「どうかしたの?」  
仏頂面のまま自分を抱きしめているハウルに、ソフィーは訊ねた。  
行為を終えたばかりだというのに、彼はちっとも幸福そうな顔をしていない。  
「なんで?」  
やはり不機嫌そうな声で、ハウルが答えた。ソフィーはええと、と思わず  
言いよどんでしまう。  
「………何だか、その―――」  
荒っぽかったから、と言おうとして、ソフィーはすぐにそれを断念した。  
何だか、いっぱしの世慣れた女のような口ぶりに思えて好ましくなかったのだ。  
「乱暴だったから?」  
焦れたのか、ハウルのほうが続きを請け負った。ソフィーはとっさに目を伏せる。  
彼は柔らかに苦笑すると、じっと恋人の目を見つめた。  
「見合いをするかもしれない」  
「………………お見合い?」  
たっぷり三秒間の沈黙の後に、ソフィーが聞き返した。ハウルが頷く。  
「先生の勧めでね。貴族のお嬢さんだそうだよ」  
「まぁ、貴族の?」  
ソフィーが訊ね返すと、ハウルは再び頷いた。  
 
「その人、美人なの?」  
「さぁ?見た事ないけど、綺麗なんじゃない?」  
ハウルは言い、ソフィーを覗き込む。彼女はぽかんとした表情をしている。  
「どう思う?」  
深刻ぶった、でもそのくせどこか試すような口調でハウルが訊ねた。  
ソフィーはゆっくりと微笑むと、小首をかしげる。  
「いいんじゃないかしら?」  
「え?」  
予想外の答えにハウルが目をむく。ソフィーは明るい声でもう一度言った。  
「いいんじゃないかしら。お見合い、してみれば」  
ソフィーはにこにこ笑っている。自分から言い出したくせに  
何だかそれが耐え難い裏切りのように感じられて、ハウルはそっぽを向いた。  
「ハウル?」  
「寝る。おやすみ」  
そのまま不貞寝を決め込んだ恋人を暫く眺めてから、  
ソフィーはぎゅっと目を瞑ると彼の背中に腕を回した。  
 
 
「――――――っ!」  
不意に目を覚まし、ソフィーは大きく息を吐いた。さえざえとした青白い空気で、  
今がひどく早い朝だということに気付く。眠りの浅い体質のソフィーは、  
一度目覚めるともう寝付けなかった。失望したような気持ちで瞬く。  
頬に伝う涙が、あつかった。  
傍らで眠っているハウルは、安らかな寝息を立てている。裸の広い背中には、  
赤い引っかき傷がいくつも出来ていて痛々しかった。  
その引っかき傷のひとつひとつを、ソフィーは目で追った。  
 
 
ひどい夢だった。白いドレスを着たソフィーが、見知らぬ土地を走っている。  
背の高い建物の前には、同じように白い服を着たハウルが微笑みながら待っている。  
しかし、どんなに懸命に走っても彼の元にはたどり着けない。  
彼は焦れたのか、見たこともないような綺麗な女性と一緒に建物の中に入っていった。  
叫んでも叫んでも、彼は気付かない。  
大きな鐘の音が響いて、その建物が教会だということをソフィーは初めて知る。  
教会から出てくる二人を祝福する人々の歓声を聞きながら、ソフィーは  
たった一人その場にへたり込んで泣き濡れる――――――そこで、目が覚めた。  
 
どうしてそんな夢を見るのか、ソフィーにはちゃんと解っていた。  
自分は、心から彼の妻になることを望んでいるから。  
十八の姿に戻って、彼の恋人になってからそろそろ三ヶ月になる。  
数え切れないくらいのキスや甘い囁き、優しい抱擁、そして愛してるの言葉を貰った。  
その全てにソフィーは心を乱し、そして死にそうなほどの幸福を味わった。  
でも、それらは全て自分を抱くためにすぎなかったようだ。  
でなければ、誰も彼に見合い話など持ち込まない。  
それに、彼は知らないのだ。ソフィーが“情婦”呼ばわりされていることも。  
ソフィーは声を押し殺して泣き続けた。涙に濡れた頬をハウルの背に押し付け、  
嗚咽を漏らす。本当は嫌だった。こうして体ばかりの関係になることが。  
愛していても愛してもらえても、世間に顔向けできないことが。  
 
雲の上のお城では、彼女はきっと彼の妻だ。そこでは皆優しくて、  
そして誰も彼女を傷つけない。  
だけれど、そこには手が届かない。指先さえ、触れられない。  
「……ソフィー?」  
低くかすれた声で、ハウルが囁いた。寝ぼけているのか、子供っぽくむくんだ顔は  
何の表情も浮かべていない。  
ごめんなさい起こしてしまったのねでも何でもないのよ。  
そんな言葉は喉の奥で縮こまり、ちっとも出てきてはくれない。  
心配なんかさせたくないのに、迷惑なんかかけたくないのに。  
ただ、いい子でいたいだけなのに。  
ハウルは泣いている恋人をぼんやりと眺めてから、不意に彼女を抱き寄せた。  
腕の中におさまった少女の背を、二、三度調子をつけて叩く。  
「もう少しだけ、寝よう」  
 
それだけ言うと、彼はまたそっと瞼を閉じた。再び眠りの淵に落ちていきそうな  
彼を、ソフィーは必死で揺り起こす。  
「ハウル、ハウル」  
何度呼びかけても、彼はううん、と呻いただけでまた眠り始めた。  
ひどく物悲しい気持ちで、ソフィーは彼の体を組み敷く。  
力の入らない体はぐにゃぐにゃしていて重たかったけれど、それをどうにかして  
仰向けにした。その体に乗りあがる。腹ばいになると、胸がつぶれた。  
「……ハウル」  
ソフィーは彼にそっとキスした。躊躇うように顔を背け、それからもう一度  
しっかり彼の顔を見る。再び覆いかぶり唇をあわすと、少しばかり乾いた口内に  
自分の唾液を流し込んだ。ぐぅと喉のなる音がした。  
はしたない、と思う気持ちと、彼をメチャクチャにしてやりたいという気持ちが  
混ざり合う。ソフィーは自虐的な笑みをこぼすと、彼の首筋に唇を押し当てた。  
赤いあざが付いたのを合図とするように、彼女はゆっくりと唇を下らせていった。  
 
小さく、力なく垂れ下がっているそれを、ソフィーはしげしげと眺めた。  
昨夜の名残か、白っぽい残滓がかさかさに乾ききっている。つい数刻前に  
自分をあつく狂わせたのはこれか、と思うと不思議であり滑稽にさえ思える。  
そっと手に取ると、頼りなく柔らかい。指先で白いものを軽く払うと、  
彼女は何のためらいもなくそれを口に含む。細い眉が、急激にひそまった。  
しかしソフィーはめげずにそれに舌を這わす。濡れた音を立てながら  
飴でもなめるように舌を動かし、唇をすぼめてはしごきたてる。  
だんだんと質量をますそれに、彼女はちいさく笑った。  
 
すっかり大きくなったものを口から出すと、ソフィーはあごに伝う唾液を  
乱暴に拭った。ハウルはまだ眠っている。いい気なものだ、と  
彼女は小さく鼻を鳴らした。そっと手を伸ばして自らの秘部に触ってみる。  
濡れ方はあまり芳しくなかった。  
舌打ちでもしたい気持ちで、ソフィーは僅かながらに潤んでいる部分を指で撫でた。  
先ほど吐き出した彼のものをもう一度口に含み、それを愛撫しながら自分のも  
同じように撫で上げる。溝に沿うように指を滑らせると、腰がひくりと疼いた。  
「……っう………ん…」  
一人でするのは初めてではなかったが、口に彼のものを咥えて自分を慰めるのは  
さすがにした事などなく、ソフィーは次第にその倒錯した行為に夢中になっていった。  
 
『信じられないな―――』   
 
想像の中で、“彼”は目を見開いている。からかうように口元に浮かべられた  
笑みが、その台詞がソフィーの羞恥を煽るためのものだというのを物語っている。  
 
『ソフィーってこんなにいやらしかったんだ』  
 
“彼”はおかしそうに目を細めると、一人で乱れるソフィーをじっと見つめた。  
恥ずかしさにソフィーが身をよじるが、“彼”の視線は外れない。  
「……んん…ぅ」  
熱くぬめったそこに指が入り込む。か細い指にぎゅっと絡みつく肉は熱く、  
いやらしくひくついている。口の中に広がるねばついた苦い液体をこぼすまいと、  
ソフィーは必死で喉を鳴らした。  
 
『誘ってるの?―――一人でこんなになって』  
 
“彼”の大きな手のひらが、身もだえするソフィーの手を掴んだ。  
“彼”は驚くソフィーを押し倒すと、彼女の中に強引に入り込んだ。  
「あぁっ!」  
内壁を爪が掠め、ソフィーは思わず背をそらした。口から吐き出された  
彼のものはすっかり固く大きくなっていて、彼女の内腿は、いつの間にか  
ぐっしょりと濡れそぼっていた。  
 
そろそろと起き上がると、ソフィーはじっとハウルの顔を見た。  
相変わらず眠りこけている。  
「ハウルのばか」  
拗ねた子供のような口ぶりで、ソフィーはハウルに言った。  
白い顔は、殆ど泣き出しそうにゆがんでいた。  
ぴんと立ち上がったそれに指を絡め、二、三度しごき上げると、ソフィーは  
覚悟を決めるように頷いた。ゆっくりと彼に跨り、腰を浮かす。  
「…ぅ、ああっ!」  
ぐい、と入り口を広げられる感覚に、ソフィーは声を上げた。  
そのまま座り込んでいしまいたい衝動に駆られるが、足をつっぱり  
じりじりとおし進める。  
「ん…ふぁっ……ん…あ、ああっ!!」  
根元までくわえ込むと、ソフィーは大きく息をついた。下腹部が膨れていて、  
ほんの少しばかり息苦しい。腰の奥に、じりじりとした疼きと  
眩暈がしそうなほどの快楽が走った。  
「あっ、あ、あ、あっん、あ……ふ…」  
耐え切れず、ソフィーはゆっくりと律動を開始した。ぐちゅ、と濡れそぼった  
いやらしい音がする。その湿った音に誘われるように、何度も腰を上下させた。  
「あぁ!あんっ、あ、あ、や、やっ……あああ!」  
腰を落とすたびに体の一番奥まった部分にそれがあたり、ソフィーはぽろぽろと  
涙を流した。しかし、それが悲しいから泣いているのか、あるいは他の理由で  
泣いているのかは彼女には見当も付かなかった。  
ただ、今この瞬間にハウルを有しているのは自分なのだということだけは、  
ソフィーはきちんと理解していた。  
 
「ソフィー?」  
目覚めてしまったのか、ハウルが小さく声を上げた。ソフィーは慌てて彼を見る。  
一瞬、沈黙がその場を支配した。  
「……ハウル?」  
ソフィーが名前を呼ぶと、ハウルは二、三度瞬いてから不思議そうに  
彼女を見つめた。なぜ、今このような状況に陥っているのかを  
さっぱり把握できていないらしい。  
「………ハウル、これは夢よ」  
ソフィーは微笑むと、ゆっくりと説明するように言った。  
「あなたの見てる、夢。だから、あなたは私を好きにしていいの」  
そういうと、ソフィーはハウルにかぶさり、彼の頬を撫でた。  
懐柔するように口付けの雨を降らし、妖艶に笑う。  
ハウルはその嘘を信じたようで、彼女をきつく抱きしめると腰を動かした。  
激しく突き上げられて、ソフィーが甲高い声で叫びながら背をそらす。  
「あ、ああっ!や、ぅんっ!あっ……!」  
力任せに蹂躙され、ソフィーは顔をしかめた。息苦しいまでに濃密な交わりに、  
ハウルも獣じみた咆哮を発して彼女を貫いた。ぐじゅ、ぐちゅと下肢があわ立つ  
音がいやに耳に付く。  
「ハウルっ!ハウル!」  
夢中で彼の唇をむさぼりながら、ソフィーがハウルに縋りついた。  
真っ赤に染まった頬には涙が伝い、肩は大きく上下している。  
「あ……っぅ、ふぁっ!うっ…ンンっ!!」  
引きつるような悲鳴を上げて、ソフィーがぐっと喉をのけぞらせた。  
大粒の涙が重たい雨水のように降り注ぐ。  
「……い、で」  
かすれた囁き声が、不意に発された。ハウルが目を見張る。  
「……の―――もの、に……………――――――っ!」  
言葉を紡ぎ終わる事もなく、ソフィーはそのまま上り詰めた。  
ぎゅうっときつく締め付けられ、ハウルも顔をしかめる。ぶるり、と腰が震えて、  
彼はあたたかな彼女の中に勢いよく欲望の丈を放った。  
 
意識を失ったように再び眠りに落ちたハウルを見つめ、ソフィーは呆然としていた。  
胎内で萎縮していくモノ、白い粘液、生々しく震える両足。  
あとからあとからあふれ出る液体を、おずおずと指で掬い口に含んだ。  
言いようのないいやな苦味が口中に広がる。顔をしかめたくなるような  
味だったけれど、彼女はそれをずっと舌で転がし続けた。  
いつの間にか、夜が明けている。今日は曇りだ。  
 
夢だとは知っていた。それでも願わずにはいられなかった。  
神様、お願いします。私の幸せを、たった一つの宝物を奪わないでください。  
この夢が悪夢に変わろうと、どうか目覚まさせないでください、と。  
 
「夢、見ていたのかしら」  
ソフィーはふらふらと立ち上がると、体にシーツを巻きつけた。  
音を立てずにドアを開け、階段を下る。裸の肩に、朝の空気は冷たかった。  
暖かいお風呂に入って、とにかく今の出来事を忘れよう。彼が目覚めたら、  
何食わぬ顔でおはようと言ってあげればいい。  
「夢、見ていたのね」  
ぼたぼたと重たくたれてくる涙を拭いながら、ソフィーは小さく笑った。  
まきつけたシーツの裾が床を掃く、微かな衣擦れの音だけが響いてた。  
 
夢の中で、彼女は泣いていた。ぽろぽろと真珠のような涙を流しながら、  
苦しそうに嗚咽を漏らしていた。  
「………あー」  
かすかにうなり声を上げ、ハウルは上体を起こした。寝不足なのだろうか、  
鬱陶しいくらいに頭が重い。  
ソフィーに犯される夢を見た。すごい夢だったな、としみじみ思う。  
それ自体はまんざらでもないし気持ちよかったけれど、後味はひどく悪かった。  
それは、恐らく彼女が泣いていたからだろう。夢なのに、悲しそうに泣いていた。  
耳の奥には、彼女の残した言葉が鮮明に響いている。  
誰のものにもならないで。私だけのものになって、という悲しい叫びが。  
 
ソフィーの気を引きたくてした見合いの話に、本当は自分のほうが  
傷ついていたのかもしれない。彼女と暮らし始めてすぐに結婚しなかったために、  
サリマン先生に結婚する意志がないと思われた事にも。  
「ハウル?いつまで寝て―――あら、起きていたの」  
ハウルを起こすために部屋に入ってきたソフィーが、驚いたような顔をした。  
彼女がカーテンを開けると、空は一面陰鬱とした灰色をしていた。  
「今からお昼ご飯の支度をするから、お風呂に入ってきたら?」  
あなたどうせ長風呂なんですし、といいながらソフィーはさっさと上掛けを抱えた。  
その中に床に散らばっていたハウルの夜着やら自分の下着やらを包む様にして持つ。  
「そう、だね」  
ソフィーはひどくさばさばとしていて、夢の中とは別人のようだった。  
やっぱり夢っていうものは自分の願望ばかり優先されるものなんだなぁ、と  
漠然と思いながらハウルはベッドを出ていった。  
 
浴室に行くと、既に朝のうちにソフィーが使っていたらしく、水の匂いが濃かった。  
暖かな湯に体を入れると、全身の筋肉がほぐれていく。  
ふと視線を落とすと、胸の辺りに見覚えのない赤いアザが出来ていた。  
「え?」  
不思議に思って鏡の前に立つと、首筋や鎖骨の辺りにもぱらぱらと赤いものが  
できていた。昨日は結構強引にソフィーを押し倒して行為に及んだわけだから、  
彼女にキスマークをつけさせる隙など与えなかったはずなのに。  
 
「………ずるいなぁ」  
ざばん、と音を立ててバスタブに身を沈め、ハウルは前髪をぐしゃぐしゃと  
かき回した。頭の中で、ソフィーの悲鳴じみた泣き声が鮮やかに蘇る。  
誰のものにもならないで、私だけのものになって。  
「あー、もう!」  
居ても立ってもいられなくて、ハウルはざっと髪と体と顔を洗うと浴室を出た。  
手早く服を着ると、濡れ髪のまま台所にいく。  
台所では、ソフィーがぼんやりとした表情で鍋を眺めていた。  
湯を沸かしているらしい。そばには乾いたマカロニの袋が鎮座していた。  
「ソフィー」  
やや乱暴に名前を呼ぶと、ハウルは後ろから彼女を抱きすくめた。  
ソフィーがぎょっとしたように彼を振り向く。  
「どうしたの?やだ、あなた髪の毛がびしょびしょじゃない―――」  
「………ごめんね」  
言いたい事は山ほどあったのに、実際に言えたのはそれだけだった。  
ソフィーの体が硬くなるのが解った。  
「……な、何?いきなり、らしくないわね」  
冗談めかしたような明るい声をソフィーが上げる。だけどもハウルには  
それすらも痛々しく感じられて、思わずうなだれた。  
「ううん……何でもない」  
ようやくそれだけ言うと、ハウルはソフィーから離れた。  
彼女の肩は震えているようだった。  
 
そろそろ、この生ぬるく居心地のいい関係に終わりを告げなければならない。  
そう確信して、ハウルは目を伏せた。  
「ねぇ、ソフィー」  
「なぁに?」  
涙声のソフィーが答えた。決して振り返ろうとはしないその背を眺めながら、  
ハウルは呟くように言った。  
「明日、デートしようか?」  
いいわよ、とソフィーが答える。ソフィーの指輪のサイズっていくつだっけ、と  
思いながらハウルは彼女が涙を拭うのをただ見つめていた。  
 

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