「……最低ね」  
小鳥が囀るような声で、ソフィーはぽつりと呟いた。  
土砂降りの通りを見て、呆然とため息をついたりしている。  
「本当に」  
濡れて額に張り付いた髪をかき上げながら、ハウルも同意した。  
公園を散歩していたらいきなり降り出した大雨のせいで、二人ともすっかり  
濡れ鼠になっている。濡れながらようやく見つけたのはパン屋の軒先で、  
周囲にはもう人もまばらだ。  
「どうしましょう?これじゃあ電車にも乗れないし……」  
困り果てたようにソフィーが首を振った。滴るほどに湿った服のせいで、  
体のラインが露になっている。ハウルはそれに見惚れる反面、  
確かにどうにかしないとなぁ、とも思う。  
「……雨宿り、しにいく?」  
訊ねると、ソフィーが恋人を振り返った。濡れ髪を耳にかけて、首をかしぐ。  
「どこかあるの?」  
「うん。休憩できるような宿がね」  
何の気なく言ったくせに、ハウルは内心動揺した。そういう類の宿に、  
ソフィーを連れて行ってみたいとは常々思っていたが、馬鹿正直に告げれば  
断固拒否されるのは、真面目な彼女の事火を見るよりも明らかだった。  
「そうねぇ……」  
ソフィーは再び通りに視線を戻しながら、逡巡するように目を伏せた。  
それから、小さく笑う。  
「いいわ。そうしましょう。だって、このままじゃ二人とも風邪を引いてしまうもの」  
思わぬ僥倖に、ハウルは目を見開いた。  
 
裏通りにある酒場に入ると、むっと濃いアルコールのにおいがした。  
テーブルは昼間だというのに大方埋まっていて、その殆どが雨の為に  
商売上がったりとなってしまったここらの住人だった。  
「ハウル、ここ……」  
「平気だよ」  
平然といい、ハウルは彼女の肩に腕を回した。事実ここには何度か世話になっている。  
彼が店員を呼び止めて金を渡すと、変わりに鍵を差し出された。  
粗悪な銀製のキーホルダーの付いたそれを受け取る。  
近くのテーブルでは、商売女がカードに興じている。同業者なのか、やたら派手な  
格好をした男は、しきりにソフィーに視線を投げかけている。  
それからハウルをまじまじと見つめ、肩をすくめて笑った。  
さしずめ、彼が同じ生業の者に、そして彼女をその客だと解釈しているのだろう。  
上玉だ、と唇が動いた。  
「何か飲んでから行く?」  
ハウルが囁くと、ソフィーは首を振って彼にしがみついてきた。  
雰囲気に飲まれているのだろう、表情が暗い。だけど、彼女は案外そういったときの  
表情のほうが色っぽい。  
「じゃあ、こっち」  
ハウルが彼女の薄い肩を抱き寄せるようにして店の奥に連れて行った。  
ソフィーは相変わらず暗鬱とした顔で店内を見回すばかりだった。  
 
部屋の中は、安っぽい外観とは似つかわしくなく豪奢だった。  
天蓋の付いた広いベッドだとか、艶っぽい胡桃材のテーブルだとか、くすんだ金色の  
飾り鏡だとか。しかし、いくら豪奢だといえどもどこか下品なものだった。  
「まぁ」  
それでもソフィーはびっくりしたように目を見張った。先ほどの酒場のイメージから  
さぞかしひどい部屋を想像していたのだろう。  
「綺麗なお部屋!」  
それだけいうと、彼女は部屋の中をぐるぐると歩き回った。とくに、紗のカーテンの  
かかったベッドがいたく気に入ったようで、感慨深げに眺めている。  
「素敵!ねぇ、絵本に出てくるベッドみたいじゃない?」  
ソフィーがにこにこしながら言った。ハウルはあいまいに頷き、それから無言で  
彼女を抱き寄せた。  
「どうしたの?」  
いきなり抱きしめられたソフィーが、困惑したようにハウルを見上げた。  
彼はじっと恋人の目を見つめ、彼女の唇に自分のそれを合わせた。  
いやがって身をよじるソフィーを羽交い絞めにし、ハウルは柔らかな唇をむさぼる。  
何度も顔を揺らし、だんだんと口付けを深くしていく。彼女が諦めたように  
力を抜いたのを機会に、今度は舌を割りいれた。舌を絡ませあい、激しく求め合う。  
どれ位そうしていただろうか、唇を離したときには二人とも息を荒らげていた。  
ぐったりと寄りかかってくるソフィーを抱きしめ、ハウルは彼女の耳元に口を寄せる。  
「とりあえず体を温めよう。本当に風邪を引いてしまうよ」  
その言葉にソフィーが真っ赤になった。あぁ、そういう意味で取ったのかと  
彼は即座に理解し、でもとぼけてみせる。  
「お風呂、用意してくるから待ってて」  
「あ、自分でやるわ」  
ようやく意味を理解したのか、ソフィーが慌ててハウルを制した。  
赤く色づいた頬が、事の他愛らしくて嬉しくなってしまう。  
「そう?」  
「うん。でも、ハウルが先に入ったら?あなたの方が濡れているわ」  
「………いいや。ソフィー、先に入っておいで」  
そういって彼女の背を押すと、それでも心配そうな目をしたソフィーが振り返った。  
しかし、ハウルは微笑むと手を振った。  
 
シャワーから降り注ぐ熱い湯を浴びながら、ソフィーはぼんやりと考え込んでいた。  
頭の中が霞んでいて、ものがあまりよく考えられない。  
口付けの余韻を探るように、唇に指を当てる。あ、少し荒れてる、などと思っていると、  
不意に物音がした。  
振り向くと、そこにはハウルが立っていた。湿った髪が頬に張り付いている。  
裸の腕が扉をしめた。がちゃり、という重たい音が耳に付く。  
「え……」  
「一緒に入れさせて。やっぱり、すごく寒いや」  
そういってハウルはずかずかとソフィーに近寄ってくる。浴槽に入り込むと、  
ソフィーを抱き込むようにして熱い雫の下に立った。  
「やっ!やだ!あの、ちょっと!私すぐでるから外で待って……」  
しどろもどろになるソフィーの唇に指を当て、ハウルは小さく笑う。  
「たまにはいいだろう?それとも、ソフィーは僕が風邪を引けばいいと思うの?」  
そういって拗ねたような上目遣いで言われ、ソフィーは赤面した。きゅっと目を瞑ると、  
ハウルの顔が近づいてくる。耳たぶが、柔らかく食まれた。  
「ふぁっ……」  
思わずこぼれた声に、ソフィーが唇を噛み締める。そのまま額に、瞼に、頬に  
彼の唇が動き、そして止まった。  
「………ねぇ?」  
低い、そしてどこまでも甘い囁きにソフィーは目を微かに開いた。  
それからゆっくりとハウルの首に腕を回し、小さく首を振った。  
 
ざぁざぁと降り注ぐシャワーの音とはまた別の水音が聞こえた。  
恥ずかしい、とふらふらする頭でどうにか考えながらも、ソフィーは  
はしたない喘ぎをかみ殺した。息がつまり、倒れこんでしまいそうで怖かった。  
「声、聞かせて」  
ぐっとソフィーの腰を抱き寄せながら、ハウルが囁いた。抱きすくめるように  
背中から回していた手を、彼女の中に突き入れる。指先が、奥まった部分に触れた。  
「ああっ!ァっ、やっ……」  
ぐちゅ、と耳を塞ぎたくなるような音が漏れる。ソフィーはハウルの腕に必死で  
縋りついていた。震える下肢が水を揺らす。  
「気持ちいい?」  
ハウルの囁きに、ソフィーは首を振った。認めたくないらしい。その事に彼は  
むっと眉をひそめ、それから抜き差ししていた指をぐっと曲げた。  
ざらりとした部分を押され、ソフィーが背をそらせた。  
「あああアァ―――ッ!!」  
しがみついていたはずの腕がはずれ、ソフィーはそのままへたり込んだ。  
てらてらと光る指を舐めながら、ハウルは浴槽の淵に腰をかけた。軽く足先を組み、  
大きく肩を上下させているソフィーを眺める。  
「嘘つき」  
からかうような調子で、ハウルが言った。首だけで彼女が振り返る。  
とろん、と溶けた目が彼を捉えた。ソフィーはふらふらと彼に向き直ると、  
その膝にしなだれかかった。  
「気持ちよかったんでしょ?」  
慈しむ様に恋人の髪を撫でながら、ハウルはことさら優しく訊ねた。  
甘い声音に操られるように、ソフィーがこくり、と頷く。  
「ねぇ」  
何かを口にしかけたハウルを制するように、ソフィーは首を振った。  
彼女は黙ったまま、少しだけ伸び上がってそそり立っている彼のものを口に含んだ。  
「あっ!」  
驚いたように声を漏らすハウルを無視して、ソフィーは彼に愛撫を施す。  
ちゅ、ちゅと吸い付く音が響く。  
「ソフィー…?」  
彼女の濡れた髪を梳ると、茶色の瞳が笑うように細くなった。小悪魔的な微笑に、  
ハウルはぞくりと背筋に悪寒が走るのを感じた。  
隆々としたそれを上顎で押しつぶすように刺激する。浮き上がった血管の一つ一つを  
丁寧に刺激し、鈴口を舌でつつく。  
「……っ」  
苦しげに眉根を寄せる彼に、ソフィーはことさら笑みを深くした。  
あふれ出てきた透明な液体を啜り、唇をすぼめて頭を前後させる。  
深く吸われ、ハウルは顔をゆがめた。  
「っあ、う……ソフィー!」  
不意に肩を掴まれて力の抜けたソフィーを引き剥がし、ハウルが叫んだ。  
その瞬間、びゅ、びゅ、と白濁が飛び出す。べとりと熱いそれは、彼女の顔を、  
髪を、肩を汚した。  
荒い息遣いをかき消すように、シャワーから降り注ぐ熱い湯の音が耳につく。  
恍惚とした表情でハウルはソフィーをじっと見つめた。  
「……ソフィー……」  
ため息のような声音で、ハウルが恋人を呼んだ。ソフィーは紅潮した頬をどろりと  
汚す白濁を指で掬った。ひたと彼の瞳を捉えたまま、ゆっくりと舌を出して  
指先を舐める。長い睫毛に縁取られた眦に、艶っぽい笑いが生まれる。  
彼の青い瞳に、熱がともった。  
ソフィーの体についた粘液をシャワーで洗い流しながら、ハウルが囁くように訊ねる。  
「ここで、する?」  
完全にそれを洗い流したところでシャワーの栓をひねる。しずくを手のひらで  
拭いながら、ソフィーが目を開けた。あつく蕩けた目で、じっと見上げられる。  
「ちゃんと……ベッドで…」  
やはり蕩けたような声で言われた台詞に、ハウルはごくり、と唾を飲んだ。  
 
つるつるとした黒のシーツにだらりと手足を投げ出しながら、  
ソフィーはきつく目を瞑った。ぴちゃ、ぴちゃという湿った音が聞こえ、  
それが余計に彼女の羞恥を煽る。  
「……ひゃ…ぁ…あ、やだ、あぁっ」  
先程からの行為ですっかり溶けている部分を丁寧に舐め上げられ、ソフィーが  
弱弱しい声を上げた。シーツに頭をこすり付けるように首を振り、  
自分の下腹部に顔をうずめている恋人の頭を押す。  
「ハウルっ!も、いいの……いいっ、からっ!」  
「気持ちいいの?」  
「ちがっ―――あっ!」  
「ほら、足閉じないで」  
必死に腿をすり合わせようとするソフィーを、ハウルが軽やかに笑いながら  
たしなめた。彼女は顔を真っ赤に染め、口元を手で押さえる。  
「やっ、だって……」  
「なら、やめちゃうよ?」  
ハウルが囁くと、ソフィーは目を見開いた。くやしそうに俯き、目を伏せる。  
それから、おずおずと足を開く。  
「ひぅ…」  
再びそこを舐めあげられ、ひくひくと苦しそうに震えるソフィーに、  
ハウルはだらしなく笑み崩れた。先程指で探ったときにも思ったが、  
今日の彼女は妙に興奮気味だ。繋がればさぞ楽しめるだろう、と思うと  
笑いが止まらない。  
「ねっ……わた、し…」  
「なぁに?」  
ソフィーが泣き出しそうな目で彼を見た。しかし、ハウルはにっこり笑いながら  
とぼけてみせる。  
「………いじわる」  
「何が?ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」  
くすくすと笑いながら、ハウルは彼女の顔を見える場所にまで動く。  
蜜に濡れた唇を舐めると、ソフィーはまぶしそうに目を細めた。  
唇を合わせ舌を絡めあう。彼女は微かに眉を引き絞ったが、それでも従順に  
彼を受け入れた。  
「さっき、何言おうとした?」  
唇を離し、うっとりとしているソフィーにハウルは訊ねた。彼女は恥ずかしそうに  
目を伏せたが、彼の背にきゅっと腕を回し、軽く足を開いた。  
「…………ほしいの……ハウルが欲しいの…」  
か細く紡がれる声に操られるように、ハウルはソフィーを抱きしめた。  
熱くたぎったものを押し当てると、ひっ、と小さく息を呑む声が聞こえた。  
「いいよ……ソフィーに、あげる」  
囁き終わらぬうちに、唇が奪われる。深く深く口付け合ったまま、ハウルは  
ソフィーを貫いた。高い、悲鳴じみた嬌声がこぼれた。  
 
「気持ち、いい?」  
「あぁ!あッ、あ…んっ!やっ、も……やぁぁあ!!」  
「……僕は、すごい、いい…っ」  
「やっ!あ、……やぁっ!」  
深く、深く貫かれ、ソフィーは背をそらした。頭の中がさぁっと白む。  
熱に浮かされたような顔で激しく突き上げてくるハウルを見つめ、それでも  
しっかりと縋りついた。胸板に胸がこすれるぴりぴりとした痺れが走った。  
「すごい……なんかソフィー、今日、いつもより…」  
「やっ、そんなの…っ知らな…いっ!」  
ぐちゅ、ぐちゅ、と下肢があわ立つ音がした。ソフィーは思わず顔を背けるが、  
顎をつかまれ元に戻される。目を開けているのが辛くて、睫毛を伏せた。  
「目、あけて」  
「やだぁっ……」  
「どこがいいか、聞かせて?」  
そういいながら奥まで突き上げられ、ソフィーは身をよじった。  
苦しそうに息を乱す彼女を見つめながら、ハウルはそのまま中をかき混ぜる。  
「ひぁっ!」  
「ここがいい?」  
言葉と同時にぐっと押し入れられる。苦しそうに喘ぎながら、ソフィーは  
こくこくと首を振った。  
「そ…っ!あっ、気持ち、いいの……っ!」  
甘ったるい嬌声を上げ、体を震わせながらすがりつく恋人が可愛くて、  
ハウルはぞわりと背筋に痺れが走るのを感じた。  
「んんっ!や、も…ハウルっ、わたし……わたしっ!」  
「うん…ソフィー、じゃあ、一緒に……っ」  
「アぁっ!ひゃっ、やっ、もっ―――ぁああっ!」  
「……っ!」  
息が止まりそうに激しい高みへと追いやられ、ソフィーはぎゅっと全身を  
こわばらせた。その締め付けに連動するように、ハウルも張り詰めていた  
欲望の丈を彼女の中にはなった。  
 
 
柔らかいまどろみから目を覚まし、ソフィーはぼんやりと窓の外を眺めた。  
頬に当たる冷たいシーツの感触が気持ちいい。体がだるくて頭もぼんやりしている  
けれど、悪い気分ではなかった。  
目を伏せて、先程までの行為を反芻してみる。頬が自然と熱くなるのを感じた。  
いつもの家でするのと違い、二人っきりになったから少し緩んでしまった気もする。  
顔あわせるの、恥ずかしいなぁと思いながら寝返りを打つ。  
一緒に浅い眠りについたはずの恋人はいない。ちょっとばかり鼻白みながらも、  
ソフィーはため息をついた。まぁ、居ないでくれるのも悪くない。  
今顔をあわせたら、またタガが外れてしまう気がする。  
それからすぐに、がちゃりと扉の開く音が聞こえた。視線をやると、ハウルが  
入ってきた。一度風呂に入ったのか、こざっぱりとしている。  
「あ、起きてた?」  
明るい声でハウルが言った。少し酒を飲んできたのかもしれない。  
起き上がるのが億劫で、ソフィーは上掛けに顔をうずめたまま頷く。  
「何か飲む?」  
ハウルがベッドに腰掛け、ソフィーの髪を撫でた。銀の髪が指先からさらさらと  
こぼれる。その微かな音に聞き入りながら、彼女は首を振った。  
「雨は?」  
「まだ。でも、服も乾いたし、今ならまだ電車もあるよ」  
優しい囁き声に、ソフィーはうふふ、と笑いをこぼした。  
何だかくすぐったいような、幸福な気分になる。  
そっとハウルの頬に手を伸ばすと、指で包み込むように触れた。  
「まだ、帰りたくないわ」  
「え?」  
驚きに目を見張るハウルに、ソフィーはきゅっと唇を吊り上げた。  
「だって雨宿りに来たんだもの。雨がやむまでは、まだ雨宿りでしょ?」  
甘い甘い、それこそとろける糖蜜のような声に、ハウルもちいさく笑った。  
そして、ゆっくりと身をかがめるとソフィーに口付けた。  
 

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