隣国の王子だったというカブが荒地の果てに消えていき、  
ソフィの手のひらにはカルシファーが戻ってきた。  
戦争が終わった訳ではないが、少しずつ収束に向かうであろう。  
確信ではないが、ソフィにはそんな予感がしていた。  
 
「さて、諸君。眠いだろうが、もう少し頑張ってくれ」  
いつになく明るい口調のハウルに彼の家族達は顔を上げた。  
熱い風呂でも浴びてベッドに飛び込みたい気分だが、  
肝心の城は壊れてしまっている。部屋もあの爆撃ではどうなっているか。  
「カルシファー、手伝ってくれ」  
「え〜、ヤダよ〜。おいらもうクタクタだよ。明日でもいいじゃないか〜」  
「聞いた話によるとカルシファー、今晩は雨が降るらしい」  
ソフィの手のひらで悪態を吐くカルシファーをハウルが微笑みながら覗き込む。  
契約は破棄されたというのに長年の主従関係はそう簡単に切れないものなのか、  
カルシファーはソフィの手のひらを離れ、ハウルの周りをくるくると飛んだ。  
「ちぇッ、ちぇッ、何だよ!みんなして俺をこき使って!俺は悪魔様だぞ」  
 
聞き覚えのある蒸気音が耳に届いたのは、夕刻近くなってから。  
城の形は少しばかり変わっていたが、相変わらずのガラクタの寄せ集め。  
ただ驚いたのはプロペラで空に浮かび上がっている事と  
新緑に包まれた広いテラスが城の後方を占めている事。  
「家族も増えたし、みんなでくつろげる場所がいるかなぁーと思って」  
そういったハウルの顔は少し得意げだ。  
真っ先に城の中に飛び込んだのはマルクルだった。  
「わぁ!引越しした時とおんなじだ!」  
マルクルの声につられてソフィも城の中に入る。そして感嘆の声を漏らした。  
割れたガラスもキッチンのタイルも部屋の間取りも何一つすっかり元通りになっている。  
中庭に突き刺さった大きな爆弾も跡形もなく消えていて、  
それどころか元・帽子店、現・花屋が面する通りも大きな残骸は全て取り除かれていた。  
「ホントに元通り。あの空襲が嘘みたい。ありがとう、ハウル!」  
満面の笑みで振り返ったソフィをハウルは柔らかな笑顔で受け止めた。  
「実は城の中は少しいじってあるんだ」  
ソフィは首を傾げた。見た所、城の中で変わった所は一つもない。  
当ててごらん、と言われても見当もつかない。  
「案内するよ、おいで」  
 
いつものハウルの口調のようでいて、それなのに感じる僅かな変化にソフィの胸が鳴った。  
囁きかける甘い声は、それだけで何か特別な魔法のように感じた。  
いつもとは違う締め付けられるような胸の痛みに  
変わっていく何かに対する不安と期待が混ざって、夢でも見ているかのような気分になる。  
促されるままにハウルの腕を取り、二人で二階へ上った。  
階段を上りきった一番奥の部屋、そこはハウルの部屋だ。  
「どうぞ」  
ハウルは扉を開き、ソフィを部屋の中に招き入れた。  
「まぁ!」  
ソフィが驚いたのも無理はない。あの仰々しい呪いの道具は形を潜め、  
その代わりに現れた広いスペースには座り心地の良さそうなソファと小さなテーブルが置かれていた。  
ところどころガラクタのような物はあるものの、以前のような雑然さはなく、  
落ち着いた空気が部屋中に満ちているのが判った。  
「部屋を片付けたのね!偉いわ、ハウル」  
「いや、そうじゃなくて、ソフィ」  
 
ハウルはそういうと、やけに改まってコホンと一つ咳払いをした。  
「ソフィが寛げる部屋にしたかったんだ。今日からここは僕とソフィの部屋になるから」  
「え?」  
聞き返す間もなく、ソフィは背後からハウルに抱きしめられた。  
とくん、とくん、と小さな心臓の鼓動を感じる。それが自分の心臓の音なのか、  
それともハウルの心臓の音なのか、ソフィには判らない。  
「考えたんだけど、僕達末永く一緒に暮らすべきじゃないかな」  
ハウルの声が僅かに震えてかすれた事にソフィは気がつかない。  
二人の鼓動が同じように脈打ち、高鳴っている事にも。  
声を出す事もままならず、ソフィはただ頷く事しか出来なかった。  
 
「ありがとう、ソフィ。僕の心臓は君だけの物だ」  
 
「と、言うわけで諸君。これからソフィと僕は一緒の部屋で寝るから」  
などと言う爆弾発言をハウルがかましたのは夕食が終わってみんなでお茶を飲んでいる時。  
元・荒地の魔女はほっほと笑い、カルシファーがごぅっと凄まじい音で燃え上がる。  
お茶を飲んでいたソフィは思わずお茶を噴出し、ヒンが忙しくテーブルの下を走り回る。  
「じゃあ、ソフィが使ってた部屋はどうなるんですか?」  
唯一、事の次第をイマイチ理解できていないマルクルだけが的外れな事を聞いている。  
「あそこの部屋は家事室にするよ。アイロン台ももっと大きいのを置いてさ」  
「え〜、ハウルさんばっかりずるい。僕だってソフィと一緒に寝たいのに」  
「あはは。マルクルには無理だよ」  
「何が無理なんですか?そうだ、僕も一緒にハウルさんの部屋で寝ても良いですか?」  
「ははは。それはいくら弟子でも野暮だよ、マルクル」  
「お前露骨過ぎだぞ!ちょっとは考えろ!」  
咽るソフィの背後でカルシファーの援護射撃が入った。  
それでもハウルは一向に気にする様子も、まして悪びれる様子もなく続ける。  
「さて。今日はみんなも疲れているだろう?まだ早い時間だが今夜は早いところ眠ろう!」  
「待て、ハウル!!」  
「あ、カルシファー。風呂にお湯を送ってくれ」  
「しかもまたかよ!いったい今日何度目だと思ってるんだ!」  
 
やたらとテンションの高いハウルにせつかれるように、  
一同はのろのろとテーブルを立ちそれぞれのベッドへと向かった。  
後片付けに残ったソフィを一人残して。洗い物をする手つきがいつになく気忙しく  
荒々しいものになっていたのは言うまでもない。  
「何であの人ってああなの?!もう、ほんとに信じられないッ!!」  
それでも洗い物をするうちに少しずつ気持ちが落ち着いてくると、  
怒りも徐々に収まっていき、その代わりにハウルへの甘酸っぱい気持ちと、  
今夜行われるであろう儀式への熱っぽい感情が沸き起こってくる。恐れもある。  
そういえばお茶の時間になる前までは妙に意識をして、まともに話す事も出来なかった。  
怒り続けていれば少しは楽でいられたのだろうか?ハウルはそれを知っていたのだろうか?  
「まさかね…」  
「ソフィ」  
一人っきりだと思っていたのに唐突に声をかけられてソフィは慌てて声の主を探した。  
彼は階段からダイニングを覗き込むようにしてソフィを見つめていた。  
その視線があまりにも甘く、ソフィには切なすぎて、思わず視線をそらす。  
「まだお風呂に入ってなかったの?」  
「うん。ソフィに言っておきたい事があって」  
背中越しにも彼が優しい眼差しでこちらを見ているのがはっきりと判る。  
慈しむような暖かい、これも彼に心臓が戻った証なのか、見られていると感じるだけで  
どうしようもない恥ずかしさが込み上げてきたが、ソフィはなんでもない風を必死に装った。  
「なぁに?ハウル」  
「昨日の今日で疲れていると思うけど、絶対に今夜は眠らせないから」  
即座にソフィの手にしていた包丁が空を切り、階段の手すりに見事突き刺さったが、  
ハウルの姿はそこにはもうなかった。  
「アー!!もう、今のなしっ!絶対にただのスケベよ、ハウルなんて!」  
 
 
部屋の前で立ち尽くしてもうどのくらい経つだろう。  
ハウルはまだ風呂にいる。中には誰もいないと判っているのに、  
ソフィはドアノブを回す事さえためらっていた。  
ようやく意を決して中に入ったは良いが、入ってすぐ目の前にベッドが飛び込んできて  
否応なく意識されるその行為に思わずたじろぎ、部屋に入った事を後悔した。  
とりあえずベッドから一番離れた場所にあるソファに座ったが、どうも落ち着かない。  
今度はいつ開かれるとも知れないドアが気になる。ソフィは慌ててドアに背を向けて座った。  
 
落ち着け、落ち着くのよ、ソフィ。慌てるとろくな事ないわ。相手はハウルじゃない。  
 
世間擦れしていないソフィとはいえ、結婚した男女が何をするか判らないほどカマトトでもない。  
だからこそ恥ずかしいし、怖い。体験していない者には想像を絶する痛みだと言うし、  
肉付きが良いとはいえない自分の身体もハウルをがっかりさせるだけかもしれない。  
考えても仕方がない事だと心のどこかで判ってはいても、待つ時間が長いほど考えずにはいられない。  
風呂場で呑気に鼻歌を歌っていたハウルを今ほど恨めしく思う事もないだろう。  
だからようやく部屋の扉が開かれる音を聞いた時には、安堵すら覚えた。  
 
「あー、良いお湯だった。あれ?ソフィ、そんなところで何してるの?先に寝てて良かったのに」  
今夜一生の伴侶になろうという男は、一生涯の妻になろうとしている娘に呑気に問いかけた。  
散々待たされてさすがのソフィも苛立ったのか、ついかっとなって振り返りざまに叫んだ。  
「だってハウルが今夜は眠らせないなんていうから!」  
続きを言おうとして、彼の格好に目が釘付けになった。  
ハウルはいつだったかのように腰に大きなタオル一枚を巻きつけて、  
もう一枚のタオルで髪をごしごしと拭きながら不思議そうにこちらを見ていた。  
以前にも見た事はあったが、あの時は意識しないようにしていた。老婆だった所為もあるだろう。  
だけど今度ばかりは違う。均整の取れた身体つきに自分とは違う性差を思い知らされ、  
そして生々しい予感にソフィは反射的に視線を逸らす。身体中の熱が全て顔に集まっていた。  
「そんな事言われたら、眠れないじゃない…」  
「うん。そうだね。ソフィがぐっすり眠っていたらそれを起こして無理やりになんて出来ない。  
だから言っておいたんだ。眠ってしまわないように。ごめんね、ソフィ」  
髪の毛を拭いていたタオルを椅子の背もたれに放り投げてかけ、  
ハウルは緩慢な動作でベッドに腰を下ろすと自分の隣をぽんぽんと叩いた。  
「ソフィ、こっちに来て。そんな所じゃ話も出来ない。ね?」  
 
ソフィがおずおずとハウルの隣に座ったのが5分ほど前。距離にして約40cm。  
このまま朝になってしまえば良いという想いと、縮まらない距離にやきもきする気持ちが半分ずつ。  
そっと隣を忍び見れば怪訝な顔で、それでも決して逸らされる事のないハウルの青い双目。  
お風呂事件以降はそれほど美に対する執着心を見せなくなったが、  
それでもハウルの美しさが損なわれる事はなかった。質の異なった美へと昇華したといっても良い。  
そんな美貌の持ち主に穴が開くほど見つめられて恥ずかしくない訳がなかった。  
しかも当の本人は腰にタオル一枚という出で立ち、その上これから二人でする事を考えれば…  
−駄目、駄目駄目!!そんなの恥ずかし過ぎる!いっそまたおばあちゃんになっちゃおうかしら−  
相変わらず不毛な思考の迷路に陥っている。今のハウルにとってそんな事が障害になりはしないのだと  
ソフィ自身は理解してはいなかったから無理もないが。  
−た、例えば押し倒すとか…無理やり…とか、それだったら諦めがつくのに−  
しかしその答えをソフィは知っている。きっと彼は待っているのだろう。今まで待っていたように。  
ソフィの準備が出来、ソフィ自身がそれを選び、ソフィ自身がハウルを求めるまで。  
 
実はこの時、ハウルにとってソフィを待つ事はそれほど苦痛ではなかった。  
今すぐ欲望のままに掻き抱き、早く自分の物にしてしまいたいという想いはあったけれど。  
−…面白いなぁ−  
すぐ隣で赤くなったり青くなったり怒ったり、視線に気がついて慌てて顔を背けたり、  
たった5分という時間なのにソフィの挙動は慌しい。心中察し余る。  
本能を抑えて彼女を待つ事が出来るのも、それが彼女だから。愛しい大切な女性だから。  
彼女の全てを丸ごと包み込んで守りたいと思うのも、彼女が自分を変えてしまったからだろう。  
今までの自分は彼女が呼び込んだ風にさらされて変質していった。だが、悪い気分ではない。  
隣ではその愛しい彼女が相も変わらず悶々と葛藤を続けている。このままでは本当に朝になりそうだ。  
−もうそろそろ助け舟でも出そうかな−  
ハウルは涼しげな微笑を浮かべる。彼の可愛い妻が出しかけている答えを後押しするために。  
 
黙りこくって俯いていたソフィの顔を、唐突にハウルが上半身ごと乗り出して覗き込んで、  
急に間近くなったハウルの瞳がソフィを動揺させた。子供が母親に甘える時に見せるような上目遣い。  
−ああ、ハウル…あなたみたいな人がそれをするのは卑怯だわ−  
ソフィは跳ね上がった鼓動をハウルに気取られないように僅かに後ずさりして嘆息する。  
しかし、せっかく開いた僅かな距離もあっさりと埋められて、ソフィは息が詰まる思いがした。  
「ねぇ、怒ってるの?それとも緊張してるの?」  
耳に囁きかけるように低く、それでも甘い口調にソフィの中で何かがざわめいた。  
「どっちも!!どっちもよ!私初めてだし、緊張してもおかしくないでしょう?  
それに今日の夕飯の時!あんな事言うなんて!マルクルだっているのに!!」  
ソフィの語調がやけに荒立ったものになったのは自分の中に波立った何かを否定したかったから。  
しかし、今の自分が出来る精一杯の強がりだとソフィは感じていた。  
「僕は家族みんなに報告したかっただけなんだけどな。ソフィが僕の奥さんになるって」  
ソフィの波立つ思いを知ってか知らずか、ハウルは事も無げにさらりと言う。  
 
「あ!そうだ、ソフィ!!見て!」  
ソフィが二の句を告げる前にハウルはベッドから勢いよく立ち上がった。  
そして部屋の隅に無造作に置かれた綺麗な包み箱を手にし、中から一着のドレスを取り出す。  
そのドレスは淡く清楚な黄色をしていて、決して派手ではないが細部に施された刺繍を見れば  
それが安いものではない事に気がつくだろう。ハウルはそのドレスをソフィの姿に重ねながら、  
「うん、似合う。やっぱりね」と、しばらく独りごちていた。  
「あの空襲でプレゼントが台無しになったからね。城を直したあと急いで買いに行ったんだ。  
ところがあの空襲で町はぼろぼろ、みんな疎開しててやってる店も少ないし。  
やっとの想いで見つけた店でこれを見つけたんだ。でも絶対ソフィに似合うと思った」  
ハウルはいつだったのかのように饒舌に語りだした。無邪気な子供のように。  
「僕の服も城が吹き飛んだときにぼろぼろになっちゃったからついでに買おうと思ったんだけど、  
でも、ほら見て!この服!ちゃんとだよ!こんなのしかなかったんだ!戦争中とはいえこれは酷いよ」  
「それでもその色を選んで買ってくるところがあなたらしいわ」  
ハウルが努めて明るく振舞う時、それは彼がひた隠している優しさが垣間見える瞬間。  
心配をかけさせまいと、不安を取り除こうと、彼は彼なりの誠意を相手に見せる。  
今、彼をこうさせているのは間違いなく自分自身だ。甘い言葉を囁く事は得意でも、  
本心を語る事には不器用なハウル。自分に向けられたその不器用さが嬉しくてくすぐったい。だから。  
「あ、ようやく笑ったね」  
ほんの少しだけそんなハウルを受け入れる勇気が湧いた。  
「綺麗だ。大好きだよ、ソフィ」  
 
ハウルが再びベッドサイドに腰掛けた時、二人を隔てる距離はなかった。  
互いが互いの頬を触れ、愛しげに撫で、額と額を戯れに合わせる。そして互いの視線が絡んだ。  
それが何かの合図だったのか、ハウルはソフィの頬を掌で優しく包み込んだまま、額に軽いキスをする。  
次に視線が絡んだ時はソフィの鼻の頭、くすぐったさにソフィがふふと笑った。  
頬に、まぶたの上に、耳元に、触れるだけの優しいキスをハウルは繰り返した。  
それなのに少しずつソフィの身体の芯が熱くなり、息が上がる。零れる吐息まで熟れて、  
うわ言のようにハウルの名を何度も呼ぶ。瞳の奥が焼けるように熱く、溶けていきそうだった。  
ソフィ、と促されて視線を再び重ねれば普段よりも艶やかな彼の瞳が覗き込んでいる。  
終わりへの確信と始まりの予感。これから始まるのだとソフィは悟った。  
心臓が高鳴っていた。未知への恐怖に僅かながら身が竦む。恥ずかしいという想いは未だ消えない。  
それでも相手がハウルだから、ハウルだからこそ、その楔を断ち切れるような気がした。  
「あの時…」  
甘い視線を漂わせながらハウルが静かに呟く。  
「キスしてくれたよね。ぼんやりと覚えてる。嬉しかった」  
近づいてくる唇。それを拒む理由はなくて、自然に瞳を閉じると優しくそれは重ねられた。  
唇特有の柔らかく薄い皮膚の感触は甘く、たったそれだけの行為で眩暈がした。  
それでもすぐに離れて行ったハウルに少し物足りなさを感じたのか、ソフィは薄く瞼を開く。  
見れば先程と変わらぬ溶け落ちそうなほどに柔らかな笑みを浮かべたハウルがいる。  
視線の距離に驚き、鼓動が乱れる。それと同時にソフィの身体の奥底からじわりと熱が溢れてくる。  
今まで感じた事のない不思議な感覚、身体中を熱が駆け巡り、ソフィの中心でドクリと脈打つ。  
自分の身体なのに、自分には判らない初めての感覚。怖い、しかしそれ以上にその感覚が愛しかった。  
 
熱を帯び艶味を漂わせ始めたソフィの瞳に見つめられ、ハウル自身も少し驚いていた。  
さっきから感じている違和感。今まで誰にもそんな想いを感じた事などなかったのに。  
視線を合わせるだけで、名前を呼ぶだけで、声を聞くだけで、体温を感じるだけで。  
確実に自分の中で何かが変わっている。その理由がなんなのかは判っていた。  
そこに愛しさが溢れて流れ出し、身体の中で大きなうねりとなって暴れ始める。  
−『待つ』…ね。待つ事なんかできやしなかったのかもしれない−  
胸の内で自嘲すると、ハウルはソフィの身体を固く抱きしめて子供の内緒話のように耳元で囁いた。  
「ねぇ、ソフィこれだけ近づけば僕の心臓の音、君に聞こえる?すごくドキドキしてるんだ。  
心臓がある事がこんなに辛いとは思わなかった。君を見つめてるだけなのに張り裂けそうなんだ」  
耳を澄ませば確かに鼓動が聞こえた。でも、その鼓動は自分のとすっかり重なり合っていて、  
もっとちゃんと聞きたいと、ソフィはハウルの胸に耳を宛がうとそれは確かにそこにあった。  
体内の奥深く、確かな響きと重み、そこに流れる血流の動きさえはっきりと判る気がした。  
追い立てられてでもいるかのように急く鼓動は、そのままハウルの呼吸へと繋がっている。  
「あなたでも緊張するのね」とソフィが笑うと、「そりゃ、相手がソフィだからね」とハウルは唇を尖  
らせた。  
二人は再び唇を重ね合わせた。そして二度、三度、重ね合わせる都度に深く潤んだ音に変わっていく。  
その音を楽しんでもいるかのように微笑みながら互いの唇を奪い合った。  
身体中を駆け巡る衝動が逃げ場をなくし始めていて、口付けの狭間で洩れる吐息までが酷く熱い。  
 
「ああ…ハウル…ハウル、どうしよう。どうしたらいいの?あなたが好き。気持ちが止まらないの」  
「止める必要なんてないよ。すごく素敵でドキドキするような事だけど、  
僕達が結ばれるって事はきっととても自然な事だから」  
 
ファーストキスの相手はハウルだった。それもつい今朝方の出来事だ。  
キスの手管というものをソフィが知るはずもない。だからそれが優しく触れるようなものから  
徐々に貪るようなものに変化した事にソフィは戸惑っていた。息一つ吐く事も叶わず、  
触れ合う唇を濡らす音がソフィの羞恥心を否応なく煽る。もしかするととても淫らな事をしているのかもしれない。  
だが、もう抑える事など出来なかった。息切れして開いた唇に滑り込んだハウルの舌先を  
ソフィは為すがままに受け入れる。舌同士が絡み合うザラリとした感覚に腰骨から首筋を震えが伝った。  
身体中の熱が一所で強く脈打ち、そこが貪欲なまでに更なる結びつきを求めていた。  
もっと深く、もっと強く、揺ぎ無い形でそれが欲しい。それが卑しい事でも構わない。  
ソフィは頬に添えていた指を滑らし、ためらいがちにハウルの背に触れた。  
恥かし過ぎて言葉には出来ないから、せめてこの合図に彼が気付いてくれたらと思いながら。  
だが、ソフィの予想に反してハウルの唇はソフィからすっと離れた。  
「あ…」言いかけて、ソフィは言葉を飲み込んだ。代わりに固く瞑っていた瞳を薄っすら開くと、  
目を細めて笑う青い宝石がすぐ傍に見えた。  
「可愛い事するね。こんなことされちゃ堪らないよ」  
言いながらハウルはゆっくりとソフィの髪を指で梳き、そのまま抱え込むようにして抱きしめた。  
「少しでも無理だと感じたら、すぐ言いなさい」  
「うん」  
ゆっくりと視界から滑り落ちていく風景と、代わりに身体で受け止めるハウルの重みと温もり。  
その一つ一つが愛しくて、恋しくて、胸が張り裂けてしまうような気がした。  
 
「ソフィが無理だって言ったら止めるけど、手加減する気もないから」  
耳朶を噛むような声で囁かれ、耳の奥までがくすぐったくなる。だが、その余韻に浸る間はなかった。  
耳元から首筋までを舌先が走る感触、それと同時に身体のラインをなぞるように下ろされた手が、  
ネグリジェの裾から忍び込み、ネグリジェをたくし上げながら地肌を這い上がってくる。  
性急過ぎる求愛はこういった経験に未熟なソフィを翻弄するには十分過ぎた。  
舌でソフィの柔らかな首筋の皮膚の感触を味わいながら、張りのある臀部を優しく揉みしだけば、  
初めて与えられた快楽に戸惑いながらも、どこか艶がかった声がソフィの唇から洩れた。  
そのまま手のひらを脇まで滑らせると、たくし上げられたネグリジェの下からソフィの瑞々しい肌があらわになる。  
灯りもそのままの室内で自らの身体が晒された事に気がついたソフィは、慌てて腕で胸を隠した。  
「あ…灯りくらい消して!」  
息も絶え絶えにソフィは眉を吊り上げて見せる。  
「大丈夫、ソフィは綺麗だよ」  
「綺麗とかそういう事じゃないの!裸を見られるのが恥ずかしくない訳ないじゃない!」  
「これから裸でもっと恥ずかしい事するのに?ああ、ついでに…」  
ハウルは優しげだがどこか底意地の悪い笑みを浮かべた。  
「下は隠さないの?」  
 
言葉の意味が飲み込めず、ソフィは少し半身を起こし、ゆっくりとハウルの指差す先に視線を落とした。  
脇までたくし上げられたネグリジェ、豊満とはいえない胸を隠した自分の腕、そこからさらに下…  
絡み合うように投げ出された二人分の足と先程までハウルの腰に巻いてあったはずのタオル。  
慌しい愛撫に気を取られて気が付かなかったけれど、密着した肌はお互いの感触を既に伝え合っていた。  
「なッ…!」  
驚きのあまりソフィの腕から力が抜ける。その隙を突いてハウルはソフィの腕を取ると  
その腕からあっけなくネグリジェを引き抜いた。  
「これでお互い生まれたままの姿になったね」  
「もう!ハウルのばかっ!何が『無理な時は言いなさい』よ、この嘘つき!!」  
「あはは。人聞き悪いなぁ、嘘はついてないよ。灯り消さなくてもいいじゃないって言ってるだけ」  
ハウルは拳を作って思い切り胸を叩くソフィを、慈しむように抱きしめた。  
暫くの間ハウルの腕の中でソフィは暴れていたが、不意にその腕に力が込められるのを感じて  
それ以上抗うのを止めた。仰ぎ見ればソフィの髪に口付けるようにうつむいて、動こうとしない。  
「ハウル?」  
「あ、うん、今すごく幸せだと思ってた。ねぇ、続きしてもいい?」  
ソフィは怪訝な表情を浮かべたが、暫くして自分を抱きしめている腕に負けじとハウルの背にしがみついた。  
「いいわ、わがままな魔法使いさん。あなたがほんの少し部屋の灯りを暗くしてくれたらね」  
 
薄明かりの中にぼんやりとソフィの肢体が浮かび上がる。  
未だ照れがあるのか、灯りを落としても紅潮しているのが良く判った。  
見ないでと潤んだ瞳で懇願されれば否応なく暴いてしまいたくもなるが、僅かに残っていた理性が押しとどめる。  
名前を囁いて口付けを落とせば、甘い吐息でそれに答えるソフィが堪らなく愛しかった。  
さっきは確かに急ぎすぎたと思うが、この身に宿る想いを思えばそれも致し方ないとハウルは思った。  
あの日見た彼女を自分はどれほど待ったというのだろう。実在するのかさえ判らない彼女を。  
だが今こうして彼女は自分の胸の中に居る。それがどれほどハウルにとって幸せな事かソフィには判らないだろう。  
想像よりも怒りっぽくて、驚くほどのきれい好き、小言も結構多いけど、  
今となってはそんな彼女だからこそ再会した後もずっと想いが募っていったのだと思う。  
その存在を確かにしようとすらりとした身体の線を指先でたどっていけば、ソフィはくすぐったいと笑った。  
「それは手厳しいね。本気で男心が傷ついた」とのハウルの弁に、ソフィはくすくすと笑う。  
もちろん初めて男を受け入れる身体ではそれも無理はない事を、ハウルは重々承知している。  
それでも小ぶりな胸に手のひらを這わせ、揉みしだいていくと鼻にかかった切ない声が漏れた。  
「くすぐった…あ…ンッ、ヤダ…こんなの…」  
込み上げてきた快楽を必死で自制しようと、ソフィは首を横に振る。  
もっとそこに溺れさせたいと愛情とも嗜虐心ともつかない感情が湧いた。  
空いた手をソフィの下腹部に忍ばせ、薄い茂みの中に指を落とす。そしてたどり着いた場所で  
ゆっくりと焦らしながら小刻みに震わせる。途端にソフィの身体がビクリと跳ねた。  
形よく突き出した桜色の乳頭を舌先で転がせば、快楽の波が堰を切ったのか吐息に帯びた熱が高まった。  
「やぁ…ッ!駄目…そんなとこ触らないで…ンッ」  
こんな甘い声で駄目だと言われて止める男がいるのなら見てみたいとハウルは思う。  
唾液で濡れた乳房を軽く吸って甘噛みし、指先の愛撫を徐々に強めた。  
 
「止め…そこ汚い…ンッ」  
「別に汚くないよ。ソフィは自分で触った事ない?」  
その返事を待つ事無く、指をさらに奥へと差し入れ、僅かながら潤い始めた泉の雫をすくった。  
「ンァ…!イヤ…」  
拒絶の言葉は指で直接刺激された事によって、つぅと太腿に伝った愛液への嫌悪感だろう。  
しかしソフィは嫌だろうが、これではまだ受け入れるには少な過ぎた。出来るだけ挿入の負担はかけたくない。  
ほんの少しだけ指を泉の中に埋めてみたが、異物感に収縮したソフィの体内はそれ以上の侵入を許さなかった。  
「ソフィ、もう少しだけ足開いて」  
ぐったりと肩で息を切るソフィの瞼にハウルは優しく口付けを落とす。ソフィのどうするのと言う問いには答えず。  
これ以上行為を続ける事は自分が自分でなくなってしまうような気がして空恐ろしかったが、  
それでもハウルが与えてくれる甘い快楽とハウル自身への想い、そして幾許かの好奇心がソフィの背を押した。  
ためらいながらソフィはほんの少しだけ足と足の間を開いた。あまりにぎこちない動きがおかしかったのか  
ハウルはクスリと笑いソフィの髪を撫でる。ソフィはそれだけで胸が締め付けられるようだった。  
「大丈夫、もう少しだけ気持ち良くなって貰うだけだから」  
チュ、と腹部の柔らかな部分にキスを一つ落とし、ハウルは身を屈めた。  
ハウルが身を沈めた場所に気が付き、ソフィは慌てて開いた足を閉じようと足をばたつかせたが、  
すでに足の自由はハウルの腕によって奪われていた。男性にしては華奢な体躯に見えて、実はそうでもない。  
 
「ヤダ!そんなトコ…!」  
「心配しなくても暗過ぎてよく見えないよ」  
言うなり、ハウルはソフィの花弁を舌でなぞった。瞬間、激しい快楽にソフィの腰が浮く。  
「ア…やぁンッ!」  
自分の上げた声が酷くいやらしく媚びるような色を含んでいた事に気が付き、ソフィは慌てて口をふさいだ。  
自分の口から漏れた声だとは思いたくないほど、艶声にソフィは身震いする。  
だが、抑えようと思えば思うほど、与えられる刺激は鋭く自制心を蝕み、ソフィを翻弄する。  
ハウルは花弁を優しく舌で溶き、その度にビクッと反応するソフィの身体からは快楽に酔う証が流れ落ちた。  
ハウルが再び指で泉を探るとくちゅっと言う卑猥な音共にそれは飲み込まれた。  
気が遠くなるほど強い快楽と体内に感じる異物感に攻め立てられ、堪えていた声も音を成さずにいられなかった。  
「やぁん、あっ、ダメぇ!ハウル、もう…やだぁ、こんな声…」  
「可愛いよ、その声。もっと聞かせて」  
「いや…ぁ、下の階にはみんないるのよ」  
「そう?僕は構わないけど」  
ソフィにはハウルの声が何故か愉しげに聞こえた。  
 
意識を逸らしたくとも初めて味わう愛撫に鋭敏になり過ぎた身体はそれを許さなかった。  
生暖かな舌の感触が陰核を包み、そこをなぞられる度に理性は奪われた。  
ゆるやかに浅く探る指の動きに促され、差し入れられた場所からとろりとしたものが溢れて流れ出し、  
臀部を伝い落ちてシーツを濡らしていく。ハウルの指が沈むたびに響く粘質性の水音がソフィの羞恥心を煽っていた。  
快楽を初めて覚えた身体がやがて快楽に溺れ、更なる悦楽に浸ろうとうごめき始める。  
侵入し内側を撫で上げる指に縋るようにソフィの身体は意思とは無関係にひくついていた。  
「やぁッ、ハウル…!ヤぁ…ん、も…ぅ、変になっちゃう…!」  
右手で口元を押さえ、左手を力なく伸ばし下肢を探るハウルの頭に手を伸ばす。  
ハウルの髪をくしゃりと撫で上げれば、さらさらと指から零れ落ち、ソフィの腹をくすぐった。  
その行為が拒絶なのか懇願なのか、昂る熱に意識が犯されてソフィ自身ももう判らなかった。  
意識が白く、掴めない所に消えていくような気がした。快楽に羞恥心すら押し流されて、どうする事も出来ない。  
「ハウル…!!あぁっ!やぁんッ!!」  
初めて味わう絶頂にソフィの下肢は震え、ハウルの指を銜え込んだままきゅっと収縮する。  
ハウルの指を壁で締め上げる感触が心地良く、残された余韻が身体中に沁みた。  
「大丈夫?」  
力なく頭に添えられていたソフィの手をその上から包み込むようにして取り、ハウルはその手のひらに優しくキスを落とした。  
ソフィの深部を弄っていたハウルの指がするりと引き抜かれ、代わりに身を起こしたハウルの半身がソフィに覆いかぶさる。  
そしてハウルはいつの間にか荒くなっていた呼吸を飲み込み、ソフィの太腿を押し上げ色づいてわななく蜜壷に張り詰めた部分を宛がった。  
「ソフィの中に僕を沈めたい…許してくれる?」  
請うような響きと静かだが荒い息遣い、何よりもハウルが自分を見つめる瞳が気を病むような熱をはらんで、  
その想いがただ一人、自分自身に向けられている事がソフィには嬉しくて、それ以上に切なかった。  
羞恥心や恐れは一度迎えた絶頂が取り除いてくれたのだろうか。ハウルの言葉にソフィは素直に頷いた。  
「…ハウル。私、あなたを受け止めたい。だから…来て」  
 
濡れた秘部に宛がわれたハウル自身は固く張り詰めていて、ソフィから溢れ零れた蜜がしっとりと絡み付いていた。  
その部分をとても直視する勇気はなかったが、ソフィには不思議な充足感があった。  
怖いかと耳元で尋ねられたが、ソフィは首を振る。むしろその時が来る事を焦がれている自分がいる。  
「行くよ」  
クチュと互いの秘部を重ね合わせる音が静かな部屋に響く。それと同時に襲ってきたのは体内を擦れ割かれる痛み。  
ソフィは声を堪え、代わりに眉根をきつく寄せた。  
「…っ、ソフィ、力抜いて」  
とはいえ、それもどのようにしたら良いのかソフィには判らなかった。  
充分に濡れそぼっているというのにソフィの体内はハウルの進入を拒み固く閉じていく。  
少し強引にハウルが押し入ろうとすると、それを恐れたのかギチと強く締まった。  
「痛ッ…ぁ」  
想像よりも強く激しい痛みについ声が漏れ、ソフィの頬を涙が一筋流れ落ちた。  
−やはり無理かもしれない−  
そう思い身を引こうとしたハウルの腕をソフィが掴む。  
「いや…行かないで、行ってしまっては嫌…」  
「…これ以上はソフィが辛いよ?」  
ソフィは頭を振り、自分を組み敷く愛しい男の姿を見つめた。  
「あなたが好き。だからお願い。最後まで…言葉だけじゃなく、ちゃんとあなたの妻にして」  
ソフィはハウルの首に腕を回して引き寄せ、唇を寄せた。大人のキス、そう呼ぶには拙い物だったかもしれないが、  
身体を、心を、揺さぶる想いをただ伝えたくて、ソフィはハウルと舌を絡ませた。突然のキスに驚いたハウルも  
それに応えるように絡み合う舌を吸い、唇の感触を貪った。たったそれだけで愛しさがこみ上げてくる。  
やがて名残を惜しみつつ唇を離し、荒いだ呼吸もそのままに二人は見詰め合った。もう留める事など出来ない。  
 
「僕の背中に手を回して」  
促されてソフィはハウルの背中に手を回す。手を回した分だけ二人の身体が密着し、滲み出た汗が互いの肌を濡らした。  
「爪を立てて良いから」  
言いながらハウルは強引にソフィの内側に割り入った。繋がった部分から焼けるような痛みがソフィの全身に広がる。  
無意識にハウルの名を何度も呼び、その背中に指を突き立てた。味わった事のないほどの苦痛が襲い、奥歯をを噛み締める。  
それでもソフィは痛みの中にハウルの熱と鼓動を感じ、それを自らの身体が内包した喜びに静かな安らぎを感じていた。  
「動くけど平気?」  
ハウルが額に汗を滲ませソフィに視線向けると、ソフィは肩で息を継ぎながら頷く。  
内側から押し上げられる感触は痛みを伴い、断続的に続く行為に身を震わせた。  
そして薄っすらと込み上げてくる、甘い感覚。先程溺れた快楽と似て異なる、もっと奥底から疼くような心地。  
何度も突き上げられるうちに、それははっきりとした輪郭を持ち始めた。痛みを訴える部分が、痛みとは別種の心地良さを伝え始めていた。  
痛みが治まった訳ではない。それに慣れた訳でもない。痛みを伴うと判っていてなお、もっと欲しいと身が疼いた。  
「ハウル…ハウル!」  
「ソフィの中、すごく気持ちいい…」  
ベッドが乾いた床を軋ませていた。淫らな声も部屋の外に漏れているかもしれない。  
繋がった場所からはハウルが腰を揺らす度に愛液が零れ落ち、甘く饐えた匂いが部屋中に立ち込めていた。  
それでも良いとソフィは思った。身体を結び付けるまで気付かなかった想いに気がつく事が出来たから。  
愛情も欲望も全て飲み込んで、それら全てを愛しいと思える。  
 
「ソフィ…イきそう…」  
普段のハウルからは想像すら出来ないほどにうわずった声で限界を告げて、  
ハウルはソフィの身体の奥底まで強く擦り上げ、その律動を強めた。  
汗がぽたりとソフィの胸元に滴り落ち、ソフィの身体の上で律動にあわせ揺れていた。  
ハウルは口にこそ出さなかったが、苦しげな表情で吐息を乱すソフィの態と相まって、甘い媚薬のような光景だった。  
いっそうソフィへの愛しさと独占欲が増し、彼女の深い場所にまで印を残そうと突き上げた。  
ソフィの身体にも先程の絶頂よりもずっと大きな波が訪れようとしている。  
髪を乱し、体内を穿つ痛みと同じほどに強く、大きなうねりの様な疼きに昂っていた。  
早く痛みから解放されたいと思っているのに、一緒に上り詰めたいと言う想いも滲む。  
与えられる強い刺激に内側が痙攣し、ソフィはハウルを強かに締め上げた。  
「んんっ、あっ…ああっ!!」  
「くっ…!」  
ハウルはソフィを強く抱きしめて、短く息を吐きながら強く腰を打ちつけた。  
同時にハウル自身がドクッと脈打ち、ソフィの身体の体内で滾る熱がはじけた。  
内側を焦がしながらとろりと流れ落ちていくそれは、二人がまどろみに堕ちる刹那の間に弛緩した内壁に包まれていった。  
 
暗闇の中で置時計の規則的な音が響いていた。コツ、コツ、と動く秒針に意識を向ければ  
白濁としていた意識もやがて鮮明さを取り戻していく。あれからどれほどの時間が経ったのだろう。  
傍らの心地よいぬくもりに視線を上げれば、愛しい人と視線が合った。  
その額に張り付いた髪を指でそっと掻き揚げ、二人は微笑を交わす。  
互いの体温が感じられるように抱きしめあい、額と額を合わせて鼻でキスをする。  
心地良い気だるさを引きずりながら、睦言を囁きあい、あれほど求め合ったというのにそれでも触れ合う事を止められない。  
思えばハウルと暮らし始めたのはほんの少し前の事だ。その時はこうなる事など考えてもみなかった。  
もっとも、ハウルにとっては随分と長い時間を待たされていた事になる訳だが。  
これほど満ち足りた時間を共に過ごす事が出来るなんて、これ以上の幸せを誰が望むと言うのだろう。  
「ソフィ?」  
呼びかけられて気がつけばソフィの頬に涙が伝っていた。零れ落ちた涙をハウルの指が優しく拭う。  
「うん…ちょっと切なくなっちゃった」  
「君の夫としてはその理由が気になるね」  
「夫婦でも秘密の一つくらいあったほうが良いわ」  
てっきり教えてくれるものかと思ったら、さらりと突っぱねられてハウルは意外だという顔をしてみせる。  
だが、次の瞬間には青い目を細めると、ソフィの両手首を掴み、唇だけで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。  
「言うね。どうしてもその理由が知りたくなった」  
「絶対教えない」  
 
手首を掴まれたままソフィはハウルに唇を寄せた。チュッと軽く唇を食まれ、予想外の所作にハウルは驚きを隠せない。  
「キスが上手くなったね。秘密が君のキスを素敵にさせるなら、そうだな、秘密も悪くない」  
ハウルはソフィの腰に腕を回してしっかりと抱き寄せると、仕返しとばかりに耳朶を甘噛みし、白い首筋に歯を立てた。  
ハァ、と甘い溜息を吐いて腕の中のソフィの身体が僅かながら跳ねたのを確かめると、ハウルは子供じみた笑顔を浮かべる。  
「もう一度したいな。それにソフィには早く僕に慣れてもらって、もっと気持ちよくなってもらわなきゃ」  
「いやらしい」  
「僕がこんなにいやらしいのは君の所為だよ、ソフィが可愛すぎるから」  
可愛いといわれ顔を赤らめたソフィの唇を今度はハウルが掠め取った。触れるだけの優しい口付けはそれだけでソフィの心臓が躍らせる。  
「おいで」  
頬に添えられた長い指先に誘われ、ソフィはハウルと深く口付けを交わした。  
胸の奥で溢れ出した甘い疼きを再び感じ始めていた。  
 
 
朝の冷気に身震いしてマルクルは目を覚ました。と、同時にいつもとは違う何かに気がつく。  
「ソフィ?」  
いつもなら誰よりも早く起き出して、ソフィが朝食を作っている時刻。  
だが、いつもなら感じる温かなスープの香りは漂って来てはいなかった。  
「どうしたんだろ…」  
パジャマのまま部屋をそっと抜け出し、ソフィの部屋に向かう。だが、その場所は人気もなく静まり返っていた。  
訝しみながらもそういえば、と昨夜の事を思い返した。  
「そっか、ソフィはハウルさんの部屋にいるんだ」  
自然とマルクルの足はハウルの部屋へと向かった。狭い階段を上り、城の一番高い場所へ。  
廊下の奥まったところにあるハウルの部屋もまた静けさの中にあった。ドアを軽く叩けば、その音さえも大きく響いた。  
「ハウルさん、ソフィ?」  
鍵はかかっていなかった。子供ながらの好奇心も相まってマルクルはそっとドアを開く。  
「おはよう、マルクル」  
「わ、あ、あ、は、ハウルさんっ?!」  
ドアを開けた先にはハウルがマルクルを見下ろすように立っていて、その突然の出現にマルクルは慌てて後ずさり、  
廊下の壁にゴチンと景気よく頭をぶつけた。痛いと叫びそうになったマルクルの口をハウルの手のひらがそっと塞ぐ。  
「静かにしなさい。ソフィはまだ寝てるんだから」  
「ソフィが?まさか病気ですか?!」  
まだ早い時間ではあったが、ソフィがこんな時間まで眠っていた事は今までなかった。  
真剣な眼差しでマルクルはハウルに詰め寄る。マルクルにとってソフィは母のような存在だ。本当に心配しているのだろう。  
ハウルは不安げな面持ちでじっとハウルを見上げるマルクルの頭を撫でると、微笑みながら小さな声でこういった。  
「ちょっと疲れちゃったんだよ。今日の朝ごはんは僕が作ろう。ベーコンエッグでいいかい?」  
 

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