「うん、全部。ありがとう、ソフィー」  
 身をかがめて、少女に深く口付ける。抉る角度が変わるのに少女は眉をひそめたが、巧みに舌  
を誘い出されて、教えられたばかりの快感を思い出す。  
「動くよ」  
「え?」  
 ハウルが慎重に腰を揺らしだすと、ソフィーの体は再びこわばった。  
 辛抱強く愛撫を繰り返し、少女の意識を痛みから逸らす。  
「ぃあ、ふあ…ん…ッ」  
「すごい…熱くて、気持ちいいよ、ソフィー」  
「あっ……り、も?」  
「ん?」  
「ああっ、あ、は、…今まで、のっ、他の…女の人、より、もっ?」  
 縋るような必死の眼差しに虚をつかれる。  
 
「――――――――君と、顔も覚えてないような人とを比べられるわけがない」  
 いとおしさに胸がつぶれそうだった。  
「君が一番で、最高だよ」  
「ああ、ハウル…ッ!」  
 もう、何も考えることが出来ずに少女の体に没頭する。  
 喰らいつくし、貪り尽して。  
 違う、こんな風に、一方的ではいけないと思うのに。  
「ハウル。ハウル、いい、いいの。好きなの、好き…ッ!」  
 うわごとのような少女の睦言が頭の中で反響する。  
 きゅうきゅうと締め付けられて、体も心も限界が近い。  
「ああ、愛しているよ、ソフィー…!」  
 小さく叫んで。  
 少女の中に、自分の熱を解放した。  
 
 
 
「ハウル、あなた、戻っているわ」  
 つんと髪を引っ張られて、ハウルは顔を上げた。  
 腕の中に抱きこんだ少女は、涙の跡が残る顔で、それでも幸せそうに微笑んでいる。  
「え? あ、ほんとだ…」  
 少女を抱きしめる腕に異形のあとがないことに、ハウルはそのときはじめて気づいた。  
 ……人には戻れない状態だったことなど、すっかり忘れていた。  
 さして嬉しげでもないハウルの表情に気づいて、ソフィーの顔が不安に曇る。  
「ハウル…?」  
「なに?」  
「人間に戻れて嬉しくないの?」  
「――――いや、そんなことはないけど」  
「あの、じゃあ」  
 
「?」  
 言いよどむ少女の次の言葉を待つハウルの前で、ソフィーの顔が見る見るうちに泣きそうなも  
のへと変わる。  
「ソ、ソフィー?」  
「やっぱり――――――わたし、ダメだったの?」  
「へ!?」  
「わ、わたし、綺麗じゃないし。経験だって、ないし。だから、ハウル、がっかりしちゃったんでしょ?」  
「ちょっと待って!」  
 呆然とするうちに、まったく思いも寄らない方向へと思考を飛ばす少女を慌てて引き止めて、  
ハウルははあーっと肩で息をついた。  
「ハウル、いいのよ? わたし覚悟は出来てるから正直に言って」  
「一体なんの覚悟なんだか…って、そんな見当違いの覚悟なんて決めなくていいよ、ソフィー」  
 疲れた顔でハウルはソフィーの真摯な告白を遮った。  
「じゃあなんで、ハウルはそんな顔してるの!?」  
 片手で顔を覆い、深くため息をついたハウルは、少女の言葉に顔を上げて苦笑する。  
「いやね。僕のこれは、自己嫌悪」  
「え?」  
「好きな子と、初めて気持ちいいことしようっていうのに、僕だけ気持ちよくなっちゃって、君のこと置  
いてけぼりにしちゃったじゃない?」  
 悪戯っぽく輝く蒼い瞳に見つめられ、少女の全身は見る見るうちに赤くなった。  
「あ、え、それは」  
「こう、さ。せっかくだから、君を僕のものにする時は君にとっても最高の思い出になるように、なん  
てぼんやり思ってたのに、僕ときたらがっつくばかりで君に辛い思いをさせてしまっただろう?」  
「で、でも…」  
 言葉に詰まって、ソフィーは俯いた。  
「でも、わたしは、嬉しかったわ…」  
「ソフィー」  
 
「その、確かに、最後の辺りは、わたしもよく覚えてないけれど。でも、ハウルが…わたしに夢中  
になってくれて、それで一つになれたんだったら、とっても嬉しい」  
 そういって、ハウルを見上げた顔は幸福に輝いていた。  
 ソフィー、と、ハウルは胸の中で、最愛の少女の名を呼び、繰り返したキスでうっすらとはれて  
いる唇に優しく口付ける。  
「そう、だね」  
「わたしの事を好きだと思ってくれてるんだったら、さっきの態度、わたしに対してとても失礼だと  
思うの」  
「確かに、そうだ」  
 真面目な顔で互いにうなずきあって、視線を合わし、二人同時に笑い出す。  
「ごめん、確かに僕が悪かったよ、ソフィー!」  
 お詫びに君の言うことだったらなんだってするよ。なにをすればいい?  
 ハウルの言葉にソフィーは星の色の髪をさらりと揺らした。  
「わたしたちのお城に戻りましょう」  
「うん」  
「そして、カルシファーとの契約を解くの。絶対にできるわ」  
「君が僕の側にいてくれるならね」  
「それから。それからね…」  
 少女は彼女の魔法使いの耳に唇を寄せる。  
 
 
 みんなで、いつまでも、幸せに暮らすのよ。  
 
 
 そして、そうなるのだった。  
 
 
おわり  

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