昔々、あるところにとてもかわいらしい女の子がいました。  
彼女の名前はソフィーといいました。彼女はとても綺麗な銀色の髪の毛と  
美しい顔を持っていたのですが、地味好みで控えめな性格だったので、  
外出するときには顔を隠すような赤い頭巾をかぶっていました。  
そのため、彼女はみんなから『赤頭巾ちゃん』と呼ばれていました。  
 
さて、この赤頭巾ちゃんには、一人のおばあちゃんがいました。森の奥で  
一人暮らしをしているおばあさんです。そのおばあさんの具合がよくないのを知り、  
赤頭巾ちゃんは大層心配しました。そこで、彼女はおばあさんのお見舞いに  
行くことに決めました。  
 
「お姉ちゃん、森には悪い狼がいるのよ。気をつけてね」  
しっかり物の妹は赤頭巾ちゃんにバスケットを渡しながらも、心配そうです。  
「悪い狼?」  
「きれいな娘さんは、みんな森の悪い狼に食べられてしまうのよ!」  
今にも泣き出しそうな顔の妹に、赤頭巾ちゃんは陽気に笑って見せます。  
「なら、私は大丈夫だわ!だって、私はきれいなんかじゃないもの」  
きっぱりと言い切る赤頭巾ちゃんに、妹は天を仰ぎました。  
赤頭巾ちゃんは、自分の容姿についてさっぱり無頓着だったので、  
自分は醜いものだと信じ込んでいたのです。  
「とにかく気をつけてよ。悪い狼に声をかけられても、無視するのよ!」  
妹のお小言を振り切ると、赤頭巾ちゃんは足取りも軽やかに森の中に  
入っていきました。  
 
森の中には、一匹の狼がいました。つやつやの黒い髪にたいそう美しい姿形をした、  
それはそれは美しい男でした。しかし、彼の頭には黒い毛並みに覆われた  
三角形の耳があり、その腰には同じく黒い毛並みの、ふさふさした尻尾がありました。  
彼は自分でハウル(=遠吠え)という風変わりな名前をつけては喜んでいました。  
狼には相応しい名前だと信じていました。  
 
狼は、森に迷い込んだ可愛い女の子が大好物でした。しかし、本物の狼とは違って  
頭からばりばり食べてしまうわけではありません。  
食い物にする、というのは栄養を摂取すること以外にも使える言葉なのです。  
(あーあ、退屈だなぁー…可愛い女の子の一人もいれば……ん?)  
ぶらぶらと森を歩き回っていた狼は、ひょこひょこ揺れる赤い頭巾に気が付きました。  
後をつけてみると、どうやらそれは赤い頭巾をかぶった女の子らしいのです。  
しめた、と狼は心の中で思いました。清らかで可愛い赤頭巾ちゃんの噂は、  
狼の耳にも届いていたからです。  
(よーし、今日はこの赤頭巾ちゃんと・・・)  
てん、てん、てんにはいやらしい言葉が入ります。しかし、それはちょっと  
昔の感覚です。この狼、案外年を食っているのかもしれません。  
 
「やあ、かわいらしいお嬢さん」  
狼は美しい声で赤頭巾ちゃんに声をかけました。赤頭巾ちゃんはびっくりして  
振り返ります。  
「まぁ、あなた!」  
狼の尻尾がぴくんと動きました。ぱた、ぱた、ぱたと大きく揺れます。  
赤頭巾ちゃんはといえば声をかけてきた男をしげしげと眺め、そして真っ赤に  
なりました。彼は、それくらいに見目麗しいのです。しかし、彼の頭には狼の耳と、  
腰には大きく動くしっぽがあります。そこで、赤頭巾ちゃんはぴんときました。  
「あなたが、悪い狼さんなの?」  
赤頭巾ちゃんはおずおずと尋ねました。しかし、悪い狼かと訊ねられてそうだと  
答えるような男など、世の中には存在しません。  
「いやいや、僕はいい狼だよ。赤頭巾ちゃん」  
にっこりと極上の笑顔を浮かべながら、狼は答えました。そのことにすっかり  
安心したのか、赤頭巾ちゃんがぱっと笑顔になりました。  
狼の尻尾がまた大きく揺れます。狼はイヌ科なので、興奮すると尻尾が大きく  
揺れます。つまり、狼さん的にはこの赤頭巾ちゃんはもろタイプ、  
もうほとんど一目ぼれ状態なのです。  
「赤頭巾ちゃん、いったいどこに行くんだい?」  
「森の奥のおばあさんの所に、お見舞いに行くのよ」  
赤頭巾ちゃんが明るく答えます。狼に対する警戒心はゼロ。  
どうやら、赤頭巾ちゃんは怪しいビジネスの勧誘だとか、怪しい宗教の勧誘とかに  
簡単に引っかかっちゃうタイプのようです。  
「そうかぁ……ねえ赤頭巾ちゃん。森の南のほうには、とても綺麗な花畑があるんだよ。  
 そこでお花を摘んで、おばあさんにあげたら喜ぶと思うなぁ」  
狼の言葉に、赤頭巾ちゃんは目を輝かせました。それは、とてもいい思い付きの  
ように思えたのです。  
「そうね!ありがとう狼さん!」  
まぶしい笑顔に若干にやつきながら、狼は神妙な顔をして赤頭巾ちゃんに囁きかけました。  
「だけどね、赤頭巾ちゃん。その場所は僕の秘密の場所だから、  
 誰に教えてもらったのかって聞かれても、絶対に言っちゃ駄目だからね」  
「わかったわ」  
赤頭巾ちゃんが頷くと、狼もにっこりしました。赤頭巾ちゃんは大きく手を  
振りながら、狼に教えられた花畑のほうに歩いていきました。  
「さて、と」  
狼はにやりと笑うと、赤頭巾ちゃんが去ったのと逆の方向に駆け出しました。  
 
狼が教えてくれた花畑は、本当に綺麗な花々で溢れていました。  
赤頭巾ちゃんは楽しそうに花畑に入っていくと、咲き乱れる花々を摘み取っていきます。  
「おや、そこにいるのは赤頭巾ちゃんじゃありませんか?」  
声に振り返ると、そこには猟師さんが立っていました。金色の巻き毛の猟師さんは、  
赤頭巾ちゃんとも顔見知りです。  
「あら猟師さん。こんにちは」  
赤頭巾ちゃんはにっこり微笑んで挨拶します。途端に、猟師さんの顔が崩れました。  
何を隠そう、この猟師さんも赤頭巾ちゃんが大好きなのです。  
「こんな森の奥で何をしているんだい?」  
「おばあさんに持っていく花を摘んでいるのよ」  
赤頭巾ちゃんは屈託なく答えます。猟師さんは愛しそうに赤頭巾ちゃんを眺め、  
それからびっくりしたような顔になりました。  
「おばあさんのお家はここの反対でしょう?よくこんな花畑を知っていましたね」  
狼さんが教えてくれたのよ、と言おうとして、赤頭巾ちゃんは慌てて口をつぐみました。  
内緒にする、と狼に約束していたのです。  
「そう。最近知ったの」  
赤頭巾ちゃんは小さい声でごにょごにょっと言いました。猟師さんは  
ちょっと怖い顔をして、手袋に包まれた人差し指を突きつけました。  
「いいですか、赤頭巾ちゃん。森には悪い狼がうろついています。  
 気をつけなければなりませんよ」  
「わかっているわ。でも大丈夫。悪い狼さんなんていないもの」  
歌うような調子で答えると、赤頭巾ちゃんは立ち上がりました。摘み取ったお花を  
バスケットに入れて、軽やかに歩き出します。  
「いいですか!絶対に狼には気をつけてくださいよ!」  
「はぁい」  
明るく返事をすると、赤頭巾ちゃんはさっさと行ってしまいました。  
それでも猟師さんは心配そうに彼女の後姿を眺めていました。  
 
「おばあさん?私よ、赤頭巾よ」  
扉を開けて、赤頭巾ちゃんが声をかけました。薄暗い部屋の中はしんとしています。  
「おばあさん?」  
返事がないのを訝しがった赤頭巾ちゃんは、おばあさんのベッドに近づきます。  
そこはこんもりとした小山が出来ていて、おばあさんのナイトキャップが覗いていました。  
「おばあさん、具合が悪いの?」  
赤頭巾ちゃんは心配そうです。ごそり、と小山が動きました。  
「赤頭巾かい?」  
おばあさんの声は、いつもよりも低くてしゃがれているようでした。  
そんなに具合が悪いのね、と赤頭巾ちゃんは心を痛めました。  
「そうよ、おばあさん。具合がよくないの?」  
「あぁ、そうだよ。寒くてねぇ……赤頭巾や、ちょっとベッドに入って温めておくれ」  
そういうとおばあさんはガタガタと震えて見せました。可哀想に思った  
赤頭巾ちゃんは、言われるがままにおばあさんのベッドに入りました。  
おばあさんの体は、いつもよりも大きくて堅い感じがします。  
「おばあさん。どうしておばあさんの手はこんなに大きいの?」  
自分を抱きしめようと伸びてきた手のひらを見つめながら、赤頭巾ちゃんがいいました。  
「それはね、お前を抱きしめるためだよ」  
その言葉の通りに、赤頭巾ちゃんはぎゅっと抱きしめられました。  
今度は、ナイトキャップから覗く耳を見て、赤頭巾ちゃんは声を上げます。  
「おばあさん。どうしておばあさんのお耳はそんなに大きいの?」  
「それはね、お前の声をよく聞くためだよ」  
赤頭巾はふくらはぎに触れるふわふわした感触に、眉根を寄せました。  
抱きしめられてよく解ったのですが、おばあさんの体はいつもと明らかに違います。  
「おばあさん。どうしておばあさんの体はこんなに大きいの?」  
ごろり、と組み敷かれる形になったときに、赤頭巾ちゃんはあーっと  
声を上げそうになりました。ナイトキャップをむしりとると、体にのしかかっている  
“おばあさん”はにっと笑います。  
 
「それは―――お前を食べてしまうためだ!」  
 
あまりに帰りが遅すぎると、赤頭巾ちゃんの妹は外套を引っ掛けて  
森を走っていました。姉である赤頭巾ちゃんは、昼間出かけたきり帰ってきません。  
周りは暗く、ランプを使わなければ足元がおぼつかないほどです。  
「あれ、どうかしたのかい?」  
能天気な声が聞こえ、妹はきぃっと声の主をにらみつけました。  
見ると、身なりのいい猟師さんがぽかんとした顔をしているところでした。  
「まぁ、猟師さん」  
「こんばんは。ところで、赤頭巾ちゃんは?」  
猟師さんの問いかけに、妹は悲しげに首を振りました。  
「まだ帰っていないの―――何か、あったのかしら?」  
その言葉に、猟師さんも顔つきを険しくします。彼は赤頭巾ちゃんの妹の手を  
とると、さっさと歩き出しました。  
「急ごう。森には悪い狼がいるからね」  
妹はちょっと赤くなって、頷きました。  
 
おばあさんの家に着くと、妹は覚悟を決めてドアを叩きました。  
しかし、返事は有りません。彼女は猟師さんと目を合わせて頷きあうと、  
今度はノブを回しました。しかし、がちゃがちゃと音がするだけで開きません。  
「お姉ちゃん?おばあさん?」  
返事は有りませんでした。二人はドアに耳を押し当てます。  
 
―――――きゃああっ!  
 
甲高い悲鳴が聞こえ、二人は青ざめました。妹は猟師さんの手を掴むと、  
家の裏手にひっぱっていきました。  
「こっち!裏の窓から入りましょう!」  
裏の窓からは、室内がよく見えました。薄暗い部屋の中で、ベッドがごそごそと  
動いています。  
「お姉ちゃん!」  
妹は悲鳴のような声を上げました。毛布で出来た小山から、赤い頭巾が覗いている  
からです。あの悲鳴は、赤頭巾ちゃんが悪い狼に食べられてしまった  
断末魔の悲鳴なのでしょうか?そういえば、シーツの端っこのほうには  
赤黒い血の染みがついています。  
「赤頭巾ちゃん!赤頭巾ちゃん!」  
「お姉ちゃん!」  
二人は必死になって窓を叩きます。毛布の端から、今度は黒々とした立派な尻尾が  
覗きました。  
「あっ!あん、あっやん!ひぁっぅんっ……ああぁっ!」  
不意に響いた甘い声に、二人は動くのをやめました。もぞもぞと、相変わらず  
毛布の小山は動いています。  
「おおかみ、さ…っ……おいしっ……ぃやあんっ!」  
「ああ、おいしいよ……赤頭巾ちゃん、おいしいよ……」  
「ふぁっ!んっ…!もっとぉ………もっとたべてぇっ……!」  
妹は顔面蒼白で固まり、猟師さんもその場に立ち尽くしてしまいました。  
どう考えても赤頭巾ちゃんは生きていますし、そしてこれは明らかに嬌声です。  
「お姉ちゃん……」  
殆ど泣き声で、妹が呟きました。赤頭巾ちゃんは、忠告むなしく悪い狼に頭から  
食べられてしまったようでした。  
猟師さんと赤頭巾ちゃんの妹はしっかり目を合わせると、頷きあいました。  
猟師さんの手には猟銃が握られていました。  
 
どんがんがっしゃーんという派手な音が立って、ドアが蹴破られました。  
ベッドの中でお楽しみ中だった狼と捕食者たる赤頭巾ちゃんはぴたり、と動きを止めました。  
ゆっくりとドアを振り返ると、暗闇の中に二人の影がゆらゆらしていました。  
「………この、悪徳狼…」  
高い、かわいらしい声が響きます。  
「覚悟しろぉっ!」  
今度は低くてよく通る声が響きました。狼がぎょっとしていると、どたどたと  
足音も騒々しく猟師さんが駆け寄ってきました。手にした猟銃が、狼に向けられます。  
「すぐに赤頭巾ちゃんを放せ!この破廉恥な悪漢狼め!息の根を止めてやる!」  
猟師さんは興奮した口ぶりで叫びました。ずだん!と音が立って狼の後ろの壁に  
穴があきました。  
「危ないなあっ!女の子がいるんだぞ!?」  
狼はびっくりしたのか目を見開いたまま猟師さんを怒鳴りつけました。  
隣にいる赤頭巾ちゃんも、びっくりしたまま固まっています。  
「黙れケダモノ!赤頭巾ちゃんから離れろ!」  
威嚇するように猟師さんはもう一度猟銃をぶっ放します。赤頭巾ちゃんは  
駆け寄ってきた妹に抱きつかれながらも、目は猟銃から離れませんでした。  
「お姉ちゃん!大丈夫?ああ、あの狼に穢されてしまったのね!可哀想に……」  
妹は赤頭巾ちゃんにすがっておいおい泣いています。赤頭巾ちゃんは妹の頭を  
撫でながら、にっこり笑って見せます。  
「あのね、私、別に……」  
そこで言葉を区切り、赤頭巾ちゃんは妹を突き飛ばしました。  
慌てて狼に飛びつき、ぎゅっと抱きしめます。  
「猟師さんやめて!この人撃たないで!」  
赤頭巾ちゃんが叫びました。猟師さんは驚き、真っ赤になって怒鳴りつけます。  
「離れてください赤頭巾ちゃん!そいつは悪い狼です!今すぐ撃ち殺します!」  
「駄目よ!撃っちゃだめ!」  
「お姉ちゃんどうして?」  
頑なに狼をかばい続ける赤頭巾ちゃんに、妹も不思議そうに尋ねます。  
赤頭巾ちゃんは一度狼を見つめてから、ゆっくりと猟師さんと妹に向き直りました。  
「だって、私、この人のことを愛しているんだもの!」  
 
一瞬、時間が止まりました。興奮気味に赤頭巾ちゃんが鼻を鳴らします。  
狼がふるふると尻尾を震わせて、ぎゅうっと赤頭巾ちゃんを抱きしめました。  
「赤頭巾ちゃん、僕も君を愛しているよ!」  
「狼さんっ!」  
ひしっと抱き合う二人を眺めながら、妹はその場にへたり込みました。  
猟師さんはがくがく震えています。  
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!赤頭巾ちゃん、そいつは狼だぞ?」  
「関係ないわ!愛しているの!」  
「だ、だって、そいつは悪い狼で君をだまして食べたんだぞ?」  
「そりゃあ、最初はびっくりしたけれども……」  
そこまで言って、赤頭巾ちゃんはぽっと頬を赤らめました。  
「とっても優しくしてくれたもの」  
狼は嬉しくなったのか尻尾をぱたぱた揺らしながら赤頭巾ちゃんにキスしました。  
そのままいちゃいちゃし始める二人をさえぎるように、今度は妹が声を上げます。  
「お姉ちゃん、本当にその狼さんがいいの?」  
「ええ」  
晴れやかな笑顔で、赤頭巾ちゃんは答えました。妹は首を振ると、猟師さんの  
服の裾をひっぱります。  
「もうだめだわ。お姉ちゃん、昔から言い出したら聞かないんだもの」  
「その通り」  
いきなり、奥のドアが開いてしゃがれた声が響きました。見ると、今まで隠れて  
いたらしいおばあさんが出てきたところでした。  
「猟師さん、出歯亀はともかくとして、人の恋路を邪魔するなんてみっともない」  
重みのあるおばあさんの言葉に、猟師さんはすっかりしゅんとなってしまいました。  
おばあさんはにやりと笑うと、今度は狼に向き直ります。  
「お前さんも、上手いことやったみたいだね」  
「ええ。おかげさまで。感謝しています」  
どうやらこのおばあさん、狼に一枚かんでいたようです。彼女はからからと笑うと、  
猟師さんと赤頭巾ちゃんの妹にいいました。  
「赤頭巾の気持ちは解ったろう?邪魔者はとっとと退散することだね」  
結局、おばあさんの権限によって、赤頭巾ちゃんは狼さんと嬉しそうに抱き合い、  
そして失恋してへこんでいる猟師さんは赤頭巾ちゃんの妹と一緒にすごすごと  
退散しましたとさ。  
 
―――ちなみに、その後で猟師さんが実は気性の激しい妹に頭からおいしく  
食べられちゃったとか食べられてないとか。  
   
              おしまい。  
 

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